

「ひな形をそのまま使い回すと、あなたの説明義務が無効になり損害賠償を請求される可能性があります。」
重要事項説明書のひな形とは、法律が定める記載事項をあらかじめ埋め込んだ書式テンプレートのことです。金融商品を販売・仲介する事業者が顧客に対して交付する義務を負う書面のうち、最も中核的な位置を占めます。
ただし、「ひな形」という言葉から「完成品」を想像すると痛い目を見ます。法律の世界では、ひな形はあくまで「必須項目の骨格」であり、商品・顧客・取引内容ごとにカスタマイズが前提です。
金融分野における重要事項説明書は、大きく分けて3つの法律に基づいて作成されます。1つ目が金融商品取引法(金商法)第37条の3に基づく「契約締結前交付書面」、2つ目が金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律(金融サービス提供法)に基づく「リスク説明書面」、3つ目が宅地建物取引業法(宅建業法)第35条に基づく不動産取引向けの重要事項説明書(いわゆる「重説」)です。金融に携わる方が扱う機会が多いのは、主に前者2つです。
金融商品取引法の枠組みでは、書面のことを「契約締結前交付書面」と呼びますが、実務上は「重要事項説明書」と同義で使われることがほとんどです。これが基本です。
重要なのは、ひな形の「出どころ」を確認することです。金融庁や日本証券業協会(JSDA)、投資信託協会、日本投資顧問業協会といった官公庁・自主規制機関が公表しているひな形は権威性が高く、法令改正への追随も比較的早いです。一方、民間の法律事務所や行政書士事務所が提供するひな形は、業務種別に特化した詳細が盛り込まれている反面、改正タイミングのズレが生じる場合があります。2025年には令和5年金融商品取引法改正に伴う業務方法書の変更が必要になったケースも報告されており、定期的な確認が不可欠です。
金融庁「契約締結前交付書面の交付義務」(アクセスFSA):法定記載事項と記載方法の詳細解説
金融商品取引法第37条の3が定める契約締結前交付書面の記載事項は、大きく「共通事項」と「業態別追加事項」の2層構造になっています。
共通事項として法定されているのは、商号・住所・登録番号、金融商品取引業者である旨、契約の概要、手数料等、元本損失が生ずるおそれがある旨(及びその指標・理由)、元本超過損が生ずるおそれがある旨、クーリングオフ規定の有無、その他顧客の判断に影響する重要事項の8項目です。これが原則です。
加えて、金融商品取引業等に関する内閣府令第82条では、租税の概要、契約終了事由、所属する金融商品取引業協会・認定投資者保護団体の名称、紛争解決機関の情報なども追加記載事項として義務付けています。
意外ですね。記載内容だけでなく、「フォントサイズ」にも法律上の義務があります。
書面全体はJIS規格8ポイント以上で記載する必要があります(内閣府令79条1項)。さらに、手数料・リスク・クーリングオフに関する事項は12ポイント以上の文字で枠線で囲んで記載することが義務付けられています(同79条2項)。この「12ポイント・枠線」要件を見落としているひな形は実務でもかなり多く、金融商品取引法の専門家からも頻繁に問題事例として挙げられています。また、枠線をウェブ上のスクロール表示で代替することも違反となるため、PDFなど別添ファイル形式での提供が現実的な対応策です。
業態別の追加記載事項については、有価証券の売買等(内閣府令83条)、不動産信託受益権(85条)、ファンド出資持分(87条)など、取り扱う商品・業態ごとに参照すべき条文が異なります。とくに不動産信託受益権は、宅地建物取引業の「重説」と非常に似た内容が求められており、石綿(アスベスト)の調査記録まで記載義務がある点は見落とされがちです。
金融専門行政書士によるTaurus Financial「契約締結前交付書面について」:記載事項・記載方法・実務上の注意点の詳細解説
ひな形をそのまま使い回すことの何が問題なのか。結論から言えば、説明義務違反による損害賠償責任と行政処分のリスクです。
金融サービス提供法(旧金融商品販売法)は、販売業者が顧客に重要事項の説明を行わなかった場合、「元本欠損額をその損害額と推定する」という強力な規定を置いています。つまり、顧客が「説明を受けなかった」と主張・立証するだけで、事業者は元本割れした全額の損害賠償を求められる可能性があります。これは痛いですね。
しかも、立証責任の構造が通常の民事訴訟と異なります。顧客側は「説明がなかったこと」と「元本欠損額」を示せばよく、業者側が「説明した」という事実を積極的に証明しなければなりません。ひな形を渡しただけで「説明した」とみなされるかは、書面の内容が顧客の知識・経験・財産状況に照らして「理解されるために必要な方法・程度」を満たしていたかどうかにかかっています(金融商品取引業等に関する内閣府令117条1項1号、いわゆる「実質的説明義務」)。
適合性が条件です。つまり、ベテラン投資家向けのひな形を投資未経験者にそのまま渡すのはアウトです。
行政処分面でも事例は積み上がっています。宅建業法ベースの不動産関連では、大阪府が公表している処分事例として「重要事項説明書の複数項目における記載不備」を理由とする業務停止処分が確認されています。金融商品取引においても、書面の交付義務違反は金融庁による登録取消・業務停止処分の対象になり得ます。
一方で、知っておくとメリットになる制度もあります。顧客が「説明不要」と意思表示した場合には、金融サービス提供法の説明義務が免除される規定があります(同法3条4項)。ただし、金融商品取引法上の実質的説明義務(行為規制)は免除されないため、書面交付自体はほぼ常に必要と考えておくのが安全です。
大阪府「重要事項説明義務違反による処分事例」:実際の業務停止処分に至った違反事例を公開
2022年5月の改正以降、重要事項説明書のデジタル提供(電子交付)は正式に認められています。この対応は、多くの事業者にとってコスト削減と日程調整の柔軟性という大きなメリットをもたらしました。
ただし、「デジタルならなんでもOK」ではありません。これは使えそうです。
金融商品取引業等に関する内閣府令79条2項により、電磁的方法でのデジタル提供をする場合は、顧客の同意取得またはあらかじめ一定事項の告知が必要です。顧客がデジタル提供ではなく「書面(紙)での交付」を求めた場合は、必ず紙で交付しなければなりません。拒否は違法になります。
問題が多いのは配信手段の選択です。LINEやFacebook MessengerなどのSNSメッセージアプリを使って契約締結前交付書面を代替しようとするケースがありますが、現状では法令違反になるリスクが高いです。理由は「フォントサイズ(8ポイント・12ポイント)の要件」と「枠線の要件」をメッセージ本文では担保できないためです。現実的な解決策は、PDFファイルを添付して送付する方法です。メッセージアプリ本文への記載だけでは要件を満たしません。
また、令和5年(2023年)の金融商品取引法改正により、書面交付のデジタル化対応に係る自主規制規則も改正され、2025年3月に日本証券業協会から改正内容が公表されています。デジタル提供の運用において協会規則レベルでの対応が求められるケースもあるため、所属する協会の最新ルールを確認することが重要です。
不動産分野では、国土交通省が「IT重説・書面電子化活用支援ツール」を2024年12月に新たに公開しており、電子化に伴う実務フローの標準化が進んでいます。金融商品取引分野でも同様の整備が進みつつある点は、注目に値します。
国土交通省「ITを活用した重要事項説明及び書面の電子化について」:電子化ルールの公式解説と支援ツールへのリンク
ひな形の「入手先」について、一般的な解説記事はほとんど「検索して探す」で終わっています。しかし実務では、入手先の種類によって「そのひな形がどこまで法令追随しているか」が大きく異なるため、選択眼が重要です。
まず、最も信頼性が高いのは官公庁・自主規制機関が公表するひな形です。金融庁(fsa.go.jp)が公表している記載例、日本投資顧問業協会(JIAA)が提供する「投資助言契約の契約締結前書面のサンプル」、生命保険協会が発行する「重要情報シート作成ガイドライン」などがこれに当たります。これらは法令改正への追随が確認できる一次資料として使えます。
次に、所属する業界団体・協会のひな形です。日本証券業協会、第二種金融商品取引業協会などに加盟している場合は、協会が独自に更新・配布するひな形を優先使用するのが原則です。協会ひな形には、法令の最低要件に加えて自主規制ルール由来の追加項目が含まれており、法令対応と業界標準の両方を満たしています。
そして独自視点として押さえておきたいのが、「ひな形の改訂履歴」を確認する習慣です。たとえば、2022年・2023年・2025年の改正は、それぞれ電子交付解禁・クーリングオフ規定の電磁的方法追加・デジタル化対応という形で書面の様式に直接影響しています。改訂履歴が明示されていないひな形は、古いルールのまま放置されているリスクがあります。これだけは覚えておけばOKです。
金融商品取引業の新規登録や新商品の取り扱い開始にあたって、いわゆる「ドキュメンテーション作業」の中心は契約締結前交付書面(重要事項説明書)の作成です。この書面が適切に整備されていないと、登録審査に時間がかかるだけでなく、顧客トラブルや行政処分のリスクが登録後も続きます。
信頼できるひな形を選んだ後は、商品仕様・手数料体系・リスク指標などを自社の実態に合わせてカスタマイズし、最終的には金融法務の専門家(弁護士または金融専門の行政書士)によるレビューを受けることが最短でリスクを下げる道筋になります。作成コストを惜しんで説明義務違反に問われると、損害賠償額は元本欠損全額が推定されるため、書面の整備コストとは桁違いの損失につながります。
日本投資顧問業協会「投資助言契約の契約締結前書面のサンプル」(PDF):自主規制規則に準拠した記載例の公式資料
金融庁「重要情報シートを作成・活用する際の手引き」:金融事業者向けの作成ガイドラインと実践的なベストプラクティス集