

日本の炭素税は「まだ導入されていない」と思っている投資家ほど、2028年の負担増に気づくのが遅くなります。
炭素税とは、CO₂(二酸化炭素)の排出量に応じて課される税金です。化石燃料(石油・天然ガス・石炭)の使用に対して課税することで、企業や個人が排出を抑制するよう促す仕組みとして世界中に広がっています。
カーボンプライシング(炭素に価格をつける政策)の一種ですが、厳密には炭素税のほかに「排出量取引制度(ETS)」もあります。炭素税は政府が税率を固定するのに対し、排出量取引制度は市場で価格が変動するという違いがあります。予見可能性という点では炭素税が優れており、企業がコスト計画を立てやすいのが特徴です。
では日本では、炭素税はいつから始まったのでしょうか。
日本でこの仕組みが導入されたのは、2012年10月1日です。正式名称は「地球温暖化対策のための税(温対税)」といい、石油・天然ガス・石炭すべての化石燃料を対象として、CO₂排出量1トンあたり289円の税率で課税されています。導入当初は段階的に引き上げられ、2012年→2014年→2016年と3段階で最終税率まで引き上げられました。
導入から10年以上が経過しています。
納税の義務を負うのは化石燃料の輸入者・採取者であり、一般消費者や企業が直接窓口で払う税ではありません。ただし、課税分はガソリン・電気・都市ガスの価格に上乗せされて転嫁されるため、気づかないうちに毎日負担している税金といえます。たとえばガソリン1リットルあたりの温対税負担はわずか0.76円ですが、年間で家計への影響は1,200円程度とされています。金額だけ見ると小さく感じますが、税率は今後段階的に引き上げられていく見込みであり、注目が必要です。
環境省「地球温暖化対策のための税の導入」(公式・税の概要を確認できる)
現在の日本の温対税の税率は、CO₂排出量1トンあたり289円です。この数字は国際的に見ると、かなり低い水準に位置しています。
いくつかの国と比べると、その差は一目瞭然です。
| 国名 | 炭素税率(CO₂ 1トンあたり) |
|------|--------------------------|
| 🇯🇵 日本(温対税) | 約289円 |
| 🇸🇪 スウェーデン | 約19,240円 |
| 🇫🇷 フランス | 約5,500円 |
| 🇩🇰 デンマーク | 約3,000円 |
| 🇳🇴 ノルウェー | 約6,912円 |
スウェーデンは日本の約66倍という水準です。
スウェーデンは1991年にCO₂税を導入し、段階的に税率を引き上げてきた先進国です。高い税率の下でも経済成長とCO₂削減の両立に成功しており、GDPが伸びながら排出量が下がるという「デカップリング(切り離し)」を実現した代表例として知られています。
日本の税率が低い理由は、産業界・経済界への配慮と、急激なコスト増加を避けるための政策判断によるものです。ただしこれは今後変わっていきます。2028年以降に予定される「炭素賦課金」の導入により、日本の炭素コストは段階的に引き上げられていく計画です。
EU(欧州連合)では炭素国境調整メカニズム(CBAM)として、EU域内に輸出する際にCO₂排出量に応じたコスト負担を求める制度が2026年から本格的に始まります。鉄鋼・アルミ・セメント・肥料などが対象であり、日本企業がEUへ輸出する場合にも、この制度の影響を受けることになります。つまり「国内だけの問題」ではなくなりつつある点が、投資判断でも見逃せないところです。
環境省「諸外国における炭素税等の導入状況」(各国税率の比較データが確認できる)
「炭素税はいつから本格化するのか」という観点で整理すると、重要な節目が2つあります。2026年と2028年です。それぞれ別の制度ですが、組み合わさって日本の炭素コストを引き上げていく構造になっています。
まず2026年4月から、GX-ETS(グリーントランスフォーメーション排出量取引制度)が本格稼働しています。これは年間CO₂直接排出量10万トン以上の企業(約300〜400社が対象と見込まれています)に対し、排出枠の償却を義務化するものです。2023年度から試行段階として運営されていましたが、2026年4月からは本格的な義務化フェーズに移行しました。
GX-ETSに参加する企業は、排出削減目標に対して超過した場合、他の企業から排出枠を購入するか、J-クレジットなどのカーボンクレジットを取得する必要があります。この需要が増すことでカーボンクレジット価格が上昇し、関連市場が活性化しています。実際、CO₂排出の市場価格は2025年中に1年で3倍に上昇したという日経の報道もあります。
次に2028年度からは「化石燃料賦課金」の導入が予定されています。これは、化石燃料を輸入する企業(電力会社・ガス会社・商社など)に対し、CO₂排出量に応じた賦課金を課すものです。導入される賦課金は段階的に引き上げられる見通しで、企業コストが上昇した分は最終的に電気代・ガス代・ガソリン代として消費者に転嫁されると考えられています。
さらに2033年度には、発電事業者への排出枠有償オークションが予定されており、制度はさらに強化されていきます。
このスケジュールを整理すると、次のようになります。
| 時期 | 内容 |
|------|------|
| 2012年〜(継続中) | 地球温暖化対策税(温対税)CO₂ 1tあたり289円 |
| 2026年4月〜 | GX-ETS本格稼働・排出量取引義務化(大企業対象) |
| 2028年度〜 | 化石燃料賦課金の導入開始 |
| 2030年前後 | 化石燃料賦課金の本格運用 |
| 2033年度〜 | 発電事業者への排出枠有償オークション導入 |
制度はすでに動き出しています。
経済産業省「成長志向型カーボンプライシング構想」(スケジュールの全体像を確認できる)
炭素税・炭素賦課金の導入は、投資家だけでなく生活者としての私たちにも直結します。この点を金額で整理すると、制度の影響がより具体的に見えてきます。
現行の温対税(CO₂ 1tあたり289円)による一般家庭の年間負担は約1,200円とされています。月額換算では100円程度です。コーヒー1杯以下の金額ですね。ただし、2028年から始まる化石燃料賦課金が加わると、その負担はさらに増加する見込みです。試算によれば、電気代への価格転嫁は月額300〜数百円規模になるとも指摘されています。
企業への影響はより大きくなります。製造業・運輸業・電力業は特に影響が大きく、以下のような点でコスト増加が見込まれます。
- エネルギーコストの上昇:化石燃料を多く使う製造業では生産コストが増加する
- 設備投資の必要性:省エネ設備・EV導入など脱炭素投資が必要になる
- カーボンクレジットの調達コスト:GX-ETS参加企業は削減目標を超過した場合、クレジット購入が必要
- 国際競争力への影響:EUのCBAM対応コストが輸出企業にも発生する
一方、これらの圧力は「脱炭素対応を早く進めた企業」にとっては競争優位になります。ESG評価の向上→機関投資家からの資金流入→株価への好影響という連鎖が期待できるからです。
金融機関や機関投資家の間では、気候変動リスクを財務情報として開示するTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への対応が進んでいます。脱炭素に遅れた企業はESG評価が下がり、資金調達コストが上がるという現実も見えてきました。炭素コストの増大は財務上のリスクとして投資判断に組み込むべき要素になっています。
日本が今後たどる道を理解するためには、先行して炭素税を導入した国々の経験が参考になります。成功例と失敗例の両方から、日本への示唆を整理します。
スウェーデンは最も成功したとされる事例です。1991年にCO₂税を導入し、30年以上にわたって段階的に税率を引き上げてきました。現在の税率はCO₂ 1トンあたり119ユーロ(約19,000円超)と世界最高水準です。それでも同国の実質GDPは成長を続け、CO₂排出量は大幅に減少しました。経済成長と脱炭素を「切り離せる」ことを実証した国です。成功の要因として挙げられるのは、段階的な導入、税収の有効活用、産業への配慮の3点です。
カナダのブリティッシュコロンビア州では2008年に北米初の炭素税を導入し、税収に相当する分の所得税・法人税を引き下げるという税収中立型のモデルを採用しました。これにより産業界の反発を抑えつつ導入に成功したとされています。
一方、フランスでは2018年に炭素税の引き上げ計画が「黄色いベスト運動」と呼ばれる大規模な抗議運動によって頓挫しました。低所得者層への影響を十分に考慮しなかったことが主因とされており、税収の使途が不透明だった点も問題視されました。この失敗例は「炭素税は設計次第で社会的混乱を生む」というリスクを示しています。
日本の現在のアプローチは段階的導入に重点を置いており、急激なコスト増加を避ける方針です。その分、欧州と比べると制度の進みが遅く、脱炭素の達成ペースが問われています。金融投資の観点では、日本の炭素コストが今後段階的に上昇していくことは「ほぼ確定的なシナリオ」として織り込んでおく必要があります。
環境省「スウェーデンの炭素税について」(先進事例の詳細が確認できる)
金融や投資に関心がある人にとって、炭素税・カーボンプライシングの動向は「どの企業・セクターを選ぶか」に直結します。リスクとチャンスの両面から、具体的な観点を整理します。
まずリスク側です。化石燃料を多く使うセクター、具体的には電力・ガス・石油・鉄鋼・セメント・化学・運輸などの企業は、炭素コストの上昇によって収益が圧迫される可能性があります。2028年以降の化石燃料賦課金導入は、これらセクターのコスト構造を変える大きなイベントです。炭素コストを価格転嫁できる企業とできない企業の間で収益格差が生まれることが予想されます。
一方、チャンス側も見えてきています。
- カーボンクレジット関連:GX-ETSの義務化により、カーボンクレジット市場の取引量が増加。J-クレジットを扱う企業や森林・農地を活用した削減事業への需要が高まっています。
- 再生可能エネルギー:炭素コストが上昇するほど、再生可能エネルギーの相対的なコスト競争力が高まります。太陽光・風力・水素関連の企業への注目度が増しています。
- 省エネ・エネルギー効率化技術:製造業のコスト削減ニーズを背景に、省エネ設備・AIによるエネルギー管理・電力効率化技術を持つ企業が注目されます。
- ESG評価が高い企業:脱炭素対応が進んだ企業はESGスコアが上がり、機関投資家のポートフォリオに組み込まれやすくなります。
これは投資機会ですね