

改善計画を出せばグラスルイスの反対推奨を避けられると思っているあなた、2026年からその例外は完全に撤廃されています。
グラスルイス(Glass Lewis)は、米国に本社を置く議決権行使助言会社です。世界100市場以上で年間3万件超の株主総会を分析し、機関投資家に賛否の推奨(議決権行使助言)を提供しています。顧客は世界最大級の年金基金や資産運用会社が中心で、合計運用資産は40兆ドル超にのぼります。
ISSと並ぶ「世界二大助言会社」の一角として、上場企業の取締役選任から報酬議案まで幅広い議案を評価しています。「助言に過ぎない」という見方もありますが、実務の現場ではそう単純ではありません。
外国人株主比率が高い日本の大手上場企業では、グラスルイスやISSが「反対」を推奨すると、取締役選任の賛成率が大きく落ちます。外国人持株比率が40%を超える企業では、反対推奨が出ると経営トップの選任否決が現実的なリスクになるため、IR・総務部門にとっては無視できない存在です。
グラスルイスは2003年の設立以来、公開情報のみを使って調査・分析を行う独立性を一貫して打ち出してきました。日本法人「Glass Lewis Japan」が東京に拠点を構え、日本市場向けの独自ポリシーを毎年公表しています。この日本語版ポリシーが、毎年株主総会シーズン前に日本の機関投資家・上場企業の注目を集める存在となっています。
大和総研のレポートによると、グラスルイスの方針転換は日本市場にも直接影響します。日本の機関投資家はすでに独自の厳格な基準を設けているケースが多いですが、グラスルイスの方針は多くの企業にとって行動変容の引き金になってきました。2026年の改定内容を正確に把握しておくことは、投資家にとっても企業にとっても今すぐ必要な作業です。
大和総研による「グラス・ルイスの議決権行使助言方針改定」(2025年2月)では、2026年以降の全改定内容がまとめられており、上場企業や投資家の実務担当者に広く参照されています。
2026年の改定で最も影響が広い変更がジェンダー・ダイバーシティ基準の厳格化です。プライム市場の上場企業を対象に、取締役会の多様な性別の取締役比率をこれまでの「10%以上」から「20%以上」に引き上げました。この基準は2026年1月以降に開催される株主総会から適用されています。
まず数字のイメージを整理しておきましょう。
| 取締役総数 | 必要な女性取締役数(20%基準) | 旧基準(10%)との差 |
|---|---|---|
| 5名 | 1名以上 | 変化なし |
| 10名 | 2名以上 | 1名増が必要 |
| 15名 | 3名以上 | 2名増が必要な場合も |
取締役会が10名規模の会社では、女性取締役を最低2名確保しないと基準未達になります。1名増やすために候補者探しから始めると、役員候補の選定・調整・開示まで半年以上かかることが珍しくありません。
さらに注意が必要なのが「例外措置の廃止」です。つまり重要ポイントになります。
従来のポリシーには、多様性促進に関する計画や取り組みを十分に開示している場合は反対推奨を控える「例外措置」がありました。しかし2026年以降はこの例外が完全に廃止されています。「改善計画を出せば大丈夫」という考え方はもう通用しません。
プライム市場以外の上場企業については別の変更があります。これまで「多様な性別の役員1名以上(取締役・監査役を含む)」という基準でしたが、2026年2月以降は「取締役1名以上」と明確化されました。役員に監査役が含まれていても、取締役に女性が一人もいない場合は反対推奨の対象になります。ここは見落としやすいポイントです。
なお「多様な性別」とはグラスルイスの定義上は女性だけでなくノンバイナリーなどを含む概念ですが、日本市場においては実質的に「女性取締役」を意味するとグラスルイス自身が明言しています。
取締役候補の多様化に悩む企業が活用できるリソースとして、東証が公表している「プライム市場のダイバーシティ対応状況」や、経済同友会・日本取締役協会が提供する女性役員紹介サービスがあります。候補探しの時間を短縮するためにも、外部のネットワークを活用する手が有効です。
2026年に実質的な影響が出始める重要な改定として、社外取締役・社外監査役の在任期間に関する基準の導入があります。これが条件です。
社外取締役全員、または社外監査役全員の在任期間が連続して12年以上になる場合、グラスルイスはその取締役会議長(指名委員会等設置会社では指名委員会委員長)の選任に反対推奨を行います。2025年1月以降の株主総会から適用が始まっており、2026年6月の定時株主総会シーズンが最初の大きな試練になります。
12年という年数のイメージは、例えば2013年前後から継続在任している社外役員がいる場合に該当します。日本では2015年のコーポレートガバナンス・コード導入後から急速に社外取締役の選任が増えましたが、それ以前から就任している人材は既に12年を超えていることになります。
この基準の設計には注目すべき特徴があります。グラスルイスの方針は「社外取締役全員または社外監査役全員が12年以上」の場合を問題視しています。つまり社外取締役の中に1名でも12年未満の人がいれば、このポリシーで反対推奨が出ることはありません。この点で一部の機関投資家が導入している「12年以上在任している取締役個人」への反対と比べると、かなり緩い設計になっています。
大和総研のレポートも「他の機関投資家等と比べるとかなり緩い方だ」と指摘しています。同時期にISSも社外役員の在任期間12年基準を2026年2月以降の株主総会から適用しており、業界全体として長期在任問題への対処が進んでいます。
| 助言会社・投資家 | 在任期間基準 | 反対推奨の対象 |
|---|---|---|
| グラスルイス(2025年〜) | 全員が12年以上 | 取締役会議長等 |
| ISS(2026年2月〜) | 個人が12年以上 | 当該取締役個人 |
| 野村AM | 個人が12年以上 | 当該取締役個人 |
取締役会のリフレッシュメント計画は、長期的なキャリアパスの観点から早めに整備しておくことが望ましい状況です。在任期間が長い社外役員がいる企業は、指名委員会での審議内容を具体的に開示し、その役員が「なぜ引き続き独立性を保てるのか」を株主に説明できる態勢を整えておくことが、今後の総会対策として有効です。
グラスルイスはかねてより、いわゆる「政策保有株式(持ち合い株)」に対して厳しい姿勢を維持してきました。2025年以降は、その例外措置の適用要件も厳格化されています。2026年6月の株主総会では、この基準が多くの企業に影響を与えています。
基本的な仕組みから整理しましょう。政策保有株式の保有額が連結純資産の10%以上の企業については、取締役会議長への反対推奨が原則行われます。ただし一定の条件を満たせば反対推奨を控える例外的な取り扱いがあります。
注目すべき変更点は、縮減目標の水準と期限が具体化されたことです。以前は「明確な縮減計画があればよい」という緩やかな条件でしたが、改定後は「2030年末」という締め切りと「連結純資産の20%以下」という到達点が明確に求められます。曖昧な「保有を見直す方針」程度の記述では例外は認められません。
また ROE基準も従来の「過去5年平均ROE5%以上」から「8%以上」に引き上げられています。日本のROEの平均的な水準と比較すると、8%というのは「ぎりぎり」のラインを超えているかどうかが問われる数字です。経済産業省の「伊藤レポート」(2014年)でも日本企業の目標ROEとして8%が示されており、グラスルイスはこれを参照しています。
政策保有株式は日本の企業文化に根ざした慣行で、取引先との安定的な関係維持や企業間の相互理解という目的があります。一方で、資本効率を低下させるとして機関投資家からの批判が強まっており、グラスルイスやISSだけでなく、国内の年金基金や運用会社も縮減を強く求めています。
自社の政策保有株式が連結純資産の何%を占めるかを有価証券報告書で確認し、比率が10%以上であれば縮減計画の開示内容をすぐに点検することが実務上の急務です。縮減計画の記載が形式的になっていないか、期日・目標値の両方が揃っているかを確認するのが最初の一歩です。
「持ち合い解消の実務ガイドライン」は経済産業省や東証の開示書類でも確認できます。企業側のIR担当者がまず参照すべき権威ある情報源として、下記のリンクが有用です。
2026年の改定を語るうえで、絶対に外せない「次の変化」があります。グラスルイスは2025年10月15日、2027年をもって「ハウスポリシー(house policy)」に基づく議決権行使助言を廃止し、顧客(機関投資家)ごとにカスタマイズされた助言へ全面移行すると発表しました。
ハウスポリシーとは、グラスルイスが独自の判断で設定した標準的な議決権行使基準のことです。日本を含む約100市場ごとに毎年更新・公表されてきたこのガイドラインが、2027年以降は廃止されます。意外ですね。
この決断の背景には大きく2つの要因があります。
大和総研のレポートによれば、テキサス州が議決権行使助言会社に非財務的要素に基づく助言への厳しい開示義務を課す法律を施行しようとしましたが、グラスルイスとISSが連邦裁判所に提訴し、2025年8月に連邦地裁が一時的差止命令を出した経緯があります。ハウスポリシー廃止には、こうした政治的リスクを回避する意味合いも含まれています。
では、日本市場への影響はどう考えるべきでしょうか。大和総研は「日本企業の株主総会議案に対する機関投資家の賛否の比率が大幅に変わる可能性は低い」と分析しています。その理由は、日本の機関投資家がすでにグラスルイスの標準的な推奨より厳格な独自基準を持っているケースが多いためです。
ただし、企業側にとっては「標準的な推奨を見れば機関投資家の傾向が分かる」という今までの予測モデルが通用しなくなります。2027年以降は、顧客ごとに異なるカスタマイズ基準が乱立するため、IR担当者は各投資家のポリシーを個別に分析し、エンゲージメントを強化せざるを得なくなります。
つまり、2026年は「まだハウスポリシーが存在する最後の年」という位置づけにもなります。
大和総研による「グラス・ルイスの議決権行使助言が大変化」(2025年10月)は、この動向を詳しく解説した権威ある日本語レポートです。
グラスルイスの改定を理解するには、同じく議決権行使助言最大手のISS(Institutional Shareholder Services)との比較が欠かせません。両社の方針を一緒に押さえておくことで、2026年6月総会の全体像がつかめます。
| テーマ | グラスルイス(2026年〜) | ISS(2026年〜) |
|---|---|---|
| ジェンダー基準(プライム) | 女性取締役20%以上(例外撤廃) | 女性取締役10%以上(2027年2月より) |
| ジェンダー基準(非プライム) | 女性取締役1名以上(取締役に限定) | 女性取締役1名以上 |
| 社外役員の在任期間 | 全員が12年以上で議長等に反対 | 個人が12年以上で当該者に反対(2026年2月〜) |
| 政策保有株式 | 純資産10%以上で反対(例外あり) | 純資産20%以上で反対 |
| AIリスク管理 | 重大インシデント時に取締役へ反対 | 明示的な単独基準なし |
| 親子上場の独立性 | プライム上場の支配株主あり企業に過半数独立 | 取締役会の過半数を独立社外に変更(2026年〜) |
比較すると分かりやすいですね。グラスルイスはジェンダー基準でISSより先行して厳格化している一方、在任期間基準では「全員が12年以上」という設計でISSより緩い面もあります。政策保有株式の閾値はグラスルイスが10%、ISSが20%と異なり、グラスルイスの方が厳しいといえます。
国内の機関投資家も独自の基準改定を進めています。代表例を挙げると、野村アセットマネジメントは女性取締役の比率基準を1名から10%に引き上げ(2025年11月以降)、三井住友トラスト・アセットマネジメントはROEとPBRの2指標によるデュアル評価を導入しています。
両社の助言と国内機関投資家の方針は、方向性は概ね一致していますが閾値や適用タイミングが微妙に異なります。外国人株主比率が30%を超える企業ではグラスルイスとISSの両方の基準に対応し、さらに主要な国内機関投資家のポリシーも個別に把握することが現実的な対応策になります。
ISSの2026年改定詳細については、大和総研が2025年11月公表のレポートで解説しています。両社の比較をする際の参照文書として価値があります。