
無リスク金利(リスクフリーレート)とは、理論上リスクがゼロまたは極めて小さい金融商品から得られる利回りのことを指します。英語では「Risk Free Rate(RFR)」と呼ばれ、投資家にとって非常に重要な指標となっています。
厳密に言えば、完全に「リスクがゼロ」の金融商品は現実には存在しませんが、リスクが最小限の金融商品の利回りを無リスク金利として扱います。この概念は資産運用において基準となる物差しとなるため、投資判断を行う際に欠かせない知識です。
無リスク金利の重要性は、他の投資商品のリスクとリターンを評価する際の比較基準になる点にあります。例えば、あるリスクの高い投資商品の期待リターンが無リスク金利と同程度であれば、投資家はわざわざリスクを取る理由がなくなります。このように、投資判断の基準点として機能するのです。
無リスク金利を求める際に、どの金融商品の利回りを参照すべきでしょうか。実務上、最も一般的に使用されるのは以下の金融商品です。
国債が無リスク金利の基準として採用される理由は、元本と利子の支払いが国によって保証されているため、信用リスクが極めて低いからです。もちろん、国家破綻のリスクはゼロではありませんが、株式や社債などの他の金融商品と比較すると、そのリスクは非常に小さいと考えられています。
日本銀行のリスク・フリー・レートに関する勉強会では、2016年12月に「無担保コールオーバーナイト物レート」を日本円のリスク・フリー・レートとして特定しています。これは銀行間の短期金融市場での取引に基づく金利であり、信用リスクをほとんど反映しない指標として認められています。
投資判断を行う際に重要なのが「リスクプレミアム」という概念です。リスクプレミアムとは、投資家がリスクを取ることで期待できる追加的なリターンのことで、以下の式で計算できます。
リスクプレミアム = 期待リターン - 無リスク金利
例えば、ある株式投資の期待リターンが5%で、無リスク金利(10年物国債の利回り)が2%の場合、リスクプレミアムは3%となります。
5%(期待リターン)- 2%(無リスク金利)= 3%(リスクプレミアム)
このリスクプレミアムの大きさによって、投資のリスク・リターン特性を評価することができます。
投資家は自分のリスク許容度に応じて、適切なリスクプレミアムを持つ投資商品を選択することが重要です。
無リスク金利の動向を把握するためには、日本国債や米国債の利回りの推移を定期的にチェックすることが重要です。直近の動向を見てみましょう。
日本では2016年からマイナス金利政策が導入され、日本円の無リスク金利はマイナス圏で推移する時期もありました。これは世界的にも珍しい状況であり、投資判断に大きな影響を与えています。
米国10年債利回りの推移を見ると、2020年のコロナショック時には0.3%台まで低下しましたが、その後は徐々に上昇傾向にあります。以下は過去の米国10年債利回りの変動幅の一例です。
年/月 | 変動幅 |
---|---|
2021年7月 | 1.14~1.52% |
2021年6月 | 1.35~1.64% |
2021年5月 | 1.47~1.71% |
2021年4月 | 1.53~1.75% |
2021年3月 | 1.38~1.78% |
このような金利動向は、投資判断や企業価値評価に直接影響するため、投資家や金融専門家は常に最新の情報をチェックする必要があります。
無リスク金利は金融工学の分野でも重要な役割を果たしています。特に以下のような応用事例があります。
1. オプション価格評価
ブラック・ショールズモデルなどのオプション価格評価モデルでは、無リスク金利が重要なインプット要素となります。ストック・オプション(新株予約権)の評価においても、適用指針では「オプションの期間に対応する期間の国債、政府機関債または優良社債の利回り」を無リスク金利として使用することが推奨されています。
2. リスク・ニュートラル測度での価格付け
金融工学では「リスク・ニュートラル測度」という概念が重要です。これは「すべての資産が無リスク金利で成長する」と仮定する仮想的な確率測度であり、オプションやデリバティブの価格計算を簡略化します。
リスク・ニュートラル測度の下では、オプション価格は以下のように計算できます。
オプション価格 = 将来のペイオフの期待値を無リスク金利で割り引いた現在価値
この考え方は、投資家の異なるリスク選好を考慮せずに、客観的にデリバティブ価格を算出できるという利点があります。
3. 企業価値評価と資本コスト
企業価値評価においては、将来キャッシュフローを現在価値に割り引く際の割引率の構成要素として無リスク金利が使用されます。割引率は以下の2つの要素から構成されます。
企業の加重平均資本コスト(WACC)を計算する際にも、無リスク金利は重要な構成要素となります。
日本のように長期間にわたってマイナス金利政策が続いている環境では、無リスク金利の扱いに特殊な配慮が必要になります。マイナス金利環境下での無リスク金利の求め方には、以下のようなアプローチがあります。
1. フロア(下限)の設定
理論上、マイナスの無リスク金利をそのまま使用することも可能ですが、実務上は0%などの下限(フロア)を設けることがあります。これは、投資家が現金保有という選択肢を持つことを考慮したものです。
2. 代替指標の活用
マイナス金利環境下では、従来の国債利回りに代わる代替指標を活用することもあります。例えば。
3. 期間構造の考慮
短期金利がマイナスでも、長期金利はプラスになることがあります。そのため、評価対象の期間に合わせた適切な年限の金利を選択することが重要です。
マイナス金利環境下での無リスク金利の扱いは、金融理論と実務の間でしばしば議論の対象となっています。理論的には負の無リスク金利も許容されますが、実務上はさまざまな工夫が行われているのが現状です。
日本銀行の金融政策の変更や世界的な金利環境の変化によって、今後の無リスク金利の求め方も変わる可能性があるため、常に最新の情報と市場慣行に注意を払う必要があります。
無リスク金利は投資判断において実践的にどのように活用できるのでしょうか。以下に具体的なアプローチを紹介します。
1. 投資商品の評価基準としての活用
投資商品を評価する際には、必ず無リスク金利との比較を行いましょう。期待リターンが無リスク金利を大きく上回らない投資は、リスクに見合ったリターンが得られない可能性が高いです。
例えば、株式投資の期待リターンが3%で、無リスク金利が2%の場合、リスクプレミアムはわずか1%です。このリスクプレミアムが、株式投資に伴うボラティリティやその他のリスクに見合うかどうかを慎重に判断する必要があります。
2. ポートフォリオ構築への応用
資産配分を決定する際にも、無リスク金利は重要な指標となります。無リスク金利が高い環境では、リスク資産(株式など)の比率を下げ、債券や預金などの比率を高めることが合理的な選択となる場合があります。
逆に、無リスク金利が低い(またはマイナスの)環境では、適切なリターンを得るためにはある程度のリスクを取らざるを得ません。これが「TINA(There Is No Alternative)」と呼ばれる現象の背景です。
3. 定期的な見直しの重要性
無リスク金利は経済環境や金融政策によって変動するため、定期的に投資戦略を見直すことが重要です。特に以下のタイミングでは要注意です。
無リスク金利の変動は、すべての資産クラスの相対的な魅力度に影響を与えるため、投資家は常に最新の情報に基づいて判断を行う必要があります。
4. 実務上のヒント
実務上、無リスク金利を確認するには以下のソースが役立ちます。
これらの情報源を定期的にチェックし、無リスク金利の動向を把握することで、より賢明な投資判断が可能になります。
投資判断は単に無リスク金利だけで行うものではありませんが、すべての投資評価の出発点として無リスク金利を正しく理解し活用することが、長期的な資産形成の成功につながります。