
遺産相続において兄弟の一人が全額を取得する方法は、主に遺言書による指定と遺産分割協議での全員合意の2つがあります。
遺言書による方法では、被相続人が生前に「遺産はすべて長男に相続させる」といった内容の遺言書を作成することで実現できます。遺言書は法定相続分よりも優先されるため、家業の跡継ぎとなる特定の兄弟に遺産をすべて渡すことが可能になります。
遺産分割協議による方法では、相続人全員が話し合いで合意すれば、法定相続分とは異なる割合で遺産を分割することができます。ただし、現実的には他の相続人も遺産を手にしたいと考えるため、全員の合意を得ることは容易ではありません。
兄弟姉妹が相続人となる場合の大きな特徴は、遺留分がないことです。遺留分とは一定の法定相続人に認められた最低限の遺産取得分ですが、兄弟姉妹には認められていません。そのため、「全ての財産を慈善団体に寄付する」という遺言があっても、兄弟姉妹は遺留分を請求できません。
兄弟の一人に全額相続させる遺言書を作成する際は、いくつかの重要なポイントがあります。
公正証書遺言の活用が最も確実な方法です。公正証書遺言は証人と公証人の立会いのもとで作成されるため、内容の確実性が高く、無効となるリスクが少なくなります。また、原本が公証役場で保管されるため、紛失のリスクも抑えることができます。
不公平感のない内容作成も重要です。遺言内容があまりに不公平である場合には、逆に相続人間のトラブルを招きかねません。遺産分割において「兄だから」という理由だけで多額を相続させるような不公平な分割方法は避けるべきです。
遺言書には以下の要素を含めることが推奨されます。
遺言能力の確保も重要な要素です。認知症等で遺言能力に問題があった場合、後に遺言の無効を主張される可能性があります。遺言作成時の状況を記録し、医師の診断書を残しておくことが有効です。
遺産分割協議で兄弟の一人が全額取得することになった場合、適切な遺産分割協議書の作成が必要です。
協議書の基本的な書き方では、以下の内容を含める必要があります。
被相続人の一切の遺産は、相続人○○○○が相続する。
この記載により、特定の相続人が全ての遺産を取得することを明確にします。
必要な記載事項には以下があります。
作成時の注意点として、遺産分割協議書は相続人全員分作成することが推奨されます。後になって「協議書の内容が書き換えられている」などと言い出す相続人が出てくる可能性を避けるため、相続人全員が同じ内容の協議書を持ち合うことが有効です。
可分債務の取り扱いや新たに発見された遺産の取り扱いについても話し合い、これらについても合わせて記載しておくことが重要です。
兄弟が遺産を相続する場合、相続税において特別な注意点があります。
相続税の2割加算が最も重要な注意点です。兄弟姉妹や甥・姪が相続する場合、相続税額が2割加算されます。これは、兄弟姉妹が相続財産を受け取ることは偶然性が高いためとされています。
基礎控除額の計算では、相続税の基礎控除額は「3000万円+(600万円×法定相続人の人数)」で算出されます。相続人が兄弟1人の場合は3600万円、兄弟2人の場合は4200万円となります。
3000万円の遺産相続の場合、相続税の基礎控除額を下回るため、相続税はかかりません。また、相続税の申告も不要です。
以下が遺産額別の相続税額の目安です。
遺産額 | 兄弟1人 | 兄弟2人 | 兄弟3人 |
---|---|---|---|
3000万円 | 0円 | 0円 | 0円 |
4000万円 | 48万円 | 0円 | 0円 |
5000万円 | 192万円 | 96万円 | 24万円 |
相続手続きの複雑さも考慮する必要があります。兄弟姉妹が法定相続人になる場合、相続人確定のための戸籍謄本が多く、集めるのが大変であることが特徴です。
兄弟間での遺産相続では、特有のトラブルが発生しやすく、事前の対策が重要です。
感情的な対立の発生が最も多いトラブルです。他の兄弟間での寄与度の違いや、生前贈与の有無、不動産しか財産がない場合などが原因となります。長男だけが家業を継いでいる場合や、特定の兄弟だけが親の介護をしていた場合などで、感情的な対立が生まれやすくなります。
効果的な対策方法として以下があります。
寄与分の主張というトラブルも発生します。被相続人の財産の増加や維持に貢献した場合には、寄与分が認められる可能性があります。被相続人の事業を無償で手伝っていた場合や、介護をして被相続人の出費を防いでいた場合などが該当します。
遺言書の無効主張も想定されるトラブルです。遺言の形式が守れていない、認知症等で遺言能力に問題があった、遺言書が偽造・変造されているなどの理由で、遺言の無効を主張されるケースがあります。
事前の準備として、家族信託や生前贈与の活用、定期的な家族会議の開催、専門家への相談などが有効です。特に不動産が主な財産の場合は、売却による現金化や共有持分の設定など、分割しやすい形にしておくことが重要です。
専門家への相談も重要な対策です。弁護士、税理士、司法書士などの専門家に事前に相談し、適切な相続対策を立てることで、多くのトラブルを未然に防ぐことができます。