マクロプルーデンス・中国の金融政策と外債規制の仕組み

マクロプルーデンス・中国の金融政策と外債規制の仕組み

マクロプルーデンス・中国の金融政策と外債管理の全貌

中国のマクロプルーデンス規制を「引き締めだけ」と思っているなら、2025年1月の係数引き上げで外債枠が純資産の3.5倍まで拡大した事実を見落としています。


この記事で分かる3つのポイント
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マクロプルーデンスとは何か

個別銀行の監視(ミクロ)ではなく、金融システム全体のリスクを評価・管理する政策の枠組み。中国は2016年にMPA(マクロ・プルーデンス評価システム)を導入し、先進国に先駆けた包括的ツールを構築した。

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外債枠の最新動向(2025年)

2025年1月13日よりマクロプルーデンス調節係数が1.75に引き上げられ、企業の外債借入限度額が純資産の3.5倍に拡大。中国現地法人を持つ日系企業の資金調達に直接影響する重要変更点。

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見落としやすいリスクと注意点

投注差方式とマクロプルーデンス方式の選択は「一度決めると変更不可」という制約がある。また、方式選択と並行して日本側の移転価格税制リスクも同時に検討しないと、追徴課税などの損失につながる恐れがある。


マクロプルーデンスとは何か——中国が導入した金融安定の「二本柱」


マクロプルーデンスとは、金融システム全体のリスクを俯瞰的に分析・評価し、その安定を維持するための政策的枠組みです。個々の金融機関の健全性を監視する「ミクロ・プルーデンス」とは異なり、金融機関相互の連鎖リスクや、不動産・株式などの資産バブルが金融全体を揺るがすシステミック・リスクに対処することが目的です。


2008年のリーマン・ショック後、世界中の中央銀行がこの考え方に注目し始めました。なぜかというと、危機が発生する直前の2003〜2007年は、消費者物価指数(CPI)が安定していたにもかかわらず、MSCI世界株価指数が約90%上昇し、米国主要都市の不動産価格が50%以上高騰していたからです。CPI中心の従来型金融政策では、このような資産バブルの膨張を見逃してしまうことが改めて明らかになりました。


中国はこうした国際的な潮流を受けて、2017年の中国共産党第19回全国代表大会で習近平総書記が「金融政策とマクロ・プルーデンス政策を二本の柱とするマクロ・コントロール政策の枠組みを強化する」と明記しました。これが中国の公式政策として確立した瞬間です。つまり二本柱が原則です。


金融政策が「景気サイクル(物価・経済成長)」を安定させるのに対し、マクロ・プルーデンス政策は「金融サイクル(不動産価格・広義の貸出)」を抑制することを担います。この分業こそが、中国が目指す「ティンバーゲンの定理」的アプローチ——目標の数だけ政策手段を持つ——の実践です。


参考:マクロ・プルーデンスの概念を分かりやすく解説している日本銀行の公式ページ
マクロ・プルーデンスとは何ですか? : 日本銀行 Bank of Japan


中国のMPA(マクロ・プルーデンス評価システム)の7項目と実態

中国人民銀行が2016年に導入したMPA(Macro Prudential Assessment)は、金融機関を7つの評価項目・17の指標で総合的にスコアリングし、A・B・Cの3ランクに格付けする仕組みです。単なる「通知」ではなく、準備預金の利息率という経済的インセンティブで銀行行動を直接誘導する点が世界的にも革新的とされています。


評価の7項目は以下の通りです。


  • ① 資本とレバレッジ状況(自己資本比率、レバレッジ比率)
  • ② 資産負債状況(広義貸出増加率、委託貸付増加率、インターバンク負債比率)
  • ③ 流動性(流動性カバレッジ比率安定調達比率
  • ④ 価格(金利)決定行為
  • ⑤ 資産の質(不良債権比率、貸倒引当金カバー率)
  • ⑥ 対外債務リスク(リスク加重残高、対外債務枠遵守状況)
  • ⑦ 貸出政策執行(貸出政策評価結果、中銀資金運用状況)


なかでも最重視されるのが「自己資本比率」です。資本は金融機関が損失を吸収するクッションであり、貸出拡大はその規模に制約されなければならないという考え方が根底にあります。スコアが高ければ準備預金の受取利息が増え、低ければ減るという仕組みです。これは使えそうです。


2017年にはオフバランスシート(簿外)の資産運用商品が「広義の貸出」に組み込まれ、シャドーバンクを経由した迂回融資も評価対象となりました。さらに2018年には「譲渡性預金」がインターバンク負債の一部として算入されるよう改正が加わっています。このように、MPAは毎年のように対象範囲が拡大している点に注意が必要です。


MPA導入の効果として、2017年12月のマネーサプライ(M2)の伸び率は前年比8.2%と史上最低水準まで低下しました。シャドーバンキングの膨張を抑制できた一方で、実体経済の「オーバーキル(過剰引き締め)」リスクという副作用も同時に懸念されており、政策の舵取りは難しいところです。


参考:MPA評価の詳細と中国の金融リスクについて解説した野村資本市場研究所の論文
中国におけるマクロ・コントロール政策の枠組みの強化(野村資本市場クォータリー 2018 Spring)


マクロプルーデンス方式による中国の外債枠——2025年最新の計算ルール

中国に現地法人を持つ企業や金融機関が国外から資金調達(クロスボーダー融資・親子ローン含む)を行う場合、その上限は「外債枠」として厳格に管理されています。この外債枠の計算方法は2016年以降に大きく変化しており、現在は「投注差方式」と「マクロプルーデンス方式」の2種類が並立しています。


マクロプルーデンス方式の外債借入限度額の基本式は次の通りです。


項目 内容
外債限度額(上限) 純資産(直近監査報告書)× マクロプルーデンス調節係数
2023年7月以前 係数1.25 → 純資産の2.5倍
2023年7月〜2024年末 係数1.5 → 純資産の3.0倍
2025年1月13日以降(最新) 係数1.75 → 純資産の3.5倍


実際の外債残高は「借入金額 × マクロプルーデンス政策因数 × 借入通貨リスク因数 × 借入期間リスク因数」で計算されます。期間が短いほど・外貨建てほどリスク因数が高くなるため、単純に3.5倍まで借りられるわけではない点が重要です。厳しいところですね。


投注差方式との最大の違いは「返済後に借入枠が復活するか否か」です。投注差方式は外貨中長期借入などを累計発生額でカウントするため、返済しても枠は復活しません。マクロプルーデンス方式は残高管理なので、返済すれば枠が回復します。この違いは企業の資金繰りに直結します。


ただし、一度どちらかの方式を選択すると変更できないという制約があります。選択後の変更不可が条件です。また、設立直後で年度監査を経ていない法人はマクロプルーデンス方式を利用できない点も要注意です。中国子会社の財務責任者や親会社の担当者は、まず外債管理に詳しい専門家(税理士・弁護士)への相談から始めることをお勧めします。


参考:外債枠の変遷と計算例をまとめたマイツグループの実務解説
【2023年12月】中国子会社に対する親子ローンにかかる留意事項(株式会社マイツ)


中国のシャドーバンクとデレバレッジ——マクロプルーデンス政策が生まれた背景

中国のシャドーバンキングは、正規の銀行融資では審査が通らない企業や地方政府向けに、信託会社や資産運用会社(理財商品)を経由して資金を供給する仕組みです。2010年に約2兆8,000億元だったシャドーバンクの融資残高は、2016年には約27兆元(GDP比でおよそ86%相当)にまで膨らみました。銀行は「証券への投資」という名目で帳簿上の引当金を免れながらリスクの高い融資を継続できたため、いわば「中国版サブプライムローン」とも呼ばれる構造でした。


このリスクに対し、人民銀行は2013年6月、季節的に短期資金が不足するタイミングであえて資金供給を停止するという強硬手段に出ました。銀行間金利(SHIBOR翌日物)は一時年率28%という記録的水準まで急騰し、市場はパニック状態になりました。意外ですね。翌日には資金供給を再開して収束しましたが、これは「短期借入で長期資産に投資する」という無謀な運用への警告として機能しました。


これを踏まえて2016年に導入されたMPAにより、銀行はバランスシートの圧縮を余儀なくされ、シャドーバンクへの融資は2018年半ばにはマイナスに転じました。また、地方政府が公共事業の資金を1年以内の短期借入で調達するという危険な慣行も、低金利の地方債(5年物)への借り換えによって是正されました。デレバレッジが基本です。


ただし、MPA導入後も課題は残っています。政策当局は「景気サイクルと金融サイクルが大きく乖離した場合に、二つの調整をどう折り合わせるか」という問題に対してまだ明確な答えを持っていません。また、ミクロ・プルーデンスを担う銀行監督当局(銀監会)との管轄重複問題は、2018年の銀監会・保監会統合で一定の前進を見せましたが、完全な一元化にはまだ至っていないのが実情です。


参考:中国の金融リスクとMPAの関係を詳述した日本総研のレポート
中国の金融リスクを増幅する中小銀行(日本総合研究所)


マクロプルーデンス中国の独自視点——外債方式選択が親子ローン金利の移転価格税制リスクを生む理由

中国のマクロプルーデンス方式を語る際、多くの解説が「外債枠の広さ」にフォーカスします。しかし金融実務の現場で近年クローズアップされているのは、外債方式の選択が日本側の税務リスクとリンクしているという点です。この視点は検索上位の記事ではほぼ取り上げられていません。


2022年6月、日本の国税庁は「移転価格事務運営要領(事務運営指針)」を一部改正しました。この改正はOECDの移転価格ガイドライン改訂を受けたものであり、金銭の貸付けを本業としない一般事業会社が中国子会社に親子ローンを実行する場合、金利の設定方法に大きな変更が加わりました。


改正前は、親会社が銀行から借りた際のコストをカバーする「コストカバー方式」や、取引先銀行の提示レートをそのまま使う方法が実務上容認されていました。しかし改正後は、中国現地法人の信用格付けを独自に評価し、独立企業間の取引として妥当な金利水準(独立価格比準法等)を設定することが原則となりました。これは痛いですね。


具体的にどういうことかというと、たとえば日本親会社がAAの格付けを持っていても、中国子会社がBB程度の信用力しかなければ、BB相当の金利を子会社に課さなければなりません。従来のように親会社の調達金利+αという感覚では、税務調査で移転価格課税を受けるリスクがあります。


これはマクロプルーデンス方式で外債枠を拡大しても、その恩恵を享受するための条件が厳しくなっているということです。外債枠が純資産の3.5倍まで拡大した恩恵を活かすには、日中両国の規制と税務を同時に整合させる必要があります。中国子会社の信用格付け評価の取得や、独立価格比準法に基づく金利設定の文書化が、今後の親子ローン実行の前提条件になりつつあります。移転価格リスクが条件です。


外債枠の計算方法と移転価格リスクを両面からカバーするには、中国税務と日本税務の双方に精通した専門家(国際税務に詳しい税理士・公認会計士)に相談し、グループ内金融取引ポリシーの整備を行うことが現実的な対策となります。


参考:日本側の移転価格税制の改正内容と適用方法の詳細(国税庁公式)
「移転価格事務運営要領」の一部改正について(国税庁)




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