
不完全履行とは、契約の履行はされているものの、その内容が一部不完全である状態を指します。例えば、購入したパソコンの液晶パネルが割れていた場合や、注文した商品の一部が欠けていた場合などが該当します。
債務不履行には主に以下の4つの種類があります。
不完全履行の特徴は、債務の履行が完了していないため、債務自体が消滅していない点にあります。つまり、債務者はまだ完全な履行をする義務を負っているのです。
不完全履行を含む債務不履行に基づく損害賠償請求をするためには、以下の要件を満たす必要があります。
2020年4月の民法改正により、履行不能・履行遅滞・不完全履行を含めた債務不履行全般について、債務者の帰責事由が必要であることが明文化されました。改正民法415条1項では、「債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない」と規定されています。
民法改正による債務不履行の損害賠償請求の変更点について詳しく解説されています
不完全履行が発生した場合、債権者には以下の対応方法があります。
追完請求をした結果、債務者が期限内に対応しなかった場合や、補修が不可能な場合、債務者に追完請求を拒絶された場合などに、代金の減額を請求できます。
不完全履行によって生じた損害の賠償を請求できます。
不完全履行が契約の目的を達成できないほど重大な場合は、契約の解除も可能です。
民法562条1項では、目的物が契約内容と異なる場合(契約不適合の場合)に、契約に適合するよう履行を求める「履行の追完請求」が規定されています。ただし、不適合が債務者の責めに帰すべき事由によって生じた場合には、履行の追完請求を行うことができません(同条2項)。
不完全履行による損害賠償の範囲は、民法416条に規定されています。
2020年の民法改正前は、瑕疵担保責任に基づく損害賠償の範囲は「信頼利益」(目的物が完全なものであると信頼して支出した費用など)に限定されていました。しかし、改正後は契約不適合責任となり、一般的な損害賠償の規律である第415条が適用されることになったため、損害賠償の範囲も「履行利益」(正常に履行されていたなら得られた利益)も含めた範囲に拡大されました。
例えば、不完全な商品を納品されたために転売できなかった場合、改正前は転売利益は損害に含まれないと考えられていましたが、改正後は転売利益も損害の範囲に含まれる可能性が高くなりました。
民法改正による契約不適合責任と瑕疵担保責任の違いについて詳しく解説されています
金融取引においては、不完全履行のリスクを最小化するために、以下のような実務的対応が重要です。
特に金融商品やサービスの提供においては、契約書に補修・修繕に限度を定めておくことが重要です。例えば、「補修・修繕に50万円以上要する場合には、補修・修繕を求めることができない」といった条項を設けることで、予期せぬ高額な補修費用のリスクを回避できます。
取引前に相手方の信用力や履行能力を十分に調査することで、不完全履行のリスクを事前に評価できます。
大規模な金融取引では、一度に全ての履行を求めるのではなく、段階的な履行と各段階での検収プロセスを導入することで、不完全履行のリスクを分散させることができます。
特に高額な取引では、エスクロー口座を活用して、履行が完全に行われたことを確認してから代金を支払う仕組みを導入することも有効です。
契約書作成時の不完全履行対応条項についての実務的アドバイスが掲載されています
不完全履行に関する具体的な事例と裁判例を見ていきましょう。
事例1:自動車修理の事例
東京地方裁判所令和元年10月9日判決では、自動車の修理会社の従業員が、修理のために預かった車両を誤って損傷させたケースが扱われました。車両を誤って損傷させたことは修理契約の債務不履行(不完全履行)にあたるとされ、修理会社に対して債務不履行に基づく損害賠償が認められました。
事例2:システム開発の事例
システム開発契約において、開発されたシステムに不具合があり、仕様書通りに動作しなかった場合、不完全履行として損害賠償が認められた事例があります。この場合、発注者は開発者に対して、システムの修正(履行の追完)を求めることができ、それが不可能または著しく困難な場合には損害賠償を請求できます。
事例3:金融商品の説明義務違反
金融商品の販売において、リスクに関する説明が不十分だった場合、説明義務違反という形の不完全履行として損害賠償が認められることがあります。特に複雑な金融商品の場合、説明義務の履行が重要視されます。
不完全履行の裁判例では、以下のような点が重視されています。
金融機関が不完全履行のリスクに対処するための対策と予防法を紹介します。
金融機関特有の対策としては、以下のようなものがあります。
不完全履行のリスクは完全に排除することはできませんが、適切な予防策と対応策を講じることで、そのリスクを最小化し、発生した場合の影響を軽減することが可能です。
金融取引においては、特に契約書の作成段階での対策が重要であり、不完全履行時の対応についても明確に規定しておくことが望ましいでしょう。
不完全履行と製品保証・契約不適合責任の関係について理解することは、金融商品やサービスを提供する企業にとって重要です。
2020年4月の民法改正により、従来の「瑕疵担保責任」に代わって「契約不適合責任」という概念が導入されました。これは不完全履行の一種と考えることができます。
契約不適合責任とは。
引き渡された目的物が種類、品質、数量に関して契約の内容に適合しないものである場合に生じる責任です。従来の「隠れた瑕疵」という要件から、「契約の内容に適合しないもの」という要件に変更されました。
製品保証との関係。
企業は、契約において合意された条件(数量・品質・性能・仕様等)に従っていない財またはサービスを提供した場合、不完全な履行として以下の責任を負います。
金融商品やサービスにおいては、特に以下の点に注意が必要です。
金融商品の特性やリスクについて適切な説明を行わなかった場合、説明義務違反として不完全履行に該当する可能性があります。
顧客の知識、経験、財産状況、投資目的に適合しない金融商品を販売した場合、契約不適合として責任を問われる可能性があります。
金融商品に付随するアフターサービスが契約の一部として位置づけられている場合、そのサービスが不十分であれば不完全履行となります。
オンラインバンキングやトレーディングシステムなどで障害が発生した場合、サービス提供の不完全履行として責任を問われる可能性があります。
契約不適合責任の導入により、金融機関は提供する商品やサービスが「契約の内容に適合」しているかどうかをより厳密に考慮する必要があります。契約書や説明資料の内容が実際の商品・サービスと一致しているか、顧客の期待と合致しているかを慎重に検討することが重要です。
製品保証と契約不適合責任の関係について詳しく解説されています
以上のように、不完全履行と損害賠償の問題は、金融取引においても重要な法的リスクとなります。適切な契約設計と履行管理を通じて、このリスクを最小化することが金融機関にとって重要な課題といえるでしょう。