認知症遺産相続の手続きと成年後見制度の活用方法

認知症遺産相続の手続きと成年後見制度の活用方法

認知症遺産相続の基本知識と対策

認知症遺産相続の主要対策
⚖️
成年後見制度の活用

法定後見人が認知症の相続人に代わって遺産分割協議に参加

📊
法定相続分での手続き

遺産分割協議を経ずに法定相続分通りに相続手続きを実行

🏠
家族信託による事前対策

認知症になる前に財産管理権限を家族に委託する制度

認知症遺産相続で遺産分割協議ができない理由

認知症の相続人がいる場合、遺産分割協議を行うことができない重要な法的理由があります。民法第3条の2では、「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効とする」と定められています。

 

意思能力とは、自分の行為の結果を理解し、自分の利益・不利益を判断できる能力のことです。認知症が進行すると以下のような状況が発生します。

  • 自分の生年月日を言えない
  • 被相続人が死亡した事実を理解できない
  • 日常会話が困難
  • 自分の子供の名前が出てこない

このような状態では、司法書士の本人確認をクリアできないため、遺産分割協議による相続登記を行うことが現実的に困難となります。特に近年は、新型コロナウイルスの影響で外出や面会が制限され、刺激がなくなることで認知症が急激に進行するケースも増加しています。

 

遺産分割協議ができない状況では、相続人は相続財産を受け取ることができず、預金の凍結解除などの相続手続きも進められません。この問題を解決するために、複数の対処法が存在します。

 

認知症遺産相続における成年後見制度の活用方法

成年後見制度は、認知症遺産相続の最も一般的な解決方法です。この制度には法定後見制度任意後見制度の2種類があります。

 

法定後見制度の特徴:

  • 意思能力が不十分になった後に家庭裁判所に申立を行う
  • 後見人が本人に代わって遺産分割協議に参加可能
  • 弁護士、司法書士などの専門家が選任されることが多い
  • 親族が後見人になる場合は後見監督人が選任される

任意後見制度の特徴:

  • 判断能力があるうちに事前に契約を締結
  • 信頼できる人を任意後見受任者として指定
  • 認知症になってから任意後見監督人が選任される

成年後見制度利用時の重要な制約として、遺産分割内容が制限される点があります。成年後見人は民法858条に基づき、被後見人の利益を最優先に行動する義務があるため、法定相続分と同等または法定相続分以上の遺産を相続できる内容でなければ遺産分割協議に同意しません。

 

この制限により、相続税対策のための有利な遺産分割や、今後の生活を見据えた戦略的な相続対策ができなくなる可能性があります。また、成年後見人や監督人への報酬が生涯発生し、預金の使い方にも制限が課されることがあります。

 

厚生労働省によると、2025年には認知症患者が約472万人に上ると予測されており、65歳以上の高齢者の7.8人に1人が認知症になる計算です。現行の成年後見制度は2022年9月に国際連合から勧告を受けており、2026年度内をメドに制度見直しが検討されています。

 

認知症遺産相続での法定相続分による手続き

認知症の相続人がいる場合の実践的な対処法として、法定相続分による相続手続きがあります。この方法では遺産分割協議を行う必要がないため、認知症の相続人がいても相続手続きを進めることができます。

 

法定相続分による相続の特徴:

  • 民法で定められた相続割合に従って分割
  • 遺産分割協議が不要
  • 相続人の一人が申し出るだけで手続き可能
  • 相続登記義務化への対応が可能

不動産の場合、法定相続分に基づく相続登記を行うことで、登記義務化への対応となり、罰則を受けることはありません。例えば、夫が死亡し、妻(重度の認知症)、長男、長女が相続人の場合、妻2分の1、長男4分の1、長女4分の1の持分で共有状態となります。

 

しかし、この方法には重要な制約があります。
不動産関連の制約:

  • 共有状態となるため将来の売却が困難
  • 大規模リフォーム時に全員の同意が必要
  • 認知症の相続人がいると売却等ができない

預貯金関連の制約:

  • 遺産分割協議がなければ払い戻し額に上限がある
  • 「150万円」または「当該銀行の預貯金額×1/3×法定相続分」のいずれか少ない額まで

相続税関連の制約:

  • 小規模宅地等の特例が適用できない
  • 配偶者の税額軽減が利用できない
  • 相続税額が大幅に増加する可能性

実際のシミュレーションでは、遺産分割協議済みの場合の相続税額が10万円に対し、未分割で申告した場合は1,135万円となり、両者の差は1,125万円に達するケースもあります。

 

現実的な選択肢として:
重度の認知症がある相続人の年齢や健康状態を総合的に判断し、その方が死亡するまで相続登記を行わず、固定資産税だけを支払い続ける方法も実務では行われています。この場合、自治体に固定資産税の納税義務者の申出を行い、重度の認知症の方以外の相続人全員で合意することが重要です。

 

認知症遺産相続対策としての家族信託の活用

家族信託は、認知症による資産凍結を防ぐ革新的な制度として注目されています。この制度は遺言・生前贈与・任意後見制度の良いところを組み合わせたような性質を持ち、認知症対策として最適とされています。

 

家族信託の基本構造:

  • 委託者:財産を託す人(通常は親)
  • 受託者:財産の管理・運用・処分権限を持つ人(通常は子)
  • 受益者:財産から利益を受ける人

家族信託の契約後、親(委託者)の認知症が進んでも資産が凍結状態にならず、家族(受託者)による財産の管理・運用・処分がスムーズに実行できます。認知症になった親本人の意思確認は必要なく、家族の判断で財産に関する法律行為ができるため、介護施設入居のための自宅売却なども可能です。

 

家族信託の主要メリット:

  • 認知症による資産凍結の防止
  • 何世代でも財産の受け取り人を指定可能
  • 遺言では不可能な二次相続以降の指定も可能

例えば、「第一受益者=父(委託者)」「第二受益者=母」「第三受益者=長男」と指定すれば、父→母→長男の順番で財産を承継させることができます。

 

家族信託の制約とデメリット:

  • 節税効果は期待できない
  • 対応できる専門家が少ない
  • 身上監護権がない(施設入居契約など)
  • 費用が30万~100万円と高額

身上監護権の問題については、任意後見制度との併用で解決できます。また、契約書は公正証書で作成し、作成直後に医師の診断を受けることで、後に無効とされるリスクを最小化できます。

 

家族信託は平成19年からスタートした比較的新しい制度のため、経験豊富な専門家の選定が重要です。ホームページなどで家族信託の実績を確認し、信頼できる弁護士・税理士・司法書士・行政書士に相談することが推奨されます。

 

認知症遺産相続で発生する相続税への影響と対策

認知症遺産相続では、通常の相続では利用できる相続税の特例制度が適用できないケースが多く、相続税額に重大な影響を与えます。この問題は多くの家族が見落としがちな重要なポイントです。

 

利用できなくなる主要な特例:

  • 小規模宅地等の特例:自宅の土地評価額を80%減額
  • 配偶者の税額軽減:配偶者の相続税を大幅に軽減
  • 貸付事業用宅地の特例:アパート経営等の土地評価額を50%減額

これらの特例は遺産分割協議が完了していることが適用要件となっているため、認知症により遺産分割協議ができない場合は利用できません。

 

相続税申告の実務的な対応:
認知症による未分割の場合、相続税申告は以下の手順で進めます。

  1. 申告期限内(10ヶ月以内)に未分割で申告
  2. 「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出
  3. 遺産分割協議成立後に更正の請求で税額還付

ただし、成年後見制度を利用する場合は手続きに時間がかかるため、申告期限内に分割が完了しないケースが多いのが実情です。

 

相続税対策としての事前準備:
認知症リスクを考慮した相続税対策では、以下の方法が効果的です。

  • 生前贈与の活用:年間110万円の基礎控除枠を利用
  • 配偶者間贈与の特例:居住用不動産2,000万円まで非課税
  • 教育資金一括贈与:孫への教育資金1,500万円まで非課税
  • 結婚・子育て資金一括贈与:1,000万円まで非課税

これらの制度は意思能力があるうちに実行する必要があるため、早期の対策開始が重要です。

 

二次相続を見据えた戦略:
認知症の配偶者がいる場合、一次相続で配偶者の税額軽減を最大活用し、二次相続での税負担を軽減する戦略も考えられます。ただし、配偶者が長期間生存する場合は、その間の財産増加リスクも考慮する必要があります。

 

専門家連携の重要性:
認知症遺産相続では、税理士・司法書士・弁護士・社会福祉士など複数の専門家との連携が不可欠です。特に相続税申告と成年後見手続きを並行して進める場合は、各専門家間の綿密な連携により、最適な解決策を見つけることができます。

 

司法書士がブログで紹介する相続情報として、実際のトラブル事例を含めた解説は、読者が自分事として想像しやすく、問い合わせにつながりやすい効果的なコンテンツとなります。認知症遺産相続は今後ますます増加する問題であり、タイムリーな情報提供により信頼を獲得できる重要な分野です。