

「新品」と説明された物件でも、あなたが自分で壊したら追完請求は一切できません。
追完請求権は、2020年4月1日に施行された改正民法(平成29年法律第44号)によって正式に明文化された権利です。条文の番号は民法第562条で、正式な名称は「買主の追完請求権」といいます。
改正前の民法には、この権利を明示した規定が存在しませんでした。学説の一部では、特定物売買において売主が物の所有権を移転すれば義務は果たされるという考え方が有力で、修補や代替物の引渡しを求める追完請求そのものが認められるかどうか、長く議論が続いていました。工業製品のような量産品では修補や交換での対応が合理的であるとの観点から、改正によって初めて条文が整備されたのです。これは大きな転換でした。
民法第562条の条文(全文)は以下のとおりです。
第562条(買主の追完請求権)
1. 引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし、売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。
2. 前項の不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は、同項の規定による履行の追完の請求をすることができない。
条文の骨格は「①要件→②効果→③例外」という3層構造になっています。第1項本文が「要件と効果」、第1項ただし書きが「売主側の例外」、第2項が「買主側の例外」です。この3層を正確に理解することが、権利を正しく使うための第一歩になります。
| 条文の部分 | 内容 |
|---|---|
| 1項本文(要件) | 目的物が種類・品質・数量に関して契約不適合のとき |
| 1項本文(効果) | 買主が修補・代替物引渡し・不足分引渡しを請求できる |
| 1項ただし書き | 売主は買主に不相当な負担がなければ別の方法で追完できる |
| 2項 | 不適合が買主の帰責事由による場合は追完請求できない |
不動産投資や金融取引に関わる場面では、この条文が直接の根拠になるケースが多くあります。条文の細部を把握しているかどうかが、実際のトラブル時に大きな差を生みます。
参考:追完請求権の条文の詳細な解説(金子総合法律事務所)
民法562条1項が認める追完の方法は、大きく3種類です。これらは買主が主体的に選択できる権利として設計されています。
- 🔧 目的物の修補:引き渡された物に欠陥がある場合に、その欠陥を直してもらうこと。たとえば、雨漏りが発生した不動産物件の雨漏り箇所を売主の費用で修繕してもらうケースがこれに当たります。
- 🔄 代替物の引渡し:欠陥のある物を取り換えて、別の(契約に合致した)物を引き渡してもらうこと。注文した製品100個のうち、規格外のものが混じっていた場合に正規品に交換してもらう場面などが典型例です。
- ➕ 不足分の引渡し:数量が不足している場合に、不足している分だけ追加で引き渡してもらうこと。たとえば、土地の数量指示売買で、契約上300㎡と記載されていたのに実測が270㎡しかなかった場合に、残りの30㎡相当の対応を求める場面などで使われます。
これらのどの方法で請求するかは、原則として買主が選択できます(562条1項本文)。つまり、売主の都合ではなく、買主の立場から最も有益な方法を選ぶことができるのが基本的なルールです。
ただし、ここに重要な例外があります。それが「1項ただし書き」です。条文上、売主は「買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法で追完できる」と定められています。たとえば、買主が代替物の引渡しを求めているにもかかわらず、売主が「修補のほうが現実的」と判断した場合、その修補が買主に不相当な負担を与えないと認められる限り、売主は修補という方法で追完を行うことが法律上認められます。
買主の選択権は尊重されますが、絶対ではない点に注意が必要です。
これは実務では特に不動産売買で問題になりやすい論点です。長島・大野・常松法律事務所の解説によれば、実務上は契約書において「追完方法は買主が指定できる旨を事前に規定し、売主による追完方法の選択権を制限しておく」ことが買主保護の観点から推奨されています。投資物件を購入する際の契約書レビュー時に、この点を確認する習慣をつけておくと安心です。
参考:不動産売買実務における追完請求権の条文の適用(長島・大野・常松法律事務所)
https://www.nagashima.com/static/ja/publications/2020/documents/ares53.pdf
民法562条1項の条文は「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」という要件を掲げています。では、具体的にどのような状態が「契約不適合」に当たるのでしょうか?
「品質に関する契約不適合」の射程は、思っているよりもずっと広いです。物理的・構造的な欠陥(雨漏り、シロアリ被害、地盤沈下など)はもちろんのこと、判例・通説によれば、以下のものも含まれると解されています。
- 🏚️ 心理的瑕疵:自殺や孤独死などの事件・事故が過去に起きた物件で、そのような事実が契約内容として告知されていなかった場合
- ⚠️ 環境的瑕疵:隣地の騒音・悪臭・日照阻害など、居住や利用に影響を与える周辺環境上の問題
- 📋 法令上の制限:土地が都市計画法・建築基準法上の制限を受けており、当初の利用目的に使えないケース(最判昭和41年4月14日参照)
法令上の制限が「品質の不適合」に含まれるという点は、金融・不動産投資に関わる方にとって特に見落としがちな部分です。たとえば、「建築可能」として売買された土地が実際には建築基準法の接道要件を満たさず建物を建てられないケースや、「賃貸可能」と説明されたマンションの一室が行政指導対象になっていたケースなども、条文上の「品質に関する契約不適合」として追完請求権の対象となる可能性があります。
品質の不適合は幅広い、ということです。
また、改正前の「瑕疵担保責任」では「隠れた瑕疵」のみが対象でしたが、改正後の契約不適合責任では「隠れた」という要件が撤廃されました。つまり、買主が不適合の存在を知っていた場合でも、それが契約内容として明確に表示されていなかった場合には、追完請求権を行使できる余地があります。これも改正の重要なポイントです。
一方、「数量に関する契約不適合」については、単に面積や員数が違うというだけでは足りません。判例(最判昭和43年8月20日)によれば、「数量指示売買」であること、すなわち売主が一定の面積・員数などを表示し、かつその数量を基礎として代金額が定められた売買でなければ数量不適合は成立しないとされています。土地売買において登記記録上の坪数で取引したとしても、それだけでは直ちに数量指示売買にはならないとされており、注意が必要です。
追完請求権の条文(民法562条)と切り離せないのが、民法566条が定める「期間の制限」です。この条文は、種類・品質に関する契約不適合について「買主が不適合を知った時から1年以内に売主へ通知しなければ、追完請求権を行使できなくなる」と定めています。
つまり、不適合を発見してから1年、権利の期限があります。
この「1年以内の通知」という要件が、実務上のトラブルの種になりやすいポイントです。具体的なケースを見てみましょう。
たとえば、2023年4月に投資用不動産を購入したとします。その半年後の2023年10月に雨漏りが発覚したとすると、その時点から1年以内、つまり2024年10月までに売主へ通知を発しなければ、追完請求権を含む契約不適合責任の追及ができなくなります。「いつかまとめて請求しよう」と先延ばしにしていると、気づけば1年が経過してしまいます。痛いですね。
注意すべきは「通知」の内容です。ここでの通知は、「何かおかしい気がする」という抽象的な連絡では不十分とされています。最低限、不適合の種類・範囲を伝え、売主が不適合の内容を把握できる程度の具体性が求められます(一問一答 民法(債権関係)改正、商事法務、2018年)。
なお、566条の「1年通知」はあくまで権利保存のための要件であり、通知しただけで権利が確定するわけではありません。通知後も権利を実際に行使しない場合は、消滅時効の問題が別途生じます。民法166条1項に基づき、「権利を行使できることを知った時から5年」または「引渡し時から10年」のいずれか早い方で消滅時効が完成します。
整理すると、追完請求権の行使スケジュールは以下の流れになります。
一方、数量に関する契約不適合については、民法566条の1年通知義務の対象外です。これは数量不足が客観的に確認しやすく、長期の権利保護が必要ないとの考え方によるものです。種類・品質の不適合と数量の不適合では期間ルールが異なることを覚えておきましょう。
また、商人間(たとえば会社間)の売買に関しては、商法526条が適用され、より厳しい期間制限が課されます。買主は目的物受領後「遅滞なく」検査し、発見した不適合を「直ちに」通知しなければなりません。種類・品質の不適合が直ちに発見できない場合でも、受領後6か月以内に発見・通知しなければ権利を失います。民法上の1年よりも大幅に短く、B2B取引では特に注意が必要です。
参考:契約不適合責任の期間制限の詳細(Business Lawyers)
https://www.businesslawyers.jp/practices/1477
民法562条(追完請求権)は、それ単体で機能するわけではありません。契約不適合責任全体のシステムの中で、他の条文と連動して使われる権利です。この全体像を把握しておくことで、不動産投資や金融取引の場面での実践的な対応力が高まります。
改正民法が買主に認める救済手段は全部で4つです。
| 権利の種類 | 根拠条文 | 使える条件 |
|---|---|---|
| 追完請求権(修補・代替物・不足分) | 民法562条 | 買主に帰責事由がないこと |
| 代金減額請求権 | 民法563条 | 追完請求後、催告期間内に追完がないこと(例外あり) |
| 損害賠償請求権 | 民法415条・564条 | 売主に帰責事由があること |
| 解除権 | 民法541条・542条・564条 | 催告解除または無催告解除の要件充足 |
これら4つは「順番に使う」必要はなく、状況に応じて組み合わせることもできます。これは便利です。
たとえば、不動産物件を購入後に雨漏りが判明した場合、まず修補の追完請求(562条)を行い、売主が相当期間内に対応しなければ代金減額請求(563条)に切り替えることができます。さらに雨漏りによって家財に損害が出ていれば損害賠償請求(415条)を並行して行うことも可能です。追完請求は代金減額・損害賠償・解除を妨げない関係にあります(564条)。
代金減額請求については、「催告→不履行→減額請求」という手順が原則ですが、以下の場合は催告なしで直接請求できます(563条2項)。
- 追完が物理的・法的に不能な場合
- 売主が追完を拒絶する意思を明確に示した場合
- 期限付きの契約でその期限を売主が追完なしに経過させた場合
- 催告しても追完を受ける見込みがないことが明らかな場合
追完が不能な場合は即座に次の手段に進める、ということです。
なお、旧民法(改正前)の「瑕疵担保責任」では、代金減額請求が認められていませんでした(一部例外を除く)。改正によって追完請求権とともに代金減額請求権が新設されたことで、買主の保護が大きく強化されました。「瑕疵担保責任の時代には使えなかった権利が、今は使える」という認識を持っておくことが重要です。
また追完請求権は、民法559条の規定により、売買以外の有償契約にも準用されます。その筆頭が「請負契約」です。建設工事や内装工事を請け負わせた場合に仕様と異なる施工がされた場合でも、民法562条の追完請求権の規定(559条による準用)に基づいて修補等を求めることができます。金融機関や不動産会社が工事業者と締結する請負契約においても同様の権利が及びます。
参考:請負契約における契約不適合責任と追完請求権(ひいらぎ法律事務所)
https://www.hiragi-lo.com/posts/42429285/
ここまで法律の条文を中心に解説してきましたが、最後に金融・不動産投資の実務においてどう活かすかを整理します。
不動産を購入・保有する立場(買主側)で押さえておくべきポイントは3つです。
まず、引渡し後は早期に物件の状態を詳しく確認することが重要です。目視確認だけでなく、ホームインスペクション(住宅診断)を活用することで、後から発覚する不適合を早期に検知できます。不適合を発見した時点から1年の時計が動き始めるため、早期発見は権利保護に直結します。ホームインスペクターの費用相場は5〜10万円程度で、数百万円単位の損失リスクに対する保険として非常に有効です。
次に、契約書における特約内容の確認です。民法の規定は任意規定が多く、契約で別段の定めがあればその契約が優先されます。特に「契約不適合責任を免除する」旨の特約(民法572条参照)が盛り込まれている場合、562条の追完請求権が使えなくなります。ただし、宅地建物取引業者(宅建業者)が売主の場合は宅建業法40条の制限により、引渡し後2年未満の免責特約は原則無効とされています。これが条件です。
最後に、不適合を認識したら迅速に書面で通知することです。口頭での連絡は証拠として残りにくいため、メールや内容証明郵便を使い「何が、どのように、契約内容と異なるか」を具体的に伝える通知を作成しましょう。法律事務所や司法書士事務所に依頼すれば、1〜2万円程度で内容証明の作成サポートを受けられます。
売主・事業者側の視点でも追完請求権の条文の理解は欠かせません。売主は562条2項の「買主の帰責事由」を理由に追完義務を免れる可能性があるものの、その立証は容易ではありません。物件の引渡し前に現状確認書や告知書を整備し、不適合となりうる事実を事前に開示しておくことがリスク回避の最善策です。開示した事実については、原則として契約不適合責任が及ばないと解されます。
562条の条文が定める権利は、知っていれば確実に保護される権利です。知識だけで数十万・数百万円の損失を回避できる場面は珍しくありません。改正民法の施行からすでに数年が経過していますが、まだ「瑕疵担保責任の時代の感覚」で動いている当事者も少なくない現実があります。条文を正確に把握しているかどうかが、交渉力の差に直結する時代です。
参考:契約不適合責任の実務対応(MoneyForward クラウド契約)
https://biz.moneyforward.com/contract/basic/21109/