パワハラ防止法に罰則なし、でも企業が負う本当のリスク

パワハラ防止法に罰則なし、でも企業が負う本当のリスク

正しい知識とリスク対策を解説します。


パワハラ防止法の罰則なしが意味する本当のリスクとは

罰則がないなら、対策しなくても法律に触れない──それは大きな勘違いです。


📋 この記事の3ポイントまとめ
⚖️
罰則ゼロでも"お金のリスク"はゼロじゃない

パワハラ認定がなくても安全配慮義務違反で6,000万円超の賠償を命じられた判例あり。直接的な刑事罰はなくても、民事上の損害賠償リスクは非常に大きい。

📢
勧告に従わないと社名が公表される

厚生労働大臣による指導・勧告に応じない場合、企業名が公表されるリスクがある。金融機関や上場企業にとって信用失墜は経営上の致命傷になりうる。

📊
パワハラ相談件数は2020年比で約3.4倍に急増

厚生労働省の統計では、2023年度のパワハラ相談件数は約62,863件。2026年10月にはカスハラ対策も義務化され、企業に求められる対応範囲はさらに広がる。


パワハラ防止法とは何か——正式名称と制定の背景


「パワハラ防止法」という名前の法律は、実は存在しません。正式には「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)」の改正によって、職場でのパワーハラスメント防止措置が義務化されました。これが通称「パワハラ防止法」と呼ばれています。


2019年5月に改正法が成立し、大企業では2020年6月1日、中小企業では2022年4月1日より全面施行されました。つまり現在は企業の規模を問わず、すべての事業主が対応を義務付けられています。


この法律が生まれた背景には、厚生労働省への職場ハラスメント相談件数の急増があります。2020年時点では約18,363件だった相談件数が、2023年度には約62,863件と約3.4倍に膨らみました。パワハラは今や「個人間のトラブル」ではなく、企業の経営リスクとして認識されるべき問題です。


厚生労働省|職場におけるハラスメントの防止のために(公式ページ)


パワハラ防止法の罰則なしの意味——何が「ない」のか正確に理解する

「罰則なし」という言葉は、正確に理解しておく必要があります。パワハラ防止法において「ない」のは、事業主がパワハラ対策を怠ったことに対する直接的な刑事罰(懲役・罰金など)です。違法な残業で科される罰金や、最低賃金違反のような刑事制裁は、パワハラ防止法には規定されていません。


ただし、「罰則がない=何もしなくていい」では決してありません。厚生労働大臣が必要と認めた場合には、事業主に対して助言・指導・勧告が行われます。


その流れを整理すると次の通りです。



  • 🔵 助言・指導:まず行政から改善の促しがある

  • 🟡 勧告:助言・指導に従わない場合、より強い是正命令が出る

  • 🔴 社名公表:勧告にも従わない場合、企業名が公表される


社名の公表は罰金ではありませんが、金融機関や上場企業にとっては信用失墜や株価下落など、金銭的損失に直結するリスクです。「刑事罰がない」という事実のみで安心していると、思わぬダメージを受けます。


パワハラ防止法の義務内容——事業主が取るべき4つの措置

パワハラ防止法が事業主に求める措置は、大きく4つに分類されます。単に「相談窓口を作ればOK」という話ではなく、体系的な整備が必要です。



  • 📌 方針の明確化と周知・啓発:パワハラを許容しない旨を就業規則に盛り込み、全従業員に周知する

  • 📌 相談体制の整備:社内または社外の相談窓口を設置し、担当者を配置する

  • 📌 迅速かつ適切な事後対応:パワハラが発生した際に事実確認・被害者保護・加害者への措置を行う

  • 📌 プライバシー保護と不利益取扱いの禁止:相談者の情報を適切に管理し、相談したことを理由とした不利益を与えない


これらはどれか一つを実施すれば足りるというものではありません。すべてを組み合わせて機能させることが「措置義務を果たした」と認められる条件です。特に相談者のプライバシー管理は見落とされがちですが、漏洩した場合には別途損害賠償のリスクが発生します。


4つすべてが必須です。


厚生労働省|パワーハラスメント対策が事業主の義務になりました(PDF)


パワハラの定義と6類型——何がパワハラに当たるのか

パワハラの法律上の定義には、3つの要件がすべて揃う必要があります。①職場における優越的な関係を背景とした言動、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの、③労働者の就業環境が害されるもの、これら3点をすべて満たして初めてパワハラと判断されます。


厚生労働省は、パワハラの典型例として以下の6類型を示しています。



  • 👊 身体的な攻撃:殴る・蹴るなどの暴力行為

  • 😤 精神的な攻撃:侮辱・脅迫・ひどい暴言など

  • 🚪 人間関係からの切り離し:仲間外れ・無視・隔離

  • 📦 過大な要求:到底こなせない量の業務を強制する

  • 📉 過小な要求:能力や経験に見合わない仕事しか与えない

  • 🔍 個の侵害:プライベートへの過度な立ち入り


注意点は、業務上必要な指導はパワハラに該当しないということです。


「厳しい指導=パワハラ」ではありません。


問題になるのは、指導の範囲を逸脱した言動の継続です。6類型が「典型例」である点も重要で、これ以外の言動がパワハラと認定される場合もあります。


罰則なしでも6,000万円超の賠償——ゆうちょ銀行事件の教訓

「パワハラ防止法に罰則がないから対策は後回しでいい」と考えていると、民事上の賠償リスクを見落とすことになります。


2018年、徳島地方裁判所が下したゆうちょ銀行事件の判決は非常に重要です。2015年に徳島の職場で働いていた男性従業員が、職場の人間関係でトラブルを抱え自死したケースです。裁判ではパワハラそのものの認定は否定されました。しかし裁判所は、会社が男性の体調悪化のサインを把握しながら適切な対応を取らなかったとして、安全配慮義務違反を認定。ゆうちょ銀行に対し約6,142万円の賠償を命じました。


パワハラとして認定されなくても、企業が約6,000万円の賠償を命じられる。


これが現実です。


安全配慮義務とは、労働契約法第5条に定められた「使用者は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務」のことです。パワハラ防止法の罰則ではなく、この安全配慮義務という別の法的根拠から、企業は莫大な賠償を求められるのです。


労働新聞社|ゆうちょ銀行事件(徳島地判平30・7・9)の詳細


社名公表リスクの深刻さ——金融業界での信用毀損は致命的

「社名公表」は罰金のように即時の金銭的ペナルティではありませんが、特に金融業界では信用毀損という形で経営に深刻なダメージを与えます。


銀行・証券・保険会社などの金融機関は、顧客からの「信頼」を事業の根幹に置いています。企業名が「ハラスメントで行政勧告を無視した会社」として公表されれば、顧客離れ・取引先からの信頼低下・採用難という三重の打撃を受けます。採用難は特に深刻で、金融機関は優秀な人材を確保することで競争力を維持しているため、応募者数が減少すれば中長期的な業績にも影響を及ぼします。


加えて、上場企業の場合は株価への影響も無視できません。ESG投資の観点から、従業員への対応姿勢を評価する機関投資家が増えており、労働環境問題でのスキャンダルは投資評価の下落につながりやすい構造になっています。社名公表は「小さなペナルティ」ではないということです。


過料20万円という例外規定——報告義務違反には罰則がある

「パワハラ防止法に罰則なし」という説明には、実は一つの例外があります。


知らないと損します。


厚生労働大臣から事業主に対して「措置の実施状況に関する報告」が求められた際、その報告をしなかった場合、または虚偽の報告をした場合には、改正労働施策総合推進法第41条に基づき20万円以下の過料が科されます。


ここだけは金銭的な罰則が存在します。


20万円という金額は、大企業にとって小さく見えるかもしれません。しかし実務上の問題は金額ではなく、行政から「報告を求められた」という事実そのものです。これは行政が会社の対応に問題があると判断したサインであり、その後の社名公表や民事訴訟リスクにつながる可能性があります。行政からの報告要求は「警告」として受け止めるべきです。


Spiralプラットフォーム|パワハラ防止措置を怠った企業へのペナルティ詳細


使用者責任(民法715条)——上司がパワハラをすると会社も賠償義務を負う仕組み

パワハラの加害者が会社の従業員(上司など)であった場合、企業は民法715条の「使用者責任」に基づいて、被害者への損害賠償責任を連帯して負う可能性があります。


使用者責任が成立する流れはシンプルです。「上司が部下にパワハラを行った(不法行為)→ 業務の執行に関連して行われたと認定→ 会社も賠償義務を負う」という構造です。「うちの社員が個人的にやったことだ」という主張は、法的には通りにくいのです。


さらに、会社が安全配慮義務違反も問われる場合は、使用者責任と安全配慮義務違反の両方から損害賠償を請求されることがあります。実際の訴訟では、慰謝料のほかに逸失利益(被害者が将来得られたはずの収入)や弁護士費用も損害として認められることがあり、賠償総額が数千万円に及ぶケースは珍しくありません。


会社と個人の問題は別ではありません。


パワハラ対策を怠った場合の企業の4大リスク整理

ここまで解説した内容をもとに、パワハラ対策を怠った場合に企業が直面するリスクを4つにまとめます。「罰則なし」という言葉だけで判断するのがいかに危険か、改めて確認してください。



  • 💸 民事上の損害賠償リスク:パワハラ認定がなくても安全配慮義務違反で数千万円〜1億円以上の賠償を命じられる可能性がある

  • 📣 社名公表・信用失墜リスク:行政の勧告に従わない場合、企業名が公表されESG評価や採用力に悪影響が出る

  • 👥 人材流出・採用難リスク:パワハラが横行する職場では離職率が上昇し、採用市場での競争力が低下する

  • 📋 行政上の制裁リスク:報告を怠ると20万円以下の過料が科され、行政の関与が継続する


特に金融業界の場合、取引先や顧客が法人・機関投資家であることが多いため、コンプライアンス上の問題は契約打ち切りや融資条件の変更など、即座に収益面への影響をもたらすことがあります。リスクの種類と大きさを理解した上で対策に取り組むことが重要です。


パワハラ防止法における「適正な指導」との線引き——管理職が押さえるべきポイント

パワハラ防止法の施行後、職場でよく聞かれる声があります。「厳しく指導したらパワハラと言われそうで、何も言えない」という管理職の悩みです。この懸念は理解できますが、法律の趣旨を正しく理解することで解消できます。


業務上必要な指導はパワハラには当たりません。問題になるのは、業務上の必要性・合理性を欠いた言動や、人格を否定するような発言です。


具体的に見ると、次のような違いがあります。



  • 適正な指導(パワハラにならない例):具体的なミスの原因を指摘し、改善方法を一緒に考える。同じミスの繰り返しに対して語気を強めて注意する

  • パワハラになりうる言動:「お前は使えない」「給料泥棒」など人格を否定する発言。大勢の前での叱責や、業務と関係のないプライベートへの干渉


重要なのは「指導の内容」ではなく「言い方・方法・継続性」です。指導は業務改善を目的として、具体的かつ相手の尊厳を傷つけない方法で行うことが基本です。そのためにも管理職向けの研修受講が有効で、特に金融機関向けに特化した内容のものは実務に即した学びが得られます。


金融機関e-JINZAI|金融機関向けハラスメント研修(階層別)


2025年・2026年の法改正——カスハラ対策義務化でさらに広がる企業の責任

パワハラ防止法(労働施策総合推進法)は、2025年6月にさらなる改正が行われました。この改正により、2026年10月1日から「カスタマーハラスメント(カスハラ)対策」も全事業主の義務となります。


カスハラとは、顧客や取引先による過度なクレーム・要求・暴言など、従業員に対する著しい迷惑行為のことです。金融業界では窓口業務や電話対応など、顧客と直接接点を持つ場面が多く、カスハラが発生しやすい環境でもあります。


これは対岸の火事ではありません。


2026年10月以降、カスハラ対策を講じていない企業は指導・勧告の対象となります。パワハラ防止体制と並行して、カスハラに関する方針策定・相談体制の整備・従業員への周知が必要になります。今から準備を進めることで、義務化後のコスト増加やトラブル対応に追われるリスクを減らすことができます。


政府広報オンライン|労働施策総合推進法 一部改正でハラスメント対策強化(2025年改正内容)


パワハラ防止のために今すぐできる3つの実務的アクション

「法律の義務は分かったが、どこから手をつければいいか」と感じている担当者・管理職向けに、今すぐ実行可能な具体的なアクションを紹介します。


まず取り組むべきは、社内での現状把握です。自社にパワハラの相談窓口が設置されているか、就業規則にパワハラの禁止規定が明記されているかを確認します。この2点が整っていない場合は優先的に対応してください。


確認は1時間以内でできます。


次に、管理職への研修の実施です。研修を受けた管理職と受けていない管理職では、指導の方法や問題発生時の対応に明確な差が生まれます。外部のハラスメント研修サービスを活用することで、自社でゼロから準備する手間を省けます。


最後に、相談窓口の利用率と認知度の確認です。窓口を設置しても従業員に知られていなければ意味がありません。年1回、全従業員へのアンケートで認知度を測り、必要に応じて社内周知を強化してください。


この3ステップが対策の基本です。


厚生労働省|あかるい職場応援団(パワハラの定義・対策の公式情報)


「罰則なし」という誤解が生む最大のリスク——金融業界に特有の落とし穴

金融業界は他の業種と比べて、コンプライアンス意識が高い組織が多い一方で、成果主義的な文化が強い職場も残っています。数字へのプレッシャーが強い環境は、意図せず管理職が「過大な要求」や「精神的な攻撃」に相当する行為を行うリスクを高めます。


特に、「これくらいの指導は当たり前」という業界内の慣習が、外部の目線でパワハラと判断されるケースが増えています。2024年5月に厚生労働省が公表した実態調査では、過去3年間にパワハラを受けたと回答した労働者は約5人に1人(19.3%)という数字が出ています。


「罰則がないから大丈夫」という認識は、こうした現実の数字と大きくかけ離れています。パワハラ防止への取り組みは、リスク管理の観点だけでなく、優秀な人材を惹きつける職場環境を整えるという意味でも、金融機関にとって不可欠な経営課題といえます。法律は罰則がなくても、市場は正直に評価します。




パワハラ セクハラ いじめ ストーカー対策! お守り復讐 縁切り 呪い 縁結び