

資本金1億円以下でも、中小企業向け税制が使えず数百万円の控除を丸ごと損する会社がある。
所得拡大促進税制は、2013年度税制改正で創設された制度で、従業員の給与を増やした企業が法人税や所得税から一定額を控除できる仕組みです。現在は「賃上げ促進税制」として制度が引き継がれており、2024年4月1日から2027年3月31日(中小企業向け)を対象期間とした新制度が稼働しています。
基本的な要件のしくみは、「通常要件」と「上乗せ要件」の2段階で構成されています。まず通常要件では、適用事業年度における雇用者給与等支給額が前事業年度と比較して1.5%以上増加していることが必要です。この増加率をクリアするだけで、増加額の15%を法人税額から控除できます。さらに2.5%以上の増加を達成すると、控除率が30%まで引き上がります。
イメージしやすいよう具体的な数字を見てみましょう。前年度の給与総額が1億円の中小企業が、当年度に1,500万円(1.5%超)給与を増加させた場合、増加額1,500万円の15%にあたる225万円を法人税から直接差し引けます。これは費用の損金算入とは別に生じる控除なので、実質的な節税効果は非常に大きいと言えます。
雇用者給与等支給額の計算で重要な落とし穴があります。それが助成金の取り扱いです。キャリアアップ助成金や業務改善助成金など、「給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」は給与総額から差し引いて計算しなければなりません。助成金を受け取りながら給与計算をしている企業は、控除後の正しい数字で増加率を判定する必要があります。見落としがちな計算ルールです。
また、「雇用者給与等支給額」に含まれる対象者の範囲も正確に把握しておく必要があります。パート・アルバイト・日雇い労働者も含まれますが、役員やその特殊関係者・使用人兼務役員への支給額、退職手当は対象外です。「全社員の給与が増えたから大丈夫」と思い込んでいると、役員報酬の増加分を含めて計算してしまい、要件判定を誤るリスクがあります。
増加率が条件です。計算前に自社の助成金の有無を確認しておきましょう。
参考:中小企業庁「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック(令和6年版)」にて、対象助成金の一覧と計算例が詳しく公開されています。
中小企業庁:中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック(令和6年版)
通常要件を満たしたうえで、さらに高い控除率を得られるのが上乗せ要件です。中小企業向けの制度では、上乗せ要件が2段階あります。
上乗せ要件①:教育訓練費の増加(廃止予定)
適用事業年度の教育訓練費が前事業年度より5%以上増加し、かつ適用事業年度の教育訓練費の総額が雇用者給与等支給額の0.05%以上であること、という2つの条件を同時に満たすと、控除率がさらに10%上乗せされます。
「教育訓練費」に含まれる費目の範囲には注意が必要です。外部講師への報酬や外部研修施設の利用料、学習コンテンツの利用料などは対象になりますが、社内研修で社員が講師を務めた場合の費用、研修施設の光熱費・維持費、交通費や宿泊費などは対象外です。「研修にかかったお金は全部教育訓練費」と思い込むと、要件を達成したと誤認するおそれがあります。
また、教育訓練費の明細書の作成・保存が必須です。以前は申告書への添付義務がありましたが、現行制度では保存義務に変わっています。とはいえ、実施時期・実施内容・受講者・支払証明の4項目を明細書に記録しておかなければ、税務調査時に上乗せ控除を否認されるリスクがあります。記録は必須です。
上乗せ要件②:女性活躍・子育て支援の認定取得
適用事業年度中または終了時点で、くるみん認定・えるぼし認定(2段階目以上)などを取得すると、控除率が5%上乗せされます。両方の上乗せ要件を満たせば、通常控除に加えて最大15%が上乗せされ、合計最大45%の控除率となります。
| 要件の段階 | 要件の内容 | 控除率 |
|:---|:---|:---:|
| 通常要件① | 給与支給額が前年比1.5%以上増加 | 15% |
| 通常要件② | 給与支給額が前年比2.5%以上増加 | 30% |
| 上乗せ要件① | 教育訓練費が前年比5%以上増加 等 | +10% |
| 上乗せ要件② | くるみん認定・えるぼし2段階目以上 取得 | +5% |
| 最大控除率(両上乗せ達成時) | — | 45% |
参考:中小企業庁「賃上げ促進税制を強化!(令和6年度改正版)」
中小企業庁:賃上げ促進税制を強化!(令和6年度改正パンフレット)
金融に興味を持つビジネスパーソンの多くは「資本金1億円以下なら中小企業として税制優遇を受けられる」と認識しています。しかし、この常識は一部の企業には通用しません。それが「みなし大企業」の問題です。
資本金が1億円以下の法人であっても、以下のいずれかに該当する場合は、中小企業向けの税制優遇(中小企業向け賃上げ促進税制を含む)を受けられません。
- 同一の大規模法人(資本金1億円超など)から、発行済株式等の2分の1以上の出資を受けている法人
- 複数の大規模法人から合計で3分の2以上の出資を受けている法人
たとえば、資本金3,000万円の子会社であっても、親会社(大企業)が発行済株式の51%を保有していれば「みなし大企業」となります。この場合、中小企業向けの最大45%控除ではなく、全企業向けの最大35%控除しか適用できません。更に、大企業向け賃上げ促進税制は2026年3月末で廃止予定のため、制度そのものが使えなくなるリスクもあります。
これは中小企業の経営者にとってかなり見落としやすいポイントです。ベンチャー企業や事業会社の子会社、フランチャイズ系の法人などは特に注意が必要です。自社の株主構成を今一度確認することをおすすめします。
また、「前3事業年度の平均所得金額が15億円を超える法人」も適用除外事業者として中小企業向け優遇を受けられません。規模が大きくなってきた中小企業は毎年の所得水準も確認が必要です。
株主構成の確認が条件です。M&Aや増資を経た企業は特に注意が必要です。
参考:国税庁「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除(No.5927-2)」
国税庁タックスアンサー:給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除
要件を満たした場合の税額控除の計算方法と、中小企業限定で活用できる「繰越控除」の仕組みを整理します。
税額控除額の計算式(中小企業・通常要件①の場合)
> 控除額 =(適用年度の雇用者給与等支給額 − 前年度の雇用者給与等支給額)× 15%
ただし、控除できる額には上限があります。法人税額(または所得税額)の20%が上限で、これを超えた部分は切り捨てられるのが原則です。
たとえば前年度より給与が2,000万円増えた中小企業(通常要件②2.5%増)の場合、控除額は2,000万円×30%=600万円です。しかし当期の法人税額が1,500万円であれば、上限は1,500万円×20%=300万円となり、実際に控除できるのは300万円にとどまります。残りの300万円はどうなるのでしょうか?
ここで登場するのが、2024年度税制改正で新設された「繰越控除措置」です。中小企業に限り、当期に控除しきれなかった金額を最大5年間にわたって繰り越すことができます。これは非常に大きなメリットです。赤字の事業年度に賃上げを実施した場合でも、将来の黒字化を見据えて先行投資ができる仕組みになりました。
繰越控除を利用するには、確定申告時に「繰越税額控除限度超過額の明細書」を提出しておく必要があります。この書類の提出を忘れると繰越権利が失われてしまうため、税理士に確認しながら申告手続きを進めることが望ましいです。
繰越には期限があります。申告書類の提出漏れには特に注意が必要です。
なお、申請にあたって事前の届出や認定は一切不要です。法人であれば確定申告書に「適用額明細書」と「控除額計算明細書」を添付するだけで手続きが完了します。制度を使うためのハードルが低い点は、中小企業にとって大きな利点です。
参考:freee「【2026年最新】中小企業向けの賃上げ促進税制とは?適用要件や計算例、手続きをわかりやすく解説」では、繰越控除の具体的な計算例が詳しく解説されています。
freee:中小企業向けの賃上げ促進税制(2026年最新)|適用要件・計算例・手続き解説
2026年度(令和8年度)の税制改正大綱により、賃上げ促進税制の枠組みが大きく変わることが決定しました。金融・税務に関心のある方にとって、この変化は今後の法人税戦略に直結する重要な情報です。
①教育訓練費の上乗せ要件が全企業対象で廃止
企業規模を問わず、教育訓練費の増加による税額控除率の上乗せ措置が廃止されます。中小企業の場合、これまで最大45%だった控除率が最大35%に引き下がります。廃止の背景には、会計検査院から制度設計が不適切との指摘があったことが影響しています。少額の教育訓練費の増加でも、賃上げ額全体に乗じる控除率が加算される仕組みが「減税額が費用増加を上回る逆転現象を生じさせる」と判断された結果です。
②大企業向け賃上げ促進税制が2026年3月末で前倒し廃止
大企業(資本金1億円超かつ従業員2,000人以上)向けの措置は、当初の予定期限を待たず2026年3月31日開始の事業年度をもって廃止となります。コーポレートガバナンス改革の進展により、「賃上げは株主から求められる責務」との認識が定着したことが理由のひとつです。
③中堅企業向けも2027年3月末で廃止予定
従業員2,000人以下の中堅企業向けは、2027年3月31日開始の事業年度をもって廃止予定です。ただし、くるみん認定・えるぼし認定による上乗せ措置は継続の見込みです。
④中小企業向けは制度継続(一部見直しのみ)
中小企業向けの制度は引き続き継続されます。変更点は教育訓練費の上乗せ廃止のみで、くるみん・えるぼし認定による上乗せ(+5%)は残ります。
| 区分 | 変更内容 | 廃止時期 |
|:---|:---|:---:|
| 大企業(全企業) | 制度全体を廃止 | 2026年3月末 |
| 中堅企業 | 制度全体を廃止(教育訓練費上乗せも廃止) | 2027年3月末 |
| 中小企業 | 教育訓練費上乗せのみ廃止・制度は継続 | — |
今後も制度を活用し続ける中小企業にとって、最大控除率の引き下げ(45%→35%)は無視できません。教育訓練費の上乗せ要件が廃止される施行日前に賃上げ・教育投資を実施することで、現行の45%控除を最後に使い切れる可能性があります。制度変更のタイミングを意識した事業計画・給与設計の見直しが、これからの法人税対策において欠かせない視点です。
参考:創業手帳「2026年度税制改正における賃上げ促進税制の変更点」では、大企業・中堅・中小それぞれの最新変更点が整理されています。
創業手帳:2026年度税制改正における賃上げ促進税制の変更点や制度活用の注意点
ここまでは制度の基本要件を解説してきましたが、このセクションでは金融リテラシーのある方が特に意識したい実務的な視点を取り上げます。
①「税額控除」と「損金算入」の二重の恩恵を活かす
賃上げによる給与増加額は、当然ながら損金に算入されて法人税の課税所得を圧縮します。それに加えて、賃上げ促進税制の税額控除が法人税額からダイレクトに差し引かれます。この「損金算入+税額控除」の二段構えが、この制度の節税効果を大きくしている本質です。
仮に法人実効税率を30%として、給与を100万円増加させた場合を考えます。損金算入による節税効果は30万円、さらに税額控除(15%の場合)で15万円の控除。合計で実質45万円の税負担が減少するイメージです。つまり100万円の賃上げコストのうち、実質的な企業負担は55万円程度になる計算です。これは財務シミュレーションとして覚えておく価値があります。
②繰越控除の「5年間」を投資判断として使う
新設された繰越控除措置は、単純に「今期の税金が減らない場合の保険」ではありません。将来の黒字事業年度における法人税負担を見越して、計画的に先行投資(賃上げ)を行うための財務的ツールとして機能します。設備投資や新規事業への先行投資と同じロジックで、5年以内に黒字化の見通しが立てば「今、賃上げをする」ことが財務的にも合理的な判断となります。
③「赤字の年でも賃上げをする」が正しい選択になるケース
多くの経営者は「赤字なら税額控除は使えないから意味がない」と考えがちです。しかし、繰越控除が使える中小企業においては、赤字年でも控除権を確保できます。人材採用コストが高騰している現在、優秀な人材を給与水準で引き留めるための投資を、税制面でもサポートしてもらえる構図です。
採用コストの観点で数字を示すと、中途採用1名にかかるコストは職種によっては50万〜100万円以上になることも珍しくありません。賃上げで既存社員を定着させる方が、採用・育成コストよりも安く済むケースは多くあります。こうした人材コストの全体最適を考えると、賃上げ促進税制の活用は単なる「節税」ではなく経営戦略の一環として位置づけられます。つまり節税と人材定着の両立が可能です。
金融に関心のある方であれば、こうした制度を活用した「実効税率の最小化」と「人件費の最適化」の両立が、法人のキャッシュフロー改善において非常に有効であることは直感的に理解できるはずです。顧問税理士や金融機関の担当者と制度活用の試算を共有しながら、自社の事業年度に最適な給与設計を検討することが、今この時期の重要なアクションです。