

「情報をきちんと開示している優良企業の株ほど、株価が必ず上がる」──これは実は正しくありません。開示の量より「何を・どう語るか」の質次第で、投資家の評価は大きく分かれます。
「非財務情報」とは、貸借対照表や損益計算書などの財務諸表では表現しきれない、企業の持続的な価値創造に関わる情報のことを指します。具体的には、従業員のスキルや多様性・エンゲージメントといった人的資本、技術・ブランド・ノウハウなどの知的資本、地域や顧客との信頼関係を表す社会的資本などが該当します。いわば企業の"見えない資産"です。
財務情報が「過去の成果(利益・売上・資産)」を示すのに対し、非財務情報は「未来の可能性」を伝えるものといえます。近年、国内外の機関投資家が企業の長期的な持続可能性を重視するようになり、この"見えない部分"を開示するよう求める声が急激に高まってきました。
これが制度として形になったのが、2025年3月にサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が公表した「SSBJ基準(日本初のサステナビリティ開示基準)」です。SSBJ基準は、国際的なサステナビリティ開示基準であるISSB基準(IFRS財団が策定)を日本の法制度・商慣行に合わせてローカライズしたものになります。
非財務情報開示が求められる背景には、グローバルな投資家の変化があります。国連と機関投資家によって2005年に設立されたPRI(責任投資原則)には、2025年3月時点で世界5,261の投資家・機関が署名しており、10年前と比較して署名者は3倍以上に増加しました。これらの投資家は、ESG(環境・社会・ガバナンス)課題に関する情報の開示を投資先企業に求めています。つまり基本が変わったということですね。
| 情報の種類 | 主な内容 | 特徴 |
|---|---|---|
| 財務情報 | 売上・利益・資産・負債など | 過去の成果を数値で示す |
| 非財務情報 | ESG、人的資本、ガバナンス、気候変動対応など | 未来の可能性・リスクを示す |
こうした流れを受けて、日本では有価証券報告書における非財務情報の開示義務化が進められており、2027年3月期からプライム上場企業への段階的な適用がスタートします。
参考:SSBJが公表したサステナビリティ開示基準の詳細はこちら(金融庁資料)
金融庁「サステナビリティ開示に係る動向」(2025年6月)
義務化の概要は把握できたとして、「では、いつ・どの企業から始まるのか」が最も気になるところでしょう。SSBJ基準に基づいたサステナビリティ情報開示の義務化は、東京証券取引所プライム市場上場企業を対象に、時価総額の規模に応じた3段階で段階的に導入されます。
具体的なスケジュールは以下の通りです。
| 時価総額の目安 | 開示義務スタート | 保証義務スタート |
|---|---|---|
| 3兆円以上 | 2027年3月期 | 2028年3月期 |
| 1兆円以上3兆円未満 | 2028年3月期 | 2029年3月期 |
| 5,000億円以上1兆円未満 | 2029年3月期 | 2030年3月期 |
| 5,000億円未満 | 未定 | 未定 |
表を見ると、「開示義務」と「保証義務」が1年ずれているのがわかります。これは重要なポイントです。最初の年は開示するだけでよく、翌年から監査法人などによる「第三者保証(お墨付き)」が義務化されるという、いわゆる「二段階開示」という経過措置が設けられています。
また、義務化に向けて金融庁は2026年の通常国会で金融商品取引法(金商法)改正案の提出を目指しており、制度的な整備も着々と進んでいます。義務化の対象は原則的にはプライム市場の上場企業ですが、スタンダード・グロース上場企業や非上場の中小企業も、全く無関係ではありません。これは次のセクションで詳しく解説します。
なお、義務化スタートに先行して、2026年3月期からは任意での早期適用が認められています。早期に開示した企業は投資家からの評価を先取りできる可能性があり、先進的な企業は既に準備を進めています。早期適用も選択肢の一つです。
参考:SSBJ基準の適用スケジュールと義務化対象について詳しく知りたい方はこちら
サステナビリティナビ「SSBJ基準はいつから義務化?日本初のサステナビリティ開示基準を解説」
「うちはプライム上場企業じゃないから関係ない」──この考えは危険です。SSBJ基準の義務化が非上場・中小企業にも波及するメカニズムが存在します。
その仕組みの鍵となるのが「スコープ3」の排出量開示です。温室効果ガスの排出量は3種類のスコープに分かれており、スコープ3はバリューチェーン全体(仕入先・販売先・ユーザーなど)における間接的な排出を対象にします。SSBJ基準の気候開示ではこのスコープ3の開示が必要とされるため、プライム上場の大企業は排出量を算定するために、取引している中小企業・サプライヤーに対して排出量データの提供を求めざるを得ません。
日本商工会議所と東京商工会議所が実施した「2025年度 中小企業の省エネ・脱炭素に関する実態調査」では、すでに回答企業の21.3%が脱炭素について取引先から何らかの要請を受けているという結果が出ています。要請の内容は「排出量の把握・測定」「具体的な削減目標の設定と進捗報告」などです。
この比率は、開示義務が本格化する2027年以降に急増することが予想されます。対応が遅れると、取引先から「データを出せない会社」として取引を打ち切られるリスクも現実のものとなります。対応が急務です。
投資家の視点からも、このサプライチェーン波及は重要な着眼点です。非財務情報を適切に開示し、サプライチェーン全体で