

環境省が提供する排出原単位データベース(Ver.3.5)は無料で使えるが、使い方を誤ると算定値が実態の数倍になり、ESG評価で大きく減点される可能性がある。
排出量原単位データベースとは、企業や金融機関がサプライチェーン全体のCO2排出量を算定するために必要な「排出原単位(排出係数)」を体系的に取りまとめたデータベースです。排出原単位とは、ある活動量の1単位あたりに排出される温室効果ガス(GHG)量を示す数値であり、たとえば「電力1kWhを使用したときに排出されるCO2は何グラムか」「輸送距離1トンキロあたりのCO2排出量はいくらか」といった形で表されます。
算定の基本式は次の通りです。
排出量(tCO₂e)= 活動量 × 排出原単位
この式の「排出原単位」に何を使うかで、算定結果が大きく変わります。
つまりが肝心です。
データベースを正しく選ばないと、実際より何倍もの排出量として計上されてしまうリスクがあります。環境省が公開する「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」から、最新版のVer.3.5が無料でダウンロードできます。Scope1・Scope2・Scope3それぞれのカテゴリに対応した原単位が整理されており、国内標準の算定基盤として多くの上場企業が活用しています。
「tCO₂e」という単位は"ton of CO₂ equivalent"の略で、メタンや一酸化二窒素などのさまざまな温室効果ガスをCO2に換算して合算した値です。
この単位が国際的な共通言語となっています。
【環境省 グリーン・バリューチェーンプラットフォーム】排出原単位データベース(Ver.3.5)の公式ページ。Scope1〜3対応の原単位をExcel形式で無料ダウンロードできる。
排出原単位データベースには大きく2つのアプローチがあります。そのひとつが「積み上げベース(プロセスベース)」です。これは製品やサービスの生産工程ごとに、実際に消費した原材料・エネルギー・廃棄物などのインプットとアウトプットを詳細に積み上げて算定する方法です。
代表的なデータベースが産業技術総合研究所(AIST)が開発した「IDEA(Inventory Database for Environmental Analysis)v3」で、約5,600ものデータセットを収録しています。これはA4用紙1枚のデータシートが5,600枚分というボリューム感で、国内のほぼすべての経済活動をカバーしています。精度が高い分だけ算定に労力がかかり、有料ライセンスが必要です。
金融機関が投資先企業のScope3算定を支援する場面や、製造業がカーボンフットプリント(CFP)を算出してサプライヤーに提示する場面では、この積み上げベースのIDEA v3が推奨されます。
精度が原則です。
産業連関表ベースよりも誤差が少なく、ISO 14040/44などの国際基準にも対応しやすい点が強みです。
一方で、データ収集にかかる時間とコストが大きいため、中小企業が単独で対応するのは現実的に難しいケースもあります。その場合は、後述する産業連関表ベースとの使い分けが有効です。
【産業技術総合研究所(AIST)】IDEA公式サービス解説ページ。5,600超のデータセットの詳細や利用方法が確認できる。
もうひとつのアプローチが「産業連関表ベース」です。これは国が約5年ごとに整備する「産業連関表」(約500部門に及ぶ経済統計)を使って、ある産業部門が単位金額の生産を行うと社会全体でどれだけのGHGが排出されるかを算出したものです。環境省の排出原単位データベースVer.3.5の「産業連関表ベースの排出原単位」が代表例です。
最大のメリットは網羅性の高さです。どの業種・どのカテゴリでも「金額×排出原単位」という簡単な計算でScope3の概算を出せるため、Scope3の初期算定や全体像の把握に非常に便利です。
これは使えそうです。
ただし注意点があります。産業連関表は5年ごとの更新のため、最新の技術変化や電源構成の変化を即時に反映できません。また、部門分類が粗いため、製品・サービスごとの精緻な分析には向きません。特にESG情報開示の文脈で「概算値ではなく実態に近い数値で報告してほしい」と求められる場合、産業連関表ベースだけでは不十分になるケースが増えています。
金融に関心を持つ投資家の立場から見ると、企業がどのベースの原単位を使って算定しているかを確認することが、情報の質を見抜く重要なポイントになります。
排出原単位データベースの精度には明確な序列があります。精度が高い順に並べると、自社実測値(一次データ)>積み上げベース(IDEA等)>産業連関表ベース(環境省DB等)という順番が目安です。
結論はこの順位だけ覚えておけばOKです。
ただし「精度が高い=常に使うべき」とはなりません。算定目的や対象カテゴリによって最適なデータベースは変わります。環境省は以下の要件を満たすデータを優先して使うよう推奨しています。
たとえば、日本国内の電力消費によるScope2排出量を算定するなら、環境省・経済産業省が公開する「温対法(SHK)」の排出係数が最も地理的適合性が高く推奨されます。一方、海外サプライチェーンを含むScope3 カテゴリ1(購入した製品・サービス)の算定では、スイスのecoinvent(世界最広域のLCA用データベース)が有力な選択肢になります。
目的ごとに使い分けが基本です。場面によっては複数のデータベースを組み合わせて使うことも、環境省のガイドラインで認められています。
GHGプロトコルで定義されたScope1〜3の分類と、対応する排出原単位データベースを整理しておくと、実務での混乱が防げます。
| スコープ | 内容 | 推奨データベース(国内) |
|---|---|---|
| Scope 1 | 自社の直接排出(燃料燃焼等) | 温対法(SHK)、IDEA v3 |
| Scope 2 | 購入電力・熱・蒸気による間接排出 | 温対法(SHK)排出係数 |
| Scope 3 | サプライチェーン全体の間接排出(15カテゴリ) | IDEA v3、産業連関表DB(環境省)、GLIO(海外含む) |
特に重要なのがScope3です。多くの業種でScope3がGHG排出量全体の70〜90%以上を占めると言われており、これをどの原単位で算定するかが開示の質を決定します。Scope3には15のカテゴリがあり、それぞれで推奨されるデータベースが細かく異なります。
カテゴリによって使い分けが条件です。
環境省のVer.3.5では、Scope3カテゴリ1「購入した製品・サービス」に対しては積み上げベースまたは産業連関表ベース、カテゴリ4「輸送・配送(上流)」には輸送に関する排出係数(SHK輸送版)が対応するなど、詳細な整理がされています。
環境省は2025年3月に排出原単位データベースをVer.3.5へと更新しました。
いいことですね。
前バージョンから主な変更点として、産業連関表DBの利用にあたり「平成12-17-23年接続産業連関表」への参照更新が行われたほか、建物用途別の単位エネルギー使用量・単位面積当たりの排出原単位も改訂されています。
金融や投資の現場で注目すべきポイントは、毎年度更新される電力の排出係数(令和5年度全国平均:0.000423 t-CO2/kWh)が反映されている点です。電力の排出係数は年によって数%〜十数%変動することがあり、古いバージョンを使い続けると算定結果が実態から乖離します。
時間的適合性には期限があります。
特に上場企業の有価証券報告書でGHG排出量を開示する場合、金融庁や投資家は「どのバージョンのデータベースを使用したか」を確認することが増えています。古いVer.2.5やVer.3.3のまま算定を続けていると、比較可能性の観点から減点されるリスクがあります。実務担当者は年度の変わり目に最新版への更新を確認する習慣をつけることが重要です。
【環境省 グリーン・バリューチェーンプラットフォーム】排出原単位データベースVer.3.5のダウンロードと整備方針の公式ページ。
毎年更新される係数の確認にも活用できる。
金融に関心を持つ人が特に知っておくべき点があります。銀行・証券・保険・資産運用会社などの金融機関にとって、GHG排出量の大半を占めるのは実は自社オフィスの電力使用ではなく、「投融資先の企業が排出するGHG量」です。これはGHGプロトコルのScope3カテゴリ15「投資」として計上されます。
この算定に広く使われるのが「PCAF(Partnership for Carbon Accounting Financials)スタンダード」です。PCAFは金融機関向けのGHG排出量算定フレームワークで、上場株式・社債・プロジェクトファイナンスなど資産クラス別に算定方法を規定しています。
具体的な算定式は次の通りです。
金融排出量 = 投資額 ÷ 企業価値(EVIC) × 投資先のScope1+2排出量
この計算において「投資先のScope1+2排出量」が不明な場合に代わりに使うのが排出原単位データベースです。売上高あたりの排出原単位(Intensity method)や、産業連関表ベースの部門別原単位を使って推計します。
これが算定の核心部分です。
2025年12月にISSB(国際サステナビリティ基準審議会)は金融機関に対するScope3開示要求を一部緩和しましたが(2027年1月以降の年次報告期間から適用)、開示自体が不要になったわけではありません。むしろ、代替手法として排出原単位DBを使った推計が選択肢として残る形になりました。
【大和総研レポート】金融機関のGHG排出量算定で注目されるPCAFの仕組みと、カテゴリ15算定の詳細を解説したPDF。
2025年3月、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)は日本版サステナビリティ開示基準を正式に公表しました。この基準は2027年3月期から時価総額3兆円以上のプライム市場上場企業に対して有価証券報告書への記載が義務化され、2028年3月期からは時価総額1兆円以上1兆円未満の企業にも拡大します。開示義務は有料です(企業コスト・体制整備を要します)。
SSBJ基準でGHG排出量(Scope1・2・3)の開示が義務となるため、算定根拠となる排出原単位データベースの選定は、今後の財務報告と直結します。特にScope3については「報告初年度は開示を省略可能」とする移行措置が設けられていますが、2年目以降は開示が必要です。
段階的な準備が原則です。
金融に関心を持つ投資家の観点からは、「企業がどの排出原単位データベースを使って算定しているか」「その選択が国際的な比較可能性を持つか」がESG評価の重要チェックポイントになります。環境省のデータベースを使った算定は信頼性として認められやすい一方、海外のサプライヤーが多い企業でecoinventなど海外DBを補完的に活用しているかどうかも、洗練された開示か否かの判断材料になります。
【Zeroboardコラム】SSBJ基準確定の詳細と企業の対応ポイントを徹底解説。適用スケジュールや開示必須項目の確認に有用。
国内で主に使われる排出原単位データベースを3種比較します。
整理しておくと実務で迷いません。
| DB名 | 提供元 | 費用 | 精度 | 主な用途 |
|---|---|---|---|---|
| 環境省排出原単位DB(SHK含む) | 環境省・経済産業省 | 無料 | 中(全体把握向き) | Scope3初期算定・簡易算定 |
| IDEA v3 | AIST(産業技術総合研究所) | 有料ライセンス | 高(製品・工程別) | 製品LCA・精緻なScope3算定 |
| 3EID | 国立環境研究所(NIES) | 無料 | 中低(概算) | 全体把握・研究・学術用途 |
3EIDは「産業連関表による環境負荷原単位データベース」の略称で、国立環境研究所が公開しています。無料で使える反面、誤差が大きくなりやすいため、公式発表や投資家向け開示よりも内部の概算確認に向いています。無料ですが精度は割り切って使うのが条件です。
IDEA v3は有料ですが、約5,600のデータセットをカバーし、製品単位のLCA算定が可能です。大手製造業やサステナビリティ開示に力を入れる企業が採用しています。環境省のガイドラインでもIDEA v3は「積み上げベースの国内代表DB」として明記されています。
【国立環境研究所 3EID】産業連関表による環境負荷原単位データベースの公式ページ。部門別のCO2排出量概算に使える無料ツール。
グローバルに展開する企業に投資・融資している金融機関は、海外の排出原単位データベースにも目を向ける必要があります。国内DBだけでは不十分なんでしょうか? 結論から言えば、海外サプライチェーンが関わる場合は「不十分」です。
代表的な海外DBは3つあります。①スイス非営利団体が運営する「ecoinvent」は世界で最も広く使われているLCAデータベースで、ISO 14040/44準拠の高い信頼性を持ちます。有料ライセンスが必要ですが、欧州規制(CBAM・CSRDなど)への対応を求められるグローバル企業には必須です。②EUの「ELCD(European Reference Life Cycle Database)」は欧州委員会(JRC)が整備した公的データで、欧州域内の取引対応に有効です。③米国アルゴンヌ国立研究所の「GREET」は輸送・燃料分野に特化したモデルで、EV関連投資の評価などで参照されます。
金融機関が投資先企業のScope3算定を評価する際、企業が「環境省のDBしか使っていない」のか「ecoinventや国際DBを組み合わせている」のかを見ることで、サステナビリティ情報の成熟度を推し量れます。
これは使えそうです。
国際投資家からのエンゲージメント対応において、データベース選択の開示は今後ますます重視されます。
金融に興味を持つ投資家が排出量原単位データベースの知識を使って企業を評価する場面を具体的に考えてみましょう。
痛いですね、知らないままでいるのは。
まず、企業の有価証券報告書や統合報告書に記載された「GHG排出量の算定方法」の脚注を確認します。「環境省排出原単位データベース Ver.X.X を使用」という記載があれば、どのバージョンを使っているかが把握できます。古いバージョンが記載されていれば、担当者が更新作業を怠っている可能性があります。
次に注目すべきは、Scope3の開示範囲です。Scope3は15カテゴリありますが、一部カテゴリのみ開示している企業は多くあります。特にカテゴリ1(購入した製品・サービス)はScope3全体の排出量のなかで大きな割合を占めやすく、ここを産業連関表ベースの概算のみで済ませているのか、積み上げベースの精緻な算定を行っているのかで情報の質が大きく異なります。
さらに重要なのが「排出量の第三者保証の有無」です。2026年以降、時価総額の大きな企業からサステナビリティ情報への保証取得が順次求められます。第三者保証がついたGHG算定は、排出原単位の選択根拠についても審査されます。保証有無が投資判断の分岐点になる時代が来ています。
排出量原単位データベースを実務で使うとき、金融関連の担当者が陥りがちなミスが3つあります。
厳しいところですね。
① データベースのバージョンを更新し忘れる
環境省のデータベースは毎年更新されます。特に電力の排出係数は年度によって変動するため、前年度のDBを使い続けると実態より高い(または低い)値が算出されます。年度の変わり目に確認するだけで防げる問題です。
② 産業連関表ベースと積み上げベースを混在させる
カテゴリによって推奨されるDBが異なるにもかかわらず、「全カテゴリを産業連関表ベースだけで算定した」というケースが見られます。特にカテゴリ1や4では積み上げベースの使用が推奨されており、混在方法を誤ると開示の整合性が問われます。
③ 海外活動に日本国内の原単位を当てはめる
海外拠点での電力消費や海外調達品のScope3算定に、日本の排出係数をそのまま適用するケースがあります。たとえば再生可能エネルギー比率が高い国では、電力の排出係数が日本より大幅に低い場合があり、日本の係数を使うと排出量を過大評価します。IEA(国際エネルギー機関)やIGES(地球環境戦略研究機関)が提供する国別データを使うのが原則です。
この情報を得た上で、自社または投資先のGHG算定フローを一度確認することをお勧めします。算定ツールとして「Zeroboard」などのクラウドシステムはAIST-IDEAデータベースを標準搭載しており、バージョン管理ミスのリスクを自動的に下げる設計になっています。
ここからは検索上位の記事にはない独自の視点をお伝えします。排出原単位データベースの「選択そのもの」が、企業のサステナビリティ成熟度を示すシグナルになるという点です。
欧米の機関投資家は、GHG排出量の数値そのものよりも「算定方法の透明性と再現性」を重視する傾向が強まっています。CDP(Carbon Disclosure Project)やGRI(Global Reporting Initiative)への回答でも、使用したデータベースの名称・バージョン・選定理由を開示することが求められるスコアリングになっています。
つまり、排出原単位DBの知識は投資家にとっては「企業開示の読み解き力」であり、企業担当者にとっては「開示の信頼性を高める実務スキル」です。
両者にとって欠かせない知識です。
具体的には、企業の統合報告書の「GHG算定方法論」のセクションで以下を確認するといいでしょう。
これらの情報を確認するには、環境省の「記述情報の開示の好事例集2024」(金融庁・環境省共同公開)も参考になります。GHG算定のベストプラクティスを開示している企業の事例が豊富に収録されています。
【金融庁・記述情報の開示の好事例集2024】GHG排出量開示のベストプラクティス事例を収録。算定根拠の書き方や排出原単位の開示方法を確認できる。
排出量原単位データベースについて理解が深まったところで、金融に関心を持つ読者が今日から実践できることを整理します。
行動は1つずつで十分です。
まず1つ目は、環境省の「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」から最新版の排出原単位データベース(Ver.3.5)をダウンロードして中身を確認することです。無料で入手でき、Scope1〜3の算定に対応した係数が一覧できます。肌感覚で「どの活動がどれくらいのCO2を出すか」をつかむだけでも、企業開示を読む際の解像度が格段に上がります。
2つ目は、関心のある投資先企業の統合報告書や有価証券報告書で、GHG排出量の算定根拠を探してみることです。「使用データベース:環境省排出原単位データベース Ver.X.X」という記載を見つけたら、それが最新版かどうかを確認してください。古いバージョンのままなら、担当部門の管理水準を推し量るヒントになります。
3つ目は、2027年3月期から始まるSSBJ基準の開示義務化スケジュールを自分の投資・分析対象企業に当てはめて確認することです。時価総額3兆円以上なら2027年3月期から、1兆円以上3兆円未満なら2028年3月期からが目安です。このスケジュールを頭に入れておくだけで、企業のGHG対応への準備状況を早期に評価できるようになります。
排出量原単位データベースは、気候変動と金融が交差する現代において、企業評価の「新しいリテラシー」です。GHGの数字そのものでなく、その算定の質を問う視点が、これからのESG投資では不可欠になっています。
十分なリサーチが完了しました。
記事を生成します。