

受任通知を出す前でも、支払不能が認定されれば50万円の返済がまるごと取り消されます。
偏頗行為(へんぱこうい)とは、複数いる債権者のなかで特定の一部だけを優遇して弁済や担保を提供する行為のことです。「偏頗」という言葉自体、「かたよって不公平なこと」を意味します。自己破産や個人再生の手続きにおいては、すべての債権者を平等に扱う「債権者平等の原則」が大前提となるため、この原則に反する偏頗行為は厳しく制限されています。
破産法が設けられた目的は、債務者の財産を適正かつ公平に清算することです(破産法1条)。もし一部の債権者だけが抜け駆けして弁済を受けてしまうと、他の債権者への配当原資が減り、公平な清算が実現できません。そこで、破産管財人には偏頗行為の効力を否定して財産を取り戻す「否認権」が認められています。
否認権が行使される対象行為は大きく2種類あります。1つは詐害行為否認(破産法160条)、もう1つが偏頗行為否認(破産法162条)です。詐害行為否認は「財産そのものを流出させた行為」を対象とするのに対し、偏頗行為否認は「特定の債権者だけが得をした弁済や担保供与」を対象とします。つまり、偏頗行為否認が問題になるのは弁済・担保供与という行為に限定される点が特徴です。
偏頗行為の具体例としては次のようなものが代表的です。
これらの行為が一定の要件を満たすと、破産管財人は「否認権」を行使してその効果を取り消し、弁済済みの金額を取り戻すことができます。偏頗行為否認が基本です。
参考:破産法における否認権の類型と要件を弁護士がわかりやすく解説しています。
偏頗行為否認の中心的なルールは、破産法162条1項1号に規定されています。この条文が適用されるには、次の3つの要件をすべて満たす必要があります。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| ①行為の対象 | 既存の債務に対する弁済・担保供与であること |
| ②行為の時期 | 支払不能になった後、または破産手続開始申立があった後であること |
| ③債権者の主観 | 債権者(受益者)が支払不能または申立の事実を知っていたこと |
まず①について、ポイントは「既存の債務」に限定される点です。新たな契約に基づく支払いではなく、以前から存在している借金の返済や担保提供が対象になります。
②の「支払不能」とは、債務者が支払能力を欠くために、弁済期にある債務を一般的かつ継続的に支払うことができない状態をいいます(破産法2条11号)。重要なのは、弁護士に依頼して各債権者に受任通知が送られた時点(支払停止)以降は、支払不能であったものと推定される点です(破産法162条3項)。つまり受任通知が出た後の返済は、ほぼ自動的に支払不能後の行為として扱われます。これは知らない人が多い重要な事実です。
③の「悪意(支払不能を知っていたこと)」については、相手が破産者の親族・同居人・役員などである場合には悪意が推定されます(破産法162条2項・161条2項)。親族への返済が危険な理由の一つはここにあります。悪意の推定が原則です。
実務上よく問題になるのは、まだ受任通知が届いていない時期に、特定の債権者への弁済が行われたケースです。この場合、弁済時点で本当に「支払不能」の状態にあったかどうかが争点になります。収入が途絶え、新たな借り入れもできない状態であれば、受任通知の前であっても支払不能と認定されることがあります。
参考:偏頗行為否認の要件と悪意の立証について専門的に解説した文献です。
偏頗行為否認における相手方の悪意の立証|Oh-Ebashi Newsletter(PDF)
破産法162条1項2号は、1号よりも適用範囲が広い点で注意が必要です。対象となるのは「破産者の義務に属しない行為」または「義務が生じていない時期の行為」で、かつ支払不能になる前30日以内に行われたものです。
「破産者の義務に属しない行為」の代表例は、担保提供の約束がないのに抵当権を設定したケースです。「義務がない時期の行為」の代表例は、返済期限がまだ来ていない借金を期限前に一括弁済するケースです。どちらも「わざわざやる必要がないのにやった」行為として、他の債権者を害する程度が大きいと評価されます。
| 区分 | 具体例 |
|---|---|
| 義務なし(非義務行為) | 担保の合意なしに不動産へ抵当権を設定した |
| 時期が義務に属しない | 返済期限が1か月後なのに今すぐ一括返済した(期限前弁済) |
1号との最大の違いは、「支払不能になる前30日以内」まで遡って否認の対象になる点です。1号が「支払不能後」を対象とするのに対し、2号は支払不能になる前30日以内も含みます。つまり、まだ支払不能に陥っていなかった時期でも、期限前の一括弁済などをすると否認されるリスクがあります。30日前まで遡ります。
ただし、2号には例外があります。債権者がその行為の時点で「他の破産債権者を害する事実を知らなかった」場合には否認の対象になりません。これは善意の債権者を保護するための要件です。もっとも、この立証責任は債権者側にあるため、実務上は否認を免れることは容易ではありません。
偏頗行為否認のルールには明確な例外があります。知っておくことで、不必要なリスクを回避できます。
まず、租税・社会保険料などの支払いは偏頗行為否認の対象外です(破産法163条3項)。税金や国民健康保険料、年金保険料は自己破産しても免除されない非免責債権であり、支払不能後に支払っても否認されません。税金の支払いは例外です。
次に、毎月の家賃・電気・ガス・水道といった「生活に必要な費用」の通常の支払いも、基本的には偏頗弁済に該当しません。ただしこれには条件があります。
「滞納していた家賃を破産申立前にまとめて支払った」場合は、既存債務への返済として否認の対象になる可能性があります。これは多くの人が誤解しやすい点です。厳しいところですね。
スマートフォンの利用料金・端末分割代金については、注意が必要です。端末代の支払いが残っている場合や通信料の滞納がある場合は偏頗弁済になり得ます。一方、端末代の支払いがなく通信料の滞納もない場合の月々の通信費は生活費として扱われます。裁判所によっては一定額以下のスマホ料金支払いについて否認対象としない運用をとっているケースもあるため、弁護士を通じて確認することが重要です。
参考:偏頗弁済にならない支払いの種類と具体的な判断基準を弁護士が詳しく解説しています。
偏頗弁済とは?対象の行為とバレる理由を弁護士が解説|デイライト法律事務所
偏頗行為が発覚した場合、当事者が受けるリスクは複数あります。
最初のリスクは、破産管財人による否認権の行使です。否認権が行使されると、弁済を受け取った債権者(友人・家族・勤務先など)は、受領した金額を破産財団に返還しなければなりません。たとえば友人に50万円を返済していた場合、友人のもとに管財人から「50万円を返してください」という請求が届きます。場合によっては訴訟に発展することもあります。痛いですね。
2つ目は、免責不許可のリスクです。偏頗行為は免責不許可事由に該当します(破産法252条1項3号)。免責が認められなければ、自己破産の手続きが終わっても借金の返済義務は消えません。なお、偏頗行為を隠すこと自体も別の免責不許可事由(破産法252条1項6号・8号・9号)に該当するため、隠すことは問題をさらに深刻にします。
3つ目は、個人再生における返済総額の増加です。これはあまり知られていないリスクです。個人再生では、債務者の財産額(清算価値)以上の返済が最低限必要とされます。偏頗弁済があった場合、その弁済額が清算価値に上乗せされます。
たとえば、手持ち財産が80万円で偏頗弁済を50万円していた場合、清算価値は80万円ではなく130万円として計算されます。債務総額が600万円のケースでは、本来の最低弁済額120万円(600万円の5分の1)に対し、清算価値基準で130万円が適用されることになります。
| 状況 | 清算価値 | 最低弁済額 |
|---|---|---|
| 偏頗弁済なし(財産80万円) | 80万円 | 120万円(債務額基準) |
| 偏頗弁済50万円あり | 130万円 | 130万円(清算価値基準) |
差額は10万円ですが、偏頗弁済の金額が大きくなれば差額もさらに広がります。早めに弁護士に相談して、返済行為が偏頗弁済にあたるかどうかを確認しておくことが、結果的に返済総額を抑えることにつながります。
参考:個人再生での清算価値と偏頗弁済の関係を詳しく解説しています。
個人再生で偏頗弁済すると起きる問題とやってはいけない理由|グリーン司法書士法人
偏頗行為否認のリスクは債務者だけでなく、資金を回収する側の債権者企業にとっても重要なテーマです。これは一般的にはあまり語られない視点ですが、実際の企業取引においては非常に実践的な知識になります。
取引先が経営危機に陥ったとき、いち早く自社の債権を回収しようとするのは自然な行動です。しかし、支払停止(受任通知の受領や手形の不渡りなど)があった後に回収した代金は、支払不能後の偏頗弁済として後で否認権を行使される可能性があります。つまり、「受け取ったお金を返せ」と管財人から請求されるリスクがあります。回収できても安心はできません。
債権者として否認を避けるために最も有効な手段は、早期回収です。具体的には次の点を意識します。
また、経営状態の苦しい取引先から不動産や商品を購入する場合は、市場価格に基づいた適正な対価を支払うことが重要です。著しく安い価格で取得した財産は、後から無償行為否認の対象になりえます(破産法160条3項)。適正価格での購入が原則です。
さらに見落としがちなのが「対抗要件の否認」(破産法164条)です。権利変動(たとえば不動産の売買契約)が締結されても、登記などの対抗要件を具備せずにいた場合、取引先が支払停止した後に急いで登記を入れると、それ自体が否認対象になります。取引先の経営が苦しくなりはじめたら、対抗要件はすみやかに備えておくことが重要です。
否認権には時効があります。管財人の否認権は破産手続開始決定から2年を経過すると行使できなくなります(破産法176条)。ただし、管財事件においては手続き自体が数年かかることもあるため、2年の猶予があるからといって安心はできません。
参考:否認権の全類型と、債権者として注意すべき実務上のポイントをまとめた専門コラムです。