APA(事前確認制度)で移転価格の課税リスクと二重課税を回避する方法

APA(事前確認制度)で移転価格の課税リスクと二重課税を回避する方法

APA(事前確認制度)で移転価格の課税リスクと二重課税を完全に回避する

APA申請が合意しても、毎年「年次報告書」を出さないと取り消されることがあります。


この記事の3つのポイント
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APAとは何か

APA(事前確認制度)は、国外関連者との取引価格(移転価格)の算定方法を税務当局と事前に合意し、将来3〜5年の移転価格課税リスクをゼロにできる制度です。1987年に日本が世界で初めて導入しました。

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バイラテラルとユニラテラルの違い

二国間(バイラテラル)APAは両国の税務当局が合意し、国際的な二重課税を完全に排除できます。一方、一国間(ユニラテラル)APAは手続きが早く低コストですが、相手国からの課税リスクが残ります。

申請から合意まで平均約3年

国税庁の公表データによると、APA事案1件あたりの平均処理期間は35.8か月(約3年)にも及びます。バイラテラルAPAでは専門家コストが4,000〜6,000万円規模になるケースもあり、早期の準備が不可欠です。


APA(事前確認制度)とは何か:移転価格税制との関係

APA(事前確認制度)とは、Advance Pricing Arrangement(または Advance Pricing Agreement)の略称で、企業が国外関連者との取引(国外関連取引)における独立企業間価格の算定方法等について、事前に税務当局に申し出て確認を受ける制度です。税務当局から合意を得た内容に基づいて申告を行っている限り、将来の一定期間(通常3〜5年)は移転価格課税を受けないことが約束されます。


この制度をひと言で表すなら、税務当局と交わす「未来の課税ルールに関する約束」です。移転価格調査が「過去の取引に対する事後的な指摘と反論」であるのに対し、APAは「将来の取引についての対話と合意」であるという点が本質的な違いです。


APAが必要とされる背景には、移転価格税制の存在があります。移転価格税制とは、国内法人が国外の関連会社と取引を行う際に、第三者間取引と異なる価格を設定して利益を海外へ移転させることを防ぐ税制です。日本では租税特別措置法第66条の4に規定されており、税務当局は独立企業間価格と異なる価格での取引があると判断した場合に、所得を再計算して追徴課税を行えます。過去には1,570億円の所得更正・800億円の追徴課税を受けた企業事例も存在するほど、移転価格課税のリスクは非常に大きいのです。


つまり課税リスクが原則です。


APA制度は1987年に日本が世界に先駆けて導入しました。その後、アメリカ(1991年)、カナダ(1994年)、オーストラリア(1995年)、韓国(1996年)、中国(1998年)と普及し、現在では30カ国以上で採用されています。グローバルに展開する企業にとって標準的なリスク管理手法として定着しています。


国税庁:移転価格税制に関する事前確認の申出及び事前相談について(国税庁公式)


APA(事前確認制度)の種類:バイラテラルとユニラテラルの選択基準

APAには関与する税務当局の範囲によって主に3種類があります。それぞれの特徴と選択基準を理解することが、APA活用の第一歩です。


まず、ユニラテラルAPA(一国間APA)は、日本の税務当局とのみ合意する手続きです。相手国の税務当局との協議が不要なため、バイラテラルAPAに比べて比較的短期間・低コストで合意に至れる可能性があります。ただし、日本側の課税リスクは排除できますが、相手国の税務当局はこの合意に拘束されません。つまり二重課税リスクは残ったままです。


次に、バイラテラルAPA(二国間APA)は、日本と取引相手国の両国税務当局が租税条約に基づく相互協議(MAP:Mutual Agreement Procedure)を通じて合意する手続きです。両国が合意することで、国際的な二重課税リスクを完全に排除できるのが最大の強みです。ただし、手続きが複雑で時間とコストがかかる点がデメリットです。


そして、マルチラテラルAPA(多国間APA)は、3カ国以上の税務当局が同時に合意する手続きで、複数国にまたがる複雑な取引を持つ企業向けです。


選択の目安としては以下のとおりです。








種類 手続き期間 コスト 二重課税の排除 向いているケース
ユニラテラル 1〜2年程度 低め ❌ できない 相手国の課税リスクが低い場合、租税条約未締結国との取引
バイラテラル 2〜3年以上 高め ✅ 完全排除 二重課税リスクを確実に解消したい場合、米・中・独などとの大規模取引
マルチラテラル 最も長期 最も高め ✅ 複数国で排除 3カ国以上に関連会社を持つ大規模多国籍企業


バイラテラルAPAは努力義務のため、申請しても必ず相手国との合意が得られるとは限りません。これは厳しいところですね。


なお、バイラテラルAPAの場合にBIG4などの大手会計事務所に依頼すると、1回の申請で4,000〜6,000万円規模のコストが発生するケースもあります。ユニラテラルでも最低2,000〜3,000万円ほどが目安とされています。こうした費用対効果を踏まえると、国外関連取引の規模や課税リスクの大きさに応じて戦略的に選択することが重要です。


PwC Japan:移転価格事前確認(APA)の種類と支援内容の詳細(PwC公式)


APA(事前確認制度)の申請から合意までの具体的な流れ

APAの申請プロセスは長期間にわたる緻密なプロジェクトです。正式な申請前の準備を含めると、合意まで3〜5年以上かかることもあります。全体の流れを5つのステップで整理します。


STEP1:事前相談(Pre-filing Meeting)


APAのプロセスは、各国税局に設置された窓口への「事前相談」から始まります。申請に必要な資料の整理や分析の方向性について、税務当局の意見を事前に聴取できます。この段階では申請内容が完全に固まっている必要はなく、大枠の方針が明確であれば十分です。事前相談を経ることで、審査が円滑になりやすいというメリットもあります。


STEP2:正式申請


確認対象期間の最初の事業年度の開始日までに、「独立企業間価格の算定方法等の確認に関する申出書」とその他必要書類を提出します。申出書の主な記載事項は、①確認対象事業年度、②国外関連者、③対象となる国外関連者間取引、④独立企業間価格の算定方法の4つです。添付する分析レポートでは、詳細な機能・リスク分析や比較対象企業を用いた経済分析が求められます。


正式申請前の準備・分析には5〜6か月程度の期間が必要です。


STEP3:税務当局による審査


申請書が受理されると、国税局の審査担当者が申請書類を精査します。追加資料の提出を求められることも頻繁にあり、経理・財務部門だけでなく、営業や開発部門へのヒアリングが行われるケースもあります。


STEP4:相互協議(バイラテラルAPAの場合)


国税庁が相手国の税務当局と相互協議を開始します。各国の税務当局は「ポジション・ペーパー」を交換して交渉を重ねますが、納税者は直接この交渉に参加できません。必要に応じて情報提供の形で関与します。


STEP5:合意と年次報告


相互協議が合意に達するとAPAが成立します。ただし、合意内容が申出書の内容と異なることもあるため、一旦納税者に確認通知が届き、同意するか確認されます。


APAの取得後も「年次報告書」の提出が毎年義務付けられています。


この年次報告書では、実際の取引がAPA合意内容を遵守していることを報告します。事業環境の激変などで「重要な前提条件」が満たせなくなった場合はAPAの修正・取り消しにつながる可能性もあるため、合意後も継続的な管理が不可欠です。年次報告は必須です。


KPMG日本:APA取得の支援業務とプロセス詳細(KPMG公式)


APA(事前確認制度)のメリット・デメリット:費用対効果の考え方

APA制度の活用を検討する際には、メリットとデメリットを具体的な数字とともに整理することが重要です。


APA取得の主なメリットは以下のとおりです。


- 💰 移転価格課税リスクの完全排除:合意内容に基づいて申告している限り、対象期間中の移転価格課税はゼロになります。過去に800億円規模の追徴課税事例もある移転価格リスクを、根本から解消できる唯一の手段です。


- 🌐 国際的な二重課税の回避(バイラテラルAPAの場合):同じ所得に両国で課税される「二重課税」状態を原則的に排除できます。グローバル企業にとって最大の恩恵です。


- 📉 税務調査対応コストの削減:APAの対象期間中は移転価格調査が実施されないため、調査対応に要する人件費や外部専門家コストを節約できます。


- 📁 移転価格ローカルファイルの作成が不要:APAが取得できると、通常義務付けられている移転価格文書(ローカルファイル)の作成が不要になります。


- ⏪ ロールバック(過去年度への遡及適用)の可能性:国によっては、APAで合意した算定方法を未調査の過去年度にも遡及適用(ロールバック)できます。これにより、過去の課税リスクも同時に解消できる場合があります。


- 🏢 社内ガバナンスの強化:申請プロセスを通じて国外関連取引を詳細に分析するため、社内の取引ルールの明確化や移転価格税制への社内体制構築につながります。


APA取得の主なデメリットは以下のとおりです。


- ⏳ 長期間を要する:国税庁の公表データでは、APA事案1件あたりの平均処理期間は35.8か月(約3年)です。特にOECD非加盟国との協議はさらに長期化します。


- 💸 高額なコスト:BIG4などの専門家に依頼する場合、ユニラテラルで最低2,000〜3,000万円、バイラテラルで4,000〜6,000万円規模の費用が発生します。


- 📝 合意後の管理義務:毎年の年次報告書提出が義務付けられており、合意取得後も継続的な事務負担が生じます。


- ⚠️ 合意が保証されない:バイラテラルAPAでは、申請しても相手国との合意が得られない場合があります。


これは使えそうです。費用対効果の観点からは、国外関連取引の規模が年間数十億円以上あり、かつ継続的に取引を行う企業であれば、APAへの投資を十分に回収できるケースが多いとされています。将来の追徴課税リスクと比較すると、長期的な経営安定という観点から合理的な選択といえます。


AGSコンサルティング:移転価格APA制度のメリットと活用事例(AGS公式)


BEPS2.0時代のAPA(事前確認制度)の独自視点:今こそ申請を急ぐべき理由

ここまで紹介されている情報ではあまり語られない視点として、「BEPS2.0時代こそAPA申請を急ぐべき理由」があります。これはかなり重要な論点です。


BEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)対策の一環として、OECD主導で進むグローバル・ミニマム課税(第2の柱、GloBEルール)が2024年以降、日本を含む各国で本格導入されています。このルールは年間連結売上高が7.5億ユーロ以上の多国籍企業グループを対象に、実効税率が15%を下回る場合に追加課税する仕組みです。


このBEPS2.0の影響がAPA実務に大きく影響する理由は、次のメカニズムにあります。各国の税務当局がグローバルな税収確保のために移転価格調査をより厳格化する動きに出る可能性があります。つまり、移転価格税制の適用が強化され、APA未取得の企業が調査リスクに直面するケースが増えると予測されるのです。


さらに、APA申請件数の増加も懸念材料です。国税庁の令和5事務年度(2023年7月〜2024年6月)のデータによると、相互協議の処理件数は219件(前事務年度比115%)と増加傾向にあり、申請が混み合うことで審査期間がさらに長期化するリスクがあります。すでに平均処理期間が35.8か月(約3年)にある中、今後さらに延びる可能性が高いのです。


結論は早期申請が有利です。


つまり、BEPS2.0環境下では「申請を先延ばしにするほど待ち時間が増え、審査期間中の課税リスクにさらされる期間も長くなる」という構造的なデメリットが生じます。特に米国・中国・インド・韓国・ドイツとの取引量が多い企業は、これらの国との相互協議が繰越事案の上位を占めていることからも、早期の準備が求められます。


また、知的財産(特許・ブランド・製造技術)を絡む複雑な取引を持つ企業は、算定方法の立証が困難なため申請ハードルが高くなる傾向があります。専門家との早期の連携が不可欠です。こうした企業は、国際税務に精通した移転価格専門のコンサルティングファームや税理士法人に相談し、APA申請の実現可能性(フィージビリティスタディ)から始めることを検討してみてください。


国際税務総合研究所:APA制度の実務対応ポイントとBEPS2.0の影響(詳細解説記事)


国税庁:令和5事務年度の「相互協議の状況」について(国税庁公式PDF)