

代金減額請求権を一度行使すると、その後に損害賠償請求も契約解除もできなくなります。
代金減額請求権とは、売買契約において引き渡された目的物の種類・品質・数量が契約内容に適合しない場合に、買主が売主に対して代金の減額を請求できる権利です。民法563条に規定されており、2020年4月1日施行の改正民法(債権法改正)によって、それまでの「瑕疵担保責任」に代わる「契約不適合責任」の一環として明文化されました。
この権利の最大の特徴が、「形成権(けいせいけん)」であるという点です。形成権とは、権利者の一方的な意思表示だけで、現存する法律関係に変動をもたらすことができる権利のことです。相手方の同意や裁判所の判断を必要としません。つまり代金減額請求権は、買主が売主に対して「代金を減額します」と意思表示をするだけで、その瞬間から法律上の効果が発生します。これは使いやすい半面、行使後の取り消しができないという厳しい側面も持ちます。
形成権の代表例としては、取消権・解除権・相殺権・建物買取請求権などが挙げられます。これらはいずれも、当事者が一方的に「私はこうします」と表明するだけで法律関係が動くという共通の特徴を持ちます。代金減額請求権も同じ仲間です。
| 権利の種類 | 概要 | 形成権? |
|---|---|---|
| 取消権 | 詐欺・錯誤等を理由に契約を無効にする | ✅ はい |
| 解除権 | 契約を解除して原状回復させる | ✅ はい |
| 相殺権 | 自分の債務と相手の債務を一方的に清算する | ✅ はい |
| 代金減額請求権 | 契約不適合に応じて代金を減額する | ✅ はい |
| 損害賠償請求権 | 不履行による損害の補填を求める | ❌ 請求権 |
損害賠償請求権は「形成権」ではなく「請求権」です。ここが重要な区別になります。
改正民法では、買主が売主に対して行使できる権利として、①追完請求権、②代金減額請求権、③損害賠償請求権、④契約解除権の4つが規定されています。代金減額請求権だけが形成権であり、残り3つは請求権または形成権(解除権)ですが、実務上の扱いが大きく異なります。これが条件です。
参考:民法第563条の条文と解釈について、クレアール司法書士講座による解説。形成権の性質・無催告行使の要件など整理されています。
民法 第563条【買主の代金減額請求権】 | クレアール司法書士講座
代金減額請求権は形成権ですが、原則として行使する前に一定の手順を踏む必要があります。
民法563条1項によれば、買主はまず「相当の期間を定めて履行の追完の催告」をしなければなりません。「追完」とは、目的物の修補・代替物の引渡し・不足分の引渡しのことです。たとえば引き渡された建物に雨漏りがあった場合、まず「〇月〇日までに修理してください」と売主に求める必要があります。その期間内に売主が対応しなかったとき、はじめて代金減額請求権を行使できる、という流れです。
しかし民法563条2項は、次の4つのケースでは催告なしに直ちに代金減額請求ができると定めています。
この4つは「無催告行使」が認められる例外です。意外ですね。
催告が必要か不要かの判断を誤ると、権利行使のタイミングを逃す可能性があります。特に「倒産しかけた売主に追完を求め続けて時間を浪費した」というケースは実務でも報告されています。売主の資力や誠実さに疑問がある場合は、速やかに弁護士に相談し、無催告行使の要件を満たすかどうかを確認することが得策です。
なお重要な点として、不適合が「買主の責めに帰すべき事由」によるものの場合、代金減額請求はできません(民法563条3項)。自分が発注内容を間違えた、引渡し後に自分で傷つけたなどのケースは対象外です。つまり「自分に非があれば請求できない」が原則です。
代金減額請求権が形成権である以上、一度行使した後には大きな制約が生まれます。これが実務上で最も注意すべきポイントです。
法制審議会の部会資料(資料84-3)によれば、「代金減額請求権を現に行使した後は、これと両立しない損害賠償の請求や解除権の行使をすることはできない」とされています。理由は、代金減額請求権を行使すると、「契約不適合はなかった状態に回復した」とみなされるからです。不適合がなかったことになれば、損害賠償や解除の前提となる「債務不履行」がなくなってしまうわけです。
具体例で考えてみましょう。3,000万円で購入した中古住宅に引渡し後から雨漏りが発覚したとします。買主が「100万円の代金減額」を要求し、形成権として意思表示をしました。この瞬間、法律上は「2,900万円が適正価格の物件を正しく購入した」状態とみなされます。その後に「雨漏りのせいで家財が水濡れ被害を受けた」としても、契約不適合は解消済みとなるため、履行に代わる損害賠償請求や契約解除は難しくなるのです。痛いですね。
だからこそ、代金減額請求権は「取り急ぎ使いやすそうだから行使した」という判断では危険です。修繕費用だけでなく、転居費用・仮住まい費用・精神的損害など、広範な損害がある場合は、損害賠償請求を選択するほうが賢明なケースが多くなります。
| 選択する権利 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| ✅ 代金減額請求権 | 売主の帰責事由が不要。行使が簡単。 | 行使後、損害賠償・解除が困難になる |
| 💰 損害賠償請求 | 修繕費以外の損害(慰謝料・逸失利益等)も請求可能 | 売主の帰責事由が必要(ただし立証責任は売主側) |
| 🚪 契約解除 | 契約を白紙に戻せる。原状回復が得られる | 不適合が軽微な場合は認められない |
代金減額請求と損害賠償請求は選択的な関係にあります。どちらを選ぶかは不可逆な判断になるため、専門家への相談が必須です。
参考:改正民法施行後の売買実務における代金減額請求権と損害賠償の関係について詳細に解説。不動産業者向けの実務的視点が参考になります。
改正民法施行の1年を振り返って(売買編)|RETIO 不動産取引・価格情報サイト(PDF)
代金減額請求権を行使するとして、では実際にいくら減額されるのでしょうか?
法務当局の見解(一問一答・民法(債権関係)改正279頁)によれば、算定の考え方は以下の通りです。
> 「実際に引き渡された目的物の現に有する価格」 ÷ 「契約の内容に適合していたならば有していたであろう価格」× 売買代金
つまり「契約どおりの物の価値と、実際に届いた物の価値の比率を、代金に掛け合わせる」という比率方式です。これが基本です。
具体的な例を挙げてみましょう。たとえば2,000万円で購入した土地について、「契約では100㎡のはずが、実際には80㎡しかなかった」という数量不足が判明した場合、不足分は20㎡で全体の20%です。この場合、代金の20%にあたる400万円の減額請求が可能と考えられます。東京の住宅地1㎡あたり数十万円というレベルで考えると、20㎡の差は相当な金額差になります。
品質に関する不適合(雨漏り・シロアリ被害など)の場合は、修繕費用を参考にしつつ、その費用が総価格に占める割合を算出して減額を計算する方法が実務では多く用いられます。ただし「具体的な減額の算定方法は実務でも定まっていない」(沖縄宅建協会資料)というのが現状で、最終的には当事者間の交渉や裁判所の判断に委ねられることもあります。意外ですね。
買主としては、専門家(建築士・不動産鑑定士・弁護士)の協力を得て、「不適合がなかった場合の価値」と「実際の価値」の差を客観的に数字で示す準備が重要です。感情的な主張だけでは交渉は進みません。証拠と数字が力になります。
参考:契約不適合責任に基づく代金減額請求・損害賠償の実務について、弁護士による解説。算定の考え方と実務対応が整理されています。
第135回 民法改正と実務対応~⑤契約不適合責任~(後半)|色川法律事務所
代金減額請求権が形成権であっても、行使できる期間には制限があります。これを見落とすと、せっかくの権利がまるごと消滅してしまいます。
民法566条は、売買の目的物の種類・品質に関する契約不適合がある場合、買主は「不適合を知った時から1年以内に、売主にその旨を通知」しなければならないと定めています。この通知を怠ると、代金減額請求権・追完請求権・損害賠償請求権・契約解除権のすべてが失われます。「1年以内」という期間制限には注意が必要です。
ここで重要なのは、「引渡しから1年以内」ではなく「不適合を知った時から1年以内」という点です。引渡し後3年経ってから雨漏りが発覚した場合でも、知った時点を起算日として1年以内に通知すれば権利は保全されます。逆に言えば、引渡し直後に雨漏りを発見しても、1年間放置して通知しなければ権利を失います。
また、1年以内に「通知」すれば足り、1年以内に「権利行使(減額請求そのもの)」までしなくてよいとされています。通知さえ行えば、その後の実際の権利行使は通常の消滅時効(知った時から5年、または引渡しから10年)の範囲内で行うことができます。これは使えそうです。
通知は「書面」が原則です。口頭では証拠が残りません。メールや内容証明郵便を利用して、不適合の内容と通知日時が後から証明できる形にしておくことが重要です。「言った言わない」のトラブルは通知から5年後に突然発生することもあります。
参考:民法566条の通知義務と消滅時効の関係について、全日本不動産協会による実務解説。通知期間と権利行使期間の区別が整理されています。
ここまでの内容は主に「一般の買主」の立場で解説してきました。しかし金融に関心のある方、特に不動産投資家やFI(経済的独立)を目指す方にとっては、代金減額請求権は「守り」だけでなく「攻め」の文脈でも理解しておく必要があります。
まず、投資目的で複数の不動産を取引する場合、商法526条の問題が生じます。商人間の売買(法人同士の取引など)では、商法526条2項により「検査・通知義務」が課されており、買主は物件引渡しから「6か月以内」に通知することが求められるケースがあります。民法566条の「知った時から1年以内」とは別ルールが適用される可能性があるため、法人格で不動産を取得している投資家は特に注意が必要です。
また、不動産投資においては「代金減額請求権は安易に行使すべきでない」という実務判断は特に重要になります。なぜなら投資物件では、将来の賃料収入・転売益・改修費用の見込みなど、単純な「修繕費用」を超えた経済的損害が生じることが多いからです。3,000万円の投資物件を購入したあと欠陥が発覚し、「100万円の代金減額請求」を行使した結果、その後毎年200万円規模の修繕費が発生し続けるような場合、減額請求後に損害賠償ができなくなれば、実損は甚大になります。
さらに視点を変えると、売主側として物件を売却する立場の方にとっても、代金減額請求権の仕組みを知ることは防衛につながります。売主に「帰責事由がなくても代金減額には応じなければならない」という点は、売主にとっては厳しい規定です。売却前のホームインスペクション(住宅診断)の活用や、現状有姿売買の特約の適切な設定などが、不適合リスクを事前に整理するための現実的な対策になります。
結論は「行使前の相談が最重要」です。形成権である以上、一度使ったら戻れません。不動産投資の損益分岐点を正確に把握しながら、どの権利を行使するかを冷静に判断することが、資産を守ることに直結します。
参考:改正民法における契約不適合責任と不動産売買実務の関係について、牛島総合法律事務所による解説。売主・買主双方の実務的な注意点が整理されています。
民法(債権関係)改正と不動産売買について|牛島総合法律事務所