

183日以内しか出張していないのに、現地で法人税と所得税を二重に課税されて数百万円の追徴を受けた日本企業が実際に存在します。
国際税務の世界には「PEなければ課税なし」という大原則があります。企業が海外で事業活動を行っても、その国にPE(恒久的施設:Permanent Establishment)がなければ、現地国は事業所得に課税できないというルールです。逆に言えば、PEがあると認定された途端に、現地での法人税申告・納税義務が生じます。
PE(恒久的施設)にはいくつかの種類があります。支店・工場などの固定場所を指す「支店PE」、12か月を超える建設工事の「建設PE」、代理人が契約締結権限を持つ「代理人PE」、そして今回のテーマである「サービスPE」です。
サービスPEは、他の3種類と決定的に異なる点があります。それは、オフィスや工場などの物理的拠点が一切なくても成立するという点です。つまり、従業員を現地に送り込んでコンサルティングや技術指導などの役務提供を行うだけで、一定の要件を満たすとPEと認定されてしまいます。物理的拠点ゼロでも課税対象になる、ということです。
サービスPEの根拠となるのは、OECDモデル条約ではなく国連モデル租税条約です。日本がインドや中国など新興国と締結している租税条約の多くにはこの規定が含まれており、具体的には「12か月の間に合計183日を超えてコンサルティング等の役務提供を行った場合」にPEを構成するとされています。
ジェトロ:恒久的施設(PE)とは?OECDモデル条約・国連モデル条約のPE定義の違いを詳しく解説
サービスPEの認定において、最も重要な数字が「183日」です。国連モデル租税条約では「12か月の間に合計183日を超える役務提供」を行った場合にPEと認定するとされており、この期間は個人単位ではなく企業単位で考える場合があります。
183日の数え方には注意が必要です。入国日・出国日は双方ともに1日としてカウントするのが一般的です。また、この対象期間が「暦年(1月1日〜12月31日)」なのか「課税年度」なのか「連続する12か月間」なのかは、進出国との租税条約によって異なります。連続する12か月という考え方の場合、年をまたいでも累計日数で計算するため、より厳しい管理が必要になります。
さらに重大なのが、複数の出張者が同一プロジェクトに関与する場合の取り扱いです。インドの場合を例に挙げると、プロジェクトへの関与が6か月を超える場合、そのプロジェクト全体がPEとして認定される可能性があります。つまり、Aさんが90日、Bさんが80日、Cさんが70日とそれぞれの個人は183日以下でも、プロジェクト単位で6か月超と判断されてしまう、という解釈があります。
つまり、出張者一人ひとりの日数管理だけでは不十分なのです。企業全体としてのプロジェクト関与期間を管理する視点が不可欠です。中国では、日中租税条約第5条5項に基づき、連続する12か月内に6か月(183日として執行)を超えるコンサルティング役務を提供するとサービスPEとして認定されます。
GJC INDIA:インドへの出張者に対するPE認定リスク、サービスPE・建設PE・代理人PEの違いを実務視点で詳説
OECDモデル租税条約には、サービスPEに関する規定は存在しません。
これは非常に重要なポイントです。
日本が締結している租税条約は基本的にOECDモデル条約をベースにしていますが、特にアジア・アフリカ・南米などの新興国や開発途上国との条約では、国連モデル租税条約の規定を採用してサービスPE条項を含む場合があります。
支店PEとサービスPEの最大の違いは、「場所の有無」です。支店PEには事業を行う固定の場所(固定的施設)の存在が必要条件ですが、サービスPEには固定された場所は必要ありません。ホテルの会議室、クライアントのオフィスの一角、工場の現場でコンサルを行うだけでも、継続的な滞在という事実があれば認定リスクが生じます。
日本企業が海外進出先の税務当局の見解を確認する際、租税条約の種類の確認が最初のステップになります。進出先国との条約がOECDモデルベースか国連モデルベースかによって、サービスPE認定リスクの有無が大きく変わるためです。例えば日印租税条約にはサービスPE条項が存在せず、インドへの出張者に対するサービスPEリスクは原則として発生しないとされています。日中租税条約には明確にサービスPE規定があります。
条約の確認が原則です。
マロニエ会計事務所:PE(恒久的施設)課税リスクの全体像、種類別の解説と税務調査対策を詳しく解説
サービスPEが認定された場合のダメージは、法人税だけに留まりません。実務上は最大で3つの税目にわたる影響が生じます。これは知らないと損する、というレベルの話ではなく、企業経営に深刻な影響を与えかねない重大リスクです。
まず法人税のリスクです。サービスPEに帰属する事業所得は現地国の課税対象となり、日本法人が現地で申告・納税する義務が発生します。日本でも全世界所得として課税されるため、外国税額控除を適用して二重課税を排除することになりますが、控除枠が不足する場合や租税条約に違反した課税が行われた場合には、二重課税を完全には排除できないケースもあります。
次に所得税のリスクです。
ここが特に危険なポイントです。
出張者個人の滞在日数が183日以内であっても、PE認定されると「短期滞在者免税」の適用ができなくなります。免税適用の条件の一つに「報酬がPEにより負担されないこと」という要件があるため、PEが存在した時点でこの要件が崩れるのです。これが、冒頭で述べた「183日以内でも課税される」という現実につながります。
さらに中国の増値税(VAT)のように、PE認定されると間接税の申告・納税を合わせて求められる国もあります。法人税・所得税・間接税と3種類の税が連鎖的に発生する可能性があります。加えて、遅延納付に対してはペナルティや延滞利息も発生します。インドで法人所得税が課税される場合、外国法人とみなされた出張者への税率は35%と高率です。
「183日以内の出張ならば税務上の問題はない」という認識は誤りです。短期滞在者免税が適用されるためには、183日という日数要件だけでなく、合計3つの条件をすべて同時に満たす必要があります。
具体的な3条件は以下のとおりです。①出張先国での滞在日数が183日以内であること、②報酬が現地国外の居住者(日本法人など)により負担されていること、③報酬が現地のPEにより負担されていないこと。
サービスPEが認定されると、③の条件が崩れます。すると、①の日数要件を満たしていても免税は受けられません。これが「183日以下でも課税される」という事態の仕組みです。
さらに、免税を受けるためだけの申告が必要な国もあります。欧米諸国の一部では、申告を行って初めて免税の適用を受けられる仕組みになっています。申告しなければ、たとえ183日以内であっても税金を支払う羽目になります。183日という数字だけを管理していても、それだけでは安全とは言えません。
3条件の全充足が必要です。
EY Japan:海外出張者に関する税務上の注意点、PE認定と183日ルールの関係を詳しく解説
サービスPEのリスクは全世界一律ではありません。特に新興国は課税権の確保に積極的であり、PE課税の執行が厳しい傾向があります。代表的なハイリスク国について把握しておくことが重要です。
中国は、サービスPE課税の代表的なリスク国です。日中租税条約では、連続する12か月内に合計183日を超えるコンサルティング役務の提供がサービスPEの認定条件となっています。中国の税務当局は積極的にPE認定を行うことで知られており、日本から2〜3か月程度の出張者を派遣しただけで支店PEに該当すると指摘されたという事例も報告されています。
インドについては、日印租税条約にはサービスPE条項が存在しないため、原則としてサービスPEのリスクは低いとされています。しかし、インドには独自のPE概念があり、同一プロジェクトへの複数出張者による合算6か月超の関与が問題になる場合があります。また、インド国内法上のPE概念を援用した課税がなされるケースも見受けられ、実務上は油断できません。法人所得税の税率が35%(外国法人扱い)という高率であることも、リスクの深刻さを際立たせます。
ベトナムには「外国契約者税(FCT)」という特殊な制度があります。本来、PEがなければ租税条約上は課税されないはずですが、ベトナムではPEの有無とは関係なく実務上FCTが課税されてしまうケースが報告されています。OECDや国連の租税条約のルールそのものが現地では通じないという、想定外の事態が起きうるのです。
サービスPE認定の判断において、もっとも重要な基準となるのが「指揮命令系統」です。出張者や出向者が現地でどの企業の指揮命令のもとで働いているか、という点が税務当局の最大の注目ポイントになります。
日本本社の指揮命令下で出張者が現地活動を行っていると判断されると、「日本企業がその場所で事業活動を行っている」とみなされ、PE認定につながります。逆に、出張者が現地子会社の指揮命令下にあることが明確であれば、日本企業のPEとはなりにくいです。
この判断はグレーゾーンが多いのが実情です。たとえ出向契約書に「現地子会社の指揮命令下」と記載していても、実態として日本本社からの指示を受けて動いていれば意味がありません。
形式と実態の両方を整えることが必要です。
判断基準があいまいだからこそ、エビデンスの積み上げが重要になります。
実務的には、業務日報の提出先が現地子会社であること、休暇の承認も現地で行われること、出張者が現地で日本企業の営業活動を行っていないこと、などの事実の積み重ねが疎明資料として機能します。「これさえあれば安全」という書類は残念ながら存在しません。しかし、事実の数と質が多ければ多いほど、税務調査官がPE認定を見送る可能性が高まります。
出張者や出向者の現地での行動の中でも、特にサービスPE認定リスクを高める行動があります。事前に把握しておくことで回避可能なリスクを整理します。
まず「契約締結に関わる活動」です。出張者が現地の顧客と価格交渉を行ったり、契約締結に向けた重要な役割を担ったりすると、代理人PE認定のリスクも同時に生じます。現地での活動を補佐的・情報収集的なものに限定するのが原則です。
次に「継続的な固定場所の使用」です。レンタルオフィスや現地子会社のオフィスの一角を継続的に使用することで、それが支店PEと認定されるリスクがあります。
使用は一時的なものに留めることが重要です。
「長期プロジェクトへの複数出張者の投入」も危険です。先述のとおり、プロジェクト単位での滞在期間の累計がPE認定の判断に使われる場合があります。各出張者の日数だけでなく、プロジェクト全体の期間管理も必要です。
「現地での経営判断・業務承認」も要注意です。現地法人の経営会議に参加し、実質的な意思決定を行うことは、指揮命令の逆転として解釈されるリスクがあります。
最後に「活動記録の不備」です。税務調査が入った際、何をしていたか証明できる資料がないと、当局の主張を覆すことが困難になります。出張の目的、滞在中の活動内容、誰の指揮下で動いていたかを記録として残すことが不可欠です。
PE認定リスクを下げるための最も効果的な対策は、事前の文書整備です。税務調査が来てから書類を作成しても後付けとみなされ、信ぴょう性が下がります。
事前整備が原則です。
出向契約書の整備では、「出向者が現地子会社の指揮命令下で業務を行う」ことを明示的に記載します。また、出向目的は現地子会社の都合によるものであることを、取締役会議事録などで確認できるようにしておくことも重要です。
日々の業務においては、現地子会社の管理者への業務日報提出、休暇・出張承認の現地完結、という実態を作ることが大切です。これらは書類だけでなく、実際の運用として定着させる必要があります。実態が伴わない書類だけでは意味がありません。
また、出張者が現地で日本本社のための営業活動を行わないことも重要な管理項目です。現地子会社の顧客であるはずの相手に、日本本社のサービスも合わせて紹介するような行動は、日本企業の活動場所が現地に存在することを印象付けてしまいます。
滞在日数の管理については、個人単位だけでなくプロジェクト単位・企業単位の累計日数を管理するシステムの導入が有効です。EY Japanやデロイトなどの大手専門家法人が提供するモビリティ管理ツールも活用できます。専門家に定期的な状況確認を依頼することを検討するとよいでしょう。
旭化成税理士法人:日本企業が進出先国で抱えるPE課税問題の事例と実務対策を解説
コロナ禍以降、リモートワークの普及によってサービスPEをめぐる新たな問題が浮上しています。
これは多くの企業が見落としがちな盲点です。
2025年11月にOECDがモデル租税条約のコメンタリーを改定し、リモートワーク(ホームオフィス)に関するPE認定の基準が明確化されました。従業員が企業の「指示なし」に自宅でリモートワークをしている場合は、その自宅はPEを構成しないとの方向性が示されました。しかし逆に、企業が従業員に海外でのリモートワークを「要求し、または促進している」場合には、自宅がPEとなるリスクが残るとされています。
日本企業の従業員が、配偶者の海外赴任に帯同し海外の自宅からリモートワークを続けている場合、その状況が長期化するとサービスPEのリスクが生じうる点に注意が必要です。帯同先の国と日本の租税条約の内容、そして実際の業務内容と指揮命令系統を改めて確認することが重要です。
また、フリーランスやコンサルタントが海外で数か月にわたりプロジェクトに従事するケースも同様です。雇用形態によらず、役務提供の実態と期間・場所によってサービスPEが判断される点に変わりはありません。リモートワーク時代のPEリスクは、出張者・出向者だけの問題ではなくなっています。
Grant Thornton Japan:2025年改定OECDモデル租税条約コメンタリーによるPE認定の新たな方向性(2026年2月)
万が一、現地の税務調査でサービスPE認定の指摘を受けた場合、パニックになる前に行うべき実務的な対応の流れを整理します。
最初の対応として、指摘内容の精査が必要です。現地税務当局がどの根拠(条約条項・国内法)に基づいてPE認定をしているのかを確認します。租税条約の規定と現地国内法の双方を照らし合わせ、当局の主張が法的に妥当かどうかを判断します。条約に違反した課税が行われているケースも実際に存在します。
次に、事前に整備していたエビデンスを整理・提出します。出向契約書、業務日報、議事録、指揮命令関係を示す内部文書などを体系的にまとめ、PE認定の要件を満たさないことを主張します。
それでも認定が確定した場合は、二重課税への対応を検討します。日本での外国税額控除の適用可否、控除枠の計算、超過額の繰越期間(翌年以降3年間)などを専門家と協議します。また、租税条約上の相互協議申請(MAP: Mutual Agreement Procedure)を活用して、両国の課税当局間で二重課税の解消を図る方法もあります。
現地での追徴税額の支払いを行う場合、その税額を日本本社が肩代わりすると、現物給与として出張者個人に対して日本でも追加課税されます。負担区分と課税処理も忘れずに確認することが大切です。
サービスPEのリスク管理は、企業が単独で完結させることが難しい領域です。専門家の活用と適切なツール選定が実務上の有効な手段となります。
専門家への相談においては、国際税務を専門とする税理士法人・会計事務所の活用が基本です。PE課税に精通した専門家は、進出先国との租税条約の確認から、エビデンス整備の支援、税務調査対応まで幅広くサポートします。EY・PwC・デロイト・KPMGなどの国際会計事務所は、各国のローカル税務当局との交渉経験も豊富です。
出張者の滞在日数・プロジェクト関与期間の一元管理には、モビリティ管理ツールが有効です。グローバルに展開する企業では、各出張者の訪問先国・日数・プロジェクトコードをシステム管理し、183日に近づいたアラートを出す仕組みを構築しているところも増えています。
PE認定リスクの自己点検として、以下を確認することを推奨します。
| チェック項目 | 確認内容 |
|---|---|
| 租税条約の種類 | 進出先国の条約にサービスPE条項があるか |
| 滞在日数 | 個人・プロジェクト双方で183日を超えていないか |
| 指揮命令系統 | 現地子会社の指揮下であることが実態として維持されているか |
| 活動内容 | 契約締結・重要意思決定など認定リスクの高い活動を行っていないか |
| 文書整備 | 出向契約書・業務日報・議事録が適切に整備されているか |
サービスPEのリスクを完全にゼロにする魔法はありません。しかし、リスクの構造を理解し、適切な管理と文書化を継続することで認定リスクを大幅に低減させることは確実に可能です。海外展開を計画する前に、専門家への相談を一度行うことを強くお勧めします。
PwC Japan:恒久的施設(PE)の定義・範囲・課税の仕組みをわかりやすく解説