
軽減税率とは、消費税の複数税率制度の一つで、2019年10月1日の消費税率10%への引き上げに伴い導入されました。この制度では、一部の商品やサービスに対して標準税率の10%ではなく、8%の税率が適用されます。
軽減税率が導入された主な理由は、消費税増税による消費者、特に低所得者層の負担を軽減するためです。消費税は所得の多寡に関わらず同じ税率がかかるため、所得が低い人ほど税負担が重くなる「逆進性」という特徴があります。生活必需品の税率を低く抑えることで、この逆進性を緩和する狙いがあります。
軽減税率8%の内訳は、消費税率6.24%と地方消費税率1.76%となっています。これは増税前の消費税率6.3%、地方消費税率1.7%とは若干異なる割合になっていますが、合計税率は8%と変わりません。
軽減税率の対象となる品目は主に以下の2つです。
飲食料品については、人の飲用または食用に供されるものが対象となりますが、いくつか例外があります。
新聞については、週2回以上発行される新聞で定期購読契約に基づくものが対象となります。コンビニや駅で購入する1部売りの新聞や電子版の新聞は対象外です。
新聞が軽減税率の対象となった背景には、「新聞は思索の食料や栄養源」という考え方があります。欧州諸国では、新聞などの出版物は単なる消費財ではなく、思索を深めるための食料・栄養源であるという考え方が根付いています。
EU加盟国の多くでは、新聞に対して軽減税率を適用しており、イギリス、デンマーク、ベルギーなどでは新聞に対して0%の税率を適用している国もあります。日本新聞協会は2013年から「軽減税率を求める声明」を発表し、政府に対して積極的に働きかけていました。
新聞が軽減税率の対象となるためには、以下の条件を満たす必要があります。
これらの条件を満たせば、一般紙だけでなく、スポーツ新聞や英字新聞、業界紙なども軽減税率の対象となります。ただし、1部売りの新聞や電子版の新聞は対象外です。
日本新聞協会:新聞への消費税軽減税率適用についての詳細な解説があります
軽減税率の導入は企業にとって様々な影響をもたらします。
メリット。
軽減税率の対象となる商品は税率が8%に据え置かれるため、消費者の購買意欲の低下を抑制し、売上の減少を緩和することができます。
外食(10%)とテイクアウト(8%)の税率差により、テイクアウトや宅配サービスの需要が増加する可能性があります。これまで店内飲食のみだった飲食店も、テイクアウトメニューや宅配サービスを展開することで新たな顧客を獲得できるチャンスがあります。
デメリット。
2つの税率が混在することで、商品ごとの税率区分や税率ごとの合計金額の記載など、経理処理や事務処理が複雑になります。
レジシステムの改修や従業員への教育など、導入に伴うコストが発生します。
仕入れは10%で支払い、販売は8%で回収するケースでは、一時的に資金繰りが悪化する可能性があります。
軽減税率制度の主な目的は、消費税の逆進性を緩和することです。逆進性とは、所得が低い人ほど税負担が重くなる性質を指します。
消費税は所得の多寡に関わらず同じ税率がかかるため、低所得者ほど所得に対する消費税負担の割合が高くなります。特に食料品などの生活必需品は、所得による消費支出の差が出にくい部分であり、低所得者ほど所得に占める食費の割合(エンゲル係数)が高くなる傾向があります。
軽減税率によって、日々の生活に必要な飲食料品の税率を8%に据え置くことで、低所得者の税負担を軽減し、逆進性を緩和する効果が期待されています。
ただし、経済学者の中には「軽減税率では低所得者は有利にならない」との批判もあります。食費を多く支払う高所得者の方が、軽減税率による恩恵が大きくなるため、低所得者の保護につながらないという指摘です。
実際の効果については、導入後の消費動向や家計への影響を分析する必要がありますが、少なくとも生活必需品の税負担が増えないという点では、消費者全体にとってメリットがあると言えるでしょう。
軽減税率の導入に伴い、2023年10月からはインボイス制度(適格請求書等保存方式)が開始されました。この制度は、複数税率に対応した消費税の仕入税額控除の方式で、事業者は取引ごとに適用税率を区分して記載した「適格請求書(インボイス)」の発行・保存が必要になります。
インボイス制度の下では、事業者は以下の対応が必要です。
課税事業者は、税務署に申請して「適格請求書発行事業者」として登録する必要があります。
取引先に対して、適用税率や税額などを記載した適格請求書を発行します。
取引内容や税率ごとに区分した帳簿と受け取った適格請求書を保存します。
特に、飲食料品を取り扱う小売業や飲食業では、軽減税率の対象品目と対象外品目を正確に区分し、適切な税率で請求書を発行する必要があります。例えば、スーパーマーケットでは、食料品(8%)と日用品(10%)を区分して記載したレシートを発行する必要があります。
また、免税事業者(課税売上高が1,000万円以下の事業者)は、インボイスを発行できないため、取引先が仕入税額控除を受けられなくなる可能性があります。これにより、取引の継続や価格交渉に影響が出る可能性もあるため、課税事業者への転換を検討する必要があるかもしれません。
国税庁:インボイス制度の概要と事業者の対応について詳しく解説されています
軽減税率制度は日本だけでなく、多くの国で導入されています。特にEU諸国では、複数税率制度が一般的です。
EU諸国の軽減税率の特徴。
国名 | 標準税率 | 新聞の税率 |
---|---|---|
イギリス | 20% | 0% |
デンマーク | 25% | 0% |
ベルギー | 21% | 0% |
フランス | 20% | 2.1% |
ドイツ | 19% | 7% |
スウェーデン | 25% | 6% |
日本 | 10% | 8% |
日本の軽減税率の特徴。
日本の軽減税率制度は、EU諸国と比較すると対象品目が限定的です。EU諸国では、食料品や新聞だけでなく、書籍、医薬品、公共交通機関、水道、電気、ガスなど、より幅広い生活必需品に軽減税率を適用している国も多くあります。
また、日本では電子版の新聞が対象外となっていますが、デジタル化が進む中で、今後の課題となる可能性があります。
軽減税率制度は導入から数年が経過し、一定の定着が見られますが、今後もいくつかの課題や展望が考えられます。
今後の課題。
現在の対象品目は「酒類・外食を除く飲食料品」と「定期購読の新聞」に限定されていますが、書籍や医薬品など他の生活必需品も対象に含めるべきかという議論があります。
電子版の新聞や書籍は現在対象外となっていますが、デジタル化が進む中で、紙媒体と電子媒体で税率が異なることへの不公平感が指摘されています。日本新聞協会は電子版新聞も軽減税率の対象とするよう働きかけを続けています。
同じ商品でも、店内飲食(10%)とテイクアウト(8%)で税率が異なるため、事業者にとって管理が複雑になっています。特にコンビニのイートインスペースの利用有無による税率の違いなど、運用面での課題があります。
2023年10月から始まったインボイス制度との連携において、特に小規模事業者の負担軽減が課題となっています。
今後の展望。
電子版コンテンツへの軽減税率適用の検討や、デジタル化に対応した税制の整備が進む可能性があります。
将来的な消費税率の引き上げが検討される際に、軽減税率の対象品目の拡大が議論される可能性があります。
事業者の負担軽減のため、税率区分や経理処理の簡素化が図られる可能性があります。
軽減税率制度は、消費者の負担軽減と事業者の対応コストのバランスを取りながら、今後も改善が進められていくことでしょう。特に、デジタル化の進展に伴い、電子版コンテンツの扱いについては見直しが求められる可能性が高いと言えます。