

実は、取締役は会計監査人の選任議案を株主総会に提出できず、あなたの知らないところで監査役が否決すると選任そのものが吹き飛びます。
会計監査人とは、株式会社の計算書類・附属明細書・連結計算書類などを監査する役割を担う機関です(会社法第396条第1項)。資格要件として、公認会計士または監査法人でなければならず(同第337条第1項)、一般の税理士や中小企業診断士がこの役職に就くことはできません。
重要なのは、「誰が会計監査人を選ぶのか」という点です。よく誤解されがちですが、会計監査人の選任は取締役が決めるわけではありません。
会社法第329条第1項により、会計監査人は株主総会の決議によって選任されます。そして、その株主総会に提出する選任議案の内容を決定する権限は、監査役(監査役会設置会社では監査役会)が持っています(同第344条第1項)。これが会計監査人の選任における監査役の中核的な役割です。
なぜこのような仕組みになっているのでしょうか?
理由はシンプルで、会計監査人の独立性を守るためです。もし取締役が会計監査人を自由に選べるとなれば、都合の悪い監査結果を出しにくい監査法人を恣意的に選んだり、厳しい監査人を排除したりできてしまいます。そのリスクを防ぐために、業務執行側とは独立した監査役が議案決定権を持つ設計になっています。
つまり「チェックする側が選ぶ」が原則です。
会計監査人の設置が義務付けられている会社は以下の通りです。
- 会社法上の大会社(資本金5億円以上、または負債総額200億円以上)
- 監査等委員会設置会社
- 指名委員会等設置会社
逆に言えば、資本金5億円未満かつ負債200億円未満の中小企業であれば、定款に規定を設けることで任意に会計監査人を設置することも可能ですが、義務ではありません。大会社の基準は「資本金5億円」という数字が一つの目安になります。東京都の中小企業の平均資本金は約2,000万円程度と言われており、大会社の基準はそれの25倍以上の規模です。
参考:会計監査人の設置義務と大会社の基準については以下で詳しく解説されています。
会計監査人とは?設置義務と企業対応のポイントについて解説|マネーフォワード
会社法第344条は、監査役(監査役会)が持つ「会計監査人の選任等に関する議案の内容の決定権」を定めた条文です。これは金融・法務の実務において非常に重要な規定です。
具体的に、監査役(監査役会)が決定権を持つのは以下の3つです。
- 会計監査人の選任に関する議案の内容
- 会計監査人の解任に関する議案の内容
- 会計監査人を再任しないことに関する議案の内容
「選任を決める」とはどういうことでしょうか?
たとえば、経営陣が「A監査法人を会計監査人にしたい」と考えたとします。しかし、その候補をそのまま株主総会に提出することはできません。まず監査役会を招集し、そこでA監査法人の選任議案について審議・決定を経た後でなければ、取締役会での招集決議に進めません。監査役が合理的な理由をもって「この候補は適切でない」と判断すれば、議案自体を差し戻すことも可能です。
これが議案決定権の実質的な意味です。
また、会社法第344条第2項では、監査役(監査役会)は自ら積極的に取締役に対し「会計監査人を再任しないことを株主総会の目的とするよう請求」できる権利も認められています。つまり、監査役は守り(議案への同意)だけでなく攻め(不再任請求)の権限も持っているということです。
実務上のスケジュールとしては、定時株主総会(例:6月19日開催)から逆算して、監査役会の開催は少なくとも取締役会よりも前に設定する必要があります。監査役会の招集通知は会日の1週間前までに発送が原則(会社法第392条第1項)です。つまり、株主総会の1か月以上前から準備を始めるのが実務上の標準です。
参考:会計監査人の選任スケジュールの詳細はこちら。
会計監査人の選任の流れは?必要な資格や任期を弁護士が解説|アウテンス法律事務所
会計監査人の選任議案を決定する監査役が、まず確認しなければならないのが候補者の「資格要件」と「欠格事由」です。
資格要件は前述の通り、公認会計士または監査法人であることです。しかし、資格があれば誰でもなれるわけではありません。会社法第337条第3項は以下の者を会計監査人として就任できない欠格事由として列挙しています。
- その会社の子会社等から、公認会計士業務・監査法人業務以外の業務で継続的な報酬を受けている者
- 上記の者の配偶者
- その他一定の利害関係者
欠格事由のポイントは「継続的な報酬」という部分です。たとえばある公認会計士が、監査対象となる会社の子会社からコンサルティング報酬を継続的に受け取っていた場合、会計監査人としての独立性が損なわれるため就任できません。単発の講演料などとは異なり、「継続性」が判断基準になります。
また、会計監査人として就任している人が同時にその会社の監査役を兼任することも禁止されています(会社法第335条)。
この兼任禁止規定は見落としやすい点です。
二つの役割は目的が異なる独立した機関であり、一人が両方を担うと相互チェック機能が失われるからです。
兼任は禁止です。
選任にあたって監査役が候補者を評価する際の確認ポイントとして、日本監査役協会が公表している「会計監査人の評価及び選定基準策定に関する監査役等の実務指針」が参考になります。この指針では監査体制・専門性・独立性・コミュニケーション能力などの観点から評価する枠組みが示されています。
参考:日本監査役協会による実務指針はこちら。
会計監査人の選解任等に関する議案の内容の決定権行使に関する実務指針|日本監査役協会
会計監査人の任期は、「選任後1年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで」です(会社法第338条第1項)。実質的には毎年の定時株主総会ごとに任期が区切られる形です。
これは取締役の任期(原則2年)と比べても短い設定です。なぜ1年なのかというと、毎年株主が会計監査の適否を評価する機会を持てるようにするためです。
毎年の見直しが原則です。
ただし、ここに重要な「みなし再任」の規定があります。
会社法第338条第2項によれば、定時株主総会において「別段の決議がされなかった場合」、会計監査人は再任されたものとみなされます。つまり、株主総会で特に不再任・解任の決議がなければ、特段の手続きを経ずとも自動的に翌年も同じ会計監査人が続きます。
これは実務上、非常に重要な意味を持ちます。変更を望む側(監査役が不再任を求める場合など)は、定時株主総会前に積極的に行動しなければなりません。
黙っていると現状維持になるという設計です。
なお、みなし再任の場合であっても、登記上は「変更登記(重任登記)」を定時株主総会後2週間以内に行う必要があります(同第915条第1項)。この登記を忘れると過料の対象になり得るため注意が必要です。
変更がなくても登記は必要です。
| 区分 | 任期の特徴 | 備考 |
|---|---|---|
| 会計監査人 | 実質1年(自動再任あり) | みなし再任でも登記必要 |
| 監査役 | 原則4年(短縮不可) | 独立性確保のため長期設定 |
| 取締役 | 原則2年(短縮可) | 定款で1年も可 |
会計監査人の選任に関する権限と並んで見落とされがちなのが、「報酬同意権」です。会社法第399条第1項は次のように定めています。
> 取締役は、会計監査人の報酬等を定める場合には、監査役(監査役が2人以上ある場合はその過半数、監査役会設置会社では監査役会)の同意を得なければならない。
報酬は取締役が決める、というのが多くの人のイメージではないでしょうか。しかし会計監査人に限っては、報酬額の決定にも監査役の同意が不可欠です。なぜなら、報酬を通じた影響力によって会計監査人の独立性が侵される可能性があるからです。
「安い報酬で厳しく監査させない」あるいは「高い報酬で監査人を抱き込む」といった構造を防ぐため、報酬の決定プロセスに監査役が関与する仕組みになっています。
報酬も独立性の問題です。
実際の監査報酬の相場感について触れると、日本公認会計士協会の監査実施状況調査(2021年)によれば、会社法監査における平均監査報酬は売上高10億円未満の場合で約432万円、売上高100〜500億円では約1,285万円とされています。
つまり企業規模に比例して報酬額も上がります。
この金額が「合理的か」「監査工数に見合っているか」を監査役が確認した上で同意するプロセスが、制度として機能することが大切です。
同意は確認してから行うべきです。
なお、監査役が報酬に同意しなかった場合、取締役はその報酬額を設定できません。実務上は事前に監査役会との協議を重ねてから同意を求めるケースが一般的です。
参考:会計監査人の報酬と監査役の同意プロセスについてはこちら。
会計監査人との連携に関する実務指針(報酬同意プロセス)|日本監査役協会
会計監査人を解任する手続きには2種類あります。一つは株主総会の普通決議による通常解任(会社法第339条)、もう一つは監査役による緊急解任(同第340条)です。
特に注目すべきは後者です。会社法第340条第1項は、以下の事由に該当する場合、監査役が株主総会決議なしに会計監査人を即時解任できると定めています。
- 職務上の義務に違反し、または職務を怠ったとき
- 会計監査人としてふさわしくない非行があったとき
- 心身の故障のため、職務の執行に支障があり、またはこれに堪えないとき
ただし、監査役が2人以上ある場合には「監査役全員の同意」が必要です(同第2項)。
全員一致が条件です。
実際にこの緊急解任権が行使されるケースは多くありませんが、会計不正が発覚した緊急局面や、監査法人が突然業務停止処分を受けたような場面での適用が想定されます。たとえば過去に、金融庁から業務停止命令を受けた大手監査法人が関与していた企業で、この規定に基づいた即時解任が実施されたケースがあります。
解任後は、監査役の互選で選ばれた代表監査役が解任の事実と理由を「解任後最初に招集される定時株主総会に報告」しなければなりません(同第3項)。
解任した後も報告義務があります。
また、別の場面として「一時会計監査人」の制度もあります。会計監査人が欠けた場合や員数不足の場合に、監査役が遅滞なく一時会計監査人を選任する義務があります(同第346条第4項)。会計監査の空白を生じさせないための安全弁です。
法律上の権限はあっても、実際に監査役が会計監査人を適切に評価・選定するには、どのような実務プロセスが有効なのでしょうか。この点は法律の条文には書かれていない「実務の知恵」の領域です。
日本監査役協会の実務指針では、監査役が会計監査人を評価する際の視点として次の要素が挙げられています。
| 評価カテゴリ | 具体的な確認内容 |
|---|---|
| 独立性・適格性 | 利害関係の有無、監査チームの構成・専門性 |
| 監査の品質 | 監査計画の合理性、KAM(監査上の主要な検討事項)の内容 |
| コミュニケーション | 監査役との定期会合の頻度・質、報告内容の明確さ |
| 報酬の妥当性 | 監査工数との対応関係、他社比較 |
特に近年注目されているのが「KAM(Key Audit Matters/監査上の主要な検討事項)」との連携です。2021年3月決算から上場企業に義務付けられたKAMの記載は、会計監査人が監査で特に重点を置いた論点を開示するものです。
KAMを通じて監査役は会計監査人が何を重点的に見たかを把握でき、逆に「この点はなぜKAMに挙げなかったのか」という問いかけを通じて双方の監査水準を高め合う対話が可能になります。これは制度的な権限行使だけでは得られない実質的な連携です。
実際のところ、監査役と会計監査人の間で定期的な意見交換会や情報共有会議を開いている企業は増えています。EYの調査によれば、上場企業の監査役の約8割が会計監査人と年4回以上の定期的な会合を持っているとされています。
形式だけでなく中身が重要です。
参考:監査役と会計監査人の連携実務はこちらを参照。
監査役と会計監査人との連携の在り方と実務~KAMの記載も見据えて~|EY Japan
「監査役設置会社」と「監査等委員会設置会社」という2つの機関設計は、会計監査人の選任手続きにも影響します。
混同しやすいのでここで整理します。
監査役設置会社は、取締役会と独立した「監査役(監査役会)」が存在し、会計監査人の選任議案決定権・報酬同意権・緊急解任権を持ちます。
いわば古典的なガバナンス構造です。
監査等委員会設置会社は、2015年の会社法改正で導入された制度で、監査等委員(社外取締役を含む)から構成される監査等委員会が監査を担います。この場合、会計監査人の選任議案決定権は「監査等委員会」が持ちます。
監査役ではなく委員会が持ちます。
指名委員会等設置会社では、監査委員会が同様の権限を持ちます。
これら3形態で共通しているのは「業務執行側(取締役)が会計監査人を単独で選べない」という設計原則です。機関設計が変わっても独立性の確保という目的は同じです。
金融・投資分野で会社を分析する際、「この会社はどの機関設計を採用しているか」を確認するだけで、会計監査人の選任に誰が関与しているかが分かります。有価証券報告書の「コーポレート・ガバナンスの状況」欄で確認できます。
| 機関設計 | 会計監査人選任議案の決定者 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 監査役設置会社 | 監査役(監査役会) | 伝統的な形態。大会社に多い |
| 監査等委員会設置会社 | 監査等委員会 | 2015年導入。上場企業に増加中 |
| 指名委員会等設置会社 | 監査委員会 | 大規模グローバル企業に多い |
ここでは、実際に定時株主総会で会計監査人を選任するまでの手続きの流れを確認します。監査役会設置会社(大会社)を前提とした標準的なスケジュールです。
ステップ1:候補者の検討(株主総会の1〜2か月前)
まず経営執行部門(経理・CFO等)が会計監査人候補を選定し、候補案を監査役会に提案します。ただし、この段階ではあくまで「候補案の提示」であり、議案決定権は監査役会にあります。
監査役会は独自に候補の適格性を審査します。
ステップ2:監査役会の開催(株主総会の約1か月前)
監査役会の招集通知を1週間前までに発送し、監査役会を開催します。
ここで会計監査人の選任議案を決定します。
監査役の過半数の賛成で決議が成立します(定足数の定めなし)。
決議後は取締役会議長に通知します。
ステップ3:取締役会の開催(株主総会の約3〜4週間前)
取締役会で株主総会の招集と議案(会計監査人の選任を含む)を正式決定します。招集通知は株主総会の2週間前までに発送しなければなりません(会社法第299条第1項)。
ステップ4:定時株主総会(事業年度終了から3か月以内が目安)
株主総会で会計監査人の選任議案が普通決議にかけられます。別段の反対がなければ可決され、選任が確定します。
ステップ5:登記(株主総会後2週間以内)
会計監査人が新任・重任した場合、2週間以内に変更登記が必要です。
登記を怠ると過料の対象となり得ます。
登記期限は厳守です。
この流れを把握しておくと、企業の株主総会招集通知(有価証券報告書の付属情報)に記載された議案を読む際に「このタイミングで監査役会が動いていたはずだ」という視点で分析できるようになります。
金融に携わる人間として、会計監査人と監査役の関係を知ることは「財務諸表の信頼性をどう評価するか」に直結します。単なる法律知識にとどまらず、投資判断や企業分析の実践的なツールになります。
💡 チェックポイント①:監査法人の交代情報
上場企業が会計監査人を変更した場合、その情報は有価証券報告書や適時開示で確認できます。特に不再任・解任による交代は、企業と監査法人の間に何らかの摩擦があったシグナルとして注目されます。日本取引所グループ(JPX)の開示情報では、会計監査人の変更理由が記載されており、「監査役会の判断」で交代が決まった事例は独立性の観点から高く評価されます。
💡 チェックポイント②:監査報酬の推移
有価証券報告書には「監査報酬」が記載されています。監査報酬が急激に減少している場合、監査工数が削られている可能性があり、監査品質の低下リスクとして読み取れます。逆に、売上高や事業複雑性に比べて監査報酬が著しく低い場合も注意信号です。
これは知っていると得する視点です。
💡 チェックポイント③:監査役会の構成と独立性
监査役の過半数が社外監査役である場合、会計監査人の選任議案に対する独立した視点が働きやすくなります。コーポレートガバナンス報告書で社外監査役の比率と独立性要件の充足状況を確認することをおすすめします。
参考:JPXによる会計監査人関連の改正解説はこちら。
会計監査人の選解任等に関する議案の決定および報酬の同意権に関する解説|日本取引所グループ
💡 チェックポイント④:一時会計監査人の選任有無
一時会計監査人が選任されているという情報は、本来の会計監査人が突然辞任・欠員になったことを示す場合があります。これは企業の内部に何らかの問題が生じているサインの一つとして、投資リスクの観点から見逃せない情報です。
これらの視点を組み合わせることで、財務諸表の数字を見る前に「この会社の会計監査は信頼できる体制か」を判断する軸が生まれます。会計監査人と監査役の関係は、財務諸表の質を担保するインフラです。そのインフラの強度を読み解く力は、金融実務において確実に差別化要因になります。

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