
2020年4月に施行された民法改正により、従来の「瑕疵担保責任」は「契約不適合責任」へと変更されました。この改正は約120年ぶりの民法債権法の大改正の一部であり、取引社会の実情に合わせた現代化が図られたものです。
契約不適合責任とは、「引き渡された目的物が種類、品質または数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」(民法562条1項)に売主が買主に対して負う責任を指します。この定義からもわかるように、契約の内容に適合しているかどうかが判断基準となります。
改正前の瑕疵担保責任では、「隠れた瑕疵」という概念が用いられ、目的物に通常備わっているべき品質・性能を欠くことが責任の発生要件でした。一方、契約不適合責任では、当事者間の合意内容や契約書の記載内容だけでなく、契約の性質、当事者の目的、契約締結に至る経緯などを含む契約をめぐる一切の事情に基づき、取引通念を考慮して評価判断されます。
この変更により、責任の性質も「特別な法定責任」から「債務不履行責任の一種」へと変わりました。これにより、契約内容に適合しない目的物の引渡しは債務の不完全履行として扱われることになりました。
契約不適合責任における「契約の内容に適合しない」状態は、主に以下の3つの観点から判断されます。
重要なのは、これらの判断が単に客観的な基準だけでなく、当事者間の合意内容に基づいて行われるという点です。例えば、特別に優れた性能を備えていることを合意して高額な代金を支払った場合、一般的な市場基準を満たしていても、その特別な性能を欠いていれば契約不適合となります。
また、契約書で「不適合」の意味を限定することも可能です。例えば、「仕様書に適合しないこと」のみを不適合と定義することで、売主のリスクを限定することができます。これは特に企業間取引では重要な契約テクニックとなります。
契約不適合責任のもとで、買主は以下の4つの権利を行使することができます。
これらの権利行使には一定の順序があります。まず履行の追完請求を行い、それが不可能または売主が拒否した場合に、代金減額請求や損害賠償請求、解除権の行使へと進むのが一般的です。
売主側の義務としては、契約内容に適合した目的物を引き渡す義務があり、不適合があった場合には上記の買主の権利行使に応じる義務があります。特に、宅建業者が売主となる不動産取引では、宅建業法上の説明義務も加わり、より厳格な責任を負うことになります。
契約不適合責任を追及できる期間には制限があります。民法では、買主は原則として、契約不適合を知った時から1年以内にその旨を売主に通知する必要があります(民法566条)。この通知期間を過ぎると、買主は契約不適合責任を追及できなくなります。
ただし、商人間(会社間)の売買の場合には、商法526条が適用され、より厳しい期間制限が課されます。
改正前の民法における瑕疵担保責任では、不動産の場合は瑕疵を知ってから1年以内に権利行使する必要がありましたが、改正後は「通知」すれば足りるようになりました。これにより、1年以内に通知さえすれば、その後の権利行使(訴訟提起など)は1年を経過しても可能になりました。
また、契約書で期間制限を変更することも可能です。例えば、「不適合を発見した時から3か月以内」や「引渡しから2年以内」といった特約を設けることができます。ただし、宅建業者が売主となる場合、買主に不利な特約には制限があります。
金融業界における取引、特に不動産融資や事業融資において、契約不適合責任は重要な意味を持ちます。融資対象となる不動産や事業用資産に契約不適合があった場合、担保価値の下落や事業収益の減少につながり、融資のリスク評価に影響します。
金融取引における契約不適合責任への対応策として、以下の特約が重要となります。
金融機関としては、融資対象となる資産に関する契約書の契約不適合責任条項を精査し、リスク評価に反映させることが重要です。また、融資実行後も、借入人が契約不適合を発見した場合の対応(売主への通知、権利行使など)をサポートすることで、担保価値の保全につながります。
さらに、M&A取引や事業承継においても、対象事業の資産に関する契約不適合責任は重要な交渉ポイントとなります。金融アドバイザーとしては、これらの条項の交渉をサポートし、クライアントのリスクを最小化する役割が求められます。
金融庁による契約関連ガイドライン(契約不適合責任の金融取引における取扱いについて記載)
実務上、契約不適合責任にどう対応すべきかは、売主・買主それぞれの立場で異なります。
売主側の対応策。
買主側の対応策。
宅建業法との関係。
宅建業者が売主となる不動産取引では、宅建業法上の規制が加わります。宅建業法40条により、瑕疵担保責任(現在の契約不適合責任)についての買主に不利な特約は制限されています。具体的には。
また、宅建業者には重要事項説明義務があり、契約不適合責任に関する特約についても説明する必要があります。これにより、買主は契約締結前に特約の内容を理解した上で判断できます。
国土交通省による宅建業法と契約不適合責任の関係についての解説
実務上は、契約不適合責任に関するトラブルを未然に防ぐため、売買契約締結前の情報開示と調査、契約書での明確な合意、そして問題発生時の迅速な対応が重要です。特に金融取引においては、これらのリスク管理が融資判断に直結するため、より慎重な対応が求められます。