

コンプライアンス規程を社内に整備しても、態勢が形式的だと金融庁検査でそのまま指摘されます。
「コンプライアンス態勢」と「コンプライアンス体制」、この2つはよく混同されますが、金融庁は明確に使い分けています。金融検査マニュアルのパブリックコメント回答(2007年)において、金融庁は「体制は組織体制そのもの、態勢は実際に機能が発揮されている状態にあるもの」と定義しました。
つまり「体制」は仕組みや組織の構造を指し、「態勢」はその仕組みが実際に動いている状態を意味します。これが基本です。
たとえばコンプライアンス委員会を設置し、規程を整備している状態は「体制の構築」です。一方、その委員会が毎月機能し、現場の問題がリアルタイムに吸い上げられ、経営陣が意思決定に活かしているなら「態勢が整っている」と言えます。体制はいわば「ハコ」であり、態勢は「そのハコが生きて動いているかどうか」の状態です。
金融機関向けの監督指針では「整備された態勢等は形式的なものにとどまるものではなく、法の趣旨を踏まえた高い実効性を有することが必要」と明記されています。つまり「体制だけ作って態勢になっていない状態」は、監督指針上も不十分とされます。
金融に関わるビジネスや投資の場面では、取引先や投資先の金融機関のコンプライアンスの質を評価する際、規程の有無ではなく「実際に機能しているか(態勢)」を見極めることが重要です。有価証券報告書や開示資料に記載された体制の記述が「形式的な体制整備にとどまっているのか、実質的な態勢運用まで踏み込んでいるのか」を読み解く視点が、投資判断にも直接影響します。
参考:金融庁による「態勢」と「体制」の使い分けに関するパブコメ回答
金融庁「金融検査マニュアルの改訂について」パブリック・コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方(PDF)
実効的なコンプライアンス態勢を構築するための国際的な枠組みが「3線防御(Three Lines of Defense)」です。金融庁もこの考え方を採用し、2018年公表の「コンプライアンス・リスク管理基本方針」で各部門の役割を明確に整理しています。
第1線は事業部門です。収益を生み出す現場そのものがリスクの発生源であるため、現場の役職員が「コンプライアンス・リスク管理の責任を担うのはまさに自分自身である」という主体的・自律的な意識を持つことが求められます。これを「リスクオーナーシップ」と呼びます。
第2線はコンプライアンス部門・リスク管理部門などの管理部門です。第1線の自律的なリスク管理を独立した立場から支援し、同時に牽制します。重要なのは、管理部門が「事業部門の業務に潜在するリスクへの理解」と「リスク管理の専門的知見」の両方を持つことです。管理部門を最小限の陣容にとどめる金融機関も多いですが、金融庁は質・量ともに十分な人員配置を求めています。
第3線は内部監査部門です。事業部門・管理部門の両方から独立した立場で、コンプライアンス・リスク管理態勢そのものを検証します。問題があれば経営陣に指摘・是正を求め、また改善策を助言・提言する役割を担います。
厳しいところですね。3線それぞれが自律的に機能しなければ、どこかが機能不全になると全体が崩れます。
3線防御の要点をまとめると以下のとおりです。
| 防衛線 | 担当部門 | 主な役割 |
|---|---|---|
| 第1線 | 事業部門(営業・窓口など) | リスクオーナーシップの発揮・現場でのリスク管理の実践 |
| 第2線 | コンプライアンス部門・リスク管理部門 | 第1線の牽制と支援・全社リスクの統合管理 |
| 第3線 | 内部監査部門 | 態勢全体の独立した検証・経営陣への助言・提言 |
この3線防御を理解しておくと、金融機関の開示資料や有価証券報告書のガバナンス欄を読む際に、内部管理態勢の実効性を立体的に評価できるようになります。これは使えそうです。
参考:PwC Japanによる3線防御とコンプライアンス管理の最新動向解説
PwC Japan「変容するコンプライアンスと金融機関の対応」
金融庁は2018年公表の「コンプライアンス・リスク管理基本方針」の中で、当時の金融機関の実態を次のように総括しました。「過度に詳細かつ厳格な社内規程の蓄積、形式的な法令違反の有無の確認、表面的な再発防止策の策定等の形式的な対応が何重にも積み重なり、いわゆる『コンプラ疲れ』が生じている」というものです。
「コンプラ疲れ」が起きる根本には、ルールの趣旨や目的を理解することなく、ただ機械的に従う他律的・受動的な姿勢があります。規程を増やせば増やすほど現場の負担が増し、本質的なリスク管理からかえって遠ざかるという悪循環です。
これに対し金融庁が求める方向性は「自律的・能動的なコンプライアンス」です。現場の役職員が、各規範がなぜ存在するのかを理解し、自分の判断軸として使いこなせる状態が理想とされています。
📊 金融庁が指摘したコンプライアンス態勢の問題パターン
「コンプラ疲れ」は実は態勢の失敗サインです。現場が疲弊しているとき、組織のコンプライアンス態勢は形式的な状態に陥っているケースがほとんどです。
金融機関に投資を検討する際や、自社のコンプライアンス態勢を見直す場面では、「社内でコンプライアンスの話題が前向きに議論されているか」「現場が自律的にリスクを指摘できているか」という視点が、態勢の実効性を測る有力な指標になります。
参考:金融庁「コンプライアンス・リスク管理基本方針」の解説
SP Network「金融庁の『コンプライアンス・リスク管理基本方針』を読み解く」
コンプライアンス態勢が形式的にとどまる企業に、具体的にどのようなリスクが生じるかを数字で見てみましょう。帝国データバンクの調査によると、2024年のコンプライアンス違反を原因とする倒産件数は388件(前年比10.5%増)で、3年連続の増加となり過去最多を更新しました。2021年の189件からわずか3年でほぼ倍増しています。
金融機関特有の文脈でも、コンプライアンス違反は業務改善命令・業務停止命令といった行政処分に直結します。金融商品取引法では、無登録業務で「5年以下の懲役または500万円以下の罰金」、インサイダー取引や相場操縦では「10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金」が規定されています。さらに法人には最大7億円の罰金が科されるケースもあります。
痛いですね。しかも、罰金や処分だけが問題ではありません。
コンプライアンス違反が発覚した金融機関が受ける最大のダメージは「信頼の喪失」です。一度失った顧客の信頼は、金額に換算しにくいものの、長期にわたって収益を毀損し続けます。日本郵政グループの営業職員チャネルにおける不適正募集問題では、コンプライアンス・リスク管理態勢の不備が組織全体に及んでいたことが指摘されました。
形式的に規程を整備しても態勢が機能しなければ、むしろリスクは高まるとも言えます。「規程がある=問題ない」という安心感が、真のリスク管理への目を曇らせるためです。
コンプライアンス違反倒産388件のうち、最も多かったのが「粉飾決算」関連です。これは多くの場合、トップの収益プレッシャーが現場に伝わり、現場がリスクを見て見ぬふりをするという構造に起因します。まさに「リスクオーナーシップ」が機能していない状態の典型例です。
こうしたリスクを回避するためには、第1線の現場がリスクを自分ごととして認識し、上位に報告・議論できる「風通しの良い企業文化」の醸成が不可欠です。金融庁も内部通報制度の実効性を重視しており、通報者保護の仕組みが形骸化していると指摘を受けるケースも増えています。
参考:帝国データバンクによるコンプライアンス違反倒産動向調査(2024年)
帝国データバンク「コンプライアンス違反企業の倒産動向調査(2024年)」
ここでは、一般的な解説記事には書かれていないが実務上重要な論点について触れます。それは「態勢の高度化において、データ活用と組織文化の両輪が必要不可欠である」という視点です。
PwC Japanが指摘するように、第1線(事業部門)と第2線(コンプライアンス部門)が同一の情報基盤を共有し、リスクの予兆をリアルタイムで検知できる体制が、次世代のコンプライアンス態勢の姿です。従来の2線は、1線のデータを後から抜き出して事後分析する形でした。しかしこれでは問題が表面化してから動くことになり、フォワードルッキング(将来先読み)な管理にはなりません。
つまり「問題が起きてから対応する態勢」から「問題の予兆を捉えて未然に防ぐ態勢」への転換が求められています。これが基本です。
具体的な指標として金融庁が注目を促しているのが、Key Risk Indicator(KRI)と呼ばれる先行指標です。KRIの例としては以下のようなものがあります。
これらの数値に警戒基準を設けてモニタリングすることで、コンプライアンス違反が顕在化する前に組織的なシグナルを捉えることができます。東京商工リサーチのデータでも、コンプライアンス違反倒産の多くは、問題発生の半年〜1年前に「複数の内部不満や小さな規程違反」が蓄積していたケースが多いとされています。
もう一つ重要な視点は「組織文化」です。金融庁は「健全で風通しの良い企業文化が醸成されていればコンプライアンス・リスクの抑止に繋がる一方、収益至上主義あるいは権威主義の傾向を有する企業文化がコンプライアンス上の問題事象を誘発することもある」と明確に指摘しています。
意外ですね。「組織文化」は目に見えないため、管理対象として見落とされがちです。しかし金融庁は組織文化を態勢評価の重要な要素と位置づけています。たとえば、経営陣が短期収益を過度に強調するメッセージを発し続けると、現場の役職員が「多少無理をしてでも数字を作らなければ」という心理に傾きます。これがコンプライアンス違反の温床になります。
フォワードルッキングな態勢高度化のために今すぐできる具体的なアクションとして、自社または投資先のコンプライアンス関連KRIの推移を年次報告書やIR資料から確認することをおすすめします。数字の水準だけでなく「増加傾向か減少傾向か」「経営陣がKRIに言及しているか」を見ることで、態勢の実効性を外部からも評価できます。
参考:金融庁「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題」
金融庁「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題(改訂版)」(PDF)