割増賃金の算定基礎から除外できる手当と注意点

割増賃金の算定基礎から除外できる手当と注意点

割増賃金の算定基礎から除外できる手当と法的リスクを徹底解説

「住宅手当」と書いてあれば残業代の計算から外せると思ってたら、実は30万円以下の罰金リスクがあります。


この記事のポイント3選
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除外できる手当は法律で7種類のみ

労働基準法37条5項・施行規則21条で除外賃金は厳格に限定。家族手当・通勤手当・住宅手当など7種類のみが対象で、それ以外はすべて算定基礎に含める義務があります。

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手当の「名称」ではなく「実態」で判断

「住宅手当」という名前でも一律定額支給なら除外不可。実際の支給ルールが家賃や扶養人数に連動しているか否かで、合否が決まります。

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誤算定は未払い残業代+付加金の二重リスク

算定ミスで未払い残業代が発生すると、未払い額と同額の付加金を裁判所から命じられる可能性があります。実質2倍の損害賠償相当になるケースも珍しくありません。


割増賃金の算定基礎から除外できる7種類の手当とは


割増賃金を計算するとき、まず「1時間あたりの基礎賃金」を求める必要があります。この基礎賃金の算出は、単純に月給を所定労働時間で割るだけでは終わりません。なぜなら、支給されている手当のうち、基礎賃金に含めるものと含めなくてよいものを正確に仕分けしなければならないからです。


労働基準法第37条第5項および同法施行規則第21条は、算定基礎から除外できる賃金を以下の7種類に明確に限定しています。



  • ① 家族手当(扶養家族の人数に応じて変動するもの)

  • ② 通勤手当(通勤距離・実際の交通費に応じて算定されるもの)

  • ③ 別居手当(単身赴任手当。扶養家族との別居状態に応じるもの)

  • ④ 子女教育手当(子どもの人数・教育段階に応じて変動するもの)

  • ⑤ 住宅手当(家賃・住宅ローン額に連動して算定されるもの)

  • ⑥ 臨時に支払われた賃金(結婚祝い金・傷病見舞金など、発生が不定期なもの)

  • ⑦ 1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与・ボーナス・勤続手当など)


これが原則です。


これらの手当が除外可能とされている理由は、「労働とは直接関係のない個人的事情に基づいて支払われるもの」だからです。たとえば通勤手当は、会社に近い人と遠い人で金額が異なります。こうした個人差のある費用を基礎賃金に含めてしまうと、遠くに住んでいる人のほうが残業代の計算単価が高くなり、不公平が生まれます。実費弁償的な性質が強いからこそ、除外が認められているわけです。


重要なのは、この7種類以外の手当はすべて算定基礎に含めなければならないという点です。役職手当、資格手当、皆勤手当、無事故手当、営業手当といった手当は、いずれも法定の除外リストに載っておらず、基礎賃金に組み込む必要があります。役職手当が除外できると勘違いしている担当者は少なくなく、実務上のミスが生じやすいポイントです。


厚生労働省が公開する割増賃金に関する公式パンフレットや通達も参考リンクとして確認しておくと、法令の一次情報を正確に把握できます。


割増賃金の計算基礎・除外賃金について(厚生労働省 宮崎労働局 公式PDF)。
https://jsite.mhlw.go.jp/miyazaki-roudoukyoku/library/miyazaki-roudoukyoku/pamphlet-leaflet/10_kijun/kijun_014.pdf


割増賃金の算定基礎から除外できない手当の典型例と見落としポイント

「手当の名前が法律の7種類と同じだから除外できる」と判断するのは危険です。これが実務で最もよく見られる誤解のひとつです。


除外できるかどうかは、手当の名称ではなく実態で判断されます。この原則は、裁判所も一貫して採用しています(昭和56年・壺阪観光事件ほか)。


たとえば家族手当について考えてみましょう。「扶養家族がいる社員に対して一律2万円を支給する」という規定の場合、家族が1人でも5人でも同額です。これは家族の人数とは無関係な一律支給であり、「扶養家族数に応じて算定される手当」には該当しません。そのため算定基礎から除外できず、残業代の計算ベースに含める必要があります。


住宅手当も同様です。「賃貸住宅には一律1万円、持ち家には一律2万円」という支給形態は、住居形態ごとの定額支給にすぎず、家賃額に応じた変動性がありません。除外が認められるのは、「家賃の30%を支給」「家賃8万円未満は1万円、8〜15万円は2万円…」のように、実際の住居費用に連動している場合に限られます。


通勤手当も、距離や移動手段にかかわらず一律で月1万円を全員に支給しているケースは除外できません。個々の通勤距離や実際の交通費に応じていないからです。


以下のような手当は、名称に関わらず算定基礎に含める必要があります。



  • 役職手当・役付手当(管理監督者を除く)

  • 皆勤手当・精勤手当(毎月支給される可能性があるもの)

  • 資格手当・技術手当

  • 営業手当(固定残業代として明確に区分されていない場合)

  • 食事手当・昼食補助

  • 一律で支払われる家族手当・住宅手当・通勤手当


皆勤手当は「臨時の賃金」に見えるかもしれません。ですが、毎月出勤すれば受け取れる性質のものは「支給が稀」とはいえないため、除外できないのが基本です。これは知らないと損するポイントです。


なお、在宅勤務手当(テレワーク手当)についても、原則として算定基礎への算入が必要です。ただし、2024年4月5日の厚生労働省通達で「実費弁償として支給されると認められる場合」は除外可能と明確化されました。就業規則に計算方法が明示されており、在宅勤務の実態に基づく合理的な算定方法であることが条件です。


在宅勤務手当と割増賃金の算定基礎算入の要否(厚生労働省 公式通達)。
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc8495&dataType=1&pageNo=1


割増賃金の算定基礎を誤った場合の法的リスクと金銭的損害

算定基礎から除外すべきでない手当を誤って除外してしまった場合、残業代の「未払い」が発生します。これは単なる計算ミスで終わらず、法的な問題に発展するリスクがあります。


労働基準法第119条第1号・第37条の規定により、割増賃金の未払いには6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金刑が設けられています。これは企業の責任者個人にも適用されうる刑事罰です。


さらに、労働者が退職後に未払い残業代を請求してきた場合、遅延損害金も加算されます。退職後の遅延損害金は「賃金の支払の確保等に関する法律」第6条第1項により年14.6%という高率で計算されます。支払いが遅れるほど利息が膨らむ仕組みです。


加えて、最も注意すべきが「付加金」の存在です。付加金とは、悪質な使用者に対して裁判所が命じる制裁金のようなものです。未払いの割増賃金と同額まで認められるため、実質的には未払い分の2倍を支払うことになります。
























リスクの種類 内容・金額の目安
刑事罰 6ヶ月以下の懲役 または 30万円以下の罰金
未払い残業代の返還 過去3年分(2020年4月以前発生分は2年分)
遅延損害金(退職後) 年14.6%(賃金の支払確保等に関する法律)
付加金 未払い額と同額まで(実質2倍の支払い)


罰則だけでは終わりません。


労働局への申告、労働審判、訴訟といった手順で問題が表面化すると、企業としての信用毀損も避けられません。特に金融機関や上場企業では、コンプライアンス上の問題として経営層への影響も出てきます。


実務的な観点からすると、給与計算ソフトの導入や社会保険労務士との顧問契約で、算定基礎の見直しを定期的に行うことが有効な対策になります。給与計算システムの中には、除外手当の設定を個別にチェックできる機能を持つものもあります。まず自社の就業規則と賃金規程を照らし合わせて確認する、という一歩が大切です。


「賞与は除外できる」は半分正解:年俸制と算定基礎の落とし穴

「ボーナスは1ヶ月を超える期間ごとに支払われるから、割増賃金の算定基礎から除外できる」という認識は、多くの場合正しいです。賞与・ボーナスは毎月支給されるものではなく、支給額があらかじめ確定していないことも多いため、除外が認められています。


ただし、年俸制を採用している場合には注意が必要です。これは意外なポイントです。


年俸制では、「年間の総支給額(月例給与+賞与)」をあらかじめ確定させているケースがあります。たとえば年俸600万円を月収40万円×12ヶ月+賞与80万円(2回分)のように設定している場合、この賞与部分の80万円はあらかじめ金額が確定しています。支給が「1ヶ月を超える期間ごと」であっても、金額が確定している賞与は「1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金」の除外要件を満たさないとされています(平成12年3月8日基収第78号)。


つまり、年俸制で賞与額が確定している場合、その賞与分も割増賃金の算定基礎に含めなければなりません。


たとえば年俸480万円(月給30万円×12ヶ月+賞与60万円)の社員がいるとします。月給部分だけを基礎に計算すると残業代の計算単価は低くなりますが、賞与60万円も含めた年俸全体を基礎にしなければならないため、計算単価は高くなります。この差額が積み重なると、数ヶ月〜数年分の未払い残業代として請求されるリスクがあります。




















賞与の種類 算定基礎への算入
支給額・時期が不確定な通常の賞与 除外可能 ✅
年俸に含まれ金額があらかじめ確定した賞与 算入が必要 ❌
年俸を14分割(12+賞与2回分)した場合の賞与部分 算入が必要 ❌


年俸制が条件です。


年俸制を採用している企業や、これから検討している企業は、賞与部分の取り扱いを顧問社労士または弁護士と一緒に確認しておくことをおすすめします。特にM&A時の労務デューデリジェンス(DD)では、この算定基礎の誤りが未払い残業代リスクとして浮上するケースが少なくありません。


独自視点:給与設計の段階から「除外設計」を意識すると残業代リスクが下がる

多くの企業では、手当の新設や改定をした後で「この手当は除外できるのか?」を確認する流れになりがちです。これは事後対応であり、すでに誤った運用をしている期間が存在してしまうリスクがあります。


逆の発想が有効です。


給与体系を設計する段階、または見直す段階で「この手当を除外賃金として設計したいなら、支給条件をどう定めるか」を先に考えておく方法です。たとえば住宅手当を将来的に算定基礎から除外したいなら、就業規則に「家賃月額の30%を支給する(ただし上限3万円)」のような定率ルールを設けておくことで、法的要件を満たした除外手当として機能させることができます。


社会保険労務士法人のロイヤル総合研究所では、「住宅手当の支給方法を見直し、家賃額やローンの支払い額に応じて支給額が変動する方式に変更することで、割増賃金の基礎から適法に除外できるよう制度を再設計した」事例を公開しています。こうした「先回り設計」の視点は、コスト管理と法的リスク回避を両立するうえで非常に有効です。


住宅手当の再設計事例(ロイヤル総合研究所)。
https://royalri.jp/case/case-4127/


実際に行動に移すには、次のステップが一番シンプルです。



  • ✅ 自社の賃金規程・就業規則をプリントアウトして手当の一覧を作る

  • ✅ 各手当が「個人差に応じて変動しているか」を1件ずつ確認する

  • ✅ 一律定額になっている手当があれば、現在の残業代計算に含まれているか確認する

  • ✅ 疑問点があれば社会保険労務士か弁護士に相談する


このチェックは1〜2時間あれば着手できます。時間は少なくて済みます。


金融の世界でもコンプライアンスは重視されますが、労務管理における「算定基礎の正確性」も同様に、会社の財務・法的リスクに直結するテーマです。ファイナンスや経営に関心のある方こそ、こうした人件費の計算精度に目を向けておくと、経営全体のリスク管理の視野が広がります。


割増賃金の法令根拠を直接確認したい方は、e-Gov(法令検索)で労働基準法第37条・施行規則第21条を参照できます。


労働基準法施行規則第21条(e-Gov 法令検索)。
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322M40000100023




労働判例全書 第3巻 割増賃金