

株式を一切保有していなくても、その会社を連結財務諸表に取り込まなければならない場合があります。
変動持分事業体(VIE:Variable Interest Entities)とは、米国会計基準(US GAAP)のASC810「連結」において定義される、議決権によらない方法で連結判定を行う対象となる事業体のことです。日本基準には存在しない概念で、金融に関心を持つ方であれば一度は耳にするはずの重要用語です。
そもそもなぜこの概念が生まれたのでしょうか。そのきっかけは2001年12月のエンロン事件にあります。米国エネルギー大手エンロンは、3,000社超のSPE(特別目的事業体)を連結から外し、不良資産をそこに移すことで業績を良く見せていました。当時の会計基準は「議決権の過半数を保有しているか」という形式的な基準(VOEモデル)のみで連結判定をしていたため、巧妙に設計されたSPEは連結から外すことが可能だったのです。
2003年1月、米国財務会計基準審議会(FASB)はFIN46(解釈指針書第46号)を公表し、VIEモデルという新たな連結判定の枠組みを導入しました。これが変動持分事業体の始まりです。つまりVIEとは、「形式的な株式保有ではなく、経済的な実態で誰が連結すべきかを判断するための概念」と言えます。
その後、2008年のリーマンショックを経て、SFAS第167号(現ASU2009-17)でさらに改訂が行われ、「主たる受益者」の判定基準が定量的評価から定性的評価へと変更されました。意外ですね。さらに2015年のASU2015-02により、投資ファンドへの猶予規定も廃止され、現在はすべての事業体に対してまずVIEモデルの適用を検討することが必要とされています。
「通常の事業会社だからVIEモデルは関係ない」という理解は、実は大きな誤解です。米国会計基準では、会社・パートナーシップ・有限責任会社など、すべての法的事業体に対してまずVIEモデルを適用するかどうかを検討しなければなりません。これが原則です。
浜嶋哲三公認会計士事務所:議決権以外で会社を支配できるの?(VIEモデルの背景と意義を端的に解説)
VIEの連結判定は、ASC810に定められた4つのステップを順に評価する形で進みます。これを把握しておくだけで、財務諸表の読み方が格段に変わります。
STEP1:変動持分モデルの検討対象か?
まず、対象事業体が連結ガイダンスの適用範囲内かどうかを確認します。従業員給付制度・政府系機関・投資会社(ASC946)は対象外です。また、「ビジネス」の定義を満たす一定の法的事業体は変動持分モデルの適用を免除されることがありますが、報告企業が設計に深く関与している場合などは免除されません。範囲外の例外は限定的です。
STEP2:変動持分を保有しているか?
次に、自社がその事業体に対して「変動持分」を持っているかを確認します。ここが重要なポイントです。変動持分は株式投資に限らず、貸付金・債務保証・デリバティブ契約・業務委託契約・意思決定者への報酬なども含まれます。「株式を持っていないから変動持分はない」という判断は誤りです。貸付金や保証だけで変動持分を保有していると見なされる場合があります。
STEP3:その事業体はVIEか?
変動持分を保有していると確認できたら、次に対象事業体がVIEに該当するかを判定します。以下の3つのいずれかを満たすとVIEと判定されます。
| 判定基準 | 内容 |
|---|---|
| ①過小資本 | 追加的な劣後財務支援なしには事業活動を維持できない資本しか持っていない |
| ②資本特性の欠如 | 持分投資者がグループとして支配財務持分の性質を有していない |
| ③議決権と経済性の不均衡 | 議決権と損益負担・利益享受の割合が不均衡な構造になっている |
ここでもよくある誤解があります。「変動持分を持っていれば、その事業体は必ずVIEだ」と思い込んでしまうケースです。変動持分があっても、上記3つのどれにも該当しなければその事業体はVOE(議決権持分事業体)であり、議決権モデルで連結判定を行います。変動持分の有無とVIE該当性は別の話です。
STEP4:主たる受益者(PB)は誰か?
VIEと判定されたら、次にどの企業がVIEの「主たる受益者(Primary Beneficiary:PB)」となるかを評価します。以下の2要件を両方満たす企業がPBとして連結義務を負います。
重要な点として、2009年以降の改訂でPBの判定は定量的評価から定性的評価に変わっています。「損失の過半を負担する者がPBだ」という以前の基準はもう使えません。パワーと経済性の両方を定性的に評価する必要があります。これが原則です。
また、複数の企業がパワーを共有している場合(Shared Power)は、どの企業もPBにはなれません。つまり全員が同意しなければ意思決定できない構造では、VIEの主たる受益者は誰もいないという結論になることがあります。
会計エージェント:変動持分事業体モデル(VIEモデル)について(STEP1〜4の詳細フローチャート付き解説)
VIEの主たる受益者と判定された企業は、そのVIEを連結財務諸表に取り込む義務を負います。では具体的にどう会計処理するのでしょうか。
当初の測定(Initial Measurement)
VIEを連結する際は、主たる受益者になった日の公正価値でVIEの資産・負債・非支配株主持分を測定します。これは通常の企業買収時の連結処理と同様です。ただし、決定的な違いが一つあります。VIEが「事業」の定義を満たさない場合(ペーパーカンパニーなど)は、のれんを計上しないのです。
VIEはペーパーカンパニーであることが多く、超過収益力を生み出しません。なので「のれんゼロ」が原則です。
開始後の測定(Subsequent Measurement)
連結後の会計処理は通常の連結財務諸表の原則を適用します。損益の帰属は議決権ベースで計算するため、議決権を持っていない場合でもVIEの損益をすべて非支配株主損益として取り込むことになります。内部取引の消去も実施します。
財務諸表上の表示(Presentation)
連結財務諸表のB/S(貸借対照表)では、以下の2点を独立表示する義務があります。
JPMorgan Chase(JPモルガン・チェース)の2019年度10-K(年次報告書)では、この開示が証券化VIEに関するセクションで具体的に記載されており、連結VIEの資産・負債を活動タイプ別に分類した詳細な表が提供されています。世界最大級の金融機関でも、VIEの開示は財務諸表の重要な構成要素になっているということですね。
開示のポイント(主たる受益者でない場合)
VIEの変動持分を保有しつつも主たる受益者でない場合でも、B/S上の資産・負債の帳簿価額、損失の最大エクスポージャー、リスクに影響を与える流動性契約や保証の内容などを開示しなければなりません。損失を被りうる状況にあるなら、たとえ連結しなくても注記開示が必要です。
会計エージェント:持分変動事業体(VIE)の会計処理及び開示(JPMorgan Chaseの実際の開示例付き)
変動持分事業体(VIE)という概念は、実は中国インターネット企業の米国上場スキームとして世界的に有名になっています。アリババ、テンセント、バイドゥ、DiDi……これら中国大手テック企業の米国上場ADR(米国預託証券)を購入したことがある方は、特に注意が必要です。
なぜVIEスキームが必要なのか
中国は「付加価値情報通信サービス事業」などの分野で外資の参入を規制しています。インターネットコンテンツ運営、オンライン出版、ニュースサイトなどは「禁止類」に分類され、外資100%での運営が認められていません。一方、米国など海外市場では成長期待から多額の資金を調達できます。この矛盾を解決するために考案されたのがVIEスキームです。
VIEスキームの基本構造
典型的なVIEストラクチャーには、最低5層の当事者が登場します。
| 層 | 設立地 | 役割 |
|---|---|---|
| A社(上場主体) | ケイマン諸島 | 海外上場・資金調達のためのSPC |
| B社(中間持株) | ケイマン諸島 / BVI | 節税・株式譲渡印紙税回避のためのシェル会社 |
| C社(香港SPC) | 香港 | 中国WFOEへの出資窓口(配当税率5%優遇適用) |
| D社(WFOE) | 中国国内 | 外資独資会社。VIEである内資運営会社と契約を締結 |
| E社(VIE) | 中国国内 | 実際の事業を行う内資運営会社 |
スキームの核心は、WFOE(D社)と内資運営会社VIE(E社)の間の一連の契約群にあります。具体的には次の5種類の契約を締結することで、株式を保有せずに実質的支配と利益移転を実現します。
アリババは2014年9月にNYSE(ニューヨーク証券取引所)に上場し、250億ドル(約2.7兆円)を調達しました。これは当時の世界史上最大のIPOです。その際、ケイマン諸島のAlibaba Group Holdingが上場主体となり、VIEスキームを通じて中国国内の内資運営会社(浙江タオバオネットワークなど)を連結財務諸表に取り込む構造を取っていました。
また、2021年6月に上場したDiDi Global Inc.は初日の時価総額が約7.5兆円に達しました。その連結構造もVIEスキームに基づいており、ケイマン島のDIDI Global Inc.が中国内資運営会社の財務実績を連結財務諸表に取り込む形でした。
節税効果の具体的な規模
なぜケイマン諸島→香港という構造を取るのか。香港に親会社を置くWFOEは、一定条件下で配当に対する中国源泉税が10%から5%へ引き下げられます。さらに、タックスヘイブンに登録した親会社を置くことで、香港会社の株式譲渡時に発生する株式価値の1,000分の2の印紙税を回避できます。DiDiの上場初日時価総額約7.5兆円の50%相当(約3.8兆円)に1,000分の2を乗じると、回避できる印紙税は約75億円になる計算です。この規模になると節税の意味は非常に大きいですね。
経済産業研究所(RIETI):中国のインターネット企業の海外上場の在り方—VIEスキームの実態と規制動向(アリペイ事件など具体事例を含む詳細な分析)
アリババやテンセントなどの中国企業ADRをすでに保有している、または投資を検討している方には、VIEスキームが持つ構造的なリスクについて正確に理解してほしいと思います。これを知らないと損です。
リスク①:投資家が所有しているのはシェル会社の株に過ぎない
米国市場でアリババのADRを1株購入した場合、投資家が実際に保有するのは、ケイマン諸島に設立されたシェル会社(Alibaba Group Holding)の株式です。中国国内で電子商取引事業を運営する内資会社の株式は一株も保有していません。
VIEに関する会計基準(ASC810)によって、内資運営会社の財務実績が上場会社の連結財務諸表に取り込まれます。このため投資家の目には「中国事業の業績が反映されている」と見えます。しかし実際には、中国本国の事業会社の資産や利益に対する法的請求権は投資家にはありません。これは使えそうな知識です。
本来はSPEを連結対象に取り込むために設けられたはずの会計基準が、かえって投資家に実態とは異なる印象を与える結果になっているという構造的矛盾があります。米国内でも会計専門家の間で見解が分かれており、投資家保護の観点から継続的な議論が行われています。
リスク②:VIEスキームは中国法上グレーゾーン
VIEスキームは、米国での上場は合法ですが、中国国内法との関係では「法律がまだ整備されていない」グレーゾーンです。米中経済安全保証調査委員会が米国議会に提出した報告書("The Risks of China's Internet Companies on U.S. Stock Exchanges")でも、このリスクが明確に指摘されています。
アリババの上場目論見書(2014年)には以下のような記述があります。「もし中国政府がVIE関連契約は外資規制に矛盾すると判断する場合、弊社は処罰やVIE利益放棄に直面する可能性がある」「中国の関連監督管理部門は、弊社の子会社もしくはVIEの営業免許を取り上げる可能性がある」——これは上場企業自身が認めているリスクです。
中国政府がVIEスキームを全面的に違法と宣言した場合、VIE上場企業に投資する世界中の投資家から、何兆ドル規模の資産価値が消滅する可能性があります。現実的可能性は低いとされていますが、発生時のインパクトは極めて大きいですね。
リスク③:2011年アリペイ事件が示す違約リスク
VIEスキームの違約リスクは、2011年のアリペイ事件で現実のものとなりました。アリババがVIE契約で傘下に収めていたアリペイ(支付宝)が、アリババ・グループ取締役会の決議のないまま、ジャック・マー会長の支配下にある別会社に安値で売却されてしまったのです。
大株主であったヤフーとソフトバンク(当時)が異議を唱え、最終的に協議による和解で決着しました。しかし、投資家の間にはVIEスキームへの根本的な不信が残りました。VIE契約の中核となる「包括技術支援契約」等は、WFOEとVIEとの間の民事契約にすぎず、違約された場合の法的執行力についても不確実性があります。
リスク④:米中対立による規制強化リスク
2021年7月、中国当局はDiDi Global Inc.(滴滴出行)に対してアプリのダウンロード停止を命じ、サイバーセキュリティ審査を実施しました。これはNYSE上場直後のことです。当局の一声で株価は急落し、投資家に大きな損失をもたらしました。
米国側でも動きがあります。経済安全保障の観点から、VIEスキームを通じた中国企業への投資リスクの明示を強化する方向で議論が進んでいます。法的グレーゾーンにある以上、規制強化による影響は常にリスクとして認識しておく必要があります。
VIEスキームへの投資を検討する際には、上場目論見書(Form F-1やForm 20-F)のリスクファクターセクションを必ず確認することが不可欠です。権威ある証券アナリストによる分析リポートや、SEC(米国証券取引委員会)のEDGARデータベースで最新の開示情報を確認する習慣をつけることが、リスク管理の第一歩となります。
BespokePartner note:中国企業の上場スキーム—VIEストラクチャーの全貌(DiDI Global Inc.の実例を詳細に解説)
「VIEは米国基準の話だから、日本の金融実務には関係ない」と思っていませんか。これは大きな誤解です。VIEの概念は、日本の金融業界に関わる人々にとっても無視できない現実として迫ってきています。
野村ホールディングス・オリックスも開示する連結VIE
米国基準(US GAAP)を採用している日本の主要企業は複数のVIEを連結しています。野村ホールディングスは四半期報告書のなかで「ASC810に定義される変動持分事業体(VIE)の要件を満たす連結変動持分事業体が発行する社債」の開示を行っています。オリックスも同様に、VIE連結にかかる会計基準の適用結果を財務指標として開示しています。これが現実です。
これらの企業の財務諸表を分析する際、VIEが連結されていることで、B/Sに計上された資産・負債が「実質的に管理している別法人のもの」であるケースが存在することを理解しなければ、正確な財務分析ができません。
IFRSとの比較で見えるVIEモデルの特徴
IFRSにも「実質支配の概念(IFRS10「連結財務諸表」)」があります。IFRSでは「パワー・リターンへの関与・リターンへの影響力」という3要素を組み合わせる点でVIEモデルと類似しており、特別目的ビークルを含む事業体の連結判定において経済的実態を重視します。ただしVIEモデルほどの詳細なフローチャート式の判定基準を持たない点で、実務的なアプローチが異なります。
日本基準では、支配力基準(議決権基準+実質的な判断)によって連結範囲を決定しますが、米国基準ほど体系的な「変動持分」という概念は取り込まれていません。会計基準の国際化が加速する中、日本基準にも類似の概念が導入される可能性は十分にあります。今後の動向に要注意です。
金融実務でVIEを活かすための視点
日常の投資分析や財務調査においてVIEの概念を活用するためのポイントは次の通りです。
VIEモデルの本質は「形式より実態」です。これだけ覚えておけばOKです。株式保有比率や名義上の法的関係ではなく、「誰がその事業体の経済的な成功・失敗に最も影響を与える活動を支配しているか」「誰がその損益を実質的に負担しているか」——この2点をベースに連結判定を行う考え方は、今後の日本の金融・会計実務にも着実に浸透していくと考えられます。
金融に関わる方として、VIEモデルの概念を理解しておくことは、財務諸表の正確な読解力を高め、投資判断の精度を向上させるうえで大きな武器になります。
HeartCore Financial:米国上場の連結とVIE判定(NASDAQを目指す日本企業向けの実務的解説)