
損害賠償請求権の時効とは、法律で定められた一定期間内に権利を行使しなければ、その権利が消滅してしまう制度です。この制度は、長期間経過後の証拠収集の困難さや法的安定性の確保を目的としています。
不法行為(交通事故など)による損害賠償請求権については、民法724条に時効の規定があります。2020年4月1日の民法改正により、時効制度に大きな変更がありました。
改正前の旧民法では、不法行為による損害賠償請求権は「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時」から3年で時効により消滅するとされていました。また、不法行為の時から20年を経過した場合も請求できなくなるという除斥期間が設けられていました。
改正後の現行民法では、不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効は原則3年のままですが、人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求の短期消滅時効は5年に延長されました。また、不法行為の時から20年という長期の期間は、除斥期間から時効期間に変更されています。
時効制度は被害者にとって不利に働く場合がありますが、一方で法的安定性を確保し、古い事案について永遠に責任を問われ続けることを防ぐという社会的意義もあります。
損害賠償請求権の時効の起算点は、「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時」とされています。この起算点の解釈は実務上非常に重要です。
「加害者を知った時」については、最高裁判例(最判昭和48年11月16日)によれば、「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時」を意味するとされています。つまり、加害者の氏名・住所が分かれば、通常は賠償請求が可能と考えられるため、その時点で「加害者を知った時」として時効が進行すると考えられます。
交通事故の場合、通常は事故発生時点で相手方(加害者)の情報を知ることができるため、基本的には事故発生時点が「加害者を知った時」となります。警察に事故報告を行うと作成される交通事故証明書には当事者の氏名・住所などが記載されるため、これを取得することで相手の情報を確認できます。
「損害を知った時」については、損害の種類によって異なります。
特に後遺障害については、症状固定日(これ以上治療を続けても症状の改善が望めない状態になった日)が起算点となるのが一般的です。これは、後遺障害の程度が確定するまで損害額を確定できないためです。
2020年4月1日に施行された改正民法により、損害賠償請求権の時効期間に重要な変更がありました。この改正は、被害者保護の観点から行われたものです。
【改正前後の時効期間の比較】
損害の種類 | 2020年3月31日以前の事故 | 2020年4月1日以降の事故 |
---|---|---|
死亡による損害 | 死亡日から3年 | 死亡日から5年 |
傷害による損害 | 症状固定日/治癒日から3年 | 症状固定日/治癒日から5年 |
後遺障害による損害 | 症状固定日から3年 | 症状固定日から5年 |
物的損害 | 事故日から3年 | 事故日から3年(変更なし) |
特筆すべきは、人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権の時効期間が3年から5年に延長されたことです。物的損害については従来通り3年のままです。
また、改正民法には経過措置が設けられており、2020年4月1日時点で消滅時効が完成していない人身事故については、改正後の5年の時効期間が適用されます。つまり、2017年4月2日以降に発生した人身事故で、2020年4月1日時点でまだ時効が完成していなかった場合は、時効期間が5年に延長されることになります。
さらに、改正前の民法では「不法行為の時から20年」は除斥期間とされていましたが、改正後は時効期間とされました。これにより、時効の完成猶予や更新の制度が適用可能になり、被害者保護が強化されています。
交通事故の場合、加害者に対する損害賠償請求権とは別に、自賠責保険への保険金請求権についても時効が問題となります。
自賠責保険の保険金請求権の時効は、2010年(平成22年)4月1日以降に発生した事故については3年とされています。それ以前の事故については2年でした。
【自賠責保険の保険金請求権の時効】
損害の種類 | 2010年3月31日以前の事故 | 2010年4月1日以降の事故 |
---|---|---|
死亡による損害 | 事故日から2年 | 事故日から3年 |
傷害による損害 | 事故日から2年 | 事故日から3年 |
後遺障害による損害 | 症状固定日から2年 | 症状固定日から3年 |
重要なのは、自賠責保険への請求と加害者への損害賠償請求は別個の権利であり、それぞれ独立して時効が進行するという点です。自賠責保険への請求の時効を中断しても、加害者への損害賠償請求の時効は中断しません。そのため、両方の時効について適切に対応する必要があります。
また、自賠責保険の保険金請求権の時効起算点については、死亡・傷害による損害は事故日からですが、後遺障害による損害は症状固定日からとなっています。これは、後遺障害の程度が確定するまで請求ができないためです。
損害賠償請求権の時効が迫っている場合、時効を延長するための措置を講じる必要があります。2020年4月の民法改正により、従来の「時効の中断」は「時効の完成猶予」と「時効の更新」という概念に整理されました。
【時効を延長する主な方法】
それぞれの方法について詳しく見ていきましょう。
① 裁判上の請求・支払督促・民事調停等
訴訟提起や支払督促、民事調停などの法的手続きを行うと、その手続きが終了するまで時効の完成が猶予されます。民事調停が不成立となった場合でも、不成立となった後1ヶ月以内に訴訟提起すれば、時効の完成が引き続き猶予されます。
② 催告
内容証明郵便などで損害賠償を請求する催告を行うと、催告の時から6ヶ月間は時効の完成が猶予されます。ただし、催告は1度しか行うことができず、6ヶ月以内に裁判上の請求などの法的手続きを取らなければ、時効は完成してしまいます。
③ 権利についての協議を行う旨の書面による合意
これは改正民法で新設された制度です。当事者間で権利についての協議を行う旨の書面による合意をすると、以下のいずれか最も早い時期まで時効の完成が猶予されます。
④ 債務の承認(時効の更新)
加害者や保険会社が損害賠償義務を認めることで時効が更新されます。例えば、保険会社が治療費を支払っている場合は、損害の一部を支払っているということで債務を承認していると言え、時効は更新されます。
実務上は、保険会社との交渉が長引く場合、保険会社に対して時効の完成猶予の合意書を取り交わすことが一般的です。また、自賠責保険会社に対しては時効中断申請書を提出することで、自賠責保険金請求権の時効を中断することができます。
時効対策は専門的な知識を要するため、時効が迫っている場合は早めに弁護士に相談することをお勧めします。
参考:デイライト法律事務所 - 不法行為に基づく損害賠償請求の時効について詳しい解説
交通事故で負傷した被害者が、損害賠償請求訴訟を提起して賠償金を受け取った後、時効期間(3年または5年)経過後に予想外の後遺症が発症するケースがあります。このような場合、追加の賠償請求は可能なのでしょうか。
最高裁判例(最判昭和42年7月18日)によれば、当初予想もし得なかったような後遺症が生じた場合は、当初の損害とは別に賠償請求でき、時効も別個に進行すると判断されています。つまり、新たな損害が発生した時点から、再び時効期間(人身傷害の場合は5年)がカウントされることになります。
しかし、実務上は事故から相当期間が経過した後に発症した傷病については、事故との因果関係を証明することが非常に困難です。経過した時間が長くなればなるほど、その傷病が事故とは無関係に発症したのではないかという疑いが強くなります。
例えば、交通事故から10年後に頭痛や腰痛が発症した場合、これが事故による後遺症であると証明するのは極めて難しいでしょう。医学的な因果関係の証明が必要となり、専門医の診断書や医学文献などの証拠が求められます。
このような事態を避けるためには、症状固定時に将来的な悪化の可能性も含めて適切な賠償額を請求することが重要です。また、示談をする際には、将来的に予想外の後遺症が発症した場合の対応についても協議しておくことが望ましいでしょう。
参考:高月法律事務所 - 損害賠償を請求する期限と後遺症発症の対応
以上のように、損害賠償請求権の時効は被害者の権利保護に大きく関わる重要な問題です。特に交通事故のような不法行為による損害賠償請求では、時効の起算点や期間、時効を延長する方法について正確に理解し、適切に対応することが必要です。時効が迫っている場合は、早めに専門家に相談することをお勧めします。