

期末換算レートをTTMで固定したままにすると、実は円安局面で数十万円単位の想定外の課税が発生することがあります。
外貨建取引を行っている法人や個人事業主にとって、決算書を円で表示するためには、保有する外貨建資産・負債を日本円に換算し直す作業が必要です。この換算に使う基準が「期末換算レート」です。
為替レートには大きく3種類あります。TTM(電信仲値相場)、TTS(電信売相場)、TTB(電信買相場)です。TTMは各金融機関が毎朝9時55分の東京外国為替市場を参考に決定する基準値で、TTSはTTMに手数料を上乗せしたもの、TTBはTTMから手数料を引いたものです。例えば「1ドル155円(TTM)」のとき、TTSは156円、TTBは154円といった関係になります。三菱UFJ銀行など大手行は為替手数料を1円前後に設定していることが多いです。
原則は TTM が基本です。ただし、継続適用を条件として、外貨建て資産については TTB(銀行が外貨を買い取る際のレート)、外貨建て負債については TTS(銀行が外貨を売る際のレート)を使うことも認められています。これは実際の決済に近いレートを使うという合理的な理由からです。
どのレートを使うかは「継続適用」が絶対条件です。今期はTTM、来期はTTBというように毎年変えることはできません。TTBやTTSを使いたい場合は、最初の外貨建資産等を取得した事業年度の確定申告期限までに税務署への届出が必要です。届出を忘れると法定換算方法(TTM)が自動的に適用されます。
| レート種別 | 正式名称 | どんな場面で使うか | TTMとの関係 |
|---|---|---|---|
| TTM | 電信仲値相場 | 期末換算の原則レート | 基準値 |
| TTS | 電信売相場 | 外貨建て負債・費用に使用可 | TTM+手数料 |
| TTB | 電信買相場 | 外貨建て資産・収益に使用可 | TTM-手数料 |
金融機関ごとにTTMは異なるため、実務では主要取引銀行のレートを使うのが一般的です。これが基本です。
参考:期末換算レートの種類と使い分けに関する詳細は国税庁の法人税基本通達が根拠となっています。
国税庁|第2節 外貨建資産等の換算等(期末時換算法の為替相場)
外貨建資産・負債の期末処理には、「期末時換算法」と「発生時換算法」の2種類があります。この2つのどちらを使うかは、資産・負債の種類によって自動的に決まる場合と、自社で選択できる場合があります。
期末時換算法とは、決算日時点の為替レート(期末換算レート)で外貨建資産・負債を再計算し、発生時との差額を「為替差損益」として当期の損益に計上する方法です。売買目的有価証券や短期の外貨建債権・債務・預金は、原則としてこの方法が法定換算方法(届出がない場合に自動適用される方法)となっています。
一方、発生時換算法とは、外貨建取引が発生した時点のレートをそのまま使い続ける方法です。期末に換算替えを行わないため、為替差損益は帳簿上に発生しません。長期の外貨建債権・債務・預金では発生時換算法が法定換算方法です。
注意が必要なのは、法定換算方法以外を選択したい場合、確定申告期限までに届出が必要な点です。「発生時換算法を選択したいが届出を忘れた」という場合、その事業年度は強制的に期末時換算法が適用されます。結果として、円安局面では多額の為替差益が益金算入され、想定外の法人税負担が発生してしまいます。痛いですね。
届出を行った後、換算方法を変更したい場合は、現在の換算方法を採用してから原則3年を経過していないと変更が認められません(法令122条の6)。これは知っておきたい条件です。
外国通貨(現金)については発生時換算法を一切選択できない点が見落とされがちです。これは例外ではなく強制です。外貨現金を保有している場合、毎期末に必ず期末換算レートで評価替えが発生することを覚えておきましょう。
参考:換算方法の選定と届出の根拠規定についての詳細説明。
ORIX|第86回 外貨建取引と為替換算について(税理士法人名南経営)
期末時換算法を使って为替差損益を計上した場合、翌事業年度の期首に「洗替処理(洗い替え)」が必要です。これは、期末に計上した評価損益をいったん翌期の期首に逆仕訳で取り消す処理です。
なぜ洗替が必要かというと、期末時換算法による為替差損益はあくまで「期末時点の帳簿上の評価損益」であり、実際に外貨を円に換えて確定した損益ではないからです。翌期末にまた改めて期末レートで再評価することで、毎期の為替変動を適切に損益に反映させる仕組みになっています。
具体的なイメージとして、1ドル=150円で取得した1万ドルの外貨預金(取得額150万円)が、期末に1ドル=160円になった場合を考えてみます。
洗替処理を翌期に忘れると、二重に為替差益を計上したり、翌期の損益が歪んだりするリスクがあります。これは避けられる誤りです。会計ソフトの設定で自動洗替を有効にしているかどうかを確認することをお勧めします。
また重要な点として、15%ルール(後述)を使って換算方法を変更した際に生じた為替差損益は、通常の期末時換算法による為替差損益とは扱いが異なり、洗替処理の対象外となります(法令122条の8)。洗替ができない為替差益は翌期に取り戻せないので、適用前に税理士と慎重に検討することが不可欠です。
参考:洗替処理の仕訳と期末換算の実務的な注意点について。
マイ法務|為替差損益の税務処理:法人の会計処理と課税関係を解説
通常、一度選択した換算方法は3年間変更できません。しかし、急激な為替変動が起きたとき、この制約を一時的に回避できる特例があります。それが「15%ルール」です。
具体的には、下記の計算式で算出される変動割合が概ね15%以上になった場合、その事業年度に限り、通常の3年ルールによらず換算方法を変更することが認められています(法令122条の3)。
計算式は次の通りです。
(期末レートで換算した金額 - 帳簿価額)÷ 期末レートで換算した金額 ≧ 15%
例えば、1ドル115円で取得した外貨建資産の期末レートが1ドル140円だった場合、変動割合は(140−115)÷140=約17.8%となり、15%以上なので特例が適用できます。2022年の急激な円安局面では、年初115円台から年末140円超となり、多くの企業でこの条件を満たしました。
ただし、15%ルールには重大な落とし穴があります。為替差益が出ているケースでこの特例を使って換算方法を変更しても、その時点の為替差損益は当期の損益として確定してしまい、洗替処理ができません。つまり円安局面で多額の為替差益が生じているときにこの特例を使うと、益金を一気に確定させることになります。これは使い方を誤ると逆効果です。
15%ルールが本来有効なのは、為替差損(損失)が出ているケースです。発生時換算法を適用していた外貨建資産について損失を損金算入しつつ、翌期の洗替益金算入を回避できるメリットがあります。この特例の適用を検討する際には、必ずシミュレーションを行い税理士に確認することが条件です。
また、注意すべき点として、この特例の適用対象から「企業支配株式」(発行済株式の20%以上を保有する法人の株式)は除外されています。複数の外貨建資産等で15%以上の変動が生じた場合、その一部だけに適用することはできず、すべてに適用しなければなりません(法基通13の2-2-10)。部分的な適用はできません。
参考:15%ルールの判定方法と具体的な事例について。
税理士法人FP総合研究所|No387 外国為替相場が著しく変動した場合の外貨建資産等の換算
ここまでは主に法人の話でしたが、個人投資家が外貨預金を保有する場合、期末換算レートの考え方は大きく異なります。これは意外なポイントです。
所得税法では、個人は年末(12月31日)時点で外貨建資産を保有していても、期末換算による為替差損益を認識する必要はありません。つまり個人の場合、外貨預金を円に換えて実際に決済するまで課税は発生しないのです。円安で含み益が出ていても、外貨のままにしている限り確定申告の義務はありません。
課税が発生するタイミングは「外貨を円に転換したとき」または「外貨で別の資産を購入したとき」です。例えば、米ドル預金を使ってドル建てMMF(マネー・マーケット・ファンド)を購入した場合、その時点でドル預金の取得時レートと購入時レートの差額が為替差益として雑所得に算入されます。
外貨預金の為替差益は総合課税の対象で、雑所得として扱われます。給与所得者の場合、給与以外の所得(雑所得を含む)が年間20万円を超えると確定申告が必要です。例えば100万ドルを1ドル130円で取得し、1ドル150円のときに円転すると、差益は20万円((150−130)×1,000ドル換算)となりますが、実際にはもっと大きな金額になるケースも多いため注意が必要です。
外貨預金の為替差損益は給与所得との損益通算ができないことも覚えておくべきポイントです。損失が出ても給与所得を減らす節税効果はありません。また、外貨をA銀行からB銀行へ外貨のまま移した場合は、為替差益は課税対象になりません(課税は円転時のみ)。これは節税タイミングを管理する上で使える知識です。
確定申告に向けて為替レートを調べる際は、国税庁が公表する「外国為替の売買相場(TTM)」一覧表を活用するのが便利です。
参考:個人の外貨預金における課税タイミングと雑所得の計算方法について。
三井住友銀行|外貨預金の税金について解説!為替差益は確定申告が必要?
海外に子会社を持つ企業グループでは、連結財務諸表を作成する際にも期末換算レートが重要な役割を果たします。在外子会社の財務諸表はドルやユーロなど外貨で作成されているため、連結にあたって日本円に換算する必要があるからです。
在外子会社の財務諸表を換算する際のルールは、単体の外貨建取引とは異なります。貸借対照表(B/S)の資産・負債は決算日時点の為替レート(期末換算レート=CR:クロージングレート)で換算します。損益計算書(P/L)は期中平均レート(AR:アベレージレート)を使います。資本項目は、過去に投資した時点の歴史的レート(HR:ヒストリカルレート)を使います。
このように複数のレートを使って換算するため、B/Sの貸借が一致しなくなります。その差額を調整するために計上される科目が「為替換算調整勘定(CTA:Currency Translation Adjustment)」です。純資産の部に計上されるこの科目は、損益には影響しません。円安が進むと為替換算調整勘定はプラスになり、円高が進むとマイナスになる性質があります。
為替換算調整勘定と為替差損益の違いは次の通りです。
| 項目 | 為替差損益 | 為替換算調整勘定 |
|---|---|---|
| 発生場面 | 単体の外貨建取引・評価替え | 連結手続での在外子会社換算 |
| 計上箇所 | 損益計算書(P/L) | 純資産の部(B/S) |
| 損益への影響 | あり(課税対象になりえる) | なし(実現するまで損益計上されない) |
| 実現タイミング | 決済・換算時に確定 | 在外子会社を売却・清算したとき |
為替換算調整勘定は、在外子会社を売却または清算したときに初めて損益として認識されます。これが原則です。したがって、B/Sに大きなプラスの為替換算調整勘定を抱えている企業が子会社売却を行うと、その時点で多額の為替差益が発生することがあります。投資家が企業の財務諸表を読む際に、純資産の内訳に注目する理由の一つがここにあります。
参考:在外子会社の換算方法と為替換算調整勘定の発生メカニズムについて。
マネーフォワード クラウド|為替換算調整勘定とは?例から解説