
税効果会計とは、企業会計上の資産・負債の額と税務会計上の資産・負債の額に相違がある場合に、法人税等の額を適切に期間配分する手続きのことです。簡単に言えば、会計上の利益と税務上の課税所得の差異を調整し、より正確な企業の財務状況を表示するための会計処理です。
企業会計と税務会計では、それぞれ目的が異なります。企業会計は企業の経営成績や財政状態を適切に表示することを目的としているのに対し、税務会計は公平な課税を実現することが目的です。この目的の違いから、収益・費用の認識時期や金額に差異が生じることがあります。
例えば、減価償却資産の耐用年数について、企業会計では実態に即して各企業が自由に設定できますが、税務会計では公平性を保つために法定耐用年数が定められています。このような差異があるため、会計上の利益と税務上の課税所得は通常一致しません。
税効果会計を適用することで、企業は損益計算書に一時差異を考慮した税金費用を計上し、貸借対照表には将来の税金影響額を繰延税金資産または繰延税金負債として計上することができます。これにより、財務諸表の利用者は企業の真の財政状態をより正確に把握することが可能になります。
税効果会計の主な目的は、法人税等を控除する前の当期純利益と法人税等を合理的に対応させることです。これにより、期間損益計算の適正化が図られます。
税効果会計を導入することで、企業には以下のようなメリットがあります。
ただし、繰延税金資産は将来の課税所得によって回収可能性が左右されるため、赤字が続いている企業では繰延税金資産の計上に制限がかかる場合があります。そのため、税効果会計の効果は企業の収益状況によって異なることを理解しておく必要があります。
税効果会計を理解する上で重要なのが、「一時差異」と「永久差異」の概念です。これらは企業会計と税務会計の間に生じる差異の種類を表しています。
一時差異とは、会計上と税務上の資産・負債の金額に差異があり、将来的にその差異が解消される(逆転する)ものを指します。一時差異は税効果会計の対象となります。
一時差異の主な例。
一方、永久差異とは、会計上と税務上の差異が将来にわたっても解消されないものを指します。永久差異は税効果会計の対象外となります。
永久差異の主な例。
一時差異は将来的に解消されるため、その差異に対応する税金の影響額を繰延税金資産または繰延税金負債として計上します。例えば、会計上で費用計上したが税務上ではまだ損金として認められていない場合、その差異に対応する税金額は将来的に戻ってくるため、繰延税金資産として計上します。
逆に、会計上ではまだ収益計上していないが税務上では益金として認識されている場合、その差異に対応する税金額は将来的に支払う必要があるため、繰延税金負債として計上します。
永久差異については、将来的にも解消されないため、税効果会計の対象とはなりません。したがって、永久差異に対応する税金影響額は当期の法人税等として処理され、繰延税金資産や繰延税金負債の計上は行いません。
税効果会計は決算時に行われる処理で、以下の手順で進められます。
1. 一時差異の把握と集計
まず、会計上の資産・負債と税務上の資産・負債の金額を比較し、その差異を把握します。この差異のうち、一時差異に該当するものだけを集計します。永久差異は税効果会計の対象外となるため、この段階で除外します。
2. 法定実効税率の算出
次に、法定実効税率を算出します。法定実効税率は以下の計算式で求められます。
法定実効税率 = {法人税率 × (1 + 地方法人税率 + 住民税率) + 法人事業税率 + 特別法人事業税率} ÷ (1 + 法人事業税率 + 特別法人事業税率)
この計算に使用する税率は、差異が解消されると見込まれる期の税率を使用します。
3. 繰延税金資産・繰延税金負債の算出
集計した一時差異に法定実効税率を乗じて、繰延税金資産または繰延税金負債の金額を算出します。
計算式:一時差異 × 法定実効税率 = 繰延税金資産(または繰延税金負債)
4. 回収可能性(資産性)の検討
繰延税金資産については、将来の課税所得によって回収できるかどうかを検討します。回収可能性が低いと判断される場合は、評価性引当額を計上して繰延税金資産を減額します。
回収可能性の判断は、企業の過去の業績や将来の事業計画、税務上の繰越欠損金の状況などを総合的に考慮して行います。
5. 税効果会計の仕訳計上
最後に、算出した繰延税金資産・繰延税金負債を仕訳計上します。
繰延税金資産を計上する場合の仕訳例。
(借方)繰延税金資産 XX / (貸方)法人税等調整額 XX
繰延税金負債を計上する場合の仕訳例。
(借方)法人税等調整額 XX / (貸方)繰延税金負債 XX
具体的な計算例
例えば、以下のような状況を考えてみましょう。
この場合。
一時差異は300円であり、これに法定実効税率40%を乗じると120円となります。この120円が繰延税金資産として計上され、法人税等調整額として調整されます。
税効果会計の適用が義務付けられている企業は主に以下の通りです。
これらの企業は、財務諸表の作成において税効果会計を適用する必要があります。一方、中小企業については、原則として税効果会計の適用は義務付けられていませんが、より正確な財務情報を提供するために任意で適用することも可能です。
税効果会計を導入する際の注意点としては、以下のような点が挙げられます。
1. 専門知識の必要性
税効果会計は会計と税務の両方の知識が必要となる複雑な会計処理です。特に、一時差異と永久差異の区別や、繰延税金資産の回収可能性の判断には専門的な知識が求められます。必要に応じて、税理士や公認会計士などの専門家に相談することをおすすめします。
2. システム対応
税効果会計を適切に行うためには、会計システムの対応も重要です。一時差異の把握や繰延税金資産・負債の計算を効率的に行うためのシステム整備が必要となる場合があります。
3. 開示要件への対応
税効果会計を適用する企業は、財務諸表の注記事項として以下の情報を開示する必要があります。
これらの開示要件に適切に対応するための準備も必要です。
4. 繰延税金資産の回収可能性の慎重な判断
繰延税金資産の計上には、将来の課税所得の見積りが必要となります。過度に楽観的な見積りは避け、合理的な根拠に基づいて回収可能性を慎重に判断することが重要です。
5. 税制改正への対応
税率の変更など税制改正があった場合、繰延税金資産・負債の再計算が必要となります。税制改正の動向に常に注意を払い、適時に対応することが求められます。
連結財務諸表を作成する企業グループでは、税効果会計に関連して「連結税率差異」という概念が重要になります。連結税率差異とは、法定実効税率と税効果会計適用後の法人税等の負担率との間に生じる差異のことを指します。
連結財務諸表規則第15条の5第1項では、税効果会計に関して以下の4つの注記が求められています。
特に2つ目の「税率差異注記」は、有価証券報告書で開示が求められる注記事項の中でも難易度が高いとされています。
税効果会計の基本的な考え方では、「税前利益 × 法定実効税率 = 法人税等」という等式が成立するはずですが、実際には様々な要因によりこの等式は成立しません。この等式が成立しない状況を「税率差異が発生している」と表現します。
税率差異が発生する主な要因としては、以下のようなものがあります。
連結税率差異注記を作成する際は、これらの要因を項目別に分析し、法定実効税率からの乖離要因を明確に示す必要があります。例えば、法定実効税率が30%で、実際の税負担率が35%だった場合、その差異5%の内訳を「評価性引当額の増加 3%」「交際費等永久に損金に算入されない項目 2%」などと項目別に記載します。
連結税率差異注記の作成は複雑ですが、投資家や利害関係者に対して企業グループの税負担の実態を透明に開示するという重要な役割を担っています。適切な注記作成のためには、各連結会社の税務状況を正確に把握し、差異の要因を適切に分析することが求められます。
企業会計基準第28号の適用により、税効果会計の開示に関する事項が改定され、より詳細な情報開示が求められるようになりました。特に評価性引当額の重要な変動については、税効果会計適用後の税負担率に影響するため、その変動理由や金額を具体的に注記することが重要です。