

懲戒解雇した社員にも、中退共から退職金が振り込まれます。
中退共(中小企業退職金共済)は、1959年に「中小企業退職金共済法」に基づいて創設された、国が後ろ盾になっている退職金制度です。独力では退職金制度を設けることが難しい中小企業を対象とし、厚生労働省が所管しています。令和6年度末時点で加入事業所数は約37.8万か所、加入従業員数は約357.6万人に達しており、日本の中小企業の退職金インフラとして広く機能している制度です。
制度の基本的な仕組みはシンプルです。事業主(会社)が従業員一人ひとりのために掛金を毎月積み立て、従業員が退職するときに中退共事業本部から直接退職金が支払われます。つまり会社側は「積み立てるだけ」で、退職金の支払い事務は中退共が担ってくれます。
掛金は月額5,000円から30,000円の16通りで設定可能です。5,000円〜10,000円は1,000円刻み、10,000円〜30,000円は2,000円刻みになっています。なお、パートや短時間労働者については、さらに低い月額2,000円・3,000円・4,000円という特例掛金も利用できます。
掛金の納付は銀行口座からの自動振替なので、毎月の手続きは不要です。管理の手軽さも中退共の大きな特徴といえます。
中退共に加入できる企業は業種ごとに異なる基準で制限されています。製造業・建設業などの一般業種では「従業員300人以下または資本金3億円以下」、サービス業・卸売業は「従業員100人以下または資本金5,000万円〜1億円以下」、小売業は「従業員50人以下または資本金5,000万円以下」のいずれかを満たす必要があります。
厚生労働省|中小企業退職金共済制度(中退共制度):制度概要・加入事業所数など公式データ
中退共の魅力として真っ先に挙げられるのが、掛金の全額損金算入です。法人であれば掛金を全額「損金」として処理でき、個人事業主であれば「必要経費」になります。従業員の給与所得にもなりません。これは確定給付企業年金など他の退職金制度にはない、中退共ならではの強みです。
たとえば従業員10人に対して一人あたり月額20,000円の掛金を設定した場合、年間の損金算入額は次の通りです。
$$\text{年間損金額} = 20{,}000 \times 10 \times 12 = 2{,}400{,}000円$$
法人税率を約30%と仮定すると、年間で約72万円の節税効果が見込めます。掛金自体が退職金の積み立てにそのままなるので、社員への福利厚生を整えながら節税もできる、一石二鳥の制度です。
さらに、新規加入時には国から助成金が受けられます。加入後4か月目から1年間、掛金月額の2分の1(上限5,000円)を国が負担してくれます。これは全額事業主が負担するのではなく、国が一部を肩代わりしてくれるということです。実質的な掛金負担がほぼ半額になる期間が1年続くのは、初期コストを抑えたい経営者にとって大きなメリットです。
国が助成するのは新規加入時だけではありません。既加入の事業主が掛金を増額する際にも助成があります。18,000円以下の掛金月額を増額変更する場合、増額分の3分の1が1年間助成されます。ただし、20,000円以上の掛金月額からの増額は対象外である点に注意が必要です。
掛金の増額を検討するときは、助成対象の上限も原則です。
国の制度なので安定しているのもポイントですね。
なお、中退共の運用は独立行政法人・勤労者退職金共済機構が行っており、運用利回りは予定1.0%として設定されています。これに毎年の付加退職金が上乗せされる仕組みです(令和7年度の付加退職金支給率は0%)。大きなリターンは期待できませんが、安全性が高い点が重視されています。
中退共公式FAQ|掛金助成制度:新規加入・増額時の助成内容の詳細
中退共は「従業員全員が加入対象」が原則です。正社員だけでなく、パートタイマーやアルバイトも原則として加入対象になります。年齢・勤続年数・雇用形態を問わず対象になる点は、他の退職金制度にはない特徴です。
ただし、以下に該当する従業員は加入させなくてもよいとされています。
加入させるかどうかは任意ですが、一度加入させた従業員を外すことは非常に困難です。加入対象者を誰にするかを最初によく検討することが原則です。
注意が必要なのが、役員の扱いです。法人の代表者・役員は原則として加入できません。「うちの社長も退職金を積み立てたい」という場合は、小規模企業共済や法人向け生命保険など別の手段を検討する必要があります。なお、従業員としての身分も併せ持つ「使用人兼務役員」であれば、従業員として中退共に加入できる場合があります。
また、加入と同時に注意したいのが、掛金の減額ルールです。一度設定した掛金月額を引き下げるには「被共済者(従業員)全員の同意」または「厚生労働大臣による認定(経営が著しく困難であるという認定)」が必要になります。「今月だけ支出を減らしたい」「業績が一時的に落ちた」という理由だけでは減額できません。
設定する掛金月額は慎重に決める必要があります。
経営が安定しているときに高めの掛金を設定すると、資金繰りが悪化した際に身動きが取れなくなるリスクがあります。毎月の固定費として無理なく払い続けられる金額を選ぶことが条件です。
中退共公式|月額変更の手続き:掛金の増減額に関する条件と申請方法
退職金は「基本退職金」と「付加退職金」を合算した金額です。基本退職金は掛金月額と納付月数に応じてあらかじめ決められており、付加退職金は運用実績に応じて毎年加算されます。
具体的な金額イメージとして、掛金月額10,000円で加入した場合の基本退職金額を見てみましょう。
| 納付年数 | 基本退職金(掛金月額10,000円) | 掛金累計額 |
|---|---|---|
| 11か月以下 | 0円(支給なし) | 最大110,000円 |
| 1年(12か月) | 18,000円 | 120,000円 |
| 2年(24か月) | 120,000円 | 240,000円 |
| 3年(36か月) | 180,000円 | 360,000円 |
| 5年(60か月) | 336,600円 | 600,000円 |
| 10年(120か月) | 862,600円 | 1,200,000円 |
| 20年(240か月) | 2,666,600円 | 2,400,000円 |
この表から、いくつかの重要な事実が読み取れます。
まず、加入後11か月以内に退職した場合、退職金は一切支給されません。それまで事業主が積み立てた掛金は、従業員には渡らず、かつ事業主に戻ってくることもありません。痛いですね。
さらに、加入後12か月〜23か月の間に退職した場合も、支払われる退職金は掛金の累計納付額を下回る「元本割れ」状態になります。たとえば1年(12か月)の場合、掛金累計120,000円に対して退職金は18,000円しか支払われません。差額の102,000円は事実上消えてしまいます。
元本割れが解消されるのは、24か月(2年)以上からです。
加入後3年7か月(43か月)以上経過すると、運用利息が上乗せされて掛金累計を超える退職金が受け取れるようになります。長く勤めてくれる従業員ほど恩恵が大きい仕組みといえます。
こうした構造から、「短期で退職しがちな従業員が多い職場」に中退共を導入すると、事業主が積み立てた掛金の多くが「誰にも受け取られず消えていく」事態になりかねません。離職率の高い職場では、導入前に十分なシミュレーションが必要です。
自社の平均勤続年数を確認することが大切です。
厚生労働省|基本退職金額表:掛金月額・納付年数別の退職金額早見表
中退共を運用している経営者が見落としがちな盲点が「懲戒解雇時の退職金問題」です。
中退共は国の制度であるため、就業規則で「懲戒解雇の場合は退職金を支払わない」と定めていても、その規定は中退共には適用されません。つまり、どれだけ重大な問題行動を起こした社員であっても、中退共の退職金は原則として支払われてしまいます。
唯一の例外は、懲戒解雇の場合に「退職金減額認定申請」を行うことです。退職日の翌日から20日以内に厚生労働省に申請し、認定を受けた場合のみ一部減額が認められます。ただし、以下の点に注意が必要です。
減額しても会社には1円も戻りません。つまり制度として「懲戒解雇者への嫌がらせ的な減額はできる」ものの、会社が受け取れるわけではないため、実質的な経済的損害を回収する手段にはなりません。これが条件です。
こうしたリスクを踏まえると、中退共は「問題行動を起こしにくい、長期安定的な人材が多い職場」に向いている制度だといえます。
また、中退共は社長・役員が加入できない点もデメリットです。この問題を解決するために、他の制度との併用が有効です。
たとえば、役員には「小規模企業共済」を活用する方法があります。中小企業の代表者・役員・個人事業主が対象で、掛金は月額1,000円〜70,000円(500円単位)、全額が所得控除となります。中退共とは対象者が完全に異なるので、両制度を別々に活用することが可能です。
もう一つの選択肢が「企業型確定拠出年金(企業型DC)」です。役員も加入対象になり、投資による資産形成が可能です。ただし運用は自己責任となり、運用結果によって受取額が変動します。中退共の「安定・確実」という特徴とは正反対のリスク・リターン構造ですので、目的に応じて使い分けることが重要です。
これは使えそうです。
さらに、転職時には「退職金通算制度」を活用することで、前の職場での積み立てを引き継げる場合があります。条件は「退職後3年以内に中退共加入の新しい職場に就職すること」かつ「前職の退職金を請求していないこと」です。転職が多い時代において、この通算制度を知っておくことは従業員にとって大きなメリットになります。
中退共公式FAQ|懲戒解雇の場合の退職金減額:申請方法と制限事項