
履行遅滞とは、債務者が履行することが可能であるにもかかわらず、契約で定められた履行期限を過ぎても債務を履行しない状態を指します。民法上の債務不履行の一種として位置づけられています。
具体的な事例としては以下のようなものが挙げられます。
履行遅滞の特徴は、債務者が履行する能力を持っているにもかかわらず、期限内に履行しないという点にあります。つまり、履行すること自体は可能であるという前提があります。
履行遅滞が発生すると、債権者は債務者に対して履行の催促をすることができ、それでも履行されない場合には、損害賠償請求や契約解除などの法的手段を講じることが可能になります。
債務不履行には履行遅滞以外に「履行不能」と「不完全履行」があります。それぞれの特徴と違いを理解することで、自分がどのような状況に直面しているのかを正確に把握できます。
履行不能の特徴:
履行不能とは、「契約その他の債務の発生原因」及び「取引上の社会通念」に照らして、債務の履行が不可能になった状態を指します(民法412条の2第1項)。例えば。
履行不能の場合、債務者はもはや契約上の義務を果たすことができないため、債権者は履行請求をすることができなくなります。
不完全履行の特徴:
不完全履行とは、債務者が一応の履行をしたものの、その内容が契約で定められた内容を満たしていない状態を指します。例えば。
不完全履行の場合、債権者は追完請求(欠陥の修正や代替品の提供を求めること)や損害賠償請求をすることができます。
主な違い:
これらの違いを理解することで、契約トラブルが発生した際に適切な対応策を選択することができます。
履行遅滞が発生した場合、債権者は債務者に対して損害賠償を請求することができます。ここでは、その請求方法と賠償範囲について詳しく解説します。
損害賠償請求の法的根拠:
民法415条では、「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる」と規定されています。ただし、債務者の責めに帰することができない事由による場合は例外とされています。
損害賠償請求の方法:
損害賠償の範囲:
民法416条によれば、損害賠償の範囲は以下の2つに分けられます。
例えば、商品の納期遅延により営業機会を失った場合、通常予想される売上減少分は通常損害として賠償の対象となりますが、その遅延によって特定の大口契約を失った場合、その損失が特別損害として認められるかどうかは、債務者がそのような特別の事情を予見できたかどうかによって判断されます。
立証責任:
損害賠償を請求する債権者側には、以下の点について立証責任があります。
これらを適切に証明できなければ、損害賠償請求は認められない可能性があります。そのため、契約書や納期に関する書面、損害を証明する資料などを日頃から適切に保管しておくことが重要です。
金銭債務の履行遅滞には、他の債務不履行とは異なる特別なルールが適用されます。これを「金銭債務の特則」と呼び、民法419条に規定されています。
金銭債務の特則の主な内容:
金銭債務の履行遅滞については、債務者に帰責事由(責任を負うべき理由)がなくても履行遅滞が成立します。つまり、不可抗力などの事情があっても、金銭債務者は履行遅滞の責任を免れることができません(民法419条3項)。
金銭債務については、原則として履行不能は認められません。お金は代替性があるものとされ、どのような状況でも調達する義務があるとされています。
金銭債務の履行遅滞による損害賠償請求では、債権者は実際の損害を証明する必要がありません(民法419条2項)。法定利率または約定利率に基づく遅延損害金が自動的に発生します。
法定利率と遅延損害金:
金銭債務の履行遅滞における損害賠償額(遅延損害金)は、以下のように定められます。
2020年4月1日の民法改正により、法定利率は固定制から変動制に変わりました。改正後の法定利率は以下のとおりです。
遅延損害金の計算式。
遅延損害金 = 元本 × 利率 × 遅延日数 ÷ 365
例えば、100万円の借金を3ヶ月(90日)返済遅延した場合の遅延損害金は。
1,000,000円 × 0.03 × 90日 ÷ 365日 = 7,397円
金銭債務の履行遅滞は、他の債務不履行と比べて債務者にとって厳しい責任が課されるため、期限内の返済が特に重要となります。資金繰りが厳しい場合でも、債権者と交渉して返済計画の見直しを行うなど、履行遅滞に陥らないための対策を講じることが重要です。
履行遅滞が発生した場合、債権者は一定の条件のもとで契約を解除することができます。ここでは、契約解除の条件と解除権の消滅時期について詳しく解説します。
契約解除の条件:
原則として、債権者は債務者に対して相当の期間を定めて履行を催告し、その期間内に履行がない場合に初めて契約を解除できます(民法541条)。ただし、以下の場合は催告なしで解除が可能です。
催告後に履行がない場合でも、その債務不履行が「軽微」である場合には契約解除はできません(民法541条ただし書)。契約の目的を達成できる程度の軽微な不履行であれば、解除は認められないということです。
解除権の消滅時期:
解除権は永続的に存続するわけではなく、一定の場合に消滅します。
解除権の行使について期間の定めがある場合、その期間内に行使しなければ解除権は消滅します。
解除権の行使について期間の定めがない場合、相手方(債務者)は解除権者に対して、相当の期間を定めて解除するかどうかの確答を求める催告をすることができます。この期間内に解除の通知がなければ、解除権は消滅します(民法547条)。
解除権者が解除原因を知った後に、契約の履行を請求したり、履行を受け入れたりするなど、契約の存続を前提とする行為(追認)をした場合、解除権は消滅します。
解除の効果:
契約が解除されると、原則として契約は初めから無かったことになります(遡及効)。ただし、継続的な契約関係については将来に向かってのみ効力を失います。解除後は、既に給付したものがあれば、それを返還する義務(原状回復義務)が生じます。
実務上の注意点:
履行遅滞を理由に契約を解除する場合は、以下の点に注意が必要です。
契約解除は重大な法律行為であり、その後のトラブルを避けるためにも、専門家(弁護士など)に相談することをお勧めします。特に高額な契約や複雑な条件が絡む場合は、専門家のアドバイスを受けることで適切な対応が可能になります。
履行遅滞による損害賠償請求において、債権者側にも過失がある場合には「過失相殺」が適用される可能性があります。ここでは、過失相殺の概念と実務上の対応策について解説します。
過失相殺の基本概念:
過失相殺とは、債務不履行またはこれによる損害の発生・拡大に関して債権者側にも過失がある場合に、裁判所がその過失の程度を考慮して損害賠償額を減額する制度です。民法418条に規定されています。
過失相殺が適用される主な場面。
履行遅滞における過失相殺の具体例:
過失相殺の計算方法:
過失相殺の具体的な割合は、裁判所が諸事情を考慮して個別に判断します。例えば、債権者の過失が30%と認定された場合、本来の損害賠償額から30%が減額されることになります。
計算例。
実務上の対応策: