人材確保等促進税制廃止で変わる賃上げ税制の全貌

人材確保等促進税制廃止で変わる賃上げ税制の全貌

人材確保等促進税制の廃止と賃上げ促進税制の変化を徹底解説

赤字の年でも賃上げしておくと、最大5年後に税金が戻ってくる。


この記事の3つのポイント
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人材確保等促進税制はすでに廃止済み

令和3年度に創設された人材確保等促進税制は、令和4年度改正で「賃上げ促進税制」に統合・改組。現在の賃上げ促進税制がその後継制度にあたる。

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大企業向けは2026年3月末で前倒し廃止

令和8年度税制改正大綱により、全企業(大企業)向けの賃上げ促進税制は予定より前倒しで2026年3月31日終了。中小企業は継続するが最大控除率が45%→35%に縮小。

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中小企業は繰越控除5年間の活用が鍵

赤字年度でも賃上げ実績があれば税額控除を最大5年間繰り越せる制度が継続。制度終了前に仕組みを正確に理解して最大限活用することが重要。


人材確保等促進税制の廃止とは何か?制度の変遷を整理

「人材確保等促進税制が廃止された」と聞いて、どんなイメージを持つだろうか。多くの方は「賃上げに使える税制が完全になくなった」と思うかもしれないが、実態は少し異なる。


まず歴史を整理しておこう。賃上げに関する税制は、2013年(平成25年)に「所得拡大促進税制」としてスタートした。デフレ脱却を最重要課題とした当時の政府が、企業の賃上げを後押しするために設けた制度だ。その後、「賃上げ・生産性向上のための税制」を経て、令和3年度税制改正で「人材確保等促進税制」と「中小企業向け所得拡大促進税制」に再編された。


この人材確保等促進税制は、大企業(正確には中小企業以外の法人)が新規雇用者の給与増加額に対して税額控除を受けられる仕組みだ。設備投資要件が撤廃されたことで、旧制度より使いやすくなったと評価された。


しかし、令和4年度の改正で再び大きな転換が訪れる。人材確保等促進税制と所得拡大促進税制が一本化され、現在の「賃上げ促進税制」として再スタートした。つまり「人材確保等促進税制」という名称自体は、この時点で廃止・改組されている。


続く令和6年度(2024年度)の改正では、中堅企業枠の新設、最大控除率45%への引き上げ、中小企業向け5年間繰越控除の創設など、大幅な拡充が行われた。そして2026年現在、令和8年度税制改正大綱によって再び大きな見直しが進んでいる状況だ。


これが難しいのは事実だ。制度名が何度も変わり、改正のたびに内容が刷新されるため、「今どの制度が使えるのか」が非常にわかりにくい。大切なのは制度名より、「自社の規模に応じた現行の賃上げ促進税制を正しく理解する」ことだ。


参考として、経済産業省の公式ページは制度変遷を最も正確に把握できるリソースだ。


賃上げ促進税制の変遷と現行制度について(経済産業省)
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/syotokukakudaisokushin/syotokukakudai.html


人材確保等促進税制の廃止後に登場した賃上げ促進税制の3区分と控除率

現行の賃上げ促進税制は、企業の規模に応じて3つの区分に分かれている。自社がどの区分に該当するかを把握することが、制度活用の第一歩となる。


①全企業向け(大企業)


青色申告書を提出するすべての法人・個人事業主が対象となる区分で、継続雇用者の給与等支給額の増加率に応じた控除率が設定されている。3%以上の賃上げで10%、4%以上で15%、5%以上で20%、7%以上で最大25%の税額控除が適用される。ただし、この区分は令和8年度改正により2026年3月31日で前倒し廃止となった。


②中堅企業向け


常時使用する従業員数が2,000人以下の企業・個人事業主を対象とする区分だ。2026年4月以降の適用分は要件が厳格化され、継続雇用者の賃上げ率が4%以上でないと控除を受けられなくなる。そして2027年3月31日をもって完全廃止となる予定だ。


③中小企業向け


資本金1億円以下の法人や、従業員1,000人以下の個人事業主などが対象となる。雇用者全体の給与等支給額が前年度比1.5%以上増加で15%、2.5%以上増加で30%の税額控除が受けられる。控除の上限は法人税額(または所得税額)の20%までだ。


重要な点がある。資本金が1億円以下でも、「みなし大企業」に該当する場合は中小企業向けの優遇を受けられない。具体的には、同一の大規模法人(資本金1億円超など)から2分の1以上の出資を受けている法人、または複数の大規模法人から合計3分の2以上の出資を受けている法人が該当する。


中小企業の枠と思っていたのに実は対象外だった、というケースは少なくない。事前に自社の出資構造を確認しておくことが必須だ。


現在の控除率を一覧で確認したい場合は、中小企業庁のガイドブックが詳しい。


中小企業向け賃上げ促進税制 ご利用ガイドブック(中小企業庁)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/zeisei/syotokukakudai.html


人材確保等促進税制の廃止から続く令和8年度改正の具体的な変更点

2025年12月に閣議決定された令和8年度(2026年度)税制改正大綱は、賃上げ促進税制に関して非常に大きな転換をもたらした。一言で言えば「大企業・中堅企業は廃止、中小企業は縮小しつつ継続」という方向性だ。


大企業向けの前倒し廃止


本来は2027年3月31日が適用期限だったが、これを約1年前倒しして2026年3月31日で廃止となった。廃止の背景には複数の理由がある。まずバブル期以来の高い賃金上昇率が続いており、税制による追加的なインセンティブが必ずしも必要でないと政府が判断したこと。次にコーポレートガバナンス改革が進み、賃上げは主からも求められる経営責任という認識が広まったこと。さらに支援の重点を、より人手不足感の強い中小企業へ集中させる政策的判断があった。


中堅企業向けの段階的廃止


2026年4月から2027年3月までの事業年度については制度が継続するが、要件が厳格化される。継続雇用者の賃上げ率が3%以上から4%以上に引き上げられ、教育訓練費の上乗せ措置(+5%)が廃止となる。そして2027年3月31日をもって完全廃止だ。従業員2,000人以下の企業は、残り1年の間に可能な範囲で最大限活用することが求められる。


中小企業向けの縮小継続


中小企業は引き続き制度を使えるが、内容の一部が見直される。最大の変更点は「教育訓練費の増加による税額控除率の上乗せ措置(+10%)の廃止」だ。これにより、これまで最大45%だった税額控除率が、最大35%に引き下がる見込みとなる。女性活躍・子育て支援の認定取得による+5%の上乗せは継続される予定だ。


教育訓練費の上乗せ廃止については、会計検査院から「少額の教育訓練費の増加でも賃上げ額全体に控除率を加算できる構造は不適切」との指摘があり、制度の欠陥として認定されたことが大きな要因だ。


税制改正の詳細については、以下の財務省資料が参照先として信頼性が高い。


令和8年度税制改正の大綱(財務省)
https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2026/20251226taikou.pdf


人材確保等促進税制の廃止後も生きる「繰越控除制度」の活用法

多くの中小企業経営者が見落としがちな制度がある。それが2024年度改正で新設された「繰越控除制度」だ。


通常、税額控除は「賃上げを実施した年度の法人税」から差し引く仕組みになっている。法人税額がゼロ(赤字)の年や、控除上限(法人税額の20%)を超えた場合は、その年に使いきれない控除分が発生する。従来はこれが「切り捨て」となっていた。


この繰越控除制度はまさに画期的だ。中小企業に限り、賃上げ実施年度に使いきれなかった税額控除を、最大5年間にわたって翌年以降に持ち越せるようになった。


具体的な例で考えてみよう。ある年、賃上げにより450万円の控除額が発生したとする。しかし当年度は赤字で法人税額がゼロだった場合、従来ならこの450万円は消えていた。繰越控除制度のもとでは、この450万円を「未控除額」として繰り越し、将来黒字化した年に法人税から差し引けるのだ。


ただし、繰越控除を毎年度継続するには、前年比で給与支給額が増加していることが条件となる。単年の賃上げだけでは複数年の繰り越しは認められない。継続的な賃上げとセットで運用する制度だという点を覚えておきたい。


設立間もない企業や、業績が一時的に落ち込んでいる企業にとっては、この繰越控除を「将来への節税の仕込み」として活用することが可能だ。赤字でも繰越控除の権利は積み上がる。これが原則です。


当然ながら、この制度は申告書への正確な記載が必要になる。控除額計算明細書と繰越控除額明細書を確定申告時に添付することが必須だ。税理士や顧問の会計事務所に事前に確認しておきたい。


参考として、ミラサポplus(中小企業庁)の解説が実務的でわかりやすい。


賃上げ促進税制の繰越控除制度について(ミラサポplus)
https://mirasapo-plus.go.jp/hint/28003/


人材確保等促進税制の廃止に伴う金融投資家視点での独自考察:制度終了が示す「賃上げの構造変化」

ここでは、単なる制度解説にとどまらない独自の視点を加えたい。金融や投資に関心のある方にとって、賃上げ促進税制(旧・人材確保等促進税制)の廃止は、日本企業の資本配分行動に対する重要なシグナルと捉えることができる。


大企業向けの税制が前倒し廃止された背景には「税制なしでも賃上げは続く」という政府の判断がある。実際、2024年度の春闘平均賃上げ率は5.1%と33年ぶりの高水準となり、大企業を中心に自律的な賃上げが進んだ。つまり政府は「アメ(税制優遇)なしでもやれる体力がついた」と判断したということだ。


投資家の視点から見れば、これは日本企業の人件費構造が恒久的に上方シフトしていることを意味する。企業分析において「賃金コストの固定費化リスク」をより慎重に見る必要が出てくる。


一方、中小企業向けの制度継続は明確なコントラストを示している。中小企業は依然として自律的な賃上げを維持できる体力が不十分、という政策的認識だ。中小企業株(東証スタンダード・グロース市場の小型株など)への投資において、賃上げ促進税制の適用状況とその将来的な縮小リスクは、業績予測の精度を左右しうる要素だ。


また、くるみん認定やえるぼし認定の取得が税額控除の上乗せ要件として残ることは、ESG投資の観点とも連動する。女性活躍・子育て支援に積極的な企業は、上場審査や機関投資家の評価においても有利に働く側面がある。これが有利な点です。


教育訓練費の上乗せ廃止については、会計検査院が「制度の設計上の不備」を指摘したという事実も見逃せない。投資家としては、国の審計機能が税制の設計ミスを事後的に訂正できること自体は制度の健全性を示すが、「政策立案の精緻さに対する疑念」として記憶しておく価値がある。


賃上げ促進税制の廃止・縮小は、コスト増という面だけで読まれがちだ。しかし実態は「補助輪の外れた日本経済への移行プロセス」であり、それを支える企業の体力と構造改革力が問われる段階に入ったといえる。意外ですね。


人材確保等促進税制の廃止後に中小企業が取るべき実践的アクション

制度の変化を把握したうえで、具体的に何をすべきかを整理しておこう。制度に振り回されるのではなく、制度を使いこなす視点が重要だ。


ステップ1:まず自社の区分を確認する


「大企業」「中堅企業」「中小企業」のどれに当たるか、資本金と従業員数で確認する。特に「みなし大企業」の要件に注意が必要だ。資本金1億円以下でも親会社の資本金が1億円超の場合、中小企業向けの優遇制度を受けられない可能性がある。グループ企業に属している場合は、出資比率の確認を先に行うことを一つの行動として完結させよう。


ステップ2:今期の賃上げ計画を税額控除と連動して設計する


中小企業の場合、給与等支給額を前年度比1.5%以上増やすと15%の控除、2.5%以上なら30%の控除が受けられる。たとえば年間の給与総額が3,000万円の企業が2.5%賃上げすると、75万円の増加に対して30%、つまり22.5万円が税額から直接控除される計算になる。


ステップ3:赤字でも繰越控除の申告を忘れずに行う


今期が赤字でも、賃上げ要件を満たしていれば繰越控除の権利が発生する。この申告を忘れると権利ごと失うことになる。確定申告時に控除額計算明細書と繰越控除額明細書を必ず添付することが条件です。顧問税理士がいる場合でも、「繰越控除の申告を必ず行うこと」を明示的に依頼しておくとよい。


ステップ4:くるみん・えるぼし認定を中長期的に検討する


教育訓練費の上乗せ措置が廃止される一方、女性活躍・子育て支援の認定取得による+5%の上乗せは継続見込みだ。くるみん認定の取得には一定の計画策定期間が必要で、取り組んでいない企業は早めに動くことが現実的な選択肢になる。認定取得の支援については、厚生労働省の「くるみん認定・えるぼし認定ポータルサイト」を起点に情報を得られる。


ステップ5:税制以外の賃上げ支援策も組み合わせる


賃上げ促進税制が縮小されていく中、「業務改善助成金」も有力な選択肢だ。事業場内の最低賃金を30円以上引き上げ、生産性向上に資する設備投資等を行うことで、最大100万円程度の助成が受けられる場合がある。税額控除と補助金は併用できるケースもあるため、二つを組み合わせることで実質的な賃上げコストを圧縮できる。


制度の廃止・縮小が続く環境だからこそ、情報収集を継続することが何より大切だ。中小企業庁のミラサポplusは無料で最新情報を提供しており、メールマガジン登録などを活用して制度変更をキャッチアップする仕組みを作っておくと安心だ。