

非公開会社でも収益認識の注記を間違えると、銀行融資の審査に落ちることがあります。
収益認識に関する注記とは、顧客との契約から生じる収益やキャッシュ・フローの性質、金額、時期、不確実性を財務諸表の利用者が正しく理解できるように開示するための情報です。根拠は企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(第80-4項)にあり、2021年4月以降に開始する事業年度から上場企業・大会社に強制適用されました。
「強制適用は上場企業と大会社だけ」という話は事実です。ただし「だから非公開会社には一切無関係」という解釈は誤りです。会社計算規則という法律によって、規模や公開・非公開の区分に応じた記載義務が会社法上の計算書類(個別注記表)にも設けられています。
ここが実務で混乱しやすいポイントです。
個別注記表は、会社法第435条第2項・会社計算規則第59条第1項により、すべての株式会社に作成・10年間保存が義務付けられた計算書類の一部です。この個別注記表には全部で19(収益認識を含めると20)の注記項目があり、そのうち会社の種別によって「必要な項目」と「不要な項目」が変わります(会社計算規則第98条第2項)。
| 会社区分 | 収益認識に関する注記(第18の2号)の要否 |
|---|---|
| 会計監査人設置会社 | ◯ 必要(原則すべての項目) |
| 会計監査人非設置・公開会社 | ◯ 一部省略可 |
| 会計監査人非設置・非公開会社 | △ 省略できる項目あり(ただし「②収益を理解するための基礎となる情報」は必須) |
つまり非公開会社は全項目が免除なのではなく、「省略できる項目」と「省略できない項目」が混在します。これが基本です。
参考情報として、会社計算規則の改正経緯はPwCが詳しく解説しています。非公開会社に関する省略規定(会社計算規則第115条の2)の成立背景も確認できます。
PwC:改正収益認識会計基準等の公表に伴う「会社計算規則の一部を改正する省令」の公布(法務省)
会社計算規則第115条の2では、収益認識に関する注記として記載すべき事項を以下の3つに整理しています。
- ①収益の分解情報:収益・キャッシュフローの性質や金額・時期・不確実性に影響を与える主要な要因で区分した、区分ごとの収益額など
- ②収益を理解するための基礎となる情報:企業の主要な事業における主な履行義務の内容、収益を認識する通常の時点など
- ③当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報:契約資産・契約負債の残高等、残存履行義務に配分した取引価格
このうち①と③は、有価証券報告書を提出する大会社以外(つまり上場企業や特定の大会社以外)であれば省略が可能とされています。②は省略できません。
ただし一点、大きな注意があります。
②の「収益を理解するための基礎となる情報」は、重要な会計方針に係る事項に関する注記(会社計算規則第101条)の「収益及び費用の計上基準」として記載すれば、収益認識に関する注記として重ねて記載する必要はないとされています(会社計算規則第115条の2第2項)。つまり「重要な会計方針の注記」の中に収益の計上基準を正しく書いていれば、その内容が②を兼ねることになります。
さらにもう一つの特例があります。連結計算書類を作成している株式会社は、①と③を個別注記表に記載しなくてよいとされています(会社計算規則第115条の2第3項)。連結ベースで開示していれば個別財務諸表での重複記載は不要という考え方です。
整理すると、こうなります。
- 非公開かつ連結計算書類を作成していない会社:②のみ必須(①・③は省略可)
- 非公開かつ連結計算書類を作成している会社:①・②・③すべて省略可(連結注記表に記載する前提で)
- IPO準備中の非上場会社:上場後に向けて①・②・③すべての記載が実質的に必要
①・③の省略が認められた理由は明確です。法務省は「有価証券報告書を提出しない会社にとって過大な負担となる」という意見を踏まえ、省令公布時に原案を修正しました(PwC日本基準トピックス第408号より)。
参考として、実務上の記載例と省略パターンは経団連が公表しているひな型で確認できます。
経団連:会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)PDFより収益認識に関する注記の記載例確認可能
収益認識基準(企業会計基準第29号)には、収益を認識するための「5つのステップ」が定められています。このステップは上場企業向けの話に見えますが、注記を正しく書くためには非公開会社でも理解が必要です。
5ステップは以下のとおりです。
- ステップ1:契約の識別(誰とどんな契約を結んでいるか)
- ステップ2:履行義務の識別(その契約の中で何を約束しているか)
- ステップ3:取引価格の算定(いくらで取引するか)
- ステップ4:履行義務への取引価格の配分(複数の義務があれば適切に割り振る)
- ステップ5:履行義務の充足による収益の認識(義務を果たしたタイミングで売上を計上する)
非公開会社が記載すべき「収益を理解するための基礎となる情報」には、この5ステップのうち「どの時点で収益を認識しているか(ステップ5)」と「主な履行義務の内容(ステップ2)」を説明することが求められます。つまり注記のためにステップ5と2だけでも自社の実態を把握しておく必要があります。
例えば製品を販売する会社なら「商品を引き渡した時点で収益を認識する(一時点での充足)」と書くのが典型的な記載です。一方、保守サービス契約であれば「契約期間にわたって均等に収益を認識する(一定期間にわたる充足)」となります。
ここで気をつけたいのが、実態と注記の乖離です。
例えば、実際にはサービス完了後まとめて請求しているのに、注記では「契約期間にわたって認識」と書いてしまうケースがあります。実務と注記が矛盾すると、銀行や取引先が財務情報を誤読するリスクが生まれます。日本公認会計士協会(JICPA)が公表した「Q&A 収益認識の開示に関する基本論点」でも、注記は単なる形式ではなく財務諸表利用者の理解に直結するものとして位置付けられています。
これは見落としがちな実務リスクです。
収益認識の5ステップの概要と実務での適用ポイントについては、JICPAの公式Q&Aが最も権威性が高く参考になります。
日本公認会計士協会(JICPA):「Q&A 収益認識の開示に関する基本論点」の公表について
実際に非公開会社が個別注記表を作成するとき、どのように書けばよいか迷うことが多いです。ここでは一般的な記載パターンを確認します。
まず「重要な会計方針の注記」における「収益及び費用の計上基準」の記載例です。これが②「収益を理解するための基礎となる情報」を兼ねることになります。
> (記載例:商品販売を主な事業とする会社)
>
> 収益及び費用の計上基準
>
> 商品の販売に係る収益は、顧客との販売契約に基づいて商品を引き渡す履行義務を負っております。当該履行義務は、商品を引き渡す一時点において顧客が当該商品に対する支配を獲得したと判断し、引渡時点で収益を認識しております。
> (記載例:SaaS・継続課金型サービスを提供する会社)
>
> 収益及び費用の計上基準
>
> サービス利用料に係る収益は、顧客との利用契約に基づいてサービスを提供する履行義務を負っております。当該履行義務は契約期間にわたり充足されるものであり、経過期間に応じて収益を認識しております。
次に、①の「収益の分解情報」を記載する場合の例です(有価証券報告書提出義務のある会社や、任意で記載する場合)。
> (記載例:複数事業を持つ会社)
>
> 収益の分解
>
> 当社は、◯◯事業及び△△事業を営んでおり、各事業の主な財又はサービスの種類は、◯◯製品及び△△保守サービスであります。また、各事業の売上高は、×××百万円及び×××百万円であります。
省略できる会社でもあえて①を記載する場合、記載の一貫性と金融機関や取引先への信頼性向上につながります。これは意外なメリットです。
なお「収益認識に関する注記」の記載方法については、省略記載でも一定の書き方があります。省略した事実は明示しなくてよいとされていますが、「連結計算書類を作成しているため省略する」と明示する会社もあります。
連結計算書類を作成している会社の個別注記表における記載例は以下のとおりです。
> (連結計算書類を作成している会社の省略記載例)
>
> 収益認識に関する注記
>
> 当社は連結計算書類を作成しているため、会社計算規則第115条の2第3項の規定に基づき、収益の分解情報および当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報の記載を省略しております。
収益の計上基準の記載が実態と一致しているかは、会計ソフト(例:マネーフォワード クラウド会計・弥生会計など)のひな型だけでは判断できないケースがあります。自社の取引形態を確認した上で、税理士や公認会計士に相談して最終確認するのが確実です。
参考として、弥生株式会社が公表している個別注記表の解説ページは、中小・非公開会社向けに記載事項を整理しています。
弥生株式会社:個別注記表とは?記載事項と記入のポイント、注意点を解説
上場を目指す非公開会社にとって、収益認識に関する注記は「いまは省略できるから後でいい」と思われがちです。しかしこれが実務上、最も手痛いミスの一つになることがあります。
上場申請時には、過去3期分(場合によっては2期分)の財務諸表の監査が必要になります。監査法人が入ると、過去に書いた注記が「適切ではない」と判断された場合、遡及して修正が求められます。特に収益認識については、実際の取引フローと注記の整合性を細かく検証されます。
ここで問題が起きやすいのが「契約資産」と「契約負債」の扱いです。
契約資産とは、商品やサービスを顧客に引き渡す前に対価を受け取る権利が生じたが、まだ請求書を発行していない状態の資産です。例えば、長期プロジェクトでマイルストーンをクリアした段階では収益計上できるが、請求はまだという状態が該当します。一方、契約負債は前受金のように、顧客から先に代金を受け取ったが、まだサービスを提供していない状態です。
これらの科目は、収益認識基準の適用前は「前渡金」「前受金」として処理されていることが多く、名称が変わるだけと誤解されがちです。ところが会計基準上の概念は異なり、表示科目や注記の内容も変わります。上場準備の段階でこの違いが整理できていないと、監査で大量の修正指摘が出るリスクがあります。
これは時間的コストが非常に大きいリスクです。
具体的には、修正作業で経理部門が1か月以上を費やすケースや、上場予定時期が半年以上後ろ倒しになった事例も報告されています。契約資産・契約負債の定義を社内に浸透させ、見積もり計上のロジックを文書化しておくことが、上場準備の実務で最もコストパフォーマンスの高い対策の一つです。
もう一点、あまり語られない実務の問題があります。それが「収益の分解情報」の粒度の問題です。
収益の分解情報は上場後に求められる開示項目ですが、どの区分(地域別・製品別・販売チャネル別など)で分解するかは経営判断が入ります。この判断軸が上場前から社内に確立されていないと、上場後の開示資料(有価証券報告書)を作成する段階で整合性のある分解ができず、開示内容の信頼性が問われることになります。
IPO準備の観点から収益認識基準への対応ポイントを解説した専門情報は、税研のウェブコンテンツで実務的に整理されています。
税研:「IPOに備えた収益認識会計基準の適用について」(あいわ税理士法人)