

有給を申請しない社員が「ありがたい存在」だと思っているなら、あなたの会社は今すぐ30万円以上の罰金リスクを抱えている可能性があります。
2019年4月1日、働き方改革関連法の施行にともない、年次有給休暇の取得ルールが大きく変わりました。それまでは「有給は本人が申請して使うもの」という運用が一般的でしたが、改正後は会社側にも取得させる義務が課されるようになったのです。
具体的には、年次有給休暇が10日以上付与されているすべての労働者に対して、使用者(会社)は付与日から1年以内に最低5日間、時季を指定して取得させる義務を負います。
これが「年次有給休暇の時季指定義務」です。
つまり年5日が原則です。
なぜこの制度が導入されたのでしょうか?2018年時点の日本の有給休暇取得率はわずか約51%で、世界主要国の中で最下位という深刻な状況でした。「職場の空気が読めない」「迷惑をかけたくない」といった理由で有給を使わない日本の職場文化が背景にあります。これを改善するため、本人が申請しなくても会社が取得を促す仕組みが法的に義務付けられました。2024年には取得率が約65%まで改善されており、制度の効果は着実に出ています。
この制度が金融業界に携わる人にとって重要なのは、自社の人事・労務管理だけでなく、投資先企業や取引先のコンプライアンスリスクを評価する際にも直結するためです。法令違反が発覚した企業は罰金だけでなく、企業名の公表や信頼失墜という経営上のダメージを受けます。企業価値の評価においても、労務管理の適正さは見逃せない指標です。
厚生労働省「年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説」(PDF):制度の基本事項と対象者要件を公式解説
「時季指定義務は正社員だけが対象」と考えている経営者・人事担当者は少なくありません。
これは大きな誤解です。
対象となる条件を整理しておきましょう。
時季指定義務の対象は、「年間10日以上の年次有給休暇が付与されるすべての労働者」です。正社員・契約社員・パート・アルバイト・管理監督者、いずれも条件を満たせば対象になります。
雇用形態は関係ありません。
フルタイム勤務(週5日以上または年217日以上、週30時間以上)の場合は、入社から6か月継続勤務し全労働日の8割以上出勤すると、10日の有給が付与されてその瞬間から義務が発生します。一方、パートタイムの場合は所定労働日数に応じて比例付与となり、以下が目安です。
| 週の所定労働日数 | 10日以上付与のタイミング | 時季指定義務 |
|---|---|---|
| 5日以上(またはフルタイム) | 入社6か月後 | ✅ 対象 |
| 週4日(週30時間未満) | 入社3年6か月後 | ✅ 対象 |
| 週3日(週30時間未満) | 入社5年6か月後 | ✅ 対象 |
| 週2日以下(週30時間未満) | 最大7日のため10日未満 | ❌ 対象外 |
週3日勤務のアルバイトでも5年半勤め続ければ義務の対象になる、というのは意外ですね。長期間勤務しているパート社員については特に注意が必要です。
また、「前年の繰越し分を合算して10日を超えた」という場合は対象外です。あくまでその年度に「新たに付与された日数」が10日以上であることが条件になります。対象者の把握を誤ると、義務不履行のリスクが生じます。
罰則には大きく3つのパターンがあります。それぞれ根拠法令・罰則内容が異なるため、混同しないことが大切です。
まず1つ目が、年5日の取得を実現させなかった場合の罰則です。労働基準法第39条第7項違反として、労働者1人につき30万円以下の罰金が科されます(同法第120条1号)。10人の未取得者がいれば最大300万円、100人いれば最大3,000万円という計算になります。東京ドーム1個分(4.7万㎡)の土地と同程度の価値が吹き飛ぶイメージです。
大企業では洒落にならない金額です。
2つ目は、就業規則に時季指定の手順が記載されていない状態で時季指定を実施した場合です。労働基準法第89条違反として、1件につき30万円以下の罰金が科されます(同法第120条1号)。「実際に5日取得させているから問題ない」という判断は誤りです。就業規則の整備と行政官庁への届け出がセットで必要になります。
3つ目は、労働者が希望する時季に有給を与えなかった場合です。こちらは罰則が重く、6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が科されます(同法第119条1号)。時季変更権が認められるのは「事業の正常な運営を妨げる場合」に限定されており、単に「繁忙期だから」「他に誰もいないから」という理由では認められないことが多いため注意が必要です。
| 違反の種類 | 根拠条文 | 罰則 |
|---|---|---|
| 年5日取得させなかった | 第39条第7項・第120条 | 30万円以下の罰金(1人1罪) |
| 就業規則に時季指定の記載なし | 第89条・第120条 | 30万円以下の罰金(1件1罪) |
| 希望時季に与えなかった | 第39条第5項・第119条 | 6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金 |
「いつから1年間が義務期間なのか」が実務上もっとも混乱しやすい部分です。基本的には、有給を付与した日(基準日)から1年以内に5日取得させる義務が発生します。
たとえば4月1日入社の正社員は、出勤率8割以上を達成していれば10月1日に10日分の有給が付与され、翌年9月30日までの1年間が義務期間となります。翌年以降は毎年10月1日が基準日となり、1年ごとに更新されます。
複雑になるのは「全社で付与日を統一している場合」です。入社直後に前倒しで付与したり、毎年4月1日に全員分まとめて付与したりする会社では、義務期間が重複するケースが生じます。この場合は「比例按分」という計算方法で対応します。
また「一部前倒し付与」のケースも要注意です。合計10日に達した日が基準日となり、それ以前に労働者が取得していた日数は義務日数から差し引くことができます。把握が不正確だと、義務日数の計算が誤ってしまいます。
こうした計算の複雑さが、管理ミスを生む温床です。年次有給休暇管理簿を使い、基準日・付与日数・取得日数を労働者ごとに正確に把握しておく体制が必要になります。
実務担当者が特に混同しやすいのが「時季指定」と「計画的付与(計画年休)」です。
似て非なる制度です。
時季指定は、労働者が自発的に有給を取得せず、基準日から1年が近づいても5日未満のままであるとき、会社が取得日を指定して与える制度です。会社側の義務を履行するための補完的な手段として機能します。
一方、計画的付与(計画年休)は、労働基準法第39条第6項に基づく制度で、付与日数のうち5日を超える部分について、労使協定を結んだうえで会社が取得日をあらかじめ指定できる制度です。
これは使えそうですね。
重要な違いをまとめると以下の通りです。
計画的付与の結果として労働者が5日以上取得した場合、その日数分は時季指定義務の充当に使えます。たとえば計画的付与で3日取得させた場合、残り2日のみを時季指定で取得させれば義務を果たしたことになります。
組み合わせて活用するのが実務上の定石です。
ただし、計画的付与は「これまで休日だった夏季休暇を出勤日に変え、その代わりに有給を割り当てる」といった使い方は労働条件の不利益変更にあたる可能性があり、後からトラブルになるケースがあります。こうした抜け道的な使い方は法的リスクが高いため注意が必要です。
「年休の時季指定義務と計画的付与の違いと関係」(解決!社労士):2つの制度の適用範囲の違いを詳細に解説
「罰則があるといっても、実際に送検されるのだろうか?」という疑問はよく聞かれます。
実例はあります。
令和5年(2023年)5月10日、茨城・龍ヶ崎労働基準監督署は、飲食業を営む有限会社とその代表者を書類送検しました。平成31年4月1日から令和4年3月31日の3年間にわたり、年10日以上の有給が付与される労働者全員に対し時季指定を怠り、1人も年5日の有給を取得させていなかったという事案です。
同年、愛知・津島労働基準監督署では、小売チェーン店の会社と各事業場の責任者である店長3名が書類送検されています。従業員6名に対し一切時季指定を行わず、有給を未消化のまま放置していたことが問題となりました。
また令和3年(2021年)には、長崎労働局が実施した監督指導の結果、対象1,539事業場のうち238事業場(全体の約15.5%)で時季指定義務違反が確認されています。違反率はおよそ6事業場に1事業場という高い水準でした。
これらの事例から読み取れるのは、労働基準監督署が積極的に動いているという事実です。「どうせバレない」という考え方は現実的ではありません。しかも書類送検された場合、企業名が公表され、レピュテーションリスクにもなります。罰金という直接的な損失だけでなく、採用競争力の低下や取引先からの信頼喪失という二次被害も生じうるのです。
「長崎労働局、有給の時季指定義務違反等の状況を初公表」(企業法務ナビ):行政の公表制度と違反実態の数字を確認できる記事
時季指定義務の履行と不可分なのが、年次有給休暇管理簿の作成・保存義務です。2019年の法改正と同時に義務化されました。
年次有給休暇管理簿に記載すべき必須事項は「基準日」「取得日数」「取得時季」の3項目です。この3点を労働者ごとに整理して記録し、有給取得が完了した期間中および期間満了後3年間(法律上は5年だが経過措置として当面3年も可)の保存が必要です。
作成していなかったり保存していない場合は、直接的な罰則規定はないものの、労働基準監督署から是正指導を受ける可能性があります。また、万が一トラブルが発生した際に証拠書類がなければ、会社が不利な立場に立たされます。
管理簿の形式は法定されていないため、ExcelやGoogle スプレッドシートでの管理も認められています。クラウドの勤怠管理システムを活用すれば、取得状況をリアルタイムで把握でき、義務期間の終了間際に「あと何日足りない」という状況を早期に察知できます。残り1か月を切ってから集中して休ませると業務に支障が出ます。そのため、管理は年間を通じて行うことが原則です。
管理簿が整備されていると、定期的に労働基準監督署の調査が入っても証拠を適切に示せる体制が整います。記録を残すことが自社を守ることにもなります。
義務違反を防ぐには、正しい手順を踏んで管理体制を整えることが大切です。
実務で踏むべきステップを順に解説します。
まず最初に確認すべきは「就業規則への記載」です。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、時季指定の手順・対象者の範囲・運用方法を就業規則に明記し、行政官庁(労働基準監督署)に届け出ることが必要です。これがないまま時季指定を実施すると、取得させていても別の違反が成立してしまいます。
次に行うのが年次有給休暇管理簿の整備です。労働者ごとに基準日・付与日数・取得日数・取得時季を記録する仕組みを作ります。勤怠管理システムを活用すると、未取得者のアラート機能なども使えるため、管理の工数を削減できます。
実際の取得促進においては、「個別指定方式」と「計画的付与」を組み合わせる方法が実務上有効です。取得が少ない労働者を早めに把握し、意見を聴取のうえで取得日を指定します。会社側が一方的に決めるのではなく、労働者の希望をできる限り尊重することが法の趣旨です。
最後に確認として、四半期ごとに取得状況を確認し、義務期間終了の2か月前には未充足者への指定を完了させる運用が理想的です。残り数日で慌てて休ませると、業務への影響が大きくなります。計画的な管理が、会社と労働者双方にとってメリットになります。
現場では制度への誤解が数多く存在します。
特によく見られる誤解を5つ取り上げます。
これは正確に理解しておくべきポイントです。
誤解①:「本人が有給を使わないなら会社の責任はない」
これは違います。年5日取得させなかった責任は会社にあります。労働者が申請しない場合でも、会社が時季指定をして取得させる義務があります。本人の意志に任せるだけでは義務を果たしたことになりません。
誤解②:「管理職は対象外だろう」
管理監督者であっても年10日以上の有給が付与されていれば対象です。管理監督者には労働時間規制の適用除外がありますが、有給休暇の付与・取得義務はそれとは別の話です。
対象外ではありません。
誤解③:「時間単位の有給取得も義務の5日にカウントできる」
これは条件付きです。半日単位の取得は0.5日として算入できますが、時間単位の取得は5日の義務にはカウントできません。
時間と半日は別物だと覚えておけばOKです。
誤解④:「繁忙期を避ければ時季変更していい」
単に「繁忙期だから」という理由だけでは時季変更権は認められません。「その労働者しかできない業務があり、休むと業務が止まる」という具体的な事情が必要です。安易な時季変更は6か月以下の拘禁刑リスクを生みます。
誤解⑤:「前年の繰越し分を使えば5日のカウントに入る」
前年から繰り越された有給日数を使って取得した場合でも、その取得分は義務の5日に充当することが可能です。ただし、その年度に「新たに付与された10日以上」が対象者の要件であり、繰越分だけで10日になった人は対象外である点は注意が必要です。
金融に関心のある読者にとって、この制度は「自社の問題」だけではありません。投資先・融資先・取引先のリスク評価においても重要な視点です。
近年、ESG投資が広がる中で、労務コンプライアンスの状況は「S(Social)」の評価軸として企業価値に直結します。有給取得率や法令遵守状況は、従業員エンゲージメントや組織の健全性を示す指標です。
たとえば有給取得率の低い会社は、離職率が高くなりやすく、採用コストも膨らむ傾向があります。人員確保が難しくなれば業績にも影響し、株価や企業評価にも跳ね返ります。逆に有給休暇を適切に取得させている会社は、従業員の生産性や定着率が高い傾向があります。
また、企業デューデリジェンス(M&Aや融資の審査)において、過去の労務管理のずさんさが発覚すると評価が大きく下がることがあります。時季指定義務違反が放置されていた場合、潜在的な罰金負債リスクとして評価に織り込まれることになります。
金融機関や投資ファンドが重視する「コンプライアンス体制の有無」に、有給休暇管理の適正さも含まれることを認識しておくことが大切です。表面上の財務指標だけでなく、内部管理体制の健全性を見抜く力が、現代の金融リテラシーには求められています。
「有給休暇のペナルティを徹底解説!労働者とのトラブルを未然に防ぐ」(HCMジンジャー):罰則の種類と具体的な企業事例を網羅した詳細解説
最後に、実務でよく出る疑問点をQ&A形式で整理します。
Q1:有給取得義務の対象者かどうか、「前年繰越分」の扱いは?
その年度に「新たに付与された」日数が10日以上であることが条件です。
前年から繰り越した日数は含まれません。
たとえば今年度の新規付与が8日の場合、繰越分を合算しても10日を超えていても、義務の対象外となります。
Q2:労働者が「有給を使いたくない」と言った場合はどうする?
労働者が自ら5日以上取得していれば問題ありません。しかし5日未満の場合は、本人の意向に関わらず会社が時季指定して取得させる義務があります。拒否する労働者に対しても、会社は義務を果たす責任を負います。実務上は、意見聴取の記録を残しながら時季指定を行うことが推奨されます。
Q3:有給の半日取得は5日の義務に算入できる?
半日単位(0.5日)の取得は算入できます。
ただし、時間単位取得は対象外です。
たとえば午前中だけ休んだ日が10回あれば5日分としてカウントできます。時間単位での取得10時間は1日分ではありません。算入のルールを正確に把握しておくことが条件です。
Q4:計画的付与で5日全部を指定してしまえばいい?
計画的付与が使えるのは5日を「超える部分」だけです。
5日の義務部分は計画的付与の対象外です。
計画的付与で年5日を確保しようとする設計は法律上認められていません。また、計画的付与には労使協定の締結が必須です。
Q5:管理簿の保存期間はいつまで?
有給を与えた期間中および期間満了後3年間の保存が必要です(法律上の原則は5年ですが、経過措置として当面3年も認められています)。電子データでの保存も可能であり、いつでも出力・提示できる状態を維持しておくことが求められます。
「年5日の有給休暇取得義務化とは?罰則や基準日、企業が取るべき対応」(ベリーベスト法律事務所):弁護士監修の法的解説とケーススタディ
Please continue.