
認知症の相続人がいる場合、遺産分割協議を行うことができない重要な法的理由があります。民法第3条の2では、「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効とする」と定められています。
意思能力とは、自分の行為の結果を理解し、自分の利益・不利益を判断できる能力のことです。認知症が進行すると以下のような状況が発生します。
このような状態では、司法書士の本人確認をクリアできないため、遺産分割協議による相続登記を行うことが現実的に困難となります。特に近年は、新型コロナウイルスの影響で外出や面会が制限され、刺激がなくなることで認知症が急激に進行するケースも増加しています。
遺産分割協議ができない状況では、相続人は相続財産を受け取ることができず、預金の凍結解除などの相続手続きも進められません。この問題を解決するために、複数の対処法が存在します。
成年後見制度は、認知症遺産相続の最も一般的な解決方法です。この制度には法定後見制度と任意後見制度の2種類があります。
法定後見制度の特徴:
任意後見制度の特徴:
成年後見制度利用時の重要な制約として、遺産分割内容が制限される点があります。成年後見人は民法858条に基づき、被後見人の利益を最優先に行動する義務があるため、法定相続分と同等または法定相続分以上の遺産を相続できる内容でなければ遺産分割協議に同意しません。
この制限により、相続税対策のための有利な遺産分割や、今後の生活を見据えた戦略的な相続対策ができなくなる可能性があります。また、成年後見人や監督人への報酬が生涯発生し、預金の使い方にも制限が課されることがあります。
厚生労働省によると、2025年には認知症患者が約472万人に上ると予測されており、65歳以上の高齢者の7.8人に1人が認知症になる計算です。現行の成年後見制度は2022年9月に国際連合から勧告を受けており、2026年度内をメドに制度見直しが検討されています。
認知症の相続人がいる場合の実践的な対処法として、法定相続分による相続手続きがあります。この方法では遺産分割協議を行う必要がないため、認知症の相続人がいても相続手続きを進めることができます。
法定相続分による相続の特徴:
不動産の場合、法定相続分に基づく相続登記を行うことで、登記義務化への対応となり、罰則を受けることはありません。例えば、夫が死亡し、妻(重度の認知症)、長男、長女が相続人の場合、妻2分の1、長男4分の1、長女4分の1の持分で共有状態となります。
しかし、この方法には重要な制約があります。
不動産関連の制約:
預貯金関連の制約:
相続税関連の制約:
実際のシミュレーションでは、遺産分割協議済みの場合の相続税額が10万円に対し、未分割で申告した場合は1,135万円となり、両者の差は1,125万円に達するケースもあります。
現実的な選択肢として:
重度の認知症がある相続人の年齢や健康状態を総合的に判断し、その方が死亡するまで相続登記を行わず、固定資産税だけを支払い続ける方法も実務では行われています。この場合、自治体に固定資産税の納税義務者の申出を行い、重度の認知症の方以外の相続人全員で合意することが重要です。
家族信託は、認知症による資産凍結を防ぐ革新的な制度として注目されています。この制度は遺言・生前贈与・任意後見制度の良いところを組み合わせたような性質を持ち、認知症対策として最適とされています。
家族信託の基本構造:
家族信託の契約後、親(委託者)の認知症が進んでも資産が凍結状態にならず、家族(受託者)による財産の管理・運用・処分がスムーズに実行できます。認知症になった親本人の意思確認は必要なく、家族の判断で財産に関する法律行為ができるため、介護施設入居のための自宅売却なども可能です。
家族信託の主要メリット:
例えば、「第一受益者=父(委託者)」「第二受益者=母」「第三受益者=長男」と指定すれば、父→母→長男の順番で財産を承継させることができます。
家族信託の制約とデメリット:
身上監護権の問題については、任意後見制度との併用で解決できます。また、契約書は公正証書で作成し、作成直後に医師の診断を受けることで、後に無効とされるリスクを最小化できます。
家族信託は平成19年からスタートした比較的新しい制度のため、経験豊富な専門家の選定が重要です。ホームページなどで家族信託の実績を確認し、信頼できる弁護士・税理士・司法書士・行政書士に相談することが推奨されます。
認知症遺産相続では、通常の相続では利用できる相続税の特例制度が適用できないケースが多く、相続税額に重大な影響を与えます。この問題は多くの家族が見落としがちな重要なポイントです。
利用できなくなる主要な特例:
これらの特例は遺産分割協議が完了していることが適用要件となっているため、認知症により遺産分割協議ができない場合は利用できません。
相続税申告の実務的な対応:
認知症による未分割の場合、相続税申告は以下の手順で進めます。
ただし、成年後見制度を利用する場合は手続きに時間がかかるため、申告期限内に分割が完了しないケースが多いのが実情です。
相続税対策としての事前準備:
認知症リスクを考慮した相続税対策では、以下の方法が効果的です。
これらの制度は意思能力があるうちに実行する必要があるため、早期の対策開始が重要です。
二次相続を見据えた戦略:
認知症の配偶者がいる場合、一次相続で配偶者の税額軽減を最大活用し、二次相続での税負担を軽減する戦略も考えられます。ただし、配偶者が長期間生存する場合は、その間の財産増加リスクも考慮する必要があります。
専門家連携の重要性:
認知症遺産相続では、税理士・司法書士・弁護士・社会福祉士など複数の専門家との連携が不可欠です。特に相続税申告と成年後見手続きを並行して進める場合は、各専門家間の綿密な連携により、最適な解決策を見つけることができます。
司法書士がブログで紹介する相続情報として、実際のトラブル事例を含めた解説は、読者が自分事として想像しやすく、問い合わせにつながりやすい効果的なコンテンツとなります。認知症遺産相続は今後ますます増加する問題であり、タイムリーな情報提供により信頼を獲得できる重要な分野です。