

廃除の申し立てをしても、約80%は家庭裁判所に認めてもらえず終わります。
相続廃除とは、被相続人(財産を残す側の人)が生前または遺言によって、特定の推定相続人の相続権を家庭裁判所に申し立てて剥奪できる制度です。根拠となる法律は民法第892条で、「遺留分を有する推定相続人が、被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったとき」に申し立てができると定められています。
「廃除」という漢字表記に注目してください。日常語の「排除(はいじょ)」と混同されがちですが、法律上は「廃除」が正しい表記です。「廃除」は法的な資格・権利を廃止するという意味合いを持ち、単に遠ざけるだけの「排除」とは根本的に異なります。
この制度が特に強力な理由は、遺留分までゼロにできる点にあります。通常、遺言書でどれだけ明確に「〇〇には財産を渡さない」と書いても、配偶者・子・直系尊属には遺留分という法律上の最低取り分が保障されています。しかし廃除が認められると、相続分だけでなく遺留分の権利も完全に消滅します。つまり廃除は、相続対策の中でも最も強力な手段のひとつです。
申し立てができるのは被相続人本人のみです。他の相続人や親族が「あの人に相続させたくない」と感じても、本人に代わって申し立てることはできません。ただし被相続人が遺言で廃除の意思を残しておけば、死後に遺言執行者が家庭裁判所へ申し立てをすることができます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 根拠法 | 民法第892条 |
| 申立人 | 被相続人本人(または遺言執行者) |
| 対象者 | 遺留分を有する推定相続人(配偶者・子・直系尊属) |
| 効果 | 相続権+遺留分の完全喪失 |
| 取り消し | 可能(被相続人の意思で) |
廃除が原則です。感情的な理由や個人的な不満だけでは、家庭裁判所には認められません。
廃除が認められるには、民法が定める3つの事由のいずれかに該当する必要があります。それぞれ「虐待」「重大な侮辱」「著しい非行」です。ただし、これらはいずれも「客観的に見ても重大」と判断される行為でなければなりません。
虐待は、被相続人に対する身体的・精神的な暴力行為が該当します。日常的に殴る・蹴るといった行為はもちろん、耐えがたい精神的苦痛を与え続ける行為も含まれます。実際に認められた裁判例として、息子が父親の郵便貯金約3,582万円を無断で払い戻したうえ、繰り返し暴力を振るったケース(和歌山家裁・平成16年11月30日審判)があります。金額の大きさと継続的な暴力の組み合わせが、廃除を認める決め手になりました。
重大な侮辱については、被相続人の名誉や尊厳を著しく傷つける行為が対象です。公然と人格を否定し続ける言動や、虚偽の犯罪歴を周囲に吹聴して社会的信用を失わせる行為などが該当しえます。ただし、侮辱に至った原因が被相続人側にもある場合、廃除が認められないこともあります(東京高裁・平成8年9月2日決定)。
著しい非行は、虐待・侮辱に匹敵するほどの反社会的行為が対象で、被相続人以外への行為でも成立しうる点がポイントです。例えば、多額の借金を作って家族に肩代わりさせ続けた行為、長年にわたる不貞行為、被相続人の財産を横領した行為などです。別の裁判例では、息子が窃盗等で複数回服役し、父親が被害者への謝罪・弁済・借金返済を肩代わりし続けたケース(京都家裁・平成20年2月28日審判)で廃除が認められています。
一方で、認められなかった事例も押さえておく必要があります。推定相続人が勤務先で5億円以上を横領して懲役5年の判決を受けたケース(東京高裁・昭和59年10月18日決定)でも、廃除は認められませんでした。理由は、その横領が被相続人に対して直接向けられた行為ではなかったからです。また、別居・離婚調停の申し立てだけでは廃除事由にならないとされた事例(東京高裁・平成13年11月7日決定)もあります。
これは意外ですね。5億円超の横領でも廃除が認められないことがある、という事実は多くの方の予想を裏切るでしょう。
以下は廃除が認められた事例・認められなかった事例をまとめた表です。
| 裁判所・年 | 行為の概要 | 結果 |
|---|---|---|
| 和歌山家裁 H16 | 貯金3,582万円の無断払い戻し+繰り返しの暴力 | ✅ 認容 |
| 京都家裁 H20 | 複数回服役・父親が弁済を肩代わり | ✅ 認容 |
| 大阪高裁 R元 | 3回以上の暴行・肋骨骨折・外傷性気胸 | ✅ 認容 |
| 東京高裁 S59 | 会社の5億円以上の横領・懲役5年 | ❌ 不認容 |
| 東京高裁 H13 | 別居・離婚調停の申し立て | ❌ 不認容 |
廃除は「被相続人への行為」が条件です。その点だけ覚えておけばOKです。
参考リンク(民法892条の条文原文・法令検索):廃除の根拠となる民法第892条の条文を確認できます。
廃除を実際に進めるには、「生前廃除」と「遺言廃除」の2つの方法があります。どちらも家庭裁判所の審判を経て初めて効力が生じます。つまり、被相続人が「廃除する」と宣言するだけでは何の効力もありません。
生前廃除は、被相続人が存命中に自ら家庭裁判所へ申し立てを行う方法です。被相続人自身が審判に関与できるため、廃除理由を具体的に主張・立証しやすいという大きなメリットがあります。申し立て先は被相続人の住所を管轄する家庭裁判所で、必要書類は推定相続人廃除の審判申立書、被相続人の戸籍謄本、廃除したい相続人の戸籍謄本です。費用は収入印紙800円(廃除対象者1名につき)+郵便切手代(裁判所によって異なるが数百円〜数千円程度)と、手数料自体は非常に安くすみます。
遺言廃除は、被相続人が「〇〇を廃除する」と遺言書に明記し、死後に遺言執行者が申し立てを行う方法です。対象者に廃除の事実を知られずに済む点がメリットですが、被相続人がすでに死亡しているため立証が難しくなるというデメリットがあります。遺言書の文言が曖昧だと遺言執行者が判断に迷うケースも生じるため、「〇〇を廃除する」と一義的に明確な表記が必要です。
審判が確定したら、審判確定から10日以内に被相続人の戸籍がある市区町村役場へ「推定相続人廃除届」を提出します。この届出によって廃除された人の戸籍謄本に「推定相続人廃除」と記載され、相続時に財産を受け取れない状態が公式に確定します。
| 項目 | 生前廃除 | 遺言廃除 |
|---|---|---|
| 申立人 | 被相続人本人 | 遺言執行者 |
| 申し立てタイミング | 存命中 | 死後 |
| 立証のしやすさ | ⭕ しやすい | ❌ 難しい |
| 対象者への秘匿性 | ❌ 知られやすい | ⭕ 死後に判明 |
| 申し立て費用(印紙) | 800円 | 800円 |
確実に廃除を成功させたいなら、生前廃除が原則です。
ただし、廃除の申し立てを実際に進める場合、弁護士や司法書士への依頼が現実的です。廃除事由の証拠収集から申立書の作成、審判での立証まで、専門的な知識を要するプロセスが続くからです。証拠の質が審判の結果を左右するため、法律の専門家に早い段階から相談することが廃除成功への近道になります。
参考リンク(裁判所管轄区域の確認):申し立て先となる家庭裁判所の管轄区域をここで確認できます。
廃除の申し立てをしても、実際に認容される割合は約20%前後です。これは家庭裁判所の司法統計に基づくデータで、2019年から直近年にかけて一貫して低い水準が続いています。厳しいところですね。
| 年度 | 申し立て件数 | 審判件数 | 認容件数 | 認容率 |
|---|---|---|---|---|
| 2019年 | 318件 | 195件 | 41件 | 約21% |
| 2020年 | 320件 | 208件 | 30件 | 約14% |
| 2021年 | 310件 | 185件 | 43件 | 約23% |
| 2022年 | 333件 | 212件 | 42件 | 約20% |
| 2023年 | 308件 | 178件 | 36件 | 約20% |
| 2024年 | 353件 | 222件 | 52件 | 約23% |
(出典:裁判所 司法統計年報 家事編 第3表)
なぜここまで認容率が低いのでしょうか?
相続廃除の審判において、裁判所は相続権が相続人にとって非常に重大な権利であることを前提に、極めて慎重に判断を行います。申し立て件数のうち「審判が下された件数」が申し立て全体より少ない点にも注目してください。審判に至る前に取り下げや不成立になるケースも少なくないのです。
廃除が認められない代表的な理由としては、証拠が不十分であること、行為の程度が「著しい」レベルに達していないこと、廃除事由が被相続人に直接向けられた行為でないことなどが挙げられます。また、廃除しようとした事実が対象者に知られ、関係がさらに悪化するリスクも現実に存在します。
この認容率の低さを踏まえると、廃除以外の対策も同時に検討することが賢明です。例えば遺言書による相続分指定は、廃除ほど強力ではないものの(遺留分は残る)、手続きが比較的容易で、遺言の記載を工夫することで対象者への遺産をゼロに近づけることができます。廃除が認められなかった場合のバックアッププランとして、遺言書の作成は必須といえるでしょう。
認容率を少しでも上げるためには、廃除事由に該当する行為の記録を日常的に残しておく習慣が重要です。日記、音声録音、医療機関の診断書、警察への相談記録などは、審判での立証に直結します。証拠が条件です。
参考リンク(裁判所の司法統計年報・家事編):廃除の申し立て件数・認容件数など公式データを確認できます。
相続廃除と混同されやすい制度として「相続欠格」と「相続放棄」があります。この3つは「相続人が財産を受け取れなくなる」という結果が似て見えますが、仕組みも対象も効果も全く異なります。それぞれを正確に理解することで、どの場面でどの制度を活用すべきかが見えてきます。
相続廃除は、被相続人の意思で相続権を剥奪する制度です。家庭裁判所の審判が必要で、対象は遺留分を有する推定相続人(配偶者・子・直系尊属)に限られます。取り消しが可能な点も特徴のひとつです。
相続欠格は、推定相続人が法律で定められた欠格事由に該当した場合に、被相続人の申し立てなしに自動的に相続権を失う制度です。欠格事由は廃除よりも重い行為に限定されており、「被相続人や他の相続人を殺害または死亡に追い込んだ」「遺言書を偽造・破棄・脅迫によって書かせた」といった行為が該当します。相続欠格は一度成立すると取り消しができない点と、兄弟姉妹も対象になる点が廃除との大きな違いです。
相続放棄は、相続人自身の意思で相続権を放棄する制度です。プラスの財産もマイナスの財産(借金)も一切受け取らないことになります。重要な点は、相続放棄をした場合は代襲相続が発生しないことです。廃除・欠格では子(孫)への代襲相続が生じますが、放棄では「最初から相続人でなかった」ものとして扱われるため、代襲相続は起きません。
| 項目 | 廃除 | 欠格 | 相続放棄 |
|---|---|---|---|
| 誰の意思か | 被相続人 | 法律(自動) | 相続人本人 |
| 手続き | 家裁への申し立て | 不要(自動) | 家裁への申述 |
| 取り消し | ⭕ 可能 | ❌ 不可 | ❌ 原則不可 |
| 対象者 | 遺留分ある推定相続人 | 全相続人・兄弟含む | 相続人本人のみ |
| 代襲相続 | ⭕ 発生する | ⭕ 発生する | ❌ 発生しない |
| 遺留分の消滅 | ⭕ 消滅する | ⭕ 消滅する | —(放棄済み) |
特に見落としがちなのは「廃除しても孫への代襲相続は防げない」という点です。例えば問題のある息子を廃除しても、その息子に子(被相続人の孫)がいれば、孫は代襲相続人として財産を受け取る権利を持ちます。孫を経由して廃除した息子に間接的に財産が渡る可能性もゼロではありません。
これが問題な場合には、孫に対しても別途廃除の申し立てをするか、あるいは遺言で孫への財産を渡さない旨を明記するなど、追加の対策が必要です。また兄弟姉妹に対しては、そもそも廃除制度は使えません。兄弟姉妹には遺留分がないため、遺言書に「相続させない」と記載するだけで財産を渡さないことができます。これなら問題ありません。
3つの制度の違いを正確に把握し、状況に応じて正しい手段を選ぶことが、相続対策の質を大きく左右します。相続廃除だけが「唯一の選択肢」ではなく、遺言書の作成・信託の活用など複数の手段を組み合わせた総合的な相続設計が理想的です。この点について詳しく知りたい場合は、相続専門の弁護士や税理士への相談を検討してみてください。
参考リンク(三菱UFJ銀行による廃除・欠格の解説):廃除と欠格の違いを具体例とともにわかりやすく解説している権威あるページです。
三菱UFJ銀行|相続欠格や廃除とは?具体例と対応方法を、わかりやすく説明
相続廃除の大きな特徴のひとつが、「取り消せる」という点です。これは相続欠格にはない廃除独自の性質です。
被相続人が一度廃除を申し立てた後でも、気持ちが変わって「やはりあの人に財産を渡したい」と思えば、家庭裁判所に「推定相続人廃除の取り消し」を申し立てることができます。廃除の取り消しもまた、被相続人本人の意思が最優先される制度です。
取り消しの手段も廃除と同様に2種類あります。被相続人が生前に自ら申し立てる方法と、遺言で取り消しを指示して死後に遺言執行者が手続きを行う方法です。廃除した人へ遺言によって財産を遺贈することも、法律上は可能とされています。これは被相続人の気持ちが変わり、廃除した人を許す意思があると解釈されるからです。
遺言廃除を行う際の注意点は、文言の精度です。遺言書に「〇〇には一切相続させない」と書いてあっても、これは「相続分をゼロにしたいのか」「廃除を申し立ててほしいのか」が明確でなく、遺言執行者が判断に迷うケースがあります。この曖昧さを避けるためには、「長男〇〇を廃除する」と明記することが不可欠です。
また、廃除審判の不服申立ては、審判書送達から2週間以内に行う必要があります。審判の結果に不満がある場合、この2週間という期限を逃すと不服申立てができなくなります。期限があります。
廃除や取り消しの申し立てに関して法的な疑問が生じた場合、早期に専門家へ相談することが重要です。廃除の成否が、将来の相続トラブルを大きく左右するからです。家族間の複雑な事情を整理しながら手続きを進めるためには、相続を専門とする弁護士や司法書士のサポートが実質的に必要になる場面がほとんどです。
参考リンク(法務省戸籍記載例・廃除の記録方法):廃除が認められた際に戸籍にどのように記録されるかを確認できます。