

外回り営業なのに、実は残業代を請求できるケースが8割以上ある。
事業場外みなし労働時間制とは、労働者が会社の外で業務に従事し、使用者がその労働時間を正確に把握することが困難な場合に、あらかじめ定めた一定の時間を「労働したものとみなす」制度です。根拠法令は労働基準法第38条の2であり、日本独自の労働時間管理の特例として位置づけられています。
「みなし」という言葉のとおり、実際に何時間働いたかに関わらず、最初から決めておいた時間分だけ働いたと法律上扱われます。つまり所定労働時間が8時間と定められていれば、実際に6時間で仕事が終わっても、あるいは10時間かかっても、8時間分の賃金が支払われるということです。
これはお金の管理に慣れている方にとっては、一種の「定額制」のようなイメージで理解するとわかりやすいかもしれません。
この制度が生まれた背景には、外回り営業や出張業務など、会社の管理者が直接見ていない場所での働き方に対応するためという歴史的な事情があります。タイムカードを打てない環境や、上司が現場に同行できない状況を前提として設計された制度です。
対象となる主な職種としては、外回りの営業担当、取材記者、コンサルタント、建設現場の監督者などが挙げられます。これらの職種に共通するのは「会社の外で独自に行動する」という点です。
なお、「みなし労働時間制」という言葉は3種類の制度を含む総称です。①事業場外みなし労働時間制、②専門業務型裁量労働制、③企画業務型裁量労働制の3種類があり、今回解説するのはそのうちの①です。
つまり「みなし労働」と一口に言っても、内容が異なる制度が存在するということです。
東京労働局「事業場外労働に関するみなし労働時間制の適正な運用のために」(厚生労働省)— 制度の基本要件と算定方法の公式解説
この制度が適用されるためには、法律上2つの要件を同時に満たす必要があります。それは「①事業場外で業務に従事していること」と「②労働時間の算定が困難であること」の2点です。
①については、オフィスの外で働いていれば原則として満たすことができます。外回り営業、出張中の業務、在宅勤務などがこれにあたります。ただし、1日のうち会社に出勤してから外出する場合は、外出している時間のみが対象になる点に注意が必要です。
問題になりやすいのは②です。「労働時間の算定が困難」とは、会社側の主観的な「管理が面倒だから」では足りず、客観的に見て本当に把握できない状況でなければなりません。
以下のようなケースでは、たとえ社外で働いていても②を満たさないと判断されます。
これは厳しいところですね。現代においては、スマホの普及によって「随時指示できる状態」が当たり前になっているため、この制度が実際に適用できる業務はかなり限られてきています。
裁判でも適用が認められないケースが多数を占めます。有名な「阪急トラベルサポート事件(最高裁2014年判決)」では、海外ツアーの添乗員が事業場外みなし労働時間制の対象とされていましたが、携帯電話を常時電源オンにしてトラブル報告を義務付けていたこと、日程表による具体的な業務指示があったことなどを理由に、最高裁は適用を否定しました。
また2024年4月16日には、「協同組合グローブ事件」に関する最高裁第三小法廷判決が出ており、「労働時間を算定し難いとき」の判断基準についてあらためて重要な判断が示されています。
協同組合グローブ事件(最高裁令和6年4月16日判決)解説 — 最新の最高裁判決の内容と企業への影響についての詳細解説
「みなし労働時間制だから残業代はゼロ」と思っている方が多いですが、それは必ずしも正確ではありません。残業代が発生するパターンが、実は複数あります。
まず、みなし労働時間が所定労働時間を超える場合です。例えば、通常の所定労働時間は1日8時間でも、外回り業務を遂行するために通常10時間かかるとあらかじめ分かっている場合、その10時間が「みなし労働時間」になります。法定労働時間(1日8時間)を超える2時間分については、割増賃金(25%以上の割増)を支払う必要があります。
次に、みなし労働時間を超えるみなし時間を設定するために労使協定を結んだ場合は、その協定時間が8時間を超えるなら所轄の労働基準監督署に届け出なければなりません。届出を怠ると制度の有効性が問われることもあります。
そして見落とされがちな点として、深夜労働(午後10時〜午前5時)と法定休日労働には、みなし労働時間制が適用されていても割増賃金の支払い義務が生じます。深夜なら25%以上、法定休日なら35%以上の割増が必要です。残業代はゼロではないということです。
さらに重要な視点が、制度の適用自体が無効なケースです。前述の要件を満たさずに「みなし労働時間制」として扱われていた場合、その制度は法的に無効となり、実際の労働時間に基づいた残業代が遡って請求できます。時効は原則2年(賃金請求権は2020年の法改正で当面3年に延長)です。
外回り営業として働いており、毎日夜遅くまで業務をしているにもかかわらず残業代が出ないと感じている方は、まずご自身の勤務実態が本当にこの制度の要件を満たしているか確認することが重要です。
| ケース | 残業代の扱い |
|---|---|
| みなし時間が所定労働時間以内(例:8時間) | 原則として残業代は発生しない |
| みなし時間が8時間超(例:通常10時間かかる業務) | 超過分(2時間)に25%以上の割増賃金が必要 |
| 深夜(22時〜翌5時)の労働 | みなし制適用でも25%以上の割増賃金が必要 |
| 法定休日(週1日)の労働 | みなし制適用でも35%以上の割増賃金が必要 |
| 要件を満たさない不正なみなし制適用 | 制度無効・実労働時間で遡って残業代請求可 |
勝浦法律事務所「事業場外みなし労働時間制は要注意」— みなし制が認められない裁判例と残業代請求できるケースの解説
会社側がこの制度を導入するためには、法律で定められた手順を正しく踏む必要があります。手続きの不備は、制度全体の有効性を失わせるリスクがあるため注意が必要です。
ステップ1:就業規則への記載です。まず、就業規則に事業場外みなし労働時間制を採用する旨と、その対象業務・みなし時間を明記します。就業規則を変更した場合は、従業員への周知義務も生じます。
ステップ2:労使協定の締結です。業務の遂行に通常必要な時間(みなし労働時間)が所定労働時間を超える場合、事業主と労働者の過半数代表(または労働組合)が書面で労使協定を締結する必要があります。
ステップ3:労働基準監督署への届出です。締結した労使協定のみなし労働時間が法定労働時間(1日8時間)を超える場合は、所轄の労働基準監督署長に届け出なければなりません。なお、8時間以下に設定している場合は届出は不要です。
手続きはシンプルです。ただし、制度の運用実態が伴っていなければ、届出を行っていても裁判で否定されることがあります。
以下の点は、制度導入後も継続して管理すべき重要事項です。
特に18歳未満や妊産婦への適用禁止は見落とされやすいため、人事担当者は注意が必要です。
顧問弁護士ドットコム「労基署が調査するみなし労働時間制のポイント」— 労働基準監督署が実際に確認するチェックポイントの詳細
テレワーク(在宅勤務)に事業場外みなし労働時間制を適用できるかは、近年非常に注目されているテーマです。結論から言えば、「テレワークだから自動的に適用できる」わけではありません。
厚生労働省は、テレワークにこの制度を適用するためには次の2条件が必要だと明示しています。「①使用者の指示により常時通信可能な状態に置かれていないこと」と「②随時の具体的な業務指示に基づいて業務を行っていないこと」の2点です。
要するに、Slackやチャットツールでの常時オンライン状態の義務付け、上司からのタスク指示のリアルタイム送付、勤怠管理システムでの打刻・報告——これらが日常的に行われている環境では、テレワークでもこの制度は適用できないことになります。
これは意外ですね。多くの在宅勤務環境は「管理可能な状態」にあるため、適用できるケースは限られています。
ここで金融業界に関わる方向けに特有の観点を加えます。金融機関やフィンテック企業では、コンプライアンス管理の観点から業務の記録・報告義務が非常に厳格です。外回り担当のリテール営業、ファンドマネージャーの外部訪問、保険外交員などが事業場外みなし労働時間制の対象とされるケースがあります。しかし、金融機関特有のシステムログや入退館記録、電話記録、顧客面談報告書などが詳細に残る環境では、「労働時間の算定が困難」という要件を満たせない可能性が高いです。
つまり金融業種では、コンプライアンスのための記録管理が制度の適用を妨げるという逆説的な状況が起きやすいということです。
もし自分の職場でみなし労働時間制が適用されているが実態と合っていないと感じている場合は、まず就業規則と労使協定の内容を確認する一歩が重要です。書面上の取り決めと実際の管理実態が乖離していれば、未払い残業代請求の根拠となり得ます。具体的な状況確認は、最寄りの労働基準監督署(相談無料)や、労働問題に精通した弁護士・社会保険労務士への相談が確実です。
厚生労働省テレワーク総合ポータル「自宅でテレワークを行う場合、事業場外労働のみなし労働時間制を利用できますか?」— テレワークと制度適用の公式見解