

「アワードを受賞した報告書ほど、投資家に読まれていないことがあります。」
「第4回 日経統合報告書アワード」は、日本経済新聞社が主催し、金融庁・経済産業省・日本公認会計士協会が後援する国内最大級の統合報告書の表彰制度です。2024年に発行された統合報告書を対象として審査が行われ、2025年2月21日に最終審査結果が発表されました。
今回の参加社数は過去最多となる496社・団体でした。第3回(2023年)の475社・団体を上回り、年々右肩上がりで成長しています。前身の「日経アニュアルリポートアウォード」(1998年開始)と比較すると、参加企業数は373%にまで増加しており、統合報告書というフォーマットが日本企業の情報開示の主要ツールとして完全に定着したことを示しています。
審査のプロセスも注目に値します。3カ月にわたる1次審査では600人以上の機関投資家と学識経験者が参加。これは単なる「きれいな冊子」を選ぶコンテストではなく、実際に企業分析に使う立場の人々による実践的な評価です。つまり投資の最前線にいるプロが選ぶ、本物の審査です。
審査項目は以下の10テーマに基づいています。
- トップマネジメントのメッセージ(具体性・企業価値との連動)
- ビジネスモデル(競争優位性の明示)
- 価値創造プロセス(財務・非財務資本の関連付け)
- 経営戦略(中長期の方向性)
- リスクと機会(ESGリスクの定量的把握)
- 財務情報(資本効率・ROE/PBRへの言及)
- 人的資本(数値目標・施策の具体性)
- 知的財産(イノベーション戦略との連動)
- ガバナンス(実効性の説明)
- E(環境)・S(社会)の取り組み(KPIの有無)
これら10テーマすべてで参加企業平均を上回ることが、グランプリクラスの受賞条件となります。積水ハウスは10テーマ全てで平均超え、かつ5段階評価で最上位のA⁺を獲得してグランプリS賞を受賞しています。基準が厳しいですね。
なお、2024年時点で日本国内の統合報告書発行企業数は1,150社(宝印刷D&IR研究所調べ)に達しており、2019年の536社からほぼ倍増しています。上場企業の約3割強が統合報告書を発行する時代となりました。
参考:日経統合報告書アワードの詳細な審査基準と参加概要はこちら
日経統合報告書アワード アワードについて|日本経済新聞
第4回日経統合報告書アワード2024で総合グランプリに選ばれたのは、デンソー、日本ペイントホールディングス、丸紅の3社です(社名は五十音順)。いずれも東証プライム市場上場企業で、業種も輸送用機器・化学・卸売業とバラバラなのが興味深い点です。
業種を超えた共通点があります。それは「なぜこの戦略なのか」という理由を数字と言葉で同時に語っていること。
🏭 デンソー:価値創造を丁寧に説き高完成度
デンソーの統合報告書は、価値創造ストーリーが詳細かつ豊富な定量・定性データで裏付けられており、非常に完成度が高い内容として評価されました。特に気候変動やデジタル化に対する戦略的な取り組みが明確に示されており、ESG項目と企業価値との関連性を重視する姿勢が報告書全体から伝わります。審査員コメントでは「人的資本生産性の記述は他社の手本になる」との言葉もありました。つまり財務と非財務を融合させた点が高評価でした。
🎨 日本ペイントホールディングス:株主価値最大化の姿勢が伝わる
日本ペイントHDの統合報告書の特徴は、報告書を株主価値最大化の最重要開示資料と明確に位置づけている点です。1株当たり純利益(EPS)の積み上げにこだわる経営方針が、報告書の構成全体を通じて一貫して伝わります。少数株主への考え方やガバナンス理念の記述が詳細で、各委員会の委員長が具体的なメッセージを出している点も高く評価されました。近年「統合報告書の評価が急上昇した企業」としても注目されています。
🌏 丸紅:電子媒体読者への工夫が随所に
丸紅の統合報告書は、資本規律の訴求力が高く、企業価値向上への多様な取り組みに納得感があると評価されました。とりわけユニークなのが、電子媒体(PDFやWebビューワー)で読む読者を意識した工夫が随所に施されている点です。スクロールやクリックで情報が展開される設計は、他社の模範となるとの評価を受けています。また「丸紅人財エコシステム」という人材戦略の説明が分かりやすく、「従業員が出ていかない施策ではなく戻ってきたくなる組織づくり」への自負が感じられるとされました。
これは使えそうです。この3社の共通点を一言でまとめると、「数字とストーリーが分離していない」という点に尽きます。
参考:総合グランプリ3社の詳細な評価理由はこちらで確認できます
第4回日経統合報告書アワード 総合グランプリ3社の評価まとめ
総合グランプリ以外にも、第4回日経統合報告書アワードでは多彩な企業が各賞を受賞しています。受賞企業を一覧で整理します。
| 賞 | 受賞企業・団体 |
|---|---|
| 総合グランプリ | デンソー、日本ペイントホールディングス、丸紅 |
| グランプリE賞(環境) | 積水化学工業 |
| グランプリS賞(社会・ガバナンス) | しずおかフィナンシャルグループ、積水ハウス |
| グランプリG賞(ガバナンス) | 栗田工業 |
| 準グランプリ(6社) | 旭化成、イトーキ、伊藤忠商事、SWCC、オリックス、富士通 |
| 新人賞 | エイチ・ツー・オーリテイリング |
| 優秀賞(46社) | アシックス、アステラス製薬、ANAホールディングス、NTTデータグループ、花王、KDDI、キリンHD、クボタ、小松製作所、Sansan、住友化学、ソフトバンク、TDK、日立製作所、本田技研工業、三井物産、三菱商事、三菱重工業、村田製作所 など46社 |
受賞企業の業種分布を見ると、いくつかの傾向が浮かびます。まず製造業(化学・電気機器・機械)の比率が高く、次いで情報通信・卸売・金融と続きます。これは統合報告書の普及が先行した業種と重なります。
一方で、注目したいのが「新人賞」の存在です。今回はエイチ・ツー・オーリテイリング(百貨店・スーパー)が初受賞。小売業という業種からの受賞は珍しく、「完成度が低いから参加をためらう企業ほど参加すべき」というアワード運営側の方針を体現しています。
また、グランプリS賞を受賞したしずおかフィナンシャルグループ(銀行業)の受賞は、地域金融機関にとって大きな意義があります。メガバンク以外の地方銀行がグランプリクラスを受賞した事例として注目されています。
WICIジャパンが主催する「WICI統合リポート・アウォード2024」では、伊藤忠商事・TDK・野村総合研究所の3社がGold Awardを受賞しています。伊藤忠商事は日経アワード(準グランプリ)・GPIF選定・WICIジャパン(Gold)の3冠を達成しており、2024年の「総合評価最高企業」とも言えます。
参考:GPIFが選定した「優れた統合報告書」の全リストはこちら
GPIF 国内株式運用機関が選ぶ「優れた統合報告書」2024年度(PDF)
ここが、金融に興味ある方にとって最も重要なポイントです。
日経統合報告書アワードで高評価を受けた企業と、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用機関18社が「優れた統合報告書」として選んだ企業は、必ずしも一致しません。「なぜこの企業が?」と驚くケースも多数あります。
この"評価のズレ"は偶然ではないのです。
日経アワードが評価する報告書は、ひとことで言えば「上手にまとめた報告書」です。ロジカルな構成・美しい図解・整理された情報・読みやすさ——これらが揃ったレポートが高評価を獲得します。
一方、GPIFの運用機関が評価する報告書では、別の視点が重視されます。
- この企業の成長仮説は市場コンセンサスとどうズレているか
- そのズレが将来のリターンにつながる可能性があるか
- 投資家との対話を促す「余白」があるか
これはいわゆる「バリアント・ビュー(Variant View)」と呼ばれる、投資家独自の視点です。整いすぎた報告書は情報としては優秀ですが、「考えさせる余地」が少ないため、長期投資家が自分なりの仮説を立てにくいという側面があります。整った報告書は読めば終わります。余白のある報告書は読後に問いが残り、対話が始まります。
この視点は、統合報告書を「IRの広告物」として受け取るのか、「企業の未来を読み解く情報源」として活用するのかという、読み手側のスタンスの違いにもつながります。
金融に興味を持つ個人投資家や市場分析を行う方にとって、統合報告書は非常に活用度の高い一次情報です。しかし、アワード受賞の有無だけで「良い報告書」を判断すると、大切な視点を見落とすリスクがあります。受賞報告書=そのまま使える情報、ではありません。
参考:日経アワードとGPIF評価の"ズレ"に関する深掘り解説はこちら
日経アワードとGPIFが評価する統合報告書はなぜズレる?|sustb.com
第4回日経統合報告書アワード2024の審査を通じて、「人的資本」と「非財務情報」の重要性がかつてなく強調されました。これが金融・投資の世界においてどのような意味を持つのかを整理します。
2024年時点で、国内統合報告書発行企業数は1,150社に達しています。これは2019年の536社から約5年間で2倍以上という驚異的な増加ペースです。東京証券取引所のプライム市場再編(2022年)と「PBR1倍割れ企業への資本効率改善要請」(2023年)が、この流れを大きく加速させました。
PBR(株価純資産倍率)の改善には、財務指標の改善だけでは限界があります。なぜなら、PBRは「市場が見込む将来価値 ÷ 現在の純資産」で構成されるため、将来価値の源泉である人的資本・知的財産・ブランド・顧客基盤といった「非財務資本」をどう語るかが、PBR向上の鍵を握っているからです。
TDKはこの点について先進的な開示を行っています。CEOメッセージで「非財務資本は将来的な財務価値の創造につながる"未財務資本"であり、特に"人"を最重視する」と明言し、PBR向上と人的資本の関係をツリー図で整理して示しました。投資家にとって非常に分かりやすいですね。
伊藤忠商事は「資本コスト低減」という文脈で人的資本経営を論じており、エンゲージメントサーベイによって抽出した3つの課題に対して具体的施策を明示しています。このような「問題発見→原因分析→対策実施」という構造が、機関投資家に高く評価されています。
金融庁が2024年4月に公表した「人的資本開示に対する海外投資家の着眼点及び開示に関する調査報告書」でも、財務情報と非財務情報を統合的に報告することが国際標準として強く推奨されています。海外投資家の統合報告書活用は今後さらに増えるでしょう。
なお、個人投資家が統合報告書を読む際は、次の点に着目すると投資判断の精度が上がります。
- 📌 CEOメッセージ:問題意識と現状認識の具体性
- 📌 価値創造プロセス図:財務資本と非財務資本のつながりが明示されているか
- 📌 KPI一覧:目標値と実績値が両方記載されているか(片方だけはNG)
- 📌 リスクと機会:「機会」の定量化がされているか
これだけ覚えておけばOKです。統合報告書は「読む」よりも「問いを持って読む」ことで、初めて投資情報として機能します。
参考:人的資本開示の最新動向と海外投資家の視点については下記も参照