

「信託報酬が低ければベンチマーク乖離も小さい」は間違いで、信託報酬が年0.1%台でも実質コスト込みで年0.5%以上乖離するファンドが実在します。
投資信託を選ぶ際、「ベンチマーク乖離」あるいは「トラッキングエラー」という言葉に出会ったことがある方は多いと思います。端的に言えば、ファンドの実際の運用成績が、目標としている基準指標(ベンチマーク)からどれだけズレているかを示す指標です。
たとえば、日経平均株価に連動することを目指すインデックスファンドがあるとします。ある年に日経平均が+5.0%上昇したのに、そのファンドの基準価額の上昇率が+4.7%にとどまった場合、その差である▲0.3%がその期間のベンチマーク乖離(トラッキングディファレンス)にあたります。つまり乖離が原因です。
ここで注意したいのは、「トラッキングエラー」と「トラッキングディファレンス」は厳密には別の概念だという点です。
| 用語 | 意味 | 使い所 |
|---|---|---|
| トラッキングエラー | ファンドリターンとベンチマークのリターンの差の標準偏差(ばらつき) | ベンチマークへの連動性・安定性を見たいとき |
| トラッキングディファレンス | ある期間のファンドリターンとベンチマークリターンの差(実績値) | コストや運用の巧拙を含めた実質的なリターン差を見たいとき |
どちらもベンチマーク乖離を表す指標ですが、目的によって使い分けが必要です。連動の安定性を重視するならトラッキングエラーを、実際にどれだけコストで損しているかを知りたいならトラッキングディファレンスを確認するとよいでしょう。これが基本です。
インデックスファンドを評価するうえでは、特に「トラッキングディファレンスが年間どれくらいマイナスになっているか」を確認する習慣が重要です。同じ指数に連動するファンドが複数ある場合、この数字が小さい(マイナスの絶対値が小さい)ほど運用の質が高いと判断できます。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券の用語解説では、トラッキングエラーについて「数値が大きいほどベンチマークから乖離していたことを示す」と定義されています。
参考リンク(トラッキングエラーの基本定義について)。
トラッキングエラー|用語解説 - 三菱UFJモルガン・スタンレー証券
ベンチマーク乖離がゼロにならない理由は、ファンドの運用には「コスト」が必ず発生するからです。ベンチマークとなる指数は、コストを一切考慮せずに計算されています。ファンドはそのコストを払いながら指数に追いつこうとするため、構造的にわずかな乖離が生まれます。
主な乖離の原因を整理すると、以下の4つに分類できます。
意外なのが「レンディング(有価証券の貸付取引)」です。一部のファンドやETFでは、保有している株式を機関投資家などに一時的に貸し出し、その貸付料を収益として得ています。このレンディング収益がコストを一部相殺するため、信託報酬の高いファンドでも実質的な乖離が小さくなるケースがあります。
逆に言えば、信託報酬だけを見てファンドを選ぶのは、不十分です。同じ指数に連動するファンドでも、信託報酬が年0.1%台と0.2%台で大きな差があるように見えても、実質コスト(隠れコスト込み)を比べると逆転することすらあります。ファンドの運用報告書に記載されている「実質コスト」や「運用管理費用(信託報酬以外)」の欄は必ず確認しましょう。
野村アセットマネジメントが解説する資料では、信託報酬が低いETFよりも信託報酬がやや高いETFの方がトラッキングディファレンスが良好なケースも例示されており、「信託報酬の安さ=乖離の小ささ」という一般的なイメージが必ずしも成立しないことを示しています。
参考リンク(トラッキングエラーとトラッキングディファレンスの解説)。
投資信託を評価するうえで、特に見落とされがちなのが「ベンチマークの種類」の問題です。これは意外と深刻な問題です。
日経平均株価やTOPIXには「配当抜き」と「配当込み」の2種類があります。配当抜きは組み入れ銘柄の株価変動だけを反映した指数で、配当込みはそこに配当金の再投資分も加算した指数です。当然、配当込みの方が長期的なリターンは高くなります。
たとえば、ある時点で日経平均株価(配当抜き)が3万1,000円台だったとき、同じ日経平均の配当込み指数はすでに5万3,000円を超えていました(2023年時点)。配当込みと配当抜きでこれだけ大きな差が出ることを、多くの投資家は知りません。
| ベンチマークの種類 | 含む要素 | 注意点 |
|---|---|---|
| 配当抜き指数 | 株価変動のみ | 配当金分だけ成績が「よく見えやすい」構造になる |
| 配当込み指数 | 株価変動+配当再投資分 | 長期的に見ると配当抜きよりパフォーマンスが高い。信託報酬分は下方乖離が避けられない |
ここに落とし穴があります。ファンドが「配当抜き指数」をベンチマークとして設定している場合、ファンド内に入ってくる配当金がそのまま利益となり、見た目のベンチマーク乖離が「上方乖離」になります。つまり、ファンドの成績がベンチマークを上回っているように見えてしまいます。
しかしこれは実力ではなく、ベンチマークの設定が甘いだけです。仮に運用ミスで余計なコストが発生したとしても、配当金の範囲内であれば成績が「ベンチマーク以上」のように見せかけることができてしまいます。成績の良し悪しが判断できないということですね。
一方、配当込み指数をベンチマークとするファンドは、信託報酬分が必ず下方乖離として現れます。そのぶん「乖離が大きく見える」ことがありますが、むしろこちらの方が運用の透明性が高く、ファンドの実力を正直に評価できる設計といえます。
個人投資家として配当込み・抜きを確認するには、交付目論見書だけでは不十分なことがあります。月次レポートや運用報告書を開いてベンチマークの表記を確認することが大切です。
参考リンク(配当込み・配当抜き指数とベンチマーク乖離の構造的問題)。
投資信託のベンチマークに潜む"罠" 見るべきポイントは「配当込み」か「配当抜き」か - マネーポスト
「ベンチマーク乖離が小さければ小さいほどよい」という考え方は基本的に正しいですが、具体的にどれくらいを目安にすればよいのでしょうか?
インデックスファンドの場合、一般的に以下のような目安が参考になります。
ただし、目安の数値に縛られすぎるのも考えものです。乖離が小さくても、ベンチマーク自体のリターンが低ければ投資家の利益も伸びません。また、乖離が0%に近づくほど運用コストが膨らむ可能性もあります。これに注意すれば大丈夫です。
実際の選び方としては、同じ指数を対象としているファンドを複数並べて比較することが有効です。たとえば、TOPIX連動型ファンドを複数比較する際には、信託報酬だけでなく「過去1年間のトラッキングディファレンス」と「実質コスト(運用報告書の費用合計)」を一緒に確認することをおすすめします。
運用報告書には「1万口あたりの費用明細」という項目があり、そこに信託報酬以外の費用(売買委託手数料や有価証券取引税など)が記載されています。特に海外株式や小型株の比率が高いファンドは、売買コストが多くかかるため実質的な乖離が想定より大きくなるケースも少なくありません。
一方で、「モーニングスター」や証券会社のファンド比較機能を使えば、複数ファンドのトラッキングエラーを一覧で確認できる場合があります。日常的なファンドチェックに活用するとよいでしょう。
投資のコンシェルジュが公開している記事によれば、乖離が年率0.5%以内で信託報酬がカテゴリ平均より低いファンドは「再現性が概ね良好」と判断できるとされています。
参考リンク(ベンチマーク乖離と信託報酬の確認方法)。
目論見書にあるベンチマークの役割とファンド選びへの活用方法 - 投資のコンシェルジュ
多くの解説では「ベンチマーク乖離は小さいほどよい」という話が中心になります。ただし、乖離が「プラス方向に大きい(上方乖離が大きい)」ケースにも、見逃せない注意点があります。
一見すると「ベンチマークを上回っている=優秀なファンド」と思いがちです。しかし、上方乖離の原因をよく確認する必要があります。
つまり、「ベンチマーク乖離がプラスだから優秀」と判断するのは早計です。その原因が「設計上の必然」なのか、「真の運用力」なのか、「一時的な偶然」なのかを見極めることが重要です。これが条件です。
実際の確認方法としては、運用報告書の「ベンチマーク対比の超過リターン推移」を複数年分(3〜5年分)見ることが基本です。毎年安定してプラスの超過リターンを出し続けているファンドは少なく、大半は年によって上下します。
また、上方乖離が大きいファンドほど、翌期に反転して大きく下回るリスクが高い傾向があります。これは「平均への回帰」という統計的な性質からも理解できます。インデックス投資の本質はベンチマークへの確実な連動であり、「当たれば大きい賭け」とは根本的に異なります。
アクティブファンドの文脈であれば、上方乖離の継続性こそが評価軸ですが、それを示せているアクティブファンドは世界的に見ても非常に少数です。米国では大型株アクティブファンドの約8割が10年間でインデックスに負けているというデータもあります(S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスの調査より)。厳しいところですね。
パッシブファンドに投資する際は「乖離の小さいこと」を、アクティブファンドを選ぶ際は「乖離がプラスであることの再現性と原因」を、それぞれ吟味する姿勢が求められます。
S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスが発表するSPIVAレポートでは、アクティブファンドとインデックスの長期比較データが詳細に公表されています。ファンド選びの参考になります。
参考リンク(アクティブ運用とインデックスの長期比較データ)。
ここまで解説してきた内容を踏まえ、実際のファンド選びにどう活かせばよいかを整理します。確認するポイントは明確です。
ステップ1として、まず「ベンチマークは配当込みか配当抜きか」を目論見書または月次レポートで確認します。配当込み指数をベンチマークとするファンドの方が、成績評価の透明性が高い設計です。
ステップ2は、「トラッキングディファレンス(年間リターン差)」を確認することです。直近1年間でどれだけベンチマークとリターンが違ったかを、同じ指数に連動する複数ファンドで比較します。数値が小さい(マイナスの絶対値が小さい)ほど優れています。
ステップ3では、「実質コスト(運用報告書記載の費用合計)」を確認します。信託報酬だけでなく売買委託手数料や有価証券取引税なども含めた実際のコスト水準を把握することが重要です。
ファンドを絞り込む際は、同じ指数を対象とするファンドを横並びで比較することが最も有効です。実質コスト込みの数字が一覧できる比較サイト(たとえばモーニングスターや各証券会社のスクリーニング機能)を使うと効率的に確認できます。これは使えそうです。
投資信託の選び方では「信託報酬が低い=最良」という考え方が広まっていますが、ベンチマーク乖離の視点を加えると、より精度の高い判断ができます。同じ指数に連動するファンドを選ぶなら、トラッキングディファレンスが年間0.2%以内に収まっているものが理想的です。実質コストと合わせて確認する習慣をつけることが、長期投資の成果を着実に高める第一歩といえます。
参考リンク(金融庁による投資信託の情報比較ページ)。
資産運用サービスの高度化に向けたプログレスレポート2025 - 金融庁