

公告が出た瞬間、あなたの全銀行口座が連鎖凍結される可能性があります。
預金保険機構(DIC)が運営する「振り込め詐欺救済法に基づく公告」とは、詐欺等の犯罪行為に利用されたと疑われる預金口座の情報を、預金保険機構のウェブサイト上で一般公開する制度です。正式な法律名は「犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律」(平成19年法律第133号)といい、平成20年6月に施行されました。
この制度ができた背景はシンプルです。振り込め詐欺の被害者は、犯人の口座を特定できても、そこからお金を取り戻す手段がほとんどありませんでした。そこで、金融機関が犯罪利用口座を凍結したうえで預金保険機構に公告を依頼し、一定期間(60日以上)の公告後に権利を消滅させる(失権)という仕組みが整備されたのです。
手続きの流れはおおむね次のとおりです。
| ステップ | 内容 | 期間の目安 |
|---|---|---|
| ①口座凍結 | 警察や被害者からの情報提供により金融機関が取引停止 | 随時 |
| ②債権消滅手続開始公告 | 預金保険機構HPに口座情報を公告 | 60日以上 |
| ③債権消滅公告 | 権利行使の届出がなければ口座残高の権利が消滅 | 公告直後 |
| ④分配金支払手続開始公告 | 被害者が支払申請できる期間を設定(運用上90日間) | 90日間 |
| ⑤支払手続終了公告 | 手続き完了を公表 | 随時 |
つまり、被害者が被害回復分配金を受け取るまでには、最短でも半年程度、長い場合は1年以上かかることが一般的です。
公告はすべて預金保険機構のウェブサイト(https://furikomesagi.dic.go.jp/)から検索でき、誰でも無料で閲覧できます。月2回(原則として1日と16日)が更新タイミングの目安です。金融に関心を持つ方にとっては、自分が被害に遭っていないかを確認できる重要な情報源になります。
預金保険機構「振り込め詐欺救済法に基づく公告」トップページ(公告の検索や最新情報の確認に利用できます)
「一度公告されたら、その情報は一生消えない」と思っている方は少なくありません。これは間違いです。
振り込め詐欺救済法の条文には、公告をいつまで続けるか、また手続きが終了した後に公告をどうするかについて、明確な定めがありません。そのため、当初は預金保険機構も「公告は永久に抹消しない」と回答していたとされています。法律の解釈上、永遠に公告され続ける可能性があったのです。
厳しいところですね。
ところが、実際に預金保険機構の公告ページを調べると、10年を経過した公告については「氏名・名称」の欄のみが削除されていることが確認されています。銀行名・支店名・口座番号は10年経過後も残りますが、名前だけは抹消されます。これは法律に明記された対応ではなく、預金保険機構が実務上の運用として採用している措置です。
この10年ルールは意外です。
なぜ氏名だけを削除するのか。その背景には、口座名義人の名誉やプライバシーへの配慮があります。振り込め詐欺の場合、犯人が他人の口座を「買取り」や「だましとり」によって入手して使うケースも多く、口座名義人が必ずしも詐欺の実行犯とは限りません。知人に無断で口座を使われたり、なりすましで口座が開設されたりした場合でも、名義人として公告され続けることは、不当な名誉毀損になりうると考えられているのです。
一方、「被害者が口座番号を使って被害回復分配金を申請できるようにする」という公告本来の目的は、口座番号と金融機関名が残れば果たせます。そのため、10年後は氏名を削除し、それ以外の情報は残すという折衷的な運用がとられています。
金融に関心のある方はこの点を押さえておくと、万が一自分の口座情報が公告された際に慌てずに対処できます。自分の名前が削除されるまでの約10年間、どのような影響が生じうるかを事前に知っておくことが大切です。
尾崎一浩法律事務所「振り込め詐欺救済法の公告の時効」(10年経過後に氏名が削除されている実態を指摘した弁護士コラム)
預金保険機構の公告は、金融機関も定期的にチェックしています。これが思わぬ連鎖被害を引き起こすことがあります。
多くの金融機関は、預金保険機構の公告ページを定期的に照会し、公告に掲載されている名義人が自行に口座を持っていないかを確認しています。そのため、ある1つの口座が公告対象になった場合、他行にある関係のない口座まで連鎖的に凍結・強制解約されるリスクがあるのです。
これは大きなリスクです。
つまり、住宅ローンを組んでいる銀行の口座や、給与振込に使っている口座、日々の生活費に使っているメインバンクの口座にまで、影響が及ぶ可能性があります。新銀座法律事務所の事例解説では、「一度債権消滅手続開始の公告がなされてしまうと、各金融機関が連鎖的に口座凍結・強制解約を行うリスクが高まり、事実上、日本国内で口座を開設することが困難になるおそれがある」と指摘されています。
さらに関連して、警視庁が作成・配布する「凍結口座名義人リスト」の問題も知っておく必要があります。このリストは月2回全銀協を通じて各金融機関に配布されており、リストに掲載された名義人の口座は新規開設が拒否されるだけでなく、既存の口座まで凍結されることがあります。実際に凍結口座名義人リストに載ると、約7年間は新たな口座開設が難しくなるとされています。
こうした連鎖は、公告の対象となる1つの口座を持っていただけで起きうる話です。金融生活全体が一気に機能不全に陥るリスクを、まず正しく認識しておくことが重要です。
新銀座法律事務所「預金保険機構による失権のための公告手続きの回避」(口座凍結の連鎖リスクと具体的対策をわかりやすく解説した弁護士Q&A)
預金保険機構の公告が出てから60日以内に「権利行使の届出」を行わないと、その口座の預金債権は法律上消滅します。これが「失権」と呼ばれる状態です。
60日は条件です。
自分の口座が誤って、あるいは知らないうちに公告対象になっていた場合、この60日を見逃すと、預金残高を取り戻すための手段が一気に狭まります。失権後に残高を回収しようとすると、金融機関に対して預金払戻請求訴訟を提起しなければならず、訴訟の中で「犯罪利用口座等でないこと」を積極的に立証する必要があります。
この立証のハードルは非常に高く、東京地判平成22年12月3日の裁判例では、「口座が業務に利用されていることを立証するだけでは足りず、犯罪被害との関係で口座が犯罪利用口座でないことが明確にされるか、あるいは長期間にわたって損害賠償請求権の行使が事実上放棄されていること」まで求められています。つまり、実質的には裁判で勝てる保証がほとんどなく、一度失権すると預金が戻らないケースも十分ありえます。
対策として重要なのは、定期的に預金保険機構の公告ページで自分の名前や口座番号を検索することです。公告は月2回更新されるため、少なくとも月に1〜2回チェックする習慣をつけておくと、万一自分の情報が公告されても60日の期限内に対応できます。
特に、過去に闇金トラブルがあった方や、他人に通帳やカードを渡したことがある方、口座情報が漏えいした可能性がある方は、定期的な確認が特に重要です。発覚が遅れると、取り返しのつかない財産的損失につながります。
預金保険機構「振り込め詐欺救済法 Q&A」(権利行使の届出方法・申請手続きなど被害者・口座名義人向けの詳細な説明)
「振り込め詐欺に遭ったとしても、振り込め詐欺救済法で全額返ってくる」と考えている方がいますが、これも誤解です。
実際には、被害者に支払われる被害回復分配金は、凍結された口座の残高を上限とします。つまり、犯人がお金を引き出してしまった後に口座が凍結された場合、残高がほとんどなければ分配金もほとんど受け取れません。さらに、同一口座に複数の被害者がいる場合は、被害額に応じて残高を按分(あんぶん)することになるため、受け取れる額はさらに少なくなります。
痛いですね。
2023年度の預金保険機構の公表データによると、その年度の返金率は約88%と高水準に見えます。しかし、これは「凍結口座の残高のうち被害者に返還できた割合」を示すものであり、「被害総額のうち何%が戻ったか」とは意味が異なります。実際、犯罪に使われた口座の過半数は残高が1万円未満というケースもあり、被害者が振り込んだ金額に対する回収率は概ね30%程度にとどまるというのが金融庁の資料における実態です。
さらに注意が必要なのは、分配金の支払申請期間(運用上90日間)を過ぎると、申請できなくなる点です。公告をチェックしていなかったために申請を逃した被害者の方は、民事訴訟などの別の手段を検討するしかなくなります。申請期間は原則として支払手続開始公告から90日間です。これを過ぎると被害回復分配金という形での救済は受けられません。
被害に遭った可能性がある方は、預金保険機構の公告ページを定期的にチェックし、関係する口座の公告が出たらすぐに振込先金融機関に連絡することが最優先です。申請書類には「本人確認書類」と「振り込みの事実を確認できる資料(通帳明細・ATM利用明細など)」が必要になるため、手元に保管しておくことをおすすめします。
金融庁「振り込め詐欺等の被害にあわれた方へ」(被害回復分配金の概要・申請に必要な情報がまとめられている公式ページ)
金融に関心のある方でも見落としがちなのが、「自分が何もしていないのに、公告の対象になりうる」というリスクです。
振り込め詐欺の犯人は、自分名義の口座を使うことがほとんどありません。第三者の口座を入手して利用します。その手口としては、口座の売買(いわゆる「口座売り」)のほかに、なりすまし・本人確認書類の盗用による不正口座開設があります。
たとえば、運転免許証を一時的に紛失したり、スキャンデータが流出したりしたことをきっかけに、本人の知らないうちに同姓同名・同生年月日の口座が開設され、犯罪に使われた実例があります。被害に気づいたのは、口座開設を試みた際に全金融機関で拒否されたからという方もいます。
このような場合、警察に問い合わせても「同姓同名の別人が使った口座が犯罪に使われたことは事実なので、捜査が終了するまでリストから削除できない」と回答されることがあります。自分は何もしていないのに、新しい口座を開設できない状態が数年間続くという深刻なケースが実際に存在します。
ここで独自の視点として強調したいのは、「本人確認書類の管理が金融リスクに直結する」という点です。預金保険機構の公告制度は被害者保護のために設けられた仕組みですが、一方で「情報漏えいにより第三者が犯罪に利用される口座名義人」も制度の影響を受けます。特にマイナンバーカードや運転免許証のデジタルコピーが広まっている現代では、本人確認書類の管理が実質的な「金融信用の守り方」になっています。
クレジットカード明細・本人確認書類の紛失・スキャン履歴などは定期的に見直すことが、預金保険機構の公告制度に巻き込まれないための実践的な自衛策といえます。弁護士に相談する際は、口座凍結の実務に詳しい専門家を選ぶことが解決への近道です。
預金保険機構「5.公告事務の概要」(公告手続きの詳細・納付金の流れ・システム概要など公式資料として参照価値が高い)