

早期健全化基準を超えても、市町村は自分で財政健全化計画を作れば地方債を発行し続けられます。
実質赤字比率とは、自治体の一般会計等における実質赤字額が、標準財政規模(その自治体の標準的な年間収入規模)に対してどのくらいの割合になるかを示す財政指標です。計算式はシンプルで、「実質赤字額 ÷ 標準財政規模 × 100」で求められます。
注意したいのは「形式収支」と「実質収支」の違いです。形式収支は帳簿上の数字にすぎず、翌年度の収入を前倒しで受け入れたり(繰上充用)、翌年度に支払うべきものを先送りしたりした場合も「黒字」に見えることがあります。実質収支はそういった操作を取り除いた、より実態に近い数値です。つまり「実質赤字」とは、こうした調整をしても残る本当の赤字を指します。
「標準財政規模」も少し分かりにくい言葉ですが、簡単に言えば「その自治体が標準的な税率・交付税算定で受け取れる一般財源の規模」です。地方税・地方交付税などを基に算定されます。たとえば標準財政規模が100億円の市であれば、実質赤字が11.25億円を超えると早期健全化基準(11.25%)に達する計算になります。
| 区分 | 早期健全化基準(黄色信号) | 財政再生基準(赤信号) |
|---|---|---|
| 道府県 | 3.75% | 5% |
| 市町村(財政規模に応じ) | 11.25〜15% | 20% |
道府県の基準が市町村よりも格段に低い点は意外ですね。都道府県は財政規模そのものが大きく、かつ国からの財政的な支援体制も整っているため、わずか3.75%でも黄色信号が灯る厳しい設計になっています。一方で市町村は財政規模が小さく、数億円の赤字でも比率が跳ね上がりやすいため、基準値を高めに設定している経緯があります。
この比率は自治体が毎年度の決算後に算定・公表します。金融機関や地方債に投資する個人・機関投資家にとっても、自治体の財政健全性を素早く把握できる一次指標として活用できます。これが基本です。
参考:実質赤字比率の計算方法と健全化判断比率の全体像について、総務省が詳しく解説しています。
早期健全化基準を超えた自治体には、複数の義務が一気に課されます。まずは議会の議決を経て「財政健全化計画」を策定し、総務大臣または都道府県知事に報告・公表しなければなりません。この計画は毎年度の実施状況の報告も義務化されています。
さらに外部監査が義務となります。これは通常の自治体監査よりも厳しい「包括外部監査」であり、第三者の目でチェックが入ることになります。財政の透明性は高まりますが、それだけ自治体の管理コストも増えます。
地方債(借入)への影響も見逃せません。実質赤字比率が早期健全化基準を超えた段階では地方債発行そのものが直ちに禁止されるわけではありませんが、実質公債費比率が18%を超えると総務大臣等の許可が必要になり、25%を超えると一般単独事業債の発行が制限されます。つまり、実質赤字比率の悪化は将来的に他の指標も悪化させ、地方債発行の制限につながる「連鎖リスク」を持っています。
実際、令和5年度決算時点で財政再生基準以上の団体は北海道夕張市の1団体のみです。全国の自治体のほとんどは健全圏内にあります。ただし「健全圏内だから安心」とは一概には言えません。早期健全化基準には引っかからなくても、経常収支比率が高止まりしていたり、将来負担比率が上昇傾向にある自治体は少なくないからです。
指標を1つだけで評価するのは危険です。4つの健全化判断比率(実質赤字比率・連結実質赤字比率・実質公債費比率・将来負担比率)をセットで確認するのが原則です。
参考:令和5年度決算に基づく全国の健全化判断比率の状況は総務省・地方財政白書で確認できます。
「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」(財政健全化法、2008年施行)は、自治体の財政状況を4つの指標で多角的に判断する仕組みを導入しました。実質赤字比率はその1つ目に位置する、いわば「入口の指標」です。
4つの指標を整理すると、以下のようになります。
この4指標が注目される理由は、かつての「財政再建制度」では見えなかったリスクをカバーできるからです。以前の制度では、一般会計の赤字だけが管理対象で、公営企業の経営悪化や将来の潜在的負債は見落とされがちでした。夕張市は、こうした「隠れ借金」が原因で2007年に財政破綻しました。
財政健全化法は、夕張市の破綻を教訓に設計された制度です。そのため「気づいた時には手遅れ」を防ぐ仕組みとして、早期健全化基準(黄色信号)と財政再生基準(赤信号)の2段階アラートが設けられています。
金融的な視点から言えば、連結実質赤字比率と将来負担比率は、企業でいえば子会社の損失や退職給付債務に相当します。単体(一般会計)だけ見ても実態はつかめません。これが重要な視点です。
参考:4つの指標の算定方法と相互関係についての詳細解説はこちら。
北海道夕張市は、2006年に財政破綻が表明され、翌2007年に「財政再建団体」(現在の財政再生団体に相当)となりました。破綻時の実質的な負債総額は約632億円にのぼり、当時の市税収入9億7,000万円と比べると、負債は市税収入の実に約65倍という規模でした。
夕張市の教訓の一つは、「形式上の黒字を長年続けることができた」という点にあります。一時借入金の活用・翌年度歳入の繰上充用などの手法で、表面上の赤字を覆い隠し続けた結果、長年にわたって財政悪化が表に出ませんでした。実質赤字比率は、こうした粉飾的手法を排除して実態を見る指標ですが、当時の制度では全会計を連結する仕組みがなく、公営企業・第三セクターへの損失補償は見えにくい状態でした。
痛い事例ですね。財政破綻後の夕張市では、小・中学校の統廃合、病院の縮小、市営施設の閉鎖、固定資産税・軽自動車税の超過課税など、住民生活に直結するサービスが大幅に削減されました。人口は破綻前の約1万3,000人から、令和5年時点で約6,000人を下回る水準にまで半減しています。
財政破綻は「数字の問題」ではなく、実際の住民生活を直撃するリスクです。この視点を持つと、実質赤字比率の数字が持つ重みが変わってきます。
なお、2026年度中に夕張市は約20年間にわたる財政再生計画の借金をほぼ完済する見通しとなっています。これは職員数の削減・給与見直しによる歳出削減と、住民負担増による歳入確保という、並大抵ではない取り組みの結果です。
地方債に投資する立場であれば、当該自治体の実質赤字比率・連結実質赤字比率・将来負担比率の3つを定点観測することで、夕張市のような「静かな悪化」に早期に気づく判断材料になります。自治体の決算統計は毎年9〜10月頃に各自治体のウェブサイトや総務省のデータベースで公表されるので、定期的に確認する習慣をつけるのが有効です。
参考:夕張市の財政再建の経緯と現状は参議院のレポートで詳しく解説されています。
この指標は、行政関係者だけのものではありません。地方債を保有している個人投資家・機関投資家、あるいは自治体の財政状況に関心のある金融関係者にとっても、実用的なスクリーニング指標として機能します。
実際、格付機関(JCRなど)も地方債の信用評価において健全化判断比率を参照しています。これは使えそうです。実質赤字比率が0%超(実質赤字がある)、かつ連結実質赤字比率も悪化傾向にある自治体は、将来的な財政再生基準への接近リスクを持つと判断できます。
具体的な活用ステップを整理すると、以下の通りです。
地方債の格付けは通常高く安定しているため、実質赤字比率が黄色信号(早期健全化基準超え)に入った段階で急激に格付けが下がるわけではありません。ただし、信用スプレッドの拡大や地方債の流動性リスクという形で、中期的に影響が出てくる可能性はあります。
また、実質赤字比率だけでは見えない「潜在リスク」を補完するために、将来負担比率と経常収支比率を合わせて確認するのが、金融の実務上は常識に近い作法となっています。経常収支比率が90%を超えてくると財政の硬直化が進んでいるサインで、臨時的支出(災害対応など)に対応できる余裕が失われていることを意味します。4つの指標を横断的に見ることが条件です。
さらにひと手間加えるなら、自治体が公表している「中期財政計画」や「財政健全化計画」の目標値と実績値のギャップを確認することで、財政改善の本気度と進捗を読み解くことができます。数字を追うだけでなく、計画との乖離を見る視点が、より深い財政分析につながります。
参考:地方債の格付けと財政指標の関係について、格付会社の考え方を解説したレポートはこちら。