

監査等委員会設置会社に移行しても、ガバナンスが自動で改善されるわけではなく、むしろ形だけ移行して中身が変わらない会社への投資で損失を出す投資家が続出しています。
監査等委員会設置会社とは、取締役会の中に「監査等委員会」を設置し、3名以上の取締役(過半数は社外取締役)が業務執行取締役を監督する仕組みを持つ株式会社のことです。2015年(平成27年)5月1日施行の会社法改正によって、従来の「監査役会設置会社」と「指名委員会等設置会社」に続く、第三の機関設計として創設されました。
この制度が生まれた背景には、日本固有の「監査役」制度に対する海外投資家からの根強い批判があります。監査役会設置会社の監査役は、取締役会での議決権を持たない独立機関でした。つまり、経営の意思決定の場で発言はできても票を入れることができず、海外の機関投資家からは「実効性が疑わしい」と長年指摘されてきたのです。
そこに登場したのが、監査役の代わりに取締役でもある「監査等委員」が議決権を持って経営を監督するこの形態です。監査役会設置会社よりもグローバルスタンダードに近い委員会型モデルとして、制度創設当初から高い注目を集めました。
つまり、ガバナンス強化が原則です。
もう一つの大きな特徴は、重要な業務執行の決定を定款によって取締役個人に委任できる点です。監査役会設置会社では必ず取締役会全体で意思決定しなければならない案件も、監査等委員会設置会社では取締役に権限委譲できるため、意思決定の迅速化が図れます。大企業が多い東証プライム市場での採用が加速した一因がここにあります。
また、常勤の監査等委員の選任が義務づけられていない点も、企業側にとってのメリットとして挙げられます。監査役会設置会社では常勤監査役を1名以上置く必要があり、社内に専任ポストを用意しなければなりませんでした。社外人材の重複を解消しながらコストを抑えられるという実務上の利点が、移行を後押しする大きな要因になっています。
法務省:会社法改正の概要(監査等委員会設置会社制度の創設について)
2024年における監査等委員会設置会社の移行動向は、日本のコーポレートガバナンス史において一つの節目と言える変化をもたらしました。代表的な例が、三菱商事株式会社です。2024年6月21日付で監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行し、大手総合商社がこの形態を選択したことは業界内外に大きなシグナルを送りました。
2024年8月1日時点における東証プライム市場全企業の内訳は、以下のような状況でした。
| 機関設計の形態 | 割合 |
|---|---|
| 監査役会設置会社 | 約50.8% |
| 監査等委員会設置会社 | 約44.3% |
| 指名委員会等設置会社 | 約4.9% |
この数字が示すとおり、2024年時点でプライム市場の約44%がこの形態を選択していました。2019年時点では約26%だったことと比較すると、わずか5年間で約18ポイントも上昇したことになります。東京ドーム約5個分の面積に相当するような急拡大、という例えが大げさでないほどの変化幅です。
2024年に移行した(または移行を正式決議した)代表的な上場企業としては、三菱商事(証券コード:8058)のほか、住友化学株式会社も2025年6月に向けた移行準備を2024年内に進めていました。いずれも東証プライム市場を代表する大型株であり、これらの動向は多くの個人投資家にとっても無視できない情報です。
上場企業全体(全市場)で見ると、2024年11月末時点で監査等委員会設置会社は1,621社(全上場の42.3%)となっています。東証コーポレート・ガバナンス情報サービスでは会社名や機関設計の種類から検索できるため、投資候補企業のガバナンス形態を直接調べることが可能です。
これは使えそうです。
東京証券取引所:コーポレート・ガバナンス情報サービス(機関設計別の企業検索が可能)
なぜこれほど多くの企業が監査等委員会設置会社へ移行しているのか。その背景を理解することは、投資家にとって企業の経営姿勢を見極める上で非常に重要です。主な理由は3点あります。
第一に、海外投資家からの評価向上です。
監査役会設置会社の監査役は取締役会の議決権を持たないため、欧米の機関投資家から「取締役会の意思決定に実質的に関与できない形骸化した監査機関ではないか」という批判が長年続いていました。監査等委員会設置会社では、監査等委員が取締役として議決権を行使するため、グローバルスタンダードに近い委員会型ガバナンスとして評価されやすくなります。NTTが2025年6月に移行を決めた際も、「グローバル企業として海外投資家等からもわかりやすいガバナンス体制の構築」を理由として明示しています。
第二に、社外人材の重複解消とコスト削減です。
監査役会設置会社では、社外監査役(最低2名)と社外取締役(最低1名以上、プライム市場は取締役の3分の1以上)の両方を置く必要があり、社外人材への報酬や選任コストが重複します。監査等委員会設置会社に移行すれば、監査等委員である社外取締役が監査も行うため、社外監査役を別途置く必要がなくなります。大企業で多数の役員報酬が発生する場合、この合理化効果は無視できません。
第三に、意思決定の迅速化です。
定款の定めによって重要な業務執行の決定を取締役個人に委任できるため、取締役会の審議事項を絞り込み、経営の機動性を高めることができます。グローバル競争が激化する中で、「スピード経営」を求める大企業にとってこのメリットは大きいのです。
この3点が条件です。
投資家の視点で言えば、移行企業が増えること自体はガバナンス改革の進展として前向きに評価できます。一方で、後述するように制度移行イコール実質的な改善とは必ずしも言えない点にも注意が必要です。
j-lic.com:監査等委員会設置会社を採用している上場企業1,680社の一覧(業種・市場別に検索可能)
監査等委員会設置会社の一覧データを業種別に分析すると、移行の速度や採用率に差があることがわかります。特に早期から移行が進んだ業種として注目されるのが、情報・通信業と精密機器・電気機器などのいわゆるテクノロジー系セクターです。これらの企業は、海外投資家との対話機会が多く、グローバルなガバナンス基準への対応を先行して求められる傾向があります。
一方、金融セクター(銀行・保険など)は規制業種であることから、移行のペースが相対的にゆっくりでした。ただし、第一生命ホールディングスのように大手金融機関でも監査等委員会設置会社を採用するケースは着実に増えています。
移行のタイミングにも特徴があります。多くの企業が6月の定時株主総会に合わせて移行しているのは、定款変更の決議(特別決議)が必要であり、かつ取締役の選任も同時に行えるためです。年度の始まりである4月ではなく、あえて6月という時期に移行が集中することは、株主総会シーズンに機関設計の変更を見落としやすいという落とし穴にもなります。
意外ですね。
東証プライム市場においては、2024年7月時点で監査等委員会設置会社の割合が約44.3%に達していましたが、同じプライム市場でも時価総額上位100社(いわゆる大型株)に絞ると採用率がさらに高くなる傾向があります。機関投資家による議決権行使基準の厳格化が進む中で、特に時価総額の大きい企業ほどガバナンス改革への圧力を強く受けているからです。
これらの企業は東証の一覧サービスで確認できます。特定の銘柄を保有または検討している場合、同サービスで機関設計の種類を確認することを習慣にしておくと、ガバナンス変化をリアルタイムで把握できます。
直法律事務所:監査役会設置会社・監査等委員会設置会社・指名委員会等設置会社の制度比較をわかりやすく解説
監査等委員会設置会社への移行は「ガバナンス改善のシグナル」である一方、注意すべき落とし穴も存在します。投資家としてこの情報を活用するためには、単に「どの会社が移行したか」を確認するだけでなく、もう一歩踏み込んだ視点が必要です。
まず確認すべきは、社外取締役の独立性です。
監査等委員会設置会社では、監査等委員の過半数が社外取締役でなければなりません。しかし「社外取締役」であっても、会社と長年の取引関係を持つ弁護士や、主要取引先出身者がなっているケースがあります。東証の独立性基準を満たさない社外取締役は、議決権を持っていても実質的な牽制機能を果たしにくい構造です。コーポレートガバナンス報告書に記載される独立役員の選任理由まで確認することが、精度の高い投資判断につながります。
次に、任意の指名委員会・報酬委員会が設置されているかを見ましょう。
監査等委員会設置会社では、指名委員会・報酬委員会の設置義務はありません。ただし、東証のコーポレートガバナンス・コード(CGコード)では、社外取締役が過半数に達していない上場会社に対して、任意の指名委員会・報酬委員会の設置が求められています。これらの委員会を形式的にのみ設置し、構成員の多くが社内取締役というケースは、ガバナンスの実効性に疑問符がつきます。
また、移行後の取締役数の変化も投資家にとって参考になる情報です。
監査役会設置会社から移行する際、監査役が廃止され監査等委員に置き換わります。このとき社内取締役の比率がどう変化したかを確認することで、経営陣の持ちつ持たれつの関係性がどの程度解消されたかが見えてきます。移行後も社外比率が低いままであれば、制度を変えても実態はほとんど変わっていないと判断できます。
結論は、中身の確認が大切です。
これらの情報はすべて東証のコーポレートガバナンス情報サービスや各社のIRページから無料で入手できます。投資先候補の銘柄について15分程度確認するだけでも、ガバナンスの実態を把握する精度が大きく上がります。
日本取引所グループ(JPX):コーポレート・ガバナンス報告書の一覧・見方ガイド
2025年7月時点でプライム市場の監査等委員会設置会社の割合は48.0%(779社)に達し、初めて監査役会設置会社(46.9%、761社)を上回りました。この「逆転」は日本のコーポレートガバナンス史において象徴的な出来事であり、今後も移行の波は続くと見られています。
この流れを後押しする要因の一つが、コーポレートガバナンス・コード(CGコード)の継続的な改訂です。CGコードは2015年の初版以来、2018年、2021年と改訂が重ねられており、社外取締役の関与強化や取締役会の多様性確保に関する要求水準が年々高まっています。特にプライム市場では取締役の3分の1以上を独立社外取締役にすることが実質的に求められており、この基準を満たすために監査等委員会設置会社への移行を選択する企業は今後もさらに増えると予想されます。
一方で、課題も残ります。
監査等委員会設置会社が急増する中で、「移行すれば海外投資家の評価が上がる」という表面的な理由だけで機関変更を行う企業も指摘されています。実際、金融庁や証券取引所のフォローアップ会議でも、「移行後に監査機能の実効性が確保されているかの検証が不十分」という声が出ています。
また、もう一つの委員会型形態である指名委員会等設置会社の存在感は依然として低く、プライム市場での割合は約5%前後にとどまっています。指名委員会等設置会社は各委員会の決定が取締役会でも覆せないほどの強い権限を持つため、「経営陣の人事権が縛られる」と感じる企業の抵抗感が強く、監査等委員会設置会社の方が柔軟に運用できるとして選ばれる傾向が続くでしょう。
制度設計の面では、2024年末から2025年にかけて法務省・金融庁・経済産業省がコーポレートガバナンスの在り方について研究会を相次いで開催しており、会社法の再改正を見据えた議論が活発化しています。特に監査等委員会設置会社における常勤委員の必要性や、指名委員会・報酬委員会との関係整理が主要な論点として浮上しています。
長期投資を考える投資家にとっては、保有銘柄や投資候補のガバナンス形態が変わるタイミングを追うことが、企業の本気度を見極める有効な手段になります。制度移行はあくまでスタートラインであり、そのあとの実運用まで継続的に確認する姿勢が重要です。
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