

東証プライム上場企業の約95%は、この制度を採用していません。
指名委員会等設置会社とは、会社法第2条12号に定められた株式会社の機関設計の一形態で、「指名委員会」「監査委員会」「報酬委員会」という3つの法定委員会を社内に設置し、業務執行を「執行役」に委ねる仕組みです。
日本の一般的な大企業では、取締役会が経営の意思決定と監督の両方を担います。しかし、指名委員会等設置会社では取締役会は監督に専念し、実際の業務執行は執行役が担当します。つまり「見る側」と「動く側」をはっきり分けた構造です。
各委員会の役割はシンプルに整理できます。
3つの委員会はそれぞれ3名以上の取締役で構成され、過半数が社外取締役でなければならないと法律で定められています。これが原則です。
もう一つ重要なのは取締役の任期です。通常の株式会社では取締役の任期は最大2年ですが、指名委員会等設置会社では1年に短縮されます(会社法第332条6項)。毎年、株主総会で選任の審判を受ける構造になっているため、経営への緊張感が維持されやすい設計です。
制度としての歴史は意外と長く、2003年に「委員会等設置会社」として導入され、2015年に「指名委員会等設置会社」へと名称が改められました。アメリカ型のコーポレートガバナンスをモデルにした仕組みです。いいことですね。
制度の詳細(会社法の条文解説含む):Wikipedia「指名委員会等設置会社」
日本取締役協会(JACD)が公表している最新リストによると、2025年8月時点で東証上場企業のうち指名委員会等設置会社は97社です。全上場企業約3,801社のうちわずか2.5%、プライム市場に限っても約5.1%にとどまります。
東京ドーム1個分の広さに例えるなら、上場企業全体をドーム1個とすると、指名委員会等設置会社はグラウンドの内野ベンチ1列分だけ、というイメージです。それほど少数派です。
代表的な採用企業は以下の通りです。
| 企業名 | 証券コード | 業種 | 市場 |
|---|---|---|---|
| ソニーグループ㈱ | 6758 | 電気機器 | 東証プライム |
| ㈱日立製作所 | 6501 | 電気機器 | 東証プライム |
| ㈱三菱UFJフィナンシャル・グループ | 8306 | 銀行業 | 東証プライム |
| ㈱三井住友フィナンシャルグループ | 8316 | 銀行業 | 東証プライム |
| ㈱みずほフィナンシャルグループ | 8411 | 銀行業 | 東証プライム |
| 本田技研工業㈱ | 7267 | 輸送用機器 | 東証プライム |
| 日産自動車㈱ | 7201 | 輸送用機器 | 東証プライム |
| イオン㈱ | 8267 | 小売業 | 東証プライム |
| 日本郵政㈱ | 6178 | サービス業 | 東証プライム |
| 東京電力ホールディングス㈱ | 9501 | 電気・ガス業 | 東証プライム |
採用企業の業種を見ると、三菱UFJ・三井住友・みずほのメガバンク3行が揃って採用していることに気づきます。金融業界は規制産業であり、社会的公共性の高さから外部ステークホルダーへの説明責任が特に重視されます。会社法に根拠を置ける指名委員会等設置会社の仕組みは、金融機関との親和性が高い、ということです。
また、ソニーや日立といった製造業の代表的な大企業も採用しており、グローバルに事業を展開する企業ほどこの形態を選ぶ傾向が見られます。
最新の一覧リストは日本取締役協会の公式サイトで公開されており、各社の社外取締役比率、委員会構成、議長の属性なども確認できます。
最新リストの入手先(日本取締役協会公式):指名委員会等設置会社リスト(最新版)
「ガバナンスが最も厳格な仕組みなのに、なぜ普及しないのか?」という疑問は自然です。この答えを理解するには、監査等委員会設置会社との比較が欠かせません。
現在、日本の上場企業で最も採用が増えているのは「監査等委員会設置会社」です。2024年にはプライム市場の約44.2%がこの形態を選んでいます。指名委員会等設置会社の5.1%と比べると、その差は歴然です。
3つの機関設計を比較すると以下のようになります。
| 機関設計の種類 | 委員会の構成 | 業務執行の主体 | プライム市場での割合(2024年) |
|---|---|---|---|
| 監査役会設置会社 | 取締役会+監査役会 | 取締役会 | 約50.7% |
| 監査等委員会設置会社 | 取締役会+監査等委員会 | 取締役会 | 約44.2% |
| 指名委員会等設置会社 | 取締役会+3委員会+執行役 | 執行役 | 約5.1% |
監査等委員会設置会社は2015年に導入された比較的新しい形態で、「監査機能だけ」委員会化すればよく、指名・報酬の委員会は任意です。移行の手間も少なく、監査役を社外取締役に転換するだけでほぼ移行できる場合があります。それが爆発的に普及した理由です。
対して指名委員会等設置会社は、3つの委員会すべてを法定で整備し、しかも業務執行の構造を根本から変える必要があります。執行役という新たな機関を設ける必要があるため、社内の抵抗感も相当大きいのが実情です。
制度の厳格さゆえに普及が進まない、ということです。
さらに見落とされがちな点があります。指名委員会等設置会社に移行すると、監査役を設置することが法律で禁止されます(会社法第327条4項)。これまで長く監査役を務めてきた人材が機能しなくなるため、社内の人事面での軋轢も生じやすい背景があります。
日本取締役協会による制度改善提言レポート(2025年1月):指名委員会等設置会社制度の改善に関する提言(PDF)
金融に関心がある人であれば、コーポレートガバナンスと株価・投資判断の関係は無視できません。指名委員会等設置会社であるかどうかは、海外機関投資家のスクリーニング基準の一つとして機能しています。
欧米の株式会社では、取締役会に指名・報酬・監査の機能を持つ委員会を設けるのは当たり前の慣行です。日本でいう指名委員会等設置会社に近い構造が「標準形」です。そのため、海外の機関投資家にとって、この制度を採用している日本企業は構造の説明がしやすく、信頼性の高い企業として評価される傾向があります。
ESGの観点でも同様です。「G(ガバナンス)」の評価項目において、指名・報酬委員会の有無と独立性は重要な指標になっています。MSCI等の国際的なESG評価機関でも、この要素はスコアに反映されます。
一方で、制度を採用していれば必ず評価が高まるわけでもありません。重要な注意点があります。
つまり、機関設計は「ガバナンスの骨格」であり、実際に制度が機能しているかどうかはコーポレートガバナンス報告書の内容や、委員会の開催頻度・委員の独立性などを個別に確認する必要があります。これが条件です。
投資家としてチェックすべき具体的な確認ポイントは以下の通りです。
これらはTDnet(適時開示情報閲覧サービス)や各社のIRページから確認できます。情報は無料で入手できますね。
ガバナンス改革の動向を整理した専門家解説:KPMGジャパン「コーポレートガバナンス報告書から読み解くガバナンス改革の動向」
多くの記事では、指名委員会等設置会社の「メリットとデメリット」を並べるだけで終わります。ただ、金融や投資に関心がある読者にとってより実用的なのは、「この制度は何のために存在し、どんな企業に本当に合っているか」という問いを掘り下げることです。
指名委員会等設置会社が最も力を発揮するのは、3つの条件が揃った場合です。
逆に、この形態が実態として機能しにくいパターンもあります。執行役と取締役を大量に兼任させてしまうケースがその典型です。取締役と執行役の兼任は法律上認められていますが、兼任者が多すぎると「監督する人が監督される人と同じ」という構造が生まれ、制度の意義が薄れます。
みずほリサーチ&テクノロジーズのレポートでは、兼任は「最低限の人数に絞ること」と明確に指摘されています。制度を入れれば自動的にガバナンスが向上するわけではなく、設計のどこに意図を持つかが肝心です。
また、2025年1月に日本取締役協会が発表した提言レポートでは、現行の指名委員会等設置会社制度に移行済みの企業からは概ね良好な評価が得られている一方で、制度の複雑さが新規移行の壁になっているという実態が報告されています。これは使えそうです。
企業がガバナンス強化を本格的に検討する際には、法定の指名委員会等設置会社への移行を目指すか、任意の指名・報酬委員会の設置(監査等委員会設置会社の枠内で対応)を選ぶか、自社の状況に合わせた段階的なアプローチが現実的な選択肢になります。
制度の選択は「お堅い法律の話」ではなく、企業の意思決定構造そのものを変える戦略的な選択です。結論はそういうことです。
移行を検討する企業や、ガバナンス体制を学びたい投資家には、経済産業省や金融庁が公表している「コーポレートガバナンス・コード」の解説資料が体系的に学べる素材として役立ちます。
東証が発表したプライム市場における社外取締役・指名委員会設置状況の最新データ(PDF):東証「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況及び指名委員会・報酬委員会の設置状況」