

労使協定方式を採用している派遣会社の9割以上で、協定内容の不備が後から判明すると協定そのものが「無効」になり、派遣社員から賃金差額を過去にさかのぼって損害賠償請求されるリスクがあります。
2020年4月に改正労働者派遣法が施行されたことで、すべての派遣会社(派遣元事業主)に対して、「派遣労働者の同一労働同一賃金」への対応が義務付けられました。具体的には、「派遣先均等・均衡方式」と「労使協定方式」のどちらかを必ず選択しなければならないというルールです。どちらも選ばない、という判断は認められていません。
労使協定方式とは、派遣元が労働者の過半数代表者(または過半数労働組合)と書面で労使協定を締結し、その協定に基づいて派遣社員の待遇を決定する方式です。つまり「派遣先の企業の正社員の給与水準」ではなく、「厚生労働省が毎年公表する一般賃金水準」を最低基準として賃金を設定します。
厚生労働省の調査(令和5年度集計結果)によれば、派遣先均等・均衡方式を選択した割合は7.9%、労使協定方式を選択した割合は88.8%、両方併用は3.3% となっており、実態としては派遣元の約9割で労使協定方式が採用されています。派遣業界全体の標準的な対応方式と言ってよい状況です。
これが多く選ばれている理由は実務上の負担の少なさにあります。派遣先均等・均衡方式では、派遣先の正社員との比較のため、A4用紙5枚相当の「比較対象労働者の待遇に関する情報提供書類」を各派遣先から取得する必要があります。一方の労使協定方式では、教育訓練と福利厚生施設に関する情報だけ受領すれば足りるため、書類が大幅に簡略化されます。
これが実務の標準となっている理由です。
| 比較項目 | 労使協定方式 | 派遣先均等・均衡方式 |
|---|---|---|
| 賃金の基準 | 厚労省公表の一般賃金水準 | 派遣先の正社員の賃金水準 |
| 派遣先からの情報収集 | 教育訓練・福利厚生施設のみ | 賃金を含む詳細な待遇情報が必要(A4換算5枚) |
| 派遣先が変わった際の賃金変動 | 変わらない(協定で固定) | 派遣先に応じて変動する |
| 採用率(令和5年度) | 約89% | 約8% |
一般賃金水準が基準になるということですね。つまり派遣先がどれだけ高給の会社でも、労使協定方式では派遣社員の賃金が自動的に高くなるわけではありません。
参考:厚生労働省「派遣労働者の同一労働同一賃金について」
厚生労働省 派遣労働者の同一労働同一賃金(労使協定方式の基礎・最新通達を確認できる公式ページ)
労使協定方式では、派遣社員の基本給・賞与等の最低ラインを「一般賃金水準」と呼びます。この一般賃金水準は毎年8月下旬に厚生労働省の職業安定局長通達として公表され、翌年4月から適用されます。
計算式は以下の通りです。
$$一般賃金(時給) = 基準値 \times 能力・経験調整指数 \times 地域指数$$
基準値は職種ごとに設定された賃金の土台となる数値です。「賃金構造基本統計調査」と「職業安定業務統計」の2つの統計から選んで使用します。実務上は職業安定業務統計が多く使われており、これはハローワークの求人データをもとに細かく職種が分類されているため、派遣業務の実態に合わせやすいという理由があります。
能力・経験調整指数は、勤続0年を100.0として年数が上がるほど高くなる指数です。注意点は、この年数は単純な勤続年数ではないということ。実際の業務レベルや保有スキルが「一般労働者の何年目相当か」を判断して適用します。
地域指数は派遣先の所在地に応じた指数です。都道府県別またはハローワーク管轄地域別から選択でき、東京都や大阪府など賃金水準が高い地域ではこの指数が高くなります。
令和8年度(2026年4月適用)の最新数値を確認すると、職業安定業務統計ベースで一般事務・秘書・受付の職業:1,129円(前年比+41円)、ソフトウェア開発技術者:1,470円(+46円)、販売員:1,221円(+49円) となっています。また賃金構造基本統計調査ベースでは総合事務員:1,461円(+187円) という大幅上昇の職種もあります。
これは使えそうです。具体的な数字を把握しておけば、自分の派遣先での賃金水準が適正かどうかを確認できます。
派遣業のための就業規則サポート「令和8年度適用分の一般賃金が公表されました!」(職種別の基準値・地域指数・能力経験指数の変更点を詳しく解説)
労使協定方式の最大の特徴は、「派遣先が変わっても賃金が変わらない」という点です。派遣先均等・均衡方式の場合、派遣先の正社員の給与が基準になるため、賃金の良い企業から待遇の低い企業に派遣先が変わると、それに伴って派遣社員の賃金も下がります。これは派遣社員にとって大きなデメリットです。
一方、労使協定方式では一般賃金水準(厚労省公表値)が最低ラインになっているため、どの派遣先に就業してもベースとなる収入は安定します。これは派遣社員にとって収入の予測が立てやすいというメリットになります。
ただし、高給の派遣先に就業していても、労使協定方式では賃金が「一般水準以上」で固定されるため、派遣先の正社員と同等の給与にはなりません。賃金の上限が協定内容に縛られる面もあります。派遣先均等・均衡方式を選べば、待遇の高い企業に派遣された際に、その恩恵を受けられる可能性もあるわけです。
厚生労働省の調査では、両方式の間に派遣労働者の満足度や実際の賃金水準に大きな差がなかったという報告もあります。重要なのはどちらを選ぶかよりも、選んだ方式を適切に運用しているかどうかです。
派遣先企業にとっても違いがあります。労使協定方式では派遣元に提供する情報が少なく、実務負担が軽いというメリットがあります。ただし派遣料金については、一般賃金水準が改定されるたびに見直しの要請を受けるケースもあり、誠実に対応することが労働者派遣法第26条第11項によって義務付けられています。
労使協定方式は、すべての待遇を協定内容に従って決めていいわけではありません。この点は大きな誤解が生まれやすいところです。
賃金については協定で定めた一般賃金水準以上で設定すればよいのですが、福利厚生施設の利用(給食室・休憩室・更衣室など)と教育訓練については、同じ事業所に勤務する派遣先の従業員と均等・均衡を確保する義務があります。これは労使協定方式を採用していても免除されません。
そのため派遣先企業は、労使協定方式が採用されている派遣社員を受け入れる際でも、教育訓練と福利厚生施設に関する情報を派遣元に提供する義務があります。具体的には、「教育訓練の実施の有無と具体的内容」「給食施設・休憩施設・更衣室の利用機会の有無と利用時間」の情報が必要です。
つまり「労使協定方式なら派遣先からの情報提供は一切不要」ということにはなりません。対象が賃金関連情報から福利厚生・教育訓練の情報に絞られるというイメージです。
また、労使協定方式であっても、派遣元の通常の労働者(正社員など)との間で、賃金以外の待遇について不合理な差を設けることも禁止されています。パートタイム・有期雇用労働法の観点からも、例えば通常の労働者に通勤手当を支給している場合は、有期の派遣社員にも支給しなければ法律違反となるリスクが高い点は見落とせません。
待遇全体を正しく設計するが基本です。
派遣社員の中には「退職金は関係ない」と思っている方も多いのですが、労使協定方式では退職金の扱いが明確にルール化されています。これを知らないと受け取れるはずの退職金相当額を見逃すことになります。
労使協定方式では、退職金について以下の3つの方法から選択して実施することが義務付けられています。
- ①退職金前払い制度:基本給・賞与等の6%以上相当額を毎月の給与に上乗せして支払う方法
- ②中小企業退職金共済制度への加入:基本給・賞与等の6%以上相当額を毎月積み立てる方法
- ③派遣元独自の退職金制度の適用:局長通達で公表されている一般退職金の資料と比較して、水準を上回っている場合に適用
最も一般的に採用されているのが①の退職金前払い制度です。退職金を退職時にまとめて受け取るのではなく、毎月の時給に6%分が上乗せされている形になります。
具体的なイメージとして、時給1,500円で1日8時間・週5日フルタイム勤務の場合の概算を見てみましょう。
$$月収(額面)= 1,500円 \times 8時間 \times 20日 = 240,000円$$
$$退職金前払い分(6\%)= 240,000円 \times 6\% = 14,400円/月$$
月に14,400円が退職金前払い分として時給に含まれているイメージです。つまり表示時給よりも実質的な手取りは高くなっていることになります。
ただしこの前払い分は、毎月の給与の中に含まれているため、退職時に別途受け取れる一時金はありません。派遣会社から雇用条件の説明を受ける際に「退職金前払い制度を採用しています」という記載があれば、この仕組みが使われています。退職金相当額が別途支払われると思い込んで計画を立てると、想定外の損失につながります。
労使協定方式で最も見落とされがちなリスクの一つが、過半数代表者の選出手続きの問題です。手続きに不備があると、せっかく作成した労使協定が無効になります。
労働者の過半数を組織する労働組合がない場合(多くの派遣会社がこれに該当します)、派遣労働者を含むすべての従業員の中から過半数代表者を選出し、その人との間で労使協定を締結します。このとき満たさなければならない要件は以下の通りです。
- ✅ 管理監督者(課長職以上など)でないこと
- ✅ 選出の目的(派遣法第30条の4第1項の労使協定締結であること)を明示して選出すること
- ✅ 投票・挙手など、労働者の過半数の支持が明確になる民主的な方法で選出すること
- ✅ 派遣労働者を含む全従業員が参加できる選出方法であること
特に「民主的な方法で選出」という要件は厳格に見られます。会社側が一方的に指名する形や、対象者が明確でないまま形式的に署名を集める方法などは、後から無効と判断されるリスクがあります。
過半数代表者の選出が適切でなかった場合、労使協定方式は無効となり、派遣先均等・均衡方式が強制適用されます。その結果、派遣先の正社員との賃金差額が発生していれば、派遣社員から過去にさかのぼった賃金差額の損害賠償請求を受けるリスクが生じます。派遣社員の人数が多い会社ほど、賠償総額は多額になる可能性があります。
こうしたリスクを避けるためには、選出プロセスを文書化し、誰が、いつ、どのような方法で選ばれたかを記録に残しておくことが重要です。
選出手続きは必須です。
咲くやこの花法律事務所「労使協定方式による派遣法対応の5つの重要ポイント」(過半数代表者の選出手続きのリスクや法律上の注意点を弁護士が詳しく解説)
労使協定には有効期間があります。法律上は明確な上限があるわけではありませんが、厚生労働省の事務取扱要領では2年以内が望ましいとされており、これを大きく超える期間を設定すると労働局からの指導対象になる可能性があります。
2年以内ということですね。
つまり定期的な更新が必要です。
ただし、有効期間内であっても毎年の対応が必要な点があります。
それが賃金テーブルの見直しです。
厚生労働省の一般賃金水準は毎年8月に改定されるため、その水準を下回らないよう協定の内容を確認・更新する義務があります。正確には、毎年協定書自体を作り直す必要はありませんが、賃金額が最新の一般賃金水準と同等以上かどうかを毎年確認し、必要であれば変更の書面を作成するプロセスが求められます。
令和8年度では、一般賃金水準が全体(職業計)で前年度より41円上昇しています。特に通勤手当の最低額が73円から79円に引き上げられており、上限を設けて固定額で通勤手当を支払っている会社は見直しが必須です。173.8時間(標準的な月の所定労働時間)×79円=13,730円となり、これを月当たりの通勤手当下限として検討する必要があります。
更新を忘れた場合の重大リスクもあります。協定の有効期間が切れた状態で派遣業務を続けると、労使協定方式が機能しなくなり、派遣先均等・均衡方式が自動的に適用されます。また事業報告書への労使協定の添付が必要ですが、これを怠ると30万円以下の罰金が科されるリスクもあります。
協定の更新スケジュールは社内でカレンダー管理するのが確実です。毎年8月に最新の賃金水準を確認し、翌年4月の適用に向けて協定内容の見直しと更新を行うサイクルを組み込んでおきましょう。
2026年4月から適用される令和8年度の一般賃金水準は、職業計・産業計ともに上昇しています。派遣労働者の賃金を管理する立場の方も、派遣社員として働く方も、この改定内容を把握しておくことが重要です。
職業安定業務統計(ハローワーク求人データ)ベースで見ると、全体(職業計)の基準値は前年度から41円上昇して1,289円になりました。
主な職種の時給基準値は以下の通りです。
| 職種 | 令和8年度(時給) | 前年比 |
|---|---|---|
| 一般事務・秘書・受付 | 1,129円 | +41円 |
| ソフトウェア開発技術者 | 1,470円 | +46円 |
| 販売員 | 1,221円 | +49円 |
| 福祉・介護専門職 | 1,349円 | +42円 |
| 生産設備オペレーター(金属) | 1,182円 | +41円 |
賃金構造基本統計調査ベースでは全体が前年度比122円上昇し1,442円となっています。特に目立つのがソフトウェア作成者:1,670円(前年比+226円)と総合事務員:1,461円(+187円)という大幅な上昇です。
また通勤手当の最低額も73円から79円に6円引き上げられています。鉄道・バス運賃の値上がりやガソリン価格の上昇が反映されたものと分析されています。上限を設けた固定額で通勤手当を支払っていた場合は、この改定にあわせて金額を見直す必要があります。
退職金割合については令和8年度も5%のまま変更はありませんでした。一方、能力・経験調整指数の「学歴計初任給との調整」の数値が12.6%から12.5%にわずかに下がっています。
この改定内容が自社の労使協定上の賃金設定に適合しているか確認するのが次の行動です。特に事務職や技術職に多くの派遣社員を送り出している派遣元企業にとっては、令和8年度以降の協定更新作業が急務です。
労使協定を作成する際には、法律(派遣法・同施行規則)で定められた記載事項を網羅することが必要です。一つでも欠けると協定の有効性が問われる場合があります。確認のためのチェックリストとして整理しておきましょう。
| # | 記載事項 | ポイント |
|---|----------|----------|
| ① | 労使協定の対象となる派遣労働者の範囲 | 全員でも一部でも可。一部の場合はその理由も記載が必要 |
| ② | 派遣労働者の賃金の決定方法 | 一般賃金水準と同等以上になっていることが分かる形で記載 |
| ③ | 就業実態の向上に対する具体的措置 | 能力向上時の対応(手当追加・新たな就業機会の提示など) |
| ④ | 派遣労働者の評価方法 | 公正な評価方法(面談・成果目標の設定など)を具体的に記載 |
| ⑤ | 賃金を除く待遇の決定方法 | 通常の労働者との不合理な差を設けないことを記載 |
| ⑥ | 段階的・体系的な教育訓練の実施 | 2015年派遣法改正で義務化された事項 |
| ⑦ | 労使協定の有効期間 | 2年以内が望ましい |
| ⑧ | 対象を一部に限定する場合のその理由 | 全員対象の場合は不要 |
| ⑨ | 雇用期間中に派遣先変更を理由として対象者を変更しないこと | 特段の事情がない限り、途中変更は禁止 |
厚生労働省はこの協定のひな形も公表していますが、注意点があります。公表されているひな形は「賞与・退職金ともに支給する」ことを前提に設計されており、かなり複雑な内容です。賞与や退職金を前払い以外の方法で扱う場合や支給しない場合は、ひな形をそのまま流用することができません。自社の支給内容に合わせてカスタマイズが必要です。
記載事項が条件です。ひな形を使う際は必ず自社の実態に合わせる確認作業を行いましょう。
HRMOSブログ「労使協定方式とは?均等均衡方式との違いや派遣労働者の賃金水準をわかりやすく解説」(賃金算出方法・記載事項の概要を図解つきで説明)
金融に関心のある読者にとって、労使協定方式は「自分には関係ない制度」と感じるかもしれません。しかし、金融・証券・保険業界は派遣社員が多く活用される業種の一つであり、この制度を理解することには直接的な経済的意味があります。
金融機関や証券会社のバックオフィス(事務・データ入力・コールセンターなど)には多数の派遣社員が就業しています。一般事務・秘書・受付の職業カテゴリに分類されることが多く、令和8年度の一般賃金水準(職業安定業務統計ベース)では時給1,129円が最低基準です。しかし実際には派遣会社が労使協定方式を適切に運用しているかどうかによって、支給されるべき賃金が正しく支払われているかどうかが変わります。
特に興味深いのは、正社員の退職金がない派遣会社でも、労使協定方式では派遣社員への退職金相当額の支払いが義務化されている点です(前払い6%またはその他の方法)。金融業界の大手企業に就業している派遣社員であっても、雇用関係は派遣会社との間にありますから、賃金・退職金ともに派遣元の労使協定内容に左右されます。自分の報酬がどの協定に基づいて設計されているかを知ることは、金融的なリテラシーとしても重要です。
また、金融リテラシーの観点からは、時給交渉や派遣会社の選択において労使協定方式の内容を比較するという視点が使えます。複数の派遣会社に登録している場合、能力・経験調整指数の適用の仕方や退職金の扱いが会社によって異なるため、表示時給だけで比較すると不利な選択をしてしまうこともあります。
法制度の仕組みを知ることが、自分の収入を守る最初のステップです。
労使協定方式は派遣元の義務と思われがちですが、派遣先企業にも対応が求められる場面があります。知らないと行政指導を受けるケースもあるため、確認しておきましょう。
① 派遣料金への配慮義務
厚生労働省が毎年公表する一般賃金水準が改定されると、派遣元はそれに合わせて派遣社員の賃金を引き上げる必要があります。そのため派遣元から派遣料金の見直し交渉があった場合、誠実に対応することが労働者派遣法第26条第11項によって義務付けられています。一般賃金が上昇するたびに派遣料金の改定要請を無視し続けると、行政指導の対象になる可能性があります。
② 福利厚生施設の利用と教育訓練の情報提供
労使協定方式を採用している派遣元から派遣を受け入れる場合でも、派遣先企業は「教育訓練の有無と内容」「給食施設・休憩室・更衣室などの利用可否と条件」について情報を提供する義務があります。これは派遣契約締結の前に行う必要があります。
③ 情報開示(利用できる待遇内容の通知)
どちらの方式でも派遣元への情報提供義務があります。労使協定方式の場合は福利厚生と教育訓練に関する情報を、派遣先均等・均衡方式の場合は待遇に関するより広範な情報を提供します。どちらの方式かを事前に確認し、必要な情報を準備しておくと契約手続きがスムーズです。
厳しいところですね。ただしこれらの対応は、派遣社員が安心して働ける環境を整えることにも直結しており、派遣先企業にとっても良質な人材を継続的に確保するための投資と捉えることができます。
労使協定方式の最大のリスクは、協定が後から「無効」と判断された場合の影響の大きさです。具体的にどのような連鎖反応が起きるのかを整理しておくことは、派遣会社・派遣社員・派遣先企業のすべての立場にとって重要です。
協定が無効となる主な原因は3つです。①過半数代表者の選出手続きが民主的でなかった、②労使協定の記載事項が不備だった、③協定に基づく賃金の支払いが一般賃金水準を下回っていた、のいずれかです。
協定が無効と判断された場合、派遣先均等・均衡方式が自動的に適用されることになります。この結果、派遣先の正社員との賃金格差がある場合には、その差額分を賃金として過去にさかのぼって支払う義務が生じる可能性があります。例えば派遣社員が50人いる会社で、1人当たり月5万円の格差が1年間続いていた場合、損害賠償の対象額は理論上50人×5万円×12カ月=3,000万円という規模になり得ます。
また、不適切な運用が労働局の調査で発覚した場合は行政指導の対象になります。改善勧告に従わない場合はさらなる行政処分や事業許可の取り消しにつながるリスクもあります。
こうしたリスクを避けるための実践的な対策として、社会保険労務士や弁護士といった専門家に労使協定の内容をチェックしてもらうことが有効です。特に初めて協定を作成する場合や、会社の規模が拡大して派遣社員数が増えた場合は、専門家への相談が安全策になります。
リスク管理が重要です。労使協定は一度作って終わりではなく、毎年の見直しと適切な更新が求められる継続的な業務です。
労使協定方式では、単に「最低賃金以上を払う」だけでなく、就業実態に関する事項が向上した場合の具体的な措置を協定に盛り込むことが義務付けられています。これは、派遣社員のキャリアや能力が上がったときに適切に賃金へ反映するための仕組みです。
具体的には「能力手当の追加支給」または「新たな派遣就業の機会の提示」が典型的な措置として挙げられています。ただし後者の「新たな派遣先の提示」は、既に別の派遣先に就業中の派遣社員に行うと現行の派遣先との関係でトラブルになるケースがあるため、実務上は慎重な判断が必要です。
評価方法については「半年ごとに面談して目標を設定し、一定期間後に達成状況を評価する」などの具体的な手続きを協定に明記することが求められています。この仕組みがしっかり機能すれば、派遣社員が長期就業によってスキルを高めるほど賃金も上がるという好循環が生まれます。
ここが派遣社員の立場から重要なポイントです。派遣会社に登録する際や就業中に、評価制度がどのように設計されているか確認することが、長期的な収入向上につながります。「能力が上がっても賃金が変わらない」と感じている場合は、協定上の評価方法の内容と実際の運用が一致しているかを確認するとよいでしょう。
自分の派遣会社の評価制度を一度確認するのが次の行動です。派遣元に労使協定の周知を求めることは派遣法上の権利として認められています。
労使協定方式では、派遣元企業に派遣社員への待遇説明義務が課されています。この権利を活用すれば、自分の賃金設定が適切かどうかを確認することができます。
説明を受けられる機会は主に3つあります。①雇い入れ時(就業前)、②派遣先への就業開始時、③派遣社員から求めがあったとき、のいずれかです。求めがあった場合の説明は義務なので、いつでも申し出ることができます。
説明の内容としては、「賃金決定に使用した統計の種類(職業安定業務統計か賃金構造基本統計調査か)」「適用した能力・経験調整指数の年数とその根拠」「地域指数の選択」「退職金の扱い(前払いの場合は何%か)」などが含まれます。
また、労使協定の内容は事業所の見やすい場所への掲示または書面交付などの方法で、派遣社員全員に周知することが義務付けられています。
書面での確認を求めることも可能です。
いいことですね。自分の賃金が正しく計算されているかを確認するためのチェックリストとして次の点を覚えておくとよいでしょう。
- 📌 使用している統計(職業安定業務統計 or 賃金構造基本統計調査)はどちらか
- 📌 能力・経験調整指数は何年相当で適用されているか(勤続年数と一致しない場合もある)
- 📌 地域指数は都道府県別 or ハローワーク管轄別のどちらか
- 📌 退職金の前払いが含まれているか(時給に6%相当が上乗せされているか)
- 📌 通勤手当の扱いはどうなっているか(実費か上限付きか)
これらを把握するだけで、自分の時給の構成要素を理解し、適正かどうかを判断できるようになります。
知識が収入を守ります。
労使協定方式を適切に運用するためには、協定の内容自体だけでなく、行政手続き上の義務を漏れなく実行することが求められます。見落としがちな2つの義務を確認しておきましょう。
① 労使協定の周知義務
締結した労使協定は、対象となる派遣労働者に周知することが法律上の義務です。周知の方法としては、事業所内の見やすい場所への掲示、書面の交付、パソコン等でいつでも確認できる形での開示、などが認められています。
口頭のみでの伝達は認められません。
周知が行われていない場合、労働局からの指導対象になります。
② 事業報告書への労使協定の添付
派遣事業者は毎年「労働者派遣事業報告書」を労働局に提出する義務がありますが、この報告書に労使協定を添付することが必要です。添付を忘れると、30万円以下の罰金が科される可能性があります。
うっかり見落としやすい手続きの一つです。
罰金刑には期限があります。
また、労使協定の有効期間の更新と賃金テーブルの見直しは、毎年の報告書提出のタイミングに合わせてスケジュール管理するのが実務上のポイントです。厚生労働省が一般賃金水準を公表する毎年8月下旬をトリガーとして、翌年4月適用に向けた協定更新作業と報告書準備を並行して進めるサイクルを作ると抜け漏れを防ぎやすくなります。
社会保険労務士との顧問契約を活用している派遣会社では、こうした年次スケジュールの管理をサポートしてもらうことで、法令違反リスクを大幅に下げることができます。
年1回の確認が安全策です。
労使協定方式が2020年に導入された背景には、単なる賃金水準の底上げだけでなく、「派遣社員の長期的なキャリア形成への配慮」という制度的な理念があります。この観点から制度を見ると、金融的なリテラシーとしても重要な視点が見えてきます。
制度設計の理念として、労使協定方式では評価制度・能力・経験に応じた賃金の改善・教育訓練の実施をセットで義務化しています。これは派遣社員が同じ会社で長く働き続けるほど、スキルに見合った賃金を得られる仕組みを作ることを目指したものです。
現実としては、厚生労働省の調査でも「両方式の間に賃金水準や満足度の大きな差はみられなかった」とする報告があります。制度の整備と実際の運用の間には、まだギャップが存在する部分もあります。
制度だけでは解決しない面もあります。
ただし、一般賃金水準が毎年更新されていく仕組みは機能しています。令和8年度には事務職で前年比41円、技術職では226円もの大幅な引き上げが反映されました。これは決して小さな変化ではなく、年間に換算すると事務職フルタイムで年8万円以上の差になります。
$$年収換算(事務職・フルタイムの場合) = 41円 \times 8時間 \times 240日 = 78,720円/年$$
この制度の恩恵を最大化するために派遣社員にできることは、就業先の選択時に派遣会社の労使協定の内容(退職金の扱い・評価制度・能力経験指数の適用方針)を比較することです。同じ時給でも、能力・経験調整指数の適用の仕方や退職金前払いの計算方法によって実質的な収入に差が出てきます。
自分にとって有利な条件の協定を採用している派遣会社を選ぶという金融的な判断が、長期的な収入に直結します。
十分な情報が揃いました。
記事を生成します。