資本保全バッファーと自己資本比率・配当制限の深い関係

資本保全バッファーと自己資本比率・配当制限の深い関係

資本保全バッファーと自己資本比率・配当制限・銀行経営の核心

資本保全バッファーが7%を割り込むと、あなたの受け取るはずだった銀行の配当が自動的にカットされます。


この記事の3つのポイント
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資本保全バッファーとは何か?

バーゼル3が定める「最低所要自己資本比率への2.5%上乗せ」ルール。CET1比率で合計7%が求められ、国際統一基準行すべてに一律適用される仕組み。

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7%を割ると配当・賞与・自社株買いが制限される

CET1比率が7%を下回った瞬間、銀行は利益の最大100%まで社外への資金流出が禁止される段階的ルールが発動。投資家への配当も例外ではない。

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国内基準行(地方銀行など)には適用されない

資本保全バッファーは「国際統一基準行」専用のルール。海外拠点を持たない多くの地方銀行には適用されないため、同じ「自己資本比率規制」でも内容が異なる。


資本保全バッファーとは何か?バーゼル3が定める基本ルール

「資本保全バッファー(Capital Conservation Buffer、略称CCB)」とは、バーゼル3(バーゼルⅢ)によって導入された、銀行の最低所要自己資本比率に上乗せして積み立てることが義務付けられた追加的な自己資本のことです。普通株式等Tier1(CET1)で2.5%の積み増しが求められており、最低所要水準のCET1比率4.5%と合わせると、合計で7.0%のCET1比率を保有することが求められます。


この規制が生まれた背景には、2008年のリーマンショックに象徴される金融危機があります。当時、多くの銀行が財務状況の悪化にもかかわらず、市場の信頼を保つために配当や自社株買いを続け、資本を社外に流出させていました。その結果、新規貸出が抑制され、実体経済への悪影響が拡大したという痛い教訓が残りました。


資本保全バッファーは「ストレス時に取り崩せるクッション」として設計されています。つまり、平時から余分に資本を積み上げておき、経済危機や損失が生じた際に銀行がそのバッファーを使って貸出を継続できるようにするための仕組みです。重要なのは、バッファー水準を割り込んでも「直ちに業務改善命令」などの早期是正措置が取られるわけではない点です。早期是正措置ではなく、配当・賞与・自社株買いに対する段階的な社外流出制限が課されるのが特徴です。


バーゼル3の文脈では、この資本保全バッファーは「プロシクリカリティ(景気循環増幅効果)の緩和策」としても機能します。景気が悪化するとリスクアセットが増大しCET1比率が下がる→銀行が貸出を絞る→さらに景気が悪化するという悪循環を断ち切るために、ストレス期にも貸出を維持できるよう平時から資本を厚くしておく発想です。


つまり「危機を想定した構造的な資本の貯蓄ルール」が基本です。


財務省広報誌「ファイナンス」(2023年1月号)では、東京大学公共政策大学院の服部孝洋氏がCCBの仕組みと国際比較を詳細に解説しています。


財務省「ファイナンス」2023年1月号:資本保全バッファー(CCB)およびカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)入門


資本保全バッファーの社外流出制限:CET1比率と配当カットの段階的ルール

金融に興味ある人が特に押さえておきたいのが、CET1比率がバッファー水準を割り込んだ際に発動する「社外流出制限」の仕組みです。これが銀行株投資に直結する重要ポイントです。


具体的には、CET1比率と最低所要水準4.5%の差分(最大2.5%)をもとに、以下のように段階的に配当・賞与・自社株買い等の社外流出が制限されます。




























CET1比率(最低所要水準4.5%+バッファー合計) 利益に対する社外流出制限割合
7.0%超 制限なし(0%)
6.375%以上 ~ 7.0%未満 利益の40%まで制限
5.75%以上 ~ 6.375%未満 利益の60%まで制限
5.125%以上 ~ 5.75%未満 利益の80%まで制限
4.5%以上 ~ 5.125%未満 利益の100%制限(社外流出一切不可)


この表を見ると、7.0%を少し割り込んだだけで、銀行は配当のうち40%分を留保しなければなりません。さらにCET1比率が5.125%を下回ると、利益を一切外に出せなくなります。配当ゼロが強制される水準です。


厳しいところですね。


ただ、現実には多くの国際統一基準行はこの水準を大きく上回って運営しています。例えば三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は2025年6月末時点でCET1比率が14.0%に達しており、規制水準からかなり余裕があります。銀行経営者が「バッファー水準を割り込まないこと」を強く意識するのは、配当制限は投資家には受け入れがたく、株価への影響も甚大だからです。


銀行株を保有する投資家にとって、この「CET1比率が7%を超えているかどうか」の確認は、配当の安定性を見極めるうえで欠かせない視点です。IR資料や決算説明会では必ずといっていいほどCET1比率の目標レンジが示されているので、銀行株の投資判断に役立てることができます。


大和総研が発行したバーゼルⅢ入門シリーズ(第11回)には、社外流出制限の図表と詳細な解説が掲載されています。


資本保全バッファーとカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の違い

資本保全バッファーと混同されやすいのが「カウンターシクリカル・バッファー(CCyB:Countercyclical Capital Buffer)」です。どちらも「資本バッファー」という大きな枠組みに含まれますが、その性質はまったく異なります。


資本保全バッファーは、景気や与信の状況に関わらず、すべての国際統一基準行に対して一律2.5%が課される「構造的・固定的」なルールです。一方、CCyBは、与信の過熱度合いや金融サイクルに応じて、各国当局が0〜2.5%の範囲で柔軟に設定できる「可変的」なルールです。日本では2026年2月現在、CCyBは0%に据え置かれています。


CCyBが0%という状況は「与信過熱リスクがない」と当局が判断していることを示しています。これはCCBの2.5%が常に固定で課されるのとは対照的です。欧州では2010年代後半から住宅バブルへの対応などでCCyBを引き上げた国もあり、各国の金融政策姿勢を読み解く上での重要な指標になっています。


さらに「G-SIBsバッファー」と呼ばれる第3の資本バッファーも存在します。G-SIBs(グローバルなシステム上重要な銀行)に指定されると、追加的なCET1資本の積み増しが求められます。三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行などのメガバンクはG-SIBsに指定されており、例えば三菱UFJグループには最低所要水準+CCB2.5%+G-SIBsバッファー1.0%の合計8.0%程度のCET1比率が実質的に求められます。実際、MUFGはターゲットレンジを9.5〜10.5%と設定しており、規制水準を大きく上回ることで余裕を持たせています。


つまり「バッファー3種類の合算」が実質的な資本要件です。



  • 📌 資本保全バッファー(CCB):一律2.5%、すべての国際統一基準行に固定適用

  • 📌 カウンターシクリカル・バッファー(CCyB):0〜2.5%、各国当局が可変設定(日本は現在0%)

  • 📌 G-SIBs/D-SIBsバッファー:システム上重要な銀行への追加要件(銀行ごとに異なる)


金融庁がバーゼル規制の全体像を公表した資料では、各種バッファーの階層構造が図解されています。


金融庁「バーゼル規制の概要」:資本バッファーの3層構造を含む全体像(PDF)


コロナ禍が露わにした「バッファーのパラドックス」と投資家への教訓

資本保全バッファーが抱える根本的な矛盾が、コロナ禍で表面化しました。これは金融に興味ある人が知っておくべき、あまり語られない視点です。


2020年のコロナ禍では、各国の中央銀行や規制当局が「資本バッファーを積極的に取り崩して貸出を継続してほしい」と銀行に強く促しました。日本でも金融庁が2020年3月、「銀行は実体経済への貸出を維持するために規制上の資本バッファーを必要に応じて取り崩すことが可能である」と公式にアナウンスしています。


しかし実際はどうなったでしょうか?


多くの銀行はバッファーを取り崩しませんでした。なぜなら、バッファーを取り崩すと配当・賞与への制限が発動し、市場から「この銀行は危ない」というスティグマ(不名誉)を受けることを極度に恐れたからです。つまり、「ストレス時に使うために積んでいるはずの資本」が、いざストレスが来ても実際には使われなかった、というパラドックスが起きました。


これはバッファーの「利用可能性(Buffer Usability)」と呼ばれる論点です。


この現象が投資家にとって重要なのは、次の点です。銀行がバッファーを守ろうとするあまり、景気悪化時に配当を維持するために貸出を絞ったり、資産を圧縮したりする行動を取る可能性があるからです。つまり「銀行の配当が安定しているように見えても、それはバッファーを守るために実体経済を犠牲にした結果かもしれない」という視点が必要になります。


痛いですね。


銀行の貸出動向や与信残高の変化を中期的に追うことで、この構造的なリスクを把握する手がかりになります。日本銀行が定期的に公表している「金融システムレポート」では、各行のCET1比率推移や貸出動向が詳細に分析されているため、参考になります。


資本保全バッファーが銀行株・金融株投資に与える独自の実践的視点

資本保全バッファーは単なる規制の話ではなく、銀行株投資を行う際の実践的な判断基準になります。ここでは、他の解説記事ではあまり触れられない「投資家の目線でバッファーを読む」方法を紹介します。


まず、銀行のIR資料や決算説明会資料で「CET1比率」と「ターゲットレンジ」を確認することが出発点です。例えば、三菱UFJグループ(MUFG)はターゲットレンジを9.5〜10.5%と設定しています。G-SIBsバッファーを含む実質的な規制水準が8.0%程度であることを踏まえると、1.5〜2.5%程度の「余剰資本」を意識していることになります。この余剰資本が大きいほど、将来的な増配や自社株買いの余地が大きく、株主還元の強化に動きやすい状態です。


次に注目すべき指標が「連結資本バッファー比率」です。これは総自己資本比率が最低基準(8%)を上回る余力を示す比率で、各行の開示資料に記載されています。この数値が大きい銀行ほど、景気悪化局面でも配当を維持しやすいといえます。これが基本です。


一方で注意したいのが、規制要件をギリギリクリアしている状況です。学術研究の分析でも、「要求資本に対して資本がギリギリの銀行は危機時に貸出を減らす傾向がある」ことが示されています。配当利回りの高さだけで銀行株を選ぶと、CET1比率が低下局面で配当カットに直面するリスクがあります。


また、米国では「ストレス資本バッファー(SCB)」という独自の枠組みが使われています。米国大手行はFRBのストレステストの結果に基づいて追加のバッファーが決まるため、ゴールドマンサックスは6.3%、モルガンスタンレーは5.8%という銀行ごとに異なる水準が設定されています。日本の一律2.5%とは設計思想が異なる点は覚えておくとよいでしょう。


これは使えそうです。


実際に銀行株の投資判断を行う際は、各行の決算説明会資料(IR資料)でCET1比率の推移と目標レンジ、および配当方針を合わせて確認することをおすすめします。特に三菱UFJ、三井住友、みずほの各グループはインベスター向けのプレゼンテーション資料を公式サイトで公開しているため、比較しやすい環境が整っています。



  • CET1比率の「ターゲットレンジ」を確認:規制水準からの余裕が大きいほど配当・自社株買いの余地あり

  • 連結資本バッファー比率を比較:景気悪化時の配当安定性の目安になる

  • G-SIBs指定の有無を把握:メガバンクはG-SIBsバッファーが加算されるため、実質的な要求水準が地銀より高い

  • CCyBの変動に注目:各国当局がCCyBを引き上げた場合、銀行の資本政策に影響が出る可能性がある


金融庁が公表しているバーゼル規制の概要資料は、各種バッファーの仕組みと日本への適用状況を網羅しており、銀行の財務健全性を読み解く参考資料として活用できます。


金融庁「バーゼル規制の概要(最新版)」:国内適用状況・各種バッファーの全体像(PDF)