履行遅滞と損害賠償の関係性と請求方法

履行遅滞と損害賠償の関係性と請求方法

履行遅滞と損害賠償

履行遅滞と損害賠償の基本
履行遅滞とは

契約で定めた期限までに債務の履行がされない状態

💰
損害賠償請求の要件

契約の存在、損害の発生、債務者の帰責事由が必要

⚖️
法的根拠

民法第415条に基づく債務不履行責任

履行遅滞の定義と債務不履行の種類

履行遅滞とは、契約によって定められた債務の期限(履行期限)までに債務が履行されない状態を指します。債務不履行には主に3つの種類があり、履行遅滞はその代表的なものです。

 

債務不履行の種類。

  • 履行遅滞:履行可能だが期限までに履行しない
  • 履行不能:何らかの事情により履行が不可能になった
  • 不完全履行:履行はしたが不完全な状態での履行

履行遅滞が成立するためには、債務の履行が可能な状況であることが前提条件となります。さらに、履行が遅滞となったことについて債務者に故意・過失があることも要件です。ただし、履行しない理由が法律上正当なものである場合は、債務不履行には該当しません。

 

例えば、商品の納期が2025年4月1日と契約で定められていたにもかかわらず、その日を過ぎても納品されない場合、履行遅滞となります。ただし、天災などの不可抗力によって納品できない場合は、債務者の責めに帰することができない事由として、損害賠償責任を負わないケースもあります。

 

履行遅滞が発生する時期と民法の規定

履行遅滞がいつ発生するかは、契約における期限の定め方によって異なります。民法第412条では、以下のように規定されています。

 

  1. 確定期限のある債務。

    期限の到来した時から当然に遅滞となります(民法412条1項)。

     

    例:「2025年5月1日までに支払う」という契約の場合、5月1日が終了した時点で履行遅滞となります。

     

  2. 不確定期限のある債務。

    期限到来後に履行の請求を受けた時、または期限が到来したことを債務者が知った時のいずれか早い時から遅滞となります(民法412条2項)。

     

    例:「出世したら支払う」という契約の場合、出世した事実を債務者が知った時から遅滞となります。

     

  3. 期限の定めのない債務。

    債権者からの履行の請求(催告)を受けた時から遅滞となります(民法412条3項)。

     

    例:返還時期を定めていない貸金の場合、返還請求を受けた時から相当期間経過後に遅滞となります。

     

特殊なケースとして、不法行為による損害賠償債務は不法行為の時から当然に遅滞となる(最判昭37.9.4)のに対し、雇用契約上の安全配慮義務違反による損害賠償債務は債権者から履行の請求を受けた時に遅滞に陥る(最判昭55.12.18)とされています。

 

履行遅滞による損害賠償請求の要件と範囲

履行遅滞による損害賠償請求が認められるためには、以下の要件を満たす必要があります。

  1. 相手と契約締結があること
  2. 損害が発生していること
  3. 発生した損害が相手の帰責事由による債務不履行に起因すること

2020年4月に改正された民法第415条1項では、「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる」と定められています。ただし、債務不履行が「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるとき」は、損害賠償請求はできません。

 

損害賠償の範囲については、民法第416条で以下のように規定されています。

  1. 通常損害:債務不履行によって通常生ずべき損害
  2. 特別損害:特別の事情によって生じた損害(当事者がその事情を予見すべきであったとき)

「履行利益」と呼ばれる、契約通り履行されていれば得られたはずの利益や、履行されていれば発生しなかった出費も、損害賠償の範囲に含まれます。ただし、債権者側にも過失が認められる場合は、損害賠償額がその分減額されることがあります。

 

履行遅滞の具体例と裁判例から学ぶ実務対応

実際の裁判例から履行遅滞と損害賠償について考えてみましょう。

 

【建築請負契約の履行遅滞】
札幌高等裁判所の判例では、建築請負契約において工期は履行期であり、工期までに建築物を完成させなければならないと判断されました。工期を過ぎても建築物を完成させなかった場合には、履行遅滞が成立するとされています。

 

【離婚に伴う慰謝料の履行遅滞】
最高裁判所は、離婚に伴う慰謝料は離婚の成立と同時に発生する債務であり、その履行期は離婚の成立時であると判断しました。したがって、離婚の成立時に慰謝料を支払わなかった場合には、履行遅滞が成立するとされています。

 

【部品納入の遅延による損害賠償】
A社がB社から機械部品の受託を請け負い、納品が4日遅れた事例では、発注元機械メーカー(C社)に生じた損害がB社の賠償義務の範囲内となりますが、A社は直接の契約関係がないためC社に対する賠償義務は負いません。ただし、特別な事情(例:納期厳守の特別な申し入れがあった場合など)があれば、特別損害についても賠償義務が生じる可能性があります。

 

これらの事例から、契約書に納期や履行期限を明確に定めること、遅延が発生した場合の損害賠償の範囲や金額を予め合意しておくことの重要性が分かります。

 

履行遅滞と遅延損害金の計算方法と時効

履行遅滞が発生した場合、債権者は遅延損害金を請求することができます。遅延損害金の計算方法と時効について解説します。

 

【遅延損害金の計算】
債務不履行による損害賠償の法定利率は3%です(民法404条2項)。ただし、当事者間で異なる利率を約定している場合は、その利率が適用されます。

 

遅延損害金の計算式。
元本 × 利率 × 遅延日数 ÷ 365日 = 遅延損害金
例えば、100万円の債務を30日間遅延した場合。
100万円 × 3% × 30日 ÷ 365日 = 約2,466円
【契約書における遅延損害金条項の例】
「乙が、所定の納期までに本製品の納入を完了しない場合には、遅延日数に応じ、遅延部分に相当する本製品の売買代金に対し1日につき○%の率を乗じた金額を遅延賠償金として甲に支払わなければならない。」
【損害賠償請求権の時効】
債務不履行による損害賠償請求権の時効期間は、債権の種類によって異なります。

  • 一般的な民事債権:債権の履行請求が可能となった時から10年
  • 商事債権:5年

交通事故などの不法行為による損害賠償債務は、不法行為の時から当然に遅滞となるとされています。最高裁昭和58年9月6日判決では、弁護士費用相当額についても、不法行為の時に発生し、かつ遅滞に陥ると判示されました。

 

自賠責保険金についても、最高裁平成11年10月26日判決で、自賠責保険金相当額に対する事故発生日から保険金支払日までの遅延損害金の発生が認められています。

 

履行遅滞を防ぐための契約書作成のポイント

ビジネスにおいて履行遅滞による損害を防ぐためには、契約書の作成段階で以下のポイントに注意することが重要です。

 

  1. 履行期限の明確化
    • 確定期限を設定する場合は、具体的な日時を明記する
    • 不確定期限を設定する場合は、期限到来の判断基準を明確にする
    • 期限の定めがない場合は、履行請求から履行までの相当期間を定める
  2. 損害賠償額の予定条項
    • 履行遅滞が発生した場合の損害賠償額を予め合意しておく
    • 日割りの遅延損害金の率を定める(例:遅延1日につき契約金額の○%)
    • 上限額を設定するかどうかを検討する
  3. 免責事由の明確化
    • 不可抗力(天災、戦争、パンデミックなど)による遅延の扱いを定める
    • 相手方の協力が得られない場合の扱いを定める
    • 第三者の行為による遅延の扱いを定める
  4. 履行遅滞発生時の通知義務
    • 履行遅滞が予見される場合の事前通知義務を定める
    • 通知のタイミングと方法を具体的に定める
    • 通知を怠った場合の追加的なペナルティを検討する
  5. 履行遅滞が長期化した場合の対応
    • 一定期間を超える遅延の場合の契約解除権を定める
    • 代替措置(代替品の調達など)に関する取り決めを行う
    • 追加コストの負担について明確にする

これらのポイントを押さえた契約書を作成することで、履行遅滞のリスクを軽減し、万が一の場合にも適切に対応できる体制を整えることができます。

 

特に重要なのは、損害賠償額の予定条項です。民法第420条では、債務不履行による損害賠償の額を予定することができ、裁判所もその内容に拘束されると定められています。これにより、実際の損害額の立証が難しい場合でも、予め合意した金額で損害賠償を請求することが可能になります。

 

契約書の例。
「第○条 乙が本契約に定める納期までに商品を納入しない場合、乙は甲に対し、遅延日数1日につき契約金額の0.1%に相当する金額を遅延損害金として支払うものとする。ただし、遅延損害金の総額は契約金額の20%を上限とする。」
このような条項を設けることで、履行遅滞が発生した場合の損害賠償請求がスムーズに行えるようになります。

 

また、履行遅滞を防ぐためには、契約書の作成だけでなく、プロジェクト管理や進捗確認の仕組みを整えることも重要です。定期的な進捗報告会を設けたり、マイルストーンを設定したりすることで、早期に遅延リスクを発見し、対策を講じることができます。

 

取引先との良好な関係を維持しながらも、自社のビジネスを守るためには、履行遅滞と損害賠償に関する正しい知識を持ち、適切な契約管理を行うことが不可欠です。

 

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