

通報後1年以内に社員を降格させると、会社側が無罪を証明しなければ負けます。
公益通報者保護法は、企業・団体内部で起きた法令違反を通報した人を守るための法律です。2004年に制定され、2022年6月に大幅改正が施行されましたが、その後も課題が続きました。
消費者庁の実態調査によると、2022年改正後も内部通報窓口を設置していない企業が少なくなく、仮に窓口が存在しても十分に機能していないケースが相当数確認されました。また、通報者が「報復されるかもしれない」という不安を抱えたまま通報をためらう状況が続いていたことも明らかになっています。
こうした実情を踏まえ、消費者庁は2024年5月に「公益通報者保護制度検討会」を設置し、国内外の動向を分析しながら法の抜本的な見直しを進めました。同年12月に検討結果が報告書としてまとめられ、2025年3月4日に改正法案が閣議決定、国会提出されています。
そして2025年4月24日に衆議院で全会一致の可決、同年6月4日に参議院でも可決・成立し、同月11日に公布されました。施行日は公布日から1年6ヶ月以内に政令で定めるとされており、2026年12月1日の施行が確定しています。
金融業界を含む幅広い事業者にとって、今回の改正は「形だけ窓口を置けばいい」という時代の終わりを告げるものです。制度が機能しているかどうかが、厳しく問われます。
消費者庁による改正法の概要資料(公式)はこちらで確認できます。法改正の全体像を把握するのに最適です。
消費者庁「公益通報者保護法と制度の概要(令和7年改正について)」
今回の改正で最も影響が大きいのが、刑事罰の新設と立証責任の転換の2点です。
まず刑事罰について整理します。これまでは、公益通報を理由に通報者を解雇・懲戒しても、民事上の紛争(解雇無効の訴訟など)にとどまり、刑事罰はありませんでした。改正法では、保護要件を満たす公益通報を理由に解雇・懲戒した場合、行為者個人に6ヶ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人には3,000万円以下の罰金が科されます。これは直罰規定であり、行政からの指導・勧告を経ずに刑事責任を問われる点が重要です。
次に立証責任の転換です。これが実務において特に注意が必要です。
従来は通報者側が「この解雇は通報が原因だ」と立証しなければならず、証拠が社内にある以上、立証は非常に困難でした。改正法では、公益通報から1年以内(または事業者が通報を知ってから1年以内)に行われた解雇・懲戒は、通報を理由としたものと推定されるという規定が設けられます。つまり企業側が「通報とは無関係だ」と反証しなければ、解雇や懲戒が無効になるという構図に逆転します。
見落としがちな点があります。この推定規定は、事業者が通報の事実を知らなかった場合にも適用されることです。
例えば、コンプライアンス違反をした従業員を懲戒処分にしようとする場面で、その従業員が半年前に匿名で内部通報していたとします。会社側が通報の事実を把握していなくても、従業員が訴訟で「通報していた」と主張・立証すれば、会社側が反証できない限り懲戒は無効と判断されます。
これは金融機関のコンプライアンス担当者にとっても大きな実務リスクです。懲戒処分ごとに「なぜその処分が必要だったか」の客観的エビデンスを残しておくことが、今後は不可欠になります。
弁護士法人や法律事務所が発行している実務解説記事は、施行前の対応準備に役立ちます。
これまで公益通報の保護対象となるのは、雇用関係のある労働者・退職後1年以内の元労働者・役員に限られていました。改正後は、この範囲がさらに広がります。
フリーランスの保護対象への追加が最大の変化です。具体的には、事業者と業務委託関係にある特定受託業務従事者(フリーランス新法上のフリーランス)と、業務委託関係が終了してから1年以内の元フリーランスが、新たに公益通報者として保護されます。
これで金融業界の実情が変わります。フィンテック企業や証券会社などでは、業務の一部を個人事業主やフリーランスエンジニアに委託するケースが珍しくありません。これまでは、委託先のフリーランスが取引先の不正を知っても、法的な保護がないため通報をためらうケースがありました。改正後は、通報を理由とした契約解除・取引削減などの不利益な取扱いが明示的に禁止されます。
ただし、一点注意が必要です。フリーランスに対しては、通報後1年以内の不利益取扱いを「報復」と推定する規定が適用されません。労働者と異なり、フリーランスは推定規定の恩恵を受けられない点は、制度の課題として指摘されています(東京弁護士会も次の改正での対応を求めています)。
退職者については、現行法でも退職後1年以内であれば内部通報の主体になれます。さらに、退職後1年以内に通報した場合は、その後何年経っても保護され続けるという点も確認しておきましょう。これが基本です。
| 通報主体 | 改正前 | 改正後 |
|---|---|---|
| 正社員・派遣社員 | ✅ 保護対象 | ✅ 保護対象(継続) |
| 退職後1年以内の元労働者 | ✅ 保護対象 | ✅ 保護対象(継続) |
| 役員 | ✅ 保護対象 | ✅ 保護対象(継続) |
| フリーランス(契約中) | ❌ 対象外 | ✅ 新たに保護対象 |
| 元フリーランス(終了後1年以内) | ❌ 対象外 | ✅ 新たに保護対象 |
フリーランス向けの公益通報保護の拡大内容について、東京弁護士会の解説記事が詳しいです。
東京弁護士会「2025年6月11日公布の公益通報者保護法改正によりフリーランスも保護対象に」
今回の改正でもう一つ見逃せないのが、通報妨害行為の禁止と通報者探索行為の禁止の明文化です。
通報妨害の禁止とは何でしょうか。事業者が労働者等に対して「公益通報はしません」という誓約書を書かせる行為、通報した場合の不利益を示唆する行為などが、正当な理由なく禁止されます。さらに、こうした禁止行為に違反してなされた合意・誓約書などは無効となる規定も設けられます。
入社時や業務委託契約締結時に「機密保持誓約書」として通報禁止に近い文言を盛り込んでいる企業は珍しくありません。改正法施行後は、そのような書類が無効となるリスクが生じます。書類の内容を今のうちに見直しておくことが求められます。
通報者探索の禁止については、通報者を特定することを目的とした行為が正当な理由なく禁止されます。具体的には、「通報した可能性のある人物を特定しようとするヒアリング」「IPアドレスや端末ログを用いた通報者の特定調査」といった行為がこれにあたります。
ただし、「通報内容の調査に必要な範囲での確認」は正当な理由があるとして許容されます。この線引きは非常にシビアで、法律上の「正当な理由」の範囲は今後の解釈・事例の蓄積を待つ部分もあります。厳しいところですね。
金融機関や上場企業では、内部調査を行う際に法務・コンプライアンス部門が通報者の特定に関与するケースがあります。この点について、社内調査手続きの規程を改正法に沿って見直す必要があります。具体的には、通報受付から調査・報告までのフローを文書化し、「通報者の探索を行わないための措置」を明示的に組み込むことが実務上の対策となります。
改正法の施行まで2026年2月現在で約10ヶ月。企業として何から手をつければいいのかを整理します。
まず確認すべきは自社の従業員規模です。常時使用する労働者数が301人以上の事業者には、従事者指定義務(内部通報対応業務を担う従事者を指定する義務)と体制整備等義務が法律上の義務として課されています。300人以下の中小企業は努力義務にとどまりますが、改正法では消費者庁の立入検査権が新設されており、小規模企業も実質的なプレッシャーが増します。
体制整備の核心は「周知義務の法律への明記」です。これが原則です。従来は法定指針レベルにとどまっていた「内部通報制度を労働者等に周知すること」が、改正法では法律上の義務として格上げされます。「窓口を設けたが社員が知らない」という状況は、法令違反になりえます。
実務上のチェックポイントを以下にまとめます。
特に金融機関にとっては、コンプライアンス態勢の整備は金融庁の検査対象でもあります。内部通報制度は「社内ガバナンスの質」を示すものとして、投資家・取引先・監督当局からも注目されています。これは使えそうです。
自社の対応が改正法に沿っているかどうかを専門家に確認したい場合、弁護士や社会保険労務士に初期相談するのが最短ルートです。特に体制整備に不安がある場合は、外部の第三者通報窓口サービス(弁護士事務所や専門コンプライアンス会社が提供)を活用する方法もあります。外部窓口を設けることで「経営幹部からの独立性確保」という観点でも評価されやすくなります。
改正法施行に向けた企業の実務対応については、消費者庁国民生活センターの報告書が体系的にまとめられています。
改正法の条文・要綱・概要資料の一次情報は政府広報でも公開されています。