

企業グループ内での出向は、どれだけスキルアップ目的でも助成金が1円も支給されません。
産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)は、令和4年12月に創設された国の助成金制度です。簡単に言えば「従業員を他社へ出向させてスキルを磨かせ、復帰後に賃金をアップさせた事業主に、その間の賃金の一部を国が補助する」という仕組みです。
この制度が注目されている背景には、日本の産業構造の急速な変化があります。DX推進・脱炭素・グローバル化といった波を受け、自社だけでは提供できない実践的な研修機会を外部で積ませる「在籍型出向」が、近年の人材育成戦略として注目されています。
つまり在籍型出向です。
これが大前提です。
在籍型出向とは、従業員が自社(出向元)の籍を残したまま、一定期間、別の会社(出向先)で働く形態のことです。出向期間が終われば、元の会社に戻ることが前提となっています。いわば「戻る場所がある、長期の社外研修」と考えるとわかりやすいでしょう。
この制度は雇用維持と人材育成を同時に実現するという点で、金融・製造・サービス業など幅広い業種の経営者や人事担当者から関心を集めています。2026年4月にはさらに制度が改正され、出向先事業主も助成対象に追加されることが決まっており、今後ますます活用の幅が広がる見通しです。
参考になる公式情報はこちらです。
産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)の制度詳細・パンフレット・FAQ(厚生労働省公式ページ)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000082805_00012.html
助成金の金額は、出向中に出向元が負担した賃金の一部をもとに計算されます。
受給できる金額は以下のとおりです。
| 中小企業 | 中小企業以外 | |
|---|---|---|
| 助成率 | 2/3 | 1/2 |
| 助成対象額の基準 | ①出向中の賃金のうち出向元が負担した額、②出向前賃金の1/2の額、どちらか低い方 | |
| 1人1日の上限 | 8,870円(令和7年8月1日時点・毎年8月改定) | |
| 1事業所の年間上限 | 1,000万円 | |
| 助成対象期間 | 出向開始から最長1年間 | |
これは使えそうです。
たとえば中小企業が月給30万円の従業員を出向させ、出向前賃金の1/2である15万円を出向元が負担するケースを考えてみましょう。この場合、助成率2/3をかけると月額約10万円の助成金を受け取れる計算になります。1人を1年間出向させた場合、単純計算で約120万円の支援です。10名規模で実施すれば、年間1,000万円の上限に近づく水準になります。
注意点が1つあります。助成の上限額(1人1日8,870円)は雇用保険の基本手当日額の最高額に連動しており、毎年8月に改定されます。申請前に必ず最新の金額を厚生労働省のページで確認することをおすすめします。
また、2026年4月の制度改正以降は、出向先事業主も助成対象として加わる予定です。つまり、出向元・出向先の双方がそれぞれ助成を受けられるようになります。これにより、出向先側の教育訓練コストや賃金負担も支援されるため、出向受け入れへのハードルが下がることが期待されています。
令和7年度(2025年度)以降の最新改正情報(社会保険労務士法人セイシン総研による解説)
https://seisin-soken.com/令和7年度-産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)について/
この助成金を受給するには、出向元・出向先・対象労働者のすべてが一定の条件を満たす必要があります。条件は多岐にわたるため、各要件を整理して確認しましょう。
📌 出向元事業主の主な要件
📌 対象労働者の主な要件
📌 出向先事業主の主な要件
要件が多いと感じるかもしれません。
しかし、核心はシンプルです。
「スキルアップが目的の在籍型出向」「独立した企業間」「復帰後に賃金5%アップ」という3点が基本です。
有期契約労働者は対象外という点は見落とされがちです。パートや契約社員には適用されないため、対象にしたい社員が無期雇用かどうかを最初に確認してください。
この助成金の申請は「事前の計画届」がスタート地点です。
出向してからでは手遅れになります。
大切なことです。
✅ ステップ1:出向計画の立案
職業能力開発推進者を中心に、出向の具体的な内容を固めます。出向先との出向契約、労働組合との出向協定、対象労働者の同意という3つの合意が必要です。この段階で、出向期間・賃金負担割合・スキルアップ目標を明確にしておきます。
✅ ステップ2:計画届の提出(出向開始日の前日まで)
「出向実施計画届」と「スキルアップ計画」を作成し、管轄の都道府県労働局またはハローワークに提出します。
提出期限は出向開始日の前日です。
審査の時間も考慮して、少なくとも出向開始の2週間前には提出することを推奨します。
オンライン申請は「雇用関係助成金ポータル」から可能で、GビズIDを事前に取得しておくとスムーズです。
✅ ステップ3:出向の実施(最長2年、助成対象は最長1年)
計画に基づいて出向を実施します。
出向期間は1か月以上2年以内が条件です。
助成の対象になるのは出向開始から最長1年分であることに注意してください。
✅ ステップ4:復帰後に賃金を5%以上アップ
出向期間終了後、対象労働者が復帰したら、出向前の賃金と比較して毎月5%以上の賃金を6か月間にわたって支払います。この「6か月連続での5%以上」が崩れると、助成金は受け取れません。
✅ ステップ5:支給申請(賃金上昇確認期間終了後2か月以内)
賃金上昇確認期間(復帰後6か月)の最後の賃金支払日の翌日から2か月以内に、支給申請書と添付書類(賃金台帳・出勤簿等)を提出します。
申請期限を1日でも過ぎると受理されません。
| 手順 | 内容 | タイミング |
|---|---|---|
| ① | 出向計画立案・各種合意取得 | 出向前(余裕を持って) |
| ② | 計画届の提出 | 出向開始前日まで |
| ③ | 出向実施 | 1か月以上〜最長2年 |
| ④ | 復帰後に賃金5%以上アップ | 復帰後6か月間 |
| ⑤ | 支給申請 | 賃金確認期間終了後2か月以内 |
この2つの助成金はよく混同されますが、目的も仕組みも大きく異なります。
整理が必要です。
雇用調整助成金は「業績悪化時に従業員を解雇せず休業・労働時間短縮で対応した場合」に休業手当の一部を国が補助する制度です。自社内での労働調整が前提であり、基本的に「会社が苦しい時の雇用維持ツール」として機能します。
一方、産業雇用安定助成金スキルアップ支援コースは「積極的に人材を育てたい場合」に活用する制度です。業績の良し悪しは問われず、あくまでも従業員のスキルアップと賃金アップが目的であることが要件です。「余力があるうちに人材を強化したい」という場面に向いています。
| 比較項目 | 産業雇用安定助成金 スキルアップ支援コース |
雇用調整助成金 |
|---|---|---|
| 主な目的 | 人材育成・スキルアップ | 雇用維持・解雇回避 |
| 対象行動 | 在籍型出向 | 休業・教育訓練・出向 |
| 業績要件 | 問わない | 売上等が前年比10%以上減など |
| 復帰後の賃金要件 | 5%以上アップが必須 | なし |
| 助成対象 | 出向中の賃金の一部 | 休業手当の一部 |
同一の出向に対してこの2つの助成金を重複受給することはできません。
どちらか一方を選ぶ必要があります。
業績が厳しいか、積極投資ができる状態かで判断するといいでしょう。
申請実務で実際に多いミスを把握しておくことが、受給への近道です。
意外に多い落とし穴があります。
❌ 失敗①:出向後に計画届を出してしまう
最も多い失敗です。
計画届は出向前に提出しなければなりません。
出向を開始した後に気づいて提出しても、その出向は助成対象外となります。書類作成には時間がかかるため、出向予定が決まった段階で速やかに準備を始めてください。
❌ 失敗②:賃金の5%アップが1か月でも未達になる
復帰後6か月間、毎月5%以上が条件です。1か月でも達成できなかった月があると、その期間の助成が認められません。昇給タイミングや手当の変動には注意が必要です。なお、この5%の対象は「毎月決まって支払われる基本給・諸手当」であり、時間外手当・通勤手当・扶養手当は含まれません。
❌ 失敗③:グループ会社への出向を申請してしまう
企業グループ内の出向は対象外です。親会社→子会社、または代表取締役が同一人物の企業間の出向は、どれほどスキルアップ目的であっても受給できません。「出向先との資本・経済・組織的な独立性」が必須要件です。
❌ 失敗④:有期契約社員を対象にしてしまう
パートや契約社員など有期雇用の従業員は対象外です。
正社員(無期雇用)のみが対象となります。
❌ 失敗⑤:支給申請の期限を過ぎてしまう
申請期限は「賃金上昇確認期間の最後の賃金支払日の翌日から2か月以内」です。
期限を1日でも過ぎると受理されません。
スケジュールの管理が重要です。
なお、助成金受給後も提出書類は5年間の保存義務があります。支給決定後に労働局の実地調査が行われることもあるため、賃金台帳や出勤簿は必ず保管してください。
玉突き出向とは何でしょうか。制度の盲点として押さえておく必要があります。
玉突き出向とは、「出向先が自社の労働者を解雇または退職させ、その穴埋めとして出向元から労働者を受け入れる」という形の出向です。ビリヤードの球が連鎖するように、人員が移動していくイメージからこの名称がついています。
これは制度の趣旨に真っ向から反します。助成金を受け取ることが目的化しており、スキルアップや雇用維持という本来の目的から外れているためです。
具体的には、出向先が「出向受け入れ期間の6か月前から支給対象期間末日までの間に事業主都合での解雇や退職勧奨を行っていること」が発覚した場合、助成金は不支給となります。
厳しいところですね。
もし事後の調査で玉突き出向と認定された場合、助成金の返還命令が下されるだけでなく、不正受給として3年間の受給停止、さらに場合によっては刑事罰の対象になるリスクもあります。助成金の活用は、あくまで制度の趣旨に沿った形で行うことが大前提です。
出向先を探す際は、産業雇用安定センター(全国47都道府県に拠点あり・無料でマッチング対応)に相談することで、適切な出向先を見つけやすくなります。1987年の設立以来、24万件以上の出向・移籍の成立実績を持つ公的機関なので、初めての方でも安心して相談できます。
出向先が見つからないという問題は、実は多くの企業が直面する最初のハードルです。
これは解決できます。
産業雇用安定センターは、企業間の出向・移籍マッチングを無料で支援する公益財団法人です。国と事業主団体が協力して1987年に設立しました。全国47都道府県すべてに事務所を構えており、地域を問わずサポートを受けられます。
センターのウェブサイトでは「出向受け入れを希望している事業所の情報」を閲覧できます。業務内容や希望するスキル・業種などを確認した上でマッチングを依頼できるため、無計画に探し回る手間が省けます。
活用の手順はシンプルです。
産業雇用安定センターを通じたマッチング以外のルート(自社独自のネットワーク等)で出向先を見つけた場合も、助成金の対象として申請は可能です。
センター利用は必須ではありません。
ただし、出向先との契約書には「社内機密・ノウハウの取り扱いに関する条項(NDA)」を必ず盛り込むことを推奨します。出向中に自社の技術やノウハウが流出するリスクは、業種を問わず存在します。情報漏洩のリスクがある場合の対策として、秘密保持の条項を明確に定めた上で出向契約を締結することが、後々のトラブルを防ぐ上で有効です。
産業雇用安定センター公式サイト(出向受け入れ情報の閲覧・マッチング相談)
https://www.sankouin.or.jp/
あまり語られないポイントですが、実は申請の入り口で詰まる企業が少なくありません。
これは盲点です。
職業能力開発推進者とは、職業能力開発促進法第12条に基づき、事業所ごとに1名以上の選任が義務付けられている担当者です。従業員の職業能力開発計画を作成・推進する役割を担う人を指します。
産業雇用安定助成金スキルアップ支援コースを申請するには、出向元事業主がこの推進者を選任していることが要件の一つです。多くの中小企業で「そもそも選任していることを知らなかった」という状況が見受けられます。
選任手続き自体は難しくありません。事業主が担当者を「職業能力開発推進者」として選定し、その旨を事業所内に周知すればOKです。社内の人事・総務担当者が兼任する形で選任されるケースが多いです。
問題なければ選任を確認するだけで済みます。
また、出向計画立案においてもこの推進者が中心的な役割を担うことが想定されています。選任と同時に、スキルアップ計画の策定を始めると、申請の流れがスムーズになります。
推進者の選任方法や役割については、厚生労働省の公式ページで詳しく解説されています。
選任自体に費用はかかりません。
まず担当者を決めることがこの助成金活用の第一歩です。
2026年2月時点で明らかになっている制度改正の内容を押さえておくことは、今後の活用計画において非常に重要です。
最新情報です。
🔄 改正①:出向先事業主も助成対象に追加(2026年4月予定)
現行制度では助成金の受給対象は出向元事業主のみでした。しかし実態として、出向先でも教育訓練・OJTの実施・一部の賃金負担といったコストが生じています。この点を適切に評価するため、出向先事業主も助成対象に追加されます。
これにより、出向元・出向先の双方が助成金を活用できるようになり、在籍型出向を活用した人材育成がさらに促進されると期待されています。
🔄 改正②:育児休業取得等の場合の例外措置が新設
出向から復帰後、育児休業の取得などにより6か月間のすべての月で賃金が支払われない場合、従来は助成対象外とされていました。改正後は一定の要件を満たすケースに限り、例外として助成対象になる措置が加わります。少子化対策の観点からも、育休取得者が多い企業にとっては朗報と言えます。
🔄 改正③:出向元・出向先の賃金負担割合の明確化
出向契約書における賃金負担の割合や支払い実態を、より明確に記載することが申請上の重要ポイントとして明示されます。今後申請する企業は、出向契約書の記載内容をより細かく整理しておく必要があります。
2026年4月改正の詳細は、厚生労働省や各社労士事務所からのアナウンスを定期的に確認しましょう。
2026年4月制度改正の詳細解説(社外人事部.net による解説記事)
https://syagaijinjibu.net/column/9023/
助成金を受け取った後に発生する税務処理や社会保険上の扱いについては、あまり解説されていません。
知っておくと得する情報です。
まず税務上の取り扱いです。助成金は法人税法上の「益金」に算入されます。つまり、受給した助成金は売上と同様に課税対象となります。受給した年度の決算に計上が必要で、税負担が生じることを念頭に置いておく必要があります。
出向中の社会保険(健康保険・厚生年金)の取り扱いについては、原則として出向元が引き続き社会保険の被保険者として届出を行います。ただし、出向先でも給与を受け取る場合(賃金の按分型)には、二重加入や保険料の計算が複雑になるため、社会保険労務士に確認することを強く推奨します。
金融業界に勤める方や経営者にとって見逃せないのは「受給した助成金を事業年度をまたいで受け取った場合の収益計上タイミング」です。支給決定があった事業年度に収益計上するのが原則ですが、申請のタイミングと決算時期がずれることも多く、実務では担当税理士への相談が不可欠です。
また、この助成金は複数の助成金との併給ができません。特に「雇用調整助成金」「通年雇用助成金」との重複受給は不可とされています。既に他の助成金を活用している場合は、同一の出向に対して重複して申請しないよう注意してください。重複が判明した場合、過去に受け取った全助成金の返還を求められるリスクがあります。
助成金の受給を検討する際は、社会保険労務士や税理士と事前に連携しておくことが、後々の税務・法的リスクを回避する上で最も確実な対策です。複数の専門家が無料相談を提供している場合もあるため、まず相談窓口を確認することから始めるとよいでしょう。
具体的な数字で効果を見ると、制度活用の価値がより明確になります。
実態に迫ります。
たとえば製造業の中小企業A社が、月給25万円の正社員を産業用ロボット製造を手がけるB社へ6か月間出向させたケースを考えます。
出向前賃金の1/2は12.5万円/月。中小企業の助成率2/3をかけると、月約8.3万円の助成金が見込まれます。
6か月なら合計約50万円。
さらに復帰後に5%賃上げを行うことで、従業員の定着率・モチベーションアップという経営効果も期待できます。
これは使えそうです。
一方でサービス業の事例では、旅館業の老舗がホテル系列の企業へスタッフを出向させ、インバウンド対応の英語接客スキルを習得させたケースがあります。このような出向は、実際に助成金の実例として厚生労働省の資料にも掲載されています。
注目すべき点は、出向先の企業にとっても「採用コストをかけずに即戦力を確保できる」というメリットがある点です。求人費用・採用にかかる人件費・研修コストを加味すると、1人当たり採用コストは数十万〜100万円超になることも珍しくありません。
在籍型出向はその代替手段として機能します。
また、在籍型出向によりスキルアップした従業員が復帰することで、社内に新しい知見が持ち込まれ、周囲の社員への刺激・職場活性化という間接効果も見込まれます。助成金の額面だけでなく、こうした人的資本への投資効果も含めてトータルで評価することが、経営判断として重要です。
Please continue.