変形労働時間制の残業計算で損しない完全ガイド

変形労働時間制の残業計算で損しない完全ガイド

変形労働時間制の残業計算を正しく理解するための完全ガイド

変形労働時間制の残業計算を「月の合計だけ見ればよい」と思っていると、実は1,400万円以上の未払い請求を受けることがあります。


この記事の3つのポイント
⚖️
残業計算は「日→週→月」の3段階

変形労働時間制の残業は、1日ごと・1週間ごと・変形期間ごとの3つの視点で重複なく計算する必要があります。

💴
計算ミスは法的リスクに直結する

割増賃金の未払いは6ヵ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金の対象。裁判では1,453万円超の支払い命令事例も存在します。

📋
1年単位と1ヵ月単位で上限が異なる

1年単位の変形労働時間制では残業上限が「月42時間・年320時間」と、通常の月45時間・年360時間より厳しく設定されています。


変形労働時間制の残業計算の基本:3段階で考える仕組み


変形労働時間制における残業計算の最大の特徴は、「1日」「1週間」「変形期間全体」の3つの単位を順番に確認する点にあります。通常の固定時間制であれば「1日8時間を超えたら残業」と単純に判断できますが、変形労働時間制ではそれが通用しません。これが基本です。


なぜなら、変形労働時間制とは「一定の期間を平均して1週間あたりの労働時間が法定労働時間を超えない範囲内で、特定の日や週に法定労働時間を超えて労働できる制度」だからです。繁忙期に長く、閑散期に短く働くことで全体の労働時間を平準化することが目的です。


計算手順の概要は次のとおりです。


計算の単位 時間外労働となる条件 注意点
① 1日ごと 8時間超の所定労働日はその所定時間を超えた分、それ以外の日は8時間を超えた分 最初に集計する
② 1週間ごと 40時間超の所定労働週はその所定時間を超えた分、それ以外の週は40時間を超えた分 ①で計上した時間は除外する
③ 変形期間全体 法定労働時間の総枠を超えた分 ①②で計上した時間は除外する


ここで多い誤解が「変形期間トータルの残業だけ見ればよい」という考え方です。たとえば1年単位の場合、法定労働時間の総枠は2,085時間(365日の年)ですが、それより少なく働いていれば残業代ゼロとはなりません。①と②の段階で発生した時間外労働は、変形期間内に収まっていてもきちんと割増賃金の対象になります。これは実務で非常に見落とされやすいポイントです。


たとえば、所定労働時間が「月曜:10時間」と設定されている日に12時間働いた場合、10時間を超えた2時間は①の段階で時間外労働となり、1.25倍の割増賃金が発生します。一方、所定が7時間の日に7時間30分働いた場合、8時間を超えていないため①では時間外労働にはなりません。ただし週ごとの集計で40時間を超えればその分が②で時間外労働になります。


割増賃金の計算式は「残業時間 × 1時間あたりの基礎賃金 × 割増率」です。割増率は変形労働時間制であっても変わらず、時間外労働が1.25倍(月60時間超は1.5倍)、深夜労働が1.25倍、休日労働が1.35倍となります。つまり割増率は通常と同じです。


参考:変形労働時間制の計算ルールの詳細(厚生労働省公式)
1か月単位の変形労働時間制(厚生労働省リーフレット)


変形労働時間制の残業計算を具体的な数字で確認する

実際の計算がどうなるか、1ヵ月単位の変形労働時間制を例に見ていきましょう。ここが一番迷いやすいポイントです。


前提として、対象期間は31日の月(法定労働時間の総枠:177.1時間)、月の所定労働時間は172時間とします。以下の1週間で考えてみます。


曜日 所定労働時間 実労働時間 ① 1日単位の時間外
10時間 10時間 0時間(所定内)
8時間 8時間 0時間
5時間 7時間 0時間(8時間未満)
8時間 8時間 0時間
9時間 10時間 1時間(9時間超かつ8時間超)
週計 40時間 43時間


① 1日単位での時間外は1時間(金曜日の分)です。


次に② 1週間単位の確認です。週の所定労働時間は40時間、実労働は43時間なので「43時間 − 40時間 = 3時間」ですが、①で計上した1時間を除くと、1週間単位での時間外は2時間となります。


この週だけで合計3時間の時間外労働が発生し、1.25倍の割増賃金が必要です。さらに変形期間終了時に③の月単位での確認を行い、法定総枠を超えた分が追加で時間外となります。計算を丁寧に進めることが条件です。


時給換算1,500円の社員が月にこのような状況が重なり、月合計20時間の時間外労働が発生した場合の残業代は次のとおりです。


$$\text{残業代} = 20時間 \times 1{,}500円 \times 1.25 = 37{,}500円$$


月37,500円の積み重ねが1年で45万円になります。計算ミスが続けば未払い額はこの規模に膨れ上がります。


また、法定内残業(所定時間は超えたが法定時間は超えていない部分)については割増はなく、通常賃金分の支払いが必要です。「残業=すべて1.25倍」ではない点は、特に給与計算担当者が注意すべきポイントです。


変形労働時間制の残業上限と36協定の関係

変形労働時間制であっても、残業には法律で定められた上限があります。見落としがちなポイントです。


2019年の働き方改革関連法の施行により、時間外労働の上限規制が法律に明記されました。変形労働時間制においても36協定の締結なしに時間外労働をさせることはできず、上限時間は制度によって異なります。


労働時間制の種類 残業上限(原則) 特別条項ありの上限
通常の労働時間制 月45時間・年360時間 月100時間未満・年720時間以内
1ヵ月単位の変形労働時間制 月45時間・年360時間 月100時間未満・年720時間以内
1年単位の変形労働時間制 ⚠️月42時間・年320時間 月100時間未満・年720時間以内


注目すべきは、1年単位の変形労働時間制では原則の上限が「月42時間・年320時間」と、通常よりも3時間/月・40時間/年も厳しい点です。これは1年という長い期間で労働時間を調整するため、繁忙期に過度な集中が生じやすいことへの配慮です。厳しいところですね。


金融業の実務では、決算期・期末・月末などに業務が集中しやすく、1年単位の変形労働時間制を採用している職場も珍しくありません。「通常と同じ月45時間以内なら大丈夫」と思っていると、1年単位の制度では月42時間をわずかに超えた段階で36協定違反となります。


36協定違反が認定された場合、6ヵ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が科される可能性があります(労働基準法第119条)。直ちに刑事罰が適用されるわけではなく、労働基準監督署による指導・是正勧告のプロセスを経るのが通常ですが、改善がなければ書類送検に至ることもあります。


また、特別条項を締結している場合も「月100時間未満・年720時間・月平均80時間以内」の絶対上限は変わりません。上限を超えられるのは年に6回までという条件も同じです。これだけは例外ではありません。


参考:残業上限規制と36協定の詳細(日本政策金融公庫)
時間外労働の上限規制(日本政策金融公庫)


変形労働時間制の残業計算ミスが引き起こす法的リスク

残業計算のミスがどれほど深刻な結果を招くかを、実際の裁判事例から見てみましょう。これは使えそうです。


2020年6月、東京地方裁判所でハイヤー会社の従業員3名が未払い残業代を求めた事案で、裁判所は会社側に残業代計1,453万8,323円の支払いを命じました(新宿法律事務所調べ)。この会社は1ヵ月単位の変形労働時間制を導入しており、「1日11時間」と「1日17.5時間」の2種類の勤務で制度を運用していました。


問題となったのは制度の内容ではなく、手続き上の不備です。就業規則に法定の記載事項が記載されておらず、その就業規則が従業員に周知されていませんでした。その結果、裁判所は変形労働時間制自体を無効と判断し、普通の1日8時間・週40時間の原則に戻して残業代を計算した結果、1,400万円超の支払い命令となったのです。


変形労働時間制を有効に機能させるためには、次の要件をすべて満たす必要があります。


  • ✅ 就業規則または労使協定に「対象労働者の範囲」「対象期間・起算日」「各日の労働時間・労働日」を明記する
  • ✅ 所轄の労働基準監督署に届け出る(1年単位は労使協定の届出が必須)
  • ✅ 就業規則・シフト表を対象労働者に事前に周知する
  • ✅ シフトは対象期間開始前に確定し、原則変更しない


また、変形期間の途中でシフトを無断で変更した場合、変形労働時間制の「特定性の要件」が崩れ、その日から通常の法定労働時間の原則が適用される可能性があります。「繁忙期だから急にシフトを伸ばした」という対応は、あとから未払い残業代として請求されるリスクがあります。痛いですね。


さらに、割増賃金の未払いが発覚した場合は、その未払い額に加えて年3%の遅延損害金も発生します。過去2〜3年分を遡って請求されると、元々の未払い額の数倍になることもあります。未払い残業代の消滅時効は2020年4月以降の賃金について3年に延長されており、以前の2年よりも長い期間での請求が可能です。


こうしたリスクを防ぐ手段として、変形労働時間制に対応した勤怠管理システムの導入が有効です。人件費管理や残業時間の自動集計ができるシステムを活用することで、計算ミスを大幅に減らせます。たとえば「ジンジャー勤怠」や「マネーフォワード クラウド勤怠」は変形労働時間制に対応した集計機能を備えており、日・週・月単位の3段階計算を自動化できます。導入を検討する際は、自社の変形期間の種類(1ヵ月単位か1年単位か)に対応しているかを確認することが最初のステップです。


参考:変形労働時間制の運用不備で1,453万円が命じられた事案の解説
変形労働時間制における残業代未払いの裁判例(新宿法律事務所)


変形労働時間制の残業計算で見落とされがちな深夜・休日労働の扱い

変形労働時間制を導入していても、深夜労働と休日労働への対応は通常の労働時間制と変わりません。ここも重要です。


深夜労働とは、原則として午後10時から午前5時の間の労働を指します。この時間帯に働いた場合、時間外労働に当たるかどうかにかかわらず、通常賃金の25%以上の深夜割増賃金を支払う義務があります。たとえば変形労働時間制で1日の所定労働時間を12時間(9:00〜22:00の実働)と設定した場合でも、22時以降の労働分には深夜割増が追加で発生します。


時間外労働と深夜労働が重なる場合は、割増率を合算します。


$$\text{深夜残業の割増率} = 時間外割増25\% + 深夜割増25\% = 50\%以上$$


さらに休日労働についても注意が必要です。法定休日(週1日または4週4日)に出勤した場合は35%以上の休日割増賃金が必要です。変形期間中に休日出勤があっても「後で振り替えればよい」と考えるケースがありますが、振替休日と代替休暇は取り扱いが異なります。振替休日を事前に指定した場合は休日労働の割増は不要ですが、振替の指定が事後になった場合は割増賃金が発生します。


金融業や会計分野で働く方にとって特に関係深いのが、月末・期末に集中する業務対応です。こうした繁忙期には深夜残業も重なりやすく、「時間外+深夜」の組み合わせで割増率が50%を超えるケースもあります。見落としによって1ヵ月で数万円単位の未払いが生じることもあります。


また、変形期間中に1ヵ月の時間外労働が60時間を超えた場合は、超えた分の割増率が1.5倍(50%以上)に引き上げられます(中小企業への猶予措置は2023年4月に廃止)。月60時間を超えるかどうかは、変形期間中の実労働時間の推移を定期的に確認しておくことが大切です。


参考:残業割増率の詳細(e-Gov法令検索)
労働基準法第37条(割増賃金)|e-Gov法令検索


変形労働時間制の残業代を正確に計算するための実践ポイント

最後に、変形労働時間制の残業計算を正確に行うための実践的な手順をまとめます。これだけ押さえておけばOKです。


まず、変形期間の種類(1ヵ月・1年・フレックスタイム)に応じて法定労働時間の総枠を確認します。1ヵ月単位の場合、月の暦日数によって上限が異なります。


月の暦日数 法定労働時間の総枠(40時間×日数÷7)
28日 160.0時間
29日 165.7時間
30日 171.4時間
31日 177.1時間


次に、以下の順序で残業時間を集計します。


  1. 1日ごとの確認:「所定労働時間が8時間超の日 → 所定時間超の分」「所定が8時間以下の日 → 8時間超の分」を抽出する
  2. 1週間ごとの確認:①を除いた上で、「所定が40時間超の週 → 所定時間超の分」「所定が40時間以下の週 → 40時間超の分」を抽出する
  3. 変形期間全体の確認:①②を除いた上で、法定労働時間の総枠を超えた分を抽出する


①+②+③の合計が、法定時間外労働として1.25倍の割増賃金の対象です。それとは別に、法定内残業(所定超・法定以内)については割増なしの通常賃金を上乗せして支払います。


実務上、この計算を毎月手動で行うのは工数がかかります。エクセル管理の場合はVLOOKUPや集計関数で各日の所定労働時間と実労働時間を照合する仕組みを作ると誤りが減ります。システム導入を検討している場合は、「変形労働時間制に対応しているか」「3段階(日・週・期間)の自動集計機能があるか」の2点を必ず確認してください。これが条件です。


また、就業規則や労使協定の整備状況も定期的に見直すことが重要です。法改正への対応が遅れると、せっかく変形労働時間制を適法に運用しようとしても制度自体が無効と判断されるリスクがあります。年1回を目安に社会保険労務士や弁護士に確認を依頼するのが、長期的なコスト管理の観点からも得策です。


参考:変形労働時間制と残業代の包括的な解説(社労士監修)
【社労士監修】変形労働時間制とは?種類や残業代の計算方法(マネーフォワード)




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