カウンターシクリカル・バッファーの仕組みと銀行株投資への影響

カウンターシクリカル・バッファーの仕組みと銀行株投資への影響

カウンターシクリカル・バッファーの基礎から投資への実践的活用まで

日本の銀行株を保有していても、CCyBが0.17%を超えると配当が制限されます。


📌 この記事の3つのポイント
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そもそもCCyBとは何か?

景気の過熱期に銀行へ追加資本の積み増しを義務づけ、危機時にその「貯金」を一気に放出する国際的な金融安全装置。バーゼルⅢが2016年から導入した。

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日本は0%でも邦銀は無縁ではない

日本国内のCCyBは0%に据え置かれているが、海外エクスポージャーが大きいMUFGなどはすでに0.17%超のCCyBが課されており、資本管理に影響が出ている。

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投資家への直接的な影響

CCyBの引き上げは「配当・自社株買い制限」につながるリスクがある。銀行株投資家はCCyBの動向をウォッチすることが、実質的な株主還元リスクの把握につながる。


カウンターシクリカル・バッファー(CCyB)とは何か:バーゼルⅢの3階層構造

カウンターシクリカル・バッファー(Countercyclical Capital Buffer、CCyB)とは、金融システムにおける信用の過熱感に応じて、各国の規制当局が銀行に対して追加の自己資本積み増しを義務づけるマクロ・プルーデンス政策ツールのひとつです。2008年の世界金融危機を教訓として、2010年12月にバーゼルⅢテキストで正式に導入され、2016年から各国での適用が開始されました。


金融危機後のバーゼル規制では、銀行の自己資本要件は大きく3つの階層で構成されています。最下層は「最低所要自己資本」であり、国際統一基準行には普通株式等Tier1(CET1)比率で4.5%が求められます。その上に「資本保全バッファー(CCB)」が2.5%積み上げられ、合計で7.0%のCET1比率が求められます。さらにその上に、今回テーマとなるCCyBが乗ってくる構造です。


つまりバーゼルⅢの資本バッファーは3本柱です。資本保全バッファー(CCB)、カウンターシクリカル・バッファー(CCyB)、そしてG-SIBs/D-SIBsバッファー(システム上重要な金融機関への上乗せ)の3つが組み合わさることで、銀行の損失吸収力を多層的に担保しています。


この3層構造が基本です。


CCyBの最大の特徴は「各国当局の裁量で設定できる」という点です。原則として0%から2.5%の範囲で設定されますが、各国の判断によっては2.5%を超える水準を設定することも認められています。日本では現在、国内向けCCyBは0%に据え置かれています。一方、英国やスウェーデン、ノルウェーなどでは早い段階からプラス水準のCCyBを設定しており、各国で運用に差があることが特徴です。


CCyBがプラスに設定されるかどうかの判断基準は何でしょうか? バーゼル委員会が最重視する指標は「総与信対GDP比率とその長期トレンドからの乖離(ギャップ)」です。このギャップが2%未満の場合はCCyBを0%とし、10%以上になるとCCyBを最大値(2.5%)に設定するという目安が示されています。ただし、各国当局は資産価格や不動産市場の過熱度、金融機関のレバレッジ比率など複数の指標を組み合わせて総合的に判断します。自動的に数値が決まるわけではありません。


財務省・ファイナンス2023年1月号:資本保全バッファー(CCB)およびカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)入門(東京大学公共政策大学院 服部孝洋氏)
※バーゼル規制における3階層構造とプロシクリカリティ緩和の仕組みを包括的に解説した権威ある参考資料です。


カウンターシクリカル・バッファーが解決しようとするプロシクリカリティ問題

CCyBが生まれた背景には「プロシクリカリティ(景気増幅効果)」という根深い問題があります。この概念を理解すると、なぜこの規制が必要なのかが腑に落ちます。


バーゼル規制では、銀行の自己資本比率は「自己資本÷リスクアセット」という式で計算されます。リスクアセットとは銀行が抱えるリスク量を数値化したものです。景気が悪化すると、借り手企業の信用格付けが下がり、リスクアセットが膨らみます。すると自動的に自己資本比率が低下します。


比率を維持しようとすると、貸し出しを絞るしかありません。


銀行が資本比率を維持しようとして貸し出しを抑制すると、企業は資金調達が困難になり、さらに景気が悪化します。景気の悪化がさらなる資本比率の低下を招き、また貸し出しを抑制するという「負のスパイラル」が生まれます。これがプロシクリカリティの正体です。


一方、好景気の局面では逆の問題が起きます。景気拡大とともに信用は膨張し、銀行の資本比率は改善し、貸し出しはさらに拡大します。こうして「好景気のときに過剰な信用供与がなされ、危機の芽が育つ」という構造的な問題が発生します。


CCyBはこのサイクルに楔を打つ仕組みです。好景気で信用が過熱している局面では、当局がCCyBを引き上げることで銀行に資本の積み増しを強制します。景気後退や金融危機が訪れた際には、そのCCyBを「即時解放(Immediate Release)」し、銀行が追加資本を取り崩しながらも貸し出しを継続できる余地を作ります。いわば、景気の「緩衝材(バッファー)」として機能するわけです。


バーゼル委員会のガイダンスには「CCyBの解放は即時に行われるべき」という原則が明記されています。これは重要な点ですね。引き上げには12ヵ月前の公告が必要な一方、解放は即座に行われます。2020年のコロナ禍では、英国やスウェーデンなどが1.0〜2.0%のCCyBをゼロに一気に引き下げ、銀行が企業・家計への貸し出しを維持できるよう支援しました。この「非対称性」がCCyBの設計上の重要な特徴のひとつです。


野村資本市場研究所:各国で適用が始まったカウンターシクリカル・バッファー(2018年Spring)
※CCyBの自己資本規制上の計算方法、各国・地域の適用状況、運用実務の多様性について詳しく解説されています。


カウンターシクリカル・バッファーの日本と海外における運用の実態

日本国内の状況について整理しましょう。日本の金融庁は、現在も国内向けCCyBを0%に据え置いています。総与信対GDP比率のトレンドからの乖離がマイナス圏、あるいは小幅なプラスにとどまってきたためです。日本では1990年代のバブル崩壊以降、長らく民間信用の過剰拡大が起きておらず、CCyBの引き上げ条件を満たしていないというのが当局の判断です。


ただし「日本が0%だから邦銀には無関係」とは言い切れません。これが意外と知られていない重要な点です。


CCyBの計算は「自行の信用リスク・アセットの地理的分布に応じた加重平均」で行われます。つまり、MUFGやSMFGのように海外に多大なエクスポージャーを持つメガバンクは、たとえ日本国内のCCyBが0%であっても、英国、スウェーデン、香港など海外でCCyBが設定されている国向けのエクスポージャーを自行のリスクアセット合計で割った比率分のCCyBが上乗せされます。MUFGの開示資料によると、2025年度中間期(2025年9月末)時点でMUFGのCCyB比率は0.17%〜0.19%の水準となっており、海外展開が進むほどこの数値が上昇する傾向があります。


一方、国内基準行(主に地方銀行など)にはCCyBは適用されません。国内基準行は国際統一基準行ではないため、CCyBの規定は適用対象外となっています。この点も見落とされがちな重要事項です。


海外の動向に目を向けると、2024年12月にバーゼル銀行監督委員会(BCBS)は「ポジティブ・ニュートラルなCCyB比率の設定に関する多様な実務」と題する報告書を公表しました。これは英国やスウェーデンなどが採用している「平時からゼロでなくプラスのCCyBを維持しておく」という考え方についてまとめたものです。平時からバッファーを積み上げておくことで、危機時の解放余地を確保しやすくなるという発想であり、日本を含む多くの国でも議論が始まっています。


各国の設定スタンスに差があります。米国はCCyBをマクロプルーデンス・ツールとして活用することに慎重な姿勢を示してきた一方、EU(欧州系諸国)はESRB(欧州システミック・リスク理事会)の枠組みのもと、比較的積極的にCCyBを活用しています。


金融庁:バーゼル銀行監督委員会による「ポジティブ・ニュートラルなカウンターシクリカル資本バッファー比率の設定に関する多様な実務」の公表について(2024年12月5日)
※各国の最新の運用実務と日本の当局の動向を確認できる一次情報です。


カウンターシクリカル・バッファーと配当・自社株買い制限の関係:銀行株投資家が押さえるべきリスク

金融に興味のある投資家の方が最も気になるのは「CCyBは自分の保有株にどう影響するか」という点ではないでしょうか。実はCCyBの動向は、銀行株の配当政策に直接影響を及ぼす可能性があります。痛い話ですね。


CCyBには、資本保全バッファーと同様の「社外流出制限措置」が付帯しています。CET1比率がCCyBを含むバッファー要件を下回り始めると、その乖離幅に応じて段階的に配当支払い・自社株買い・業績連動報酬などが制限される仕組みです。たとえばバッファーの75%超を使用した場合(CET1比率が必要水準ギリギリの場合)は、留保利益の最大支払い可能割合がわずか0%(全額制限)になりうるケースもあります。


もっとも、実務上は銀行がこの水準に抵触する前に増資等の対応を取ることが一般的です。


一方、コロナ禍で実際に起きた議論として注目すべきは「バッファーの利用可能性(Buffer Usability)」問題です。本来、CCyBや資本保全バッファーはストレス時に取り崩して使うためのものです。しかし実際のコロナ禍では、多くの銀行がバッファーを取り崩すことを嫌がりました。理由は「バッファーが減ること自体が市場から悪いシグナルとみなされる(スティグマ問題)」という懸念です。バーゼル委員会も2022年10月に「バッファーの使用可能性とシクリカリティ」という報告書を公表し、この問題を正面から取り上げています。


投資家の視点から言えば「CCyBが高い水準に設定されている国に多くのエクスポージャーを持つ銀行は、資本効率が下がりやすい」という見方ができます。これは配当余力の観点にも影響します。米国大手行が参考になります。FRBのストレステスト(CCAR)では、大手行に「ストレス資本バッファー(SCB)」という独自のバッファーが課されており、その水準はゴールドマンサックスで6.3%、モルガンスタンレーで5.8%(2022年10月時点)と、国際合意上の最低2.5%をはるかに超える水準が要求されていました。このバッファーが高いほど資本効率が悪化し、株主還元の上限が圧縮される構造です。


CCyBが資本効率を左右するということですね。


銀行株や銀行の債券(AT1債・劣後債)への投資を行っている場合、各行のCCyB比率やCET1比率の充足状況は定期的に確認することが有益です。各行は有価証券報告書やIR資料の中で「KM1(主要な指標)」と呼ばれる開示表にCCyB比率を記載しています。MUFGやSMFGなどのIR資料で無料で確認できます。


日本銀行:黒田総裁講演「頑健な金融システムの構築に向けて」(2017年2月16日)
※金融システムの過熱度に応じてCCyBを調節するマクロプルーデンス政策の考え方と日本銀行の方針が示されています。


カウンターシクリカル・バッファーが実は機能しない場面:コロナ禍で露わになった設計上の課題と独自視点

CCyBは「好況時に積み上げ、危機時に解放する」というシンプルな発想に基づいていますが、実際にはその設計通りに動かないケースがあることが、コロナ禍を経て明確になりました。これは金融規制に関心のある方にとって非常に示唆に富む点です。


最大の問題は「スティグマ(stigma)問題」です。規制上はバッファーを取り崩せるはずなのに、銀行はそれを嫌がります。バッファーに食い込んでいる状態は、市場参加者から「この銀行は損失を出している」「財務状況が悪化している」というシグナルとして受け取られる恐れがあるためです。これはまさに、ルールがあっても使われない状態です。


バーゼル委員会の分析によれば、要求資本に対してCET1比率がギリギリの銀行ほど危機時に貸し出しを減らす傾向があることも明らかになっています。つまり、バッファーが薄くなっている銀行ほど、本来の目的(貸し出しの維持)を果たせない可能性があります。これは設計意図と現実のギャップであり、規制当局が現在も課題として抱えています。


もうひとつ見落とされがちな点があります。CCyBの水準設定が「景気後退の入り口」で適切に機能するかどうかという問題です。CCyBの引き上げ決定から実際の適用まで原則12ヵ月のタイムラグがあります。逆に言えば、今日CCyBの引き上げを決定しても、銀行が実際にそのバッファーを積むのは1年後です。景気過熱が急速に進む場合、このタイムラグが機能不全の原因になりえます。一方で「即時解放」が可能な非対称設計はこの問題を部分的に緩和しています。


「芸術であって科学ではない」という評価があります。


アーマー等(2020)の著書では、ストレステストを「芸術(art)であって科学(science)ではない」と表現しています。同様の評価はCCyBにも当てはまります。何がシステミック・リスクの蓄積を示しているのかの判断は、当局のモデルや裁量に依存しており、完全に客観的な基準ではありません。バーゼル委員会の調査でも、各国のCCyB運用実務は「多様なアプローチ」に分かれていることが明らかになっており、統一的な「正解」はまだ存在しないと言えます。


この限界を踏まえた上で、投資家として最も実践的な活用法は「規制当局や大手銀行のIRを定期的に確認することで、CCyBの方向性を先取りする」という姿勢です。CCyBの引き上げ決定は、大手銀行の資本効率や株主還元方針に影響を与えるシグナルになりえます。金融庁や日本銀行の「金融庁・日本銀行連絡会」の議事内容や、バーゼル委員会のモニタリングレポートは無料で公開されており、金融政策に関心のある方にとっては有益な情報源です。


日本銀行:金融庁・日本銀行連絡会(CCyB水準変更の際に意見交換が行われる場)
※日本のCCyBの水準変更時には金融庁・日本銀行連絡会での議論が反映されます。最新の政策方針を確認するための一次情報ページです。