
生前贈与を受けた後でも、相続放棄は原則として可能です。この理由は、生前贈与と相続放棄が全く異なる制度であるためです。
生前贈与は被相続人が生前におこなう贈与契約であり、相続放棄は被相続人の死後に相続人がおこなう家庭裁判所での手続きです。これらは時期も性質も異なる独立した制度であるため、一方の実施が他方を制限することはありません。
民法上も、生前贈与を受けた場合に相続放棄が認められないという制約は設けられていません。相続放棄の条件は以下の2つのみです。
生前贈与の有無や金額の大小は、これらの条件には含まれていません。したがって、多額の生前贈与を受けていても、被相続人の債務超過が判明した場合などには、適切な手続きを経て相続放棄することができます。
ただし、相続放棄をした場合でも、過去に受けた生前贈与の財産を返還する必要はありません。贈与契約は既に完了しており、相続放棄とは無関係だからです。
生前贈与後の相続放棄には、詐害行為取消権という重大なリスクが存在します。これは債権者が贈与の取消を裁判所に請求できる制度で、以下の条件が揃った場合に適用されます。
詐害行為取消権の成立要件
詐害行為取消権が行使されると、受贈者は贈与を受けた財産を返還しなければなりません。しかし、受贈者(被相続人)が既に死亡している場合、返還された財産は相続財産となります。
この結果、相続放棄をしても他の相続人がいる場合は相続人から、全員が相続放棄をしても相続財産清算人から債権者への弁済がおこなわれます。
特に注意すべきは、会社経営者が連帯保証債務を負っている場合です。会社の経営が悪化する前に子どもへ多額の生前贈与をおこない、その後会社が倒産して相続放棄をするケースでは、詐害行為と判断される可能性が高くなります。
ただし、贈与時点で債務超過でなかった場合や、債務超過になることを知らなかった場合は、詐害行為には該当しません。
相続放棄をしても、相続開始前3~7年以内の生前贈与については相続税が課税される可能性があります。これは令和6年度税制改正により、従来の3年から7年に延長された制度です。
相続税課税の仕組み
相続開始前3~7年以内におこなわれた生前贈与は、相続税の課税価格に加算されます。相続放棄をした人を含めた全相続人の生前贈与額を合計し、遺産総額に加えて基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人数)を超えた場合、相続税が課税されます。
計算例
被相続人Bが3人の子供にそれぞれ毎年110万円を3年間贈与し、その後死亡。子供全員が相続放棄した場合。
相続時精算課税制度との関係
相続時精算課税制度を利用していても、民法上は問題なく相続放棄できます。税法上では相続財産として扱われますが、民法上の相続放棄には影響しません。
ただし、相続時精算課税を利用した贈与も相続税の課税対象となるため、相続放棄後も税務上の義務は残ります。
生前贈与を受けた場合の相続放棄手続きは、通常の相続放棄と同じ流れになります。しかし、いくつかの重要な注意点があります。
基本的な手続き流れ
生前贈与を受けた場合の特別な注意点
期限管理の重要性
相続放棄の期限は相続を知った日から3ヶ月以内と法定されています。この期限を過ぎると、原則として相続放棄はできなくなります。生前贈与を受けている場合、債権者から詐害行為取消権を行使される可能性があるため、早期の決断と手続きが重要です。
期限の延長は家庭裁判所に申立てをすることで可能ですが、正当な理由が必要です。生前贈与の調査や債務状況の確認に時間がかかる場合は、期限延長の申立ても検討する必要があります。
生前贈与後の相続放棄に伴うリスクを回避するには、事前の対策が最も重要です。以下のような代替手段や対策を検討することで、トラブルを未然に防ぐことができます。
家族信託の活用
家族信託は、生前贈与に代わる財産承継の手段として注目されています。被相続人(委託者)が信頼できる家族(受託者)に財産の管理・処分権限を託し、指定した受益者が経済的利益を受ける仕組みです。
家族信託のメリット。
生命保険の活用
生命保険金は原則として相続財産に含まれず、受取人固有の財産となります。これにより、債務を避けながら財産を承継することが可能です。
生命保険の特徴。
法人設立による資産分離
事業を営んでいる場合、個人財産と事業財産を分離するために法人を設立する方法があります。これにより、事業リスクが個人財産に及ぶことを防げます。
段階的贈与の計画的実施
一度に多額の贈与をおこなうのではなく、長期間にわたって計画的に贈与をおこなうことで、詐害行為取消権のリスクを軽減できます。また、毎年の基礎控除枠(110万円)を活用することで、贈与税の負担も軽減できます。
専門家との連携体制の構築
弁護士、税理士、司法書士などの専門家チームを構築し、定期的な相談体制を整えることが重要です。特に事業承継や相続対策では、法務・税務の両面からの検討が不可欠です。
法務面の相談先として銀座第一法律事務所などの専門事務所の情報も参考になります。
銀座第一法律事務所 - 相続・生前贈与に関する法的アドバイス
これらの対策を適切に組み合わせることで、生前贈与後の相続放棄というリスクの高い状況を避け、より安全で確実な財産承継を実現することができます。