遺言執行者の権限、改正で何がどう変わったか

遺言執行者の権限、改正で何がどう変わったか

遺言執行者の権限と改正が相続に与える影響

遺言書を書いても、あなたが指定した相手に財産が渡らないケースがあります。


📋 この記事でわかる3つのポイント
⚖️
遺言執行者の法的地位が変わった

2019年7月施行の改正相続法で「相続人の代理人」という位置づけが削除され、遺言者の意思を独立して実現する権限が明文化されました。

🏦
預貯金・不動産への権限が強化された

改正後は遺言執行者が単独で相続登記の申請や預貯金の払戻し請求ができるようになり、相続人の協力なしでも手続きが進められるようになりました。

🔄
復任権の制限が事実上なくなった

改正前は「やむを得ない事由」がある場合のみ第三者に任務を委任できましたが、改正後は遺言者が禁止していない限り、自己の責任で自由に専門家へ委任できます。


遺言執行者の権限とは何か——改正前の問題点から理解する

遺言執行者とは、被相続人が残した遺言の内容を実際に実現するために動く人のことです。被相続人はすでにこの世を去っていますから、遺言の内容を誰かが代わりに実行しなければなりません。その役割を担うのが遺言執行者です。


改正前の民法(旧民法1015条)では、遺言執行者は「相続人の代理人とみなす」と規定されていました。ところが、この規定には根本的な矛盾がありました。遺言の内容が相続人全員にとって有利とは限りません。たとえば、被相続人が財産の大部分を内縁の配偶者や第三者に遺贈する場合、遺言執行者は相続人の利益と真っ向から対立する立場に置かれます。「相続人の代理人」でありながら、相続人が不利益を受けるような手続きを進めなければならない——この矛盾が、実務上の混乱やトラブルの温床となっていました。


また、遺言執行者がどの範囲の手続きを行えるのかも不明確でした。特に「相続させる」旨の遺言(特定財産承継遺言)については、最高裁の判例(平成7年1月24日判決など)により、遺言執行者は不動産の相続登記を申請する権限がないとされていました。つまり、遺言書に「長男に土地を相続させる」と書いてあっても、遺言執行者はその登記手続きを代わりに行えなかったのです。


これが原則です。改正によって大きく変わりました。


2019年7月1日に施行された改正相続法では、遺言執行者の法的地位が根本から見直されました。「相続人の代理人とみなす」という規定は削除され、新たに「遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」(改正後民法1012条1項)と明文化されました。「遺言の内容を実現するため」という文言が加わったことで、遺言執行者は相続人の顔色を窺う必要がなく、あくまでも遺言者の意思に忠実に動けばよいことが明確になりました。つまり独立した地位ということですね。


参考:遺言執行者の改正前後の権限比較について詳しく解説しています(みずほ中央法律事務所)
遺言執行者の権限に関する平成30年改正の変更点(権限強化)|みずほ中央法律事務所


遺言執行者の権限と改正による相続登記・預貯金払戻しへの影響

改正相続法が実務に与えた影響の中で、金融資産を持つ人が特に注目すべき変更点が2つあります。不動産の相続登記と、預貯金の払戻しに関する権限です。


まず不動産の相続登記についてです。改正前は特定財産承継遺言(「〇〇に相続させる」という形の遺言)の場合、遺言執行者に登記を申請する権限がありませんでした。そのため、相続人本人が単独で手続きをするか、相続人が協力してくれない場合は手詰まりになるケースがありました。改正後の民法1014条2項では、遺言執行者が「共同相続人が対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる」と明記されました。これにより、遺言執行者が単独で相続登記の申請を行えるようになったのです。


重要な注意点があります。この規定が適用されるのは、2019年7月1日以降に作成された遺言書が対象です。たとえ相続の開始(被相続人の死亡)が2019年以降であっても、遺言書の作成日が2019年7月1日より前であれば、遺言執行者に登記申請権限はありません。経過措置に注意すれば大丈夫です。


次に、預貯金の払戻し・解約についてです。改正前は、遺言執行者が銀行に対して預貯金の払戻しを請求できるかどうかの法的根拠が不明確でした。金融機関によって対応がバラバラで、払戻しに応じてもらえないケースも実際に発生していました。改正後の民法1014条3項により、遺言執行の対象が預貯金債権である場合、遺言執行者は払戻し請求と解約申入れの両方を行う権限が付与されました。


ただし、解約申入れには条件があります。その預貯金債権の「全部」が特定財産承継遺言の目的である場合に限定されています。たとえば「A銀行の全預金を長男に相続させる」という遺言であれば解約可能ですが、「A銀行の預金のうち500万円を長男に」という一部指定の場合は、払戻しは可能でも口座全体の解約申入れはできません。これは意外ですね。


また、改正後の重要な変更として、遺言執行者に就任を承諾したときは「遅滞なく遺言の内容を相続人に通知する義務」が新設されました(民法1007条2項)。改正前は通知義務がなく、相続人が知らないうちに遺言執行が進んでいてトラブルになるケースがありましたが、この改正によって透明性が確保されるようになりました。


参考:遺言執行者が相続登記を申請できる条件と経過措置について詳しく解説しています(司法書士・行政書士 吉田隼哉)
遺言執行者の権限明確化(民法改正)|相続窓口


遺言執行者の権限と改正による妨害行為の無効化——善意の第三者には要注意

改正相続法の中でも、特に金融資産や不動産を持つ方にとって見落としやすい変更点が「妨害行為の効力」に関する規定の明確化です。


改正前の民法1013条にも「遺言執行者がある場合には、相続人は遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない」という禁止規定はありました。しかし、相続人が実際にこれに違反した場合にどうなるのか——つまり「無効か、有効か」「誰との関係で無効か」については、明文規定がありませんでした。判例では絶対的無効(誰に対しても無効を主張できる)と解釈されていましたが、学説上の争いが続いていた状態です。


改正後の民法1013条2項では、相続人による妨害行為は「無効」であることが条文上に明記されました。しかし同時に、「善意の第三者(事情を知らない第三者)に対してはその無効を対抗できない」というただし書きが追加されました。これが非常に重要なポイントです。


具体的なケースで考えてみましょう。遺言で「郊外の土地をAに遺贈する」と書かれていたとします。遺言に不満を持った相続人が、遺言執行者に無断でその土地を自己名義に登記して、事情を知らない第三者Bに売却し、Bが先に所有権移転登記を完了させたとします。この場合、BはAよりも先に登記を備えているため、Aはその土地の権利をBに対して主張できなくなります。


改正後は「相対的無効」が採用されたということですね。これは遺言執行者側にとって、「速やかに対抗要件(登記)を具備させる義務がある」というプレッシャーを意味します。善意の第三者が先に登記を備えると、もはや遺言の内容を実現できなくなるからです。遺言執行者に指定された人は、就任後すぐに司法書士や弁護士などの専門家に相談することが実務上の常識になっています。


なお、改正後の民法1013条3項では「相続債権者を含む相続人の債権者が相続財産について権利行使することは妨げない」とも規定されました。たとえ遺言執行者がいても、相続人の債権者が当該相続財産に差押えをかけることは可能です。つまり、借金を抱えた相続人がいる場合、その債権者が差押えを行えば遺言の内容が実現できなくなるリスクが残ります。これは痛いですね。


参考:妨害行為の無効化と善意の第三者保護の関係について実例をもとに解説されています(リーガル・フェイス 司法書士法人)
民法改正後、遺言執行者の立場や権利義務はどう変わった?|リーガル・フェイス


遺言執行者の権限と改正による復任権の拡大——専門家委任が自由になった意味

「復任権」とは、遺言執行者がその任務の一部または全部を第三者に委任する権限のことです。この復任権の扱いも、改正前後で大きく変わりました。


改正前の民法1016条では、復任できるのは「やむを得ない事由があるとき」に限られていました。遺言執行者は遺言者から信頼を受けて指定されるものであり、簡単に他人に任せるべきではないという考え方が背景にあります。そのため、専門的な知識が必要な複雑な手続きでも、原則として遺言執行者自身がすべて行わなければならず、柔軟な対応が難しい状況でした。


改正後の民法1016条1項では、「遺言執行者は、自己の責任で第三者にその任務を行わせることができる。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う」と変更されました。「やむを得ない事由」という要件が撤廃され、遺言書で禁止されていない限り自由に復任できるようになりました。原則復任可が条件です。


これは実務的に非常に大きな変化です。たとえば、遺言執行者として親族の一人が指定されていた場合、以前は手続きを外部の司法書士や弁護士に委任するには「やむを得ない事由」が必要でした。改正後は遺言書で禁止されていない限り、当然に専門家へ委任できます。相続登記や金融機関との交渉、不動産の名義変更など複雑な実務を、最初から専門家に任せられるようになったことで、遺言執行の円滑さが格段に向上しました。


ただし、注意が必要な点があります。復任を行っても、遺言執行者は原則として復任先の第三者の行為に対して責任を負い続けます(民法1016条2項)。つまり「他の人に任せたから自分は関係ない」とはならない点を押さえておく必要があります。


また、この改正(復任権の拡大)が適用されるのは、2019年7月1日以降に作成された遺言書が対象です。それ以前の遺言書については旧法のルール(やむを得ない事由が必要)が適用されます。適用日を確認することが条件です。


遺言執行者の報酬については法的な基準が定められておらず、専門家に依頼する場合は一般的に遺産総額の1〜3%程度が相場とされています。弁護士であれば30〜100万円前後、司法書士であれば20〜75万円前後が目安です。復任を受けた専門家への費用は相続財産から支払われます。遺言執行を検討する際は、事前にコスト感も把握しておくと安心です。


参考:遺言執行者の報酬相場と専門家別の費用感について詳しく解説しています
遺言執行者の報酬相場|専門家への依頼費用を安くするための2つの方法


遺言執行者の権限と改正を知らずに損した実例と、今から取るべき対策

ここまで改正内容を詳しく見てきましたが、実際の相続の場面でこの知識を持っているかどうかで、結果が大きく変わることがあります。改正内容を知らないと損するケースと、知っていると得をするケースを整理して確認しましょう。


📋 改正を知らないと起こりうる3つのリスク


| リスクの種類 | 具体的な状況 | 結果 |
|---|---|---|
| 対抗要件の具備遅れ | 遺言執行者が登記を急がず、相続人が不動産を売却 | 善意の第三者に対抗できず財産を失う |
| 預貯金解約の誤解 | 一部指定の遺言で全額解約を申し入れようとする | 権限外として銀行に拒否される |
| 経過措置の見落とし | 2019年以前作成の遺言で執行者が単独登記を試みる | 法的根拠がなく手続き無効になるおそれ |


上記のリスクを踏まえたうえで、今から取れる実践的な対策を整理します。


🔍 遺言を作成する側(遺言者)が確認すべきこと


- 遺言執行者の指定は必ず行う。特に、認知の届出や相続人の廃除を含む場合は「必須」です。


- 遺言書の中で、復任権を「明示的に禁止しない」記載をしておくと、専門家への委任がスムーズになります。


- 「相続させる」形式(特定財産承継遺言)で不動産や預貯金を指定する場合、遺言執行者を弁護士または司法書士などの専門家にしておくと対抗要件の具備が素早く進みます。


🔍 遺言執行者に指定された側が最初にすべきこと


- 就任を承諾したら「遅滞なく」相続人全員に遺言の内容を通知する義務があります(民法1007条2項)。これを怠ると義務違反になります。


- 遺言の対象に不動産が含まれる場合は、早急に対抗要件(相続登記)を具備させる手続きを進めることが必要です。善意の第三者に先を越されるリスクがあるためです。


- 復任権を活用して、司法書士や弁護士に実務を委任することを検討してください。


相続の問題は複雑で、改正相続法の経過措置(遺言書の作成日・相続開始日・就任日のどれが基準になるか)によっても対応が変わります。「2019年以降の遺言だから大丈夫」と思っていても、細かい条件確認が必要です。各種手続きの判断に迷う場合は、相続専門の弁護士または司法書士へ早めに相談することをお勧めします。専門家への相談が条件です。


遺言は「書いた」だけでは不十分であり、「誰が、どのような権限で、どう実現するか」まで設計することが、遺言者の最終的な意思を守ることにつながります。改正後の民法が遺言執行者の権限を強化・明確化したのは、遺言の利用促進と紛争予防という社会的要請を反映しているからに他なりません。この改正の意味を正確に理解して、相続対策に活かしてください。


参考:改正後の遺言執行者に関する規定と実務対応について総合的に解説されています(市川・行徳総合法律事務所)
民法改正|遺言執行者の権限を強化するルール変更の内容は?|市川・行徳総合法律事務所