

外国の政府高官と結婚した日本人も、あなたの証券口座の取引がコールセンター限定に制限されます。
PEP(ピーイーピーズ、英語:Politically Exposed Persons)とは、外国において特に重要な公的機能を担っている、または過去に担っていた個人、およびその家族・密接な関係者を指す概念です。日本語では「政治的主要人物」または「重要な公的地位を有する者」とも呼ばれます。
この概念が生まれたきっかけとして有名なのが、1990年代のナイジェリアで起きた「アバチャ事件」です。独裁者サニ・アバチャとその関係者が国立銀行から莫大な公金を横領し、スイスなどの金融機関を通じて資産隠しを行った事件がきっかけで、国際機関FATFが政府高官による公金流用を防ぐための枠組みを整備しました。これが、現在のPEP規制の出発点です。
では、具体的にどのような人物がPEPに該当するのでしょうか?
日本の犯罪収益移転防止法(犯収法)に基づくと、外国PEPsとして定義される主な役職は以下のとおりです。
ここで多くの人が見落としがちなのが、家族の範囲の広さです。上記1〜7の「本人」だけでなく、その配偶者、父母、子ども、兄弟姉妹まで「外国PEPs」として扱われます。つまり、外国の大臣と結婚した日本人女性も、外国PEPsとして犯収法の対象になる可能性があります。これは意外と知られていない点です。
なお、「孫」や「祖父母」、「元配偶者」はPEPsの範囲に含まれません。配偶者の兄弟姉妹も原則として対象外です。PEPの範囲が「3親等すべて」ではなく、特定の続柄に限定されているという点も覚えておきましょう。
また、FATFの国際基準では、国際スポーツ委員会(例:IOC委員)のメンバーも近年PEPの範囲に追加されています。オリンピック開催地の決定や建設契約に関与できる立場にあることから、汚職リスクが高いとみなされるためです。これが条件です。
警察庁|犯罪収益移転防止法の概要(2025年12月版):外国PEPsとの取引における厳格な取引時確認の要件を確認できます
PEPは、なぜこれほど厳格な管理対象とされるのでしょうか?
端的に言えば、PEPは「権力を持ちながら、不正行為が発覚しにくい立場」にあるからです。国の重要な公的地位に就いている人物は、法の執行を監督する側に立っているため、マネーロンダリングや贈収賄に関与していても摘発されにくい傾向があります。厳しいところですね。
具体的なリスクとして、金融活動作業部会(FATF)は3つのカテゴリを挙げています。
国連薬物犯罪事務所(UNODC)によれば、毎年世界GDPの2〜5%がマネーロンダリングされていると推定されており、金額にして約7150億ユーロから1兆8700億ユーロ規模にのぼります。東京都の年間予算(約15兆円)と比較すると、その規模感がイメージしやすいでしょう。つまり世界の資金洗浄は膨大な規模です。
金融機関がPEP対応を怠ると、規制当局から巨額の制裁金を科されることがあります。2015年に英国のバークレイズ銀行は、PEPに対するデューデリジェンスを怠ったとして英国金融行動監視機構(FCA)から7,200万ポンド(当時の換算で約130億円)もの罰金を科されました。これは一件の取引に対する不備が原因であり、如何に厳しく規制されているかがわかります。
日本でも状況は同様です。金融庁の「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」において、外国PEPsとの取引は「高リスク取引」に分類され、銀行・証券会社・保険会社などはEDD(拡張顧客デューデリジェンス)を実施する義務があります。
リスクレベルは一律ではなく、PEPが保持する地位によって以下のように分類されます。
| リスクレベル | 該当する人物例 |
|---|---|
| 🔴 高リスク | 政党の著名なメンバー、国会議員、法執行機関の幹部 |
| 🟡 中リスク | 高位の裁判官、中央銀行役員、軍高官、大使・領事 |
| 🟢 低リスク | 市長クラスの地方公共団体首長、国有企業の役員 |
この分類はあくまで目安であり、実際には個別の状況をふまえてリスク評価が行われます。PEPであること自体は犯罪ではなく、金融機関はPEPだからといって取引を一律に拒否するわけではありません。あくまで「より高いレベルの確認が必要」という位置づけです。
Stripe|マネーロンダリング防止(AML)チェックとは何か:金融機関のPEPスクリーニングの仕組みをわかりやすく解説
PEPまたはその家族に該当すると、実際の金融取引にどのような影響があるのでしょうか。これは、多くの金融ユーザーが気になる実務的な点です。
2016年10月1日に施行された改正犯収法により、外国PEPsおよびその家族を対象とする「厳格な取引時確認」が金融機関に義務付けられました。具体的には、口座開設時だけでなく、取引のたびに事前の本人確認手続きが必要になります。
マネックス証券の事例を見ると、外国PEPsに該当する顧客は申告後にインターネット経由のご注文が一切できなくなり、コールセンター経由のみの受付けとなる仕組みになっています。さらに、取引の都度、事前の本人確認手続きが求められます。オンライン取引に慣れた投資家にとって、これは大きな制約です。
三井住友銀行も同様で、外国PEPsまたはその家族が口座開設・融資契約を結ぼうとする場合は、通常の顧客とは異なる特別なプロセスが適用されます。痛いですね。
PEP対象者が申告しない場合にはどうなるのでしょう?
口座開設の際には、全ての顧客に対して外国PEPs該当の有無を申告する義務があります。申告義務を怠ったり、虚偽の申告をすると、犯収法に基づく法的リスクを負うことになります。また、金融機関が独自のスクリーニングシステムで申告漏れを検出することも珍しくなく、後から発覚した場合も取引が制限・停止されるケースがあります。
注目すべき点として、外国PEPsの申告義務は「口座開設後に該当することになった場合」にも適用されます。例えば、口座を持つ日本人女性が外国政府の大臣と結婚した場合、そのタイミングで金融機関に申告し直す義務が発生します。これが基本です。
また、「外国PEPsの地位にあった者」すなわち退職・解任後の元職者も対象です。ただし、退職後のPEPステータスの継続期間については各機関・各国の規制によって異なり、EUの第4次マネーロンダリング指令では最低12ヶ月、FATFの勧告では「無期限で個別評価する」とされています。日本の犯収法では明確な期限規定は設けられておらず、金融機関がリスクベースで判断します。
三井住友銀行|マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策:外国PEPs顧客の口座開設・融資に関する手続きの概要
ここで重要な論点として、「国内PEP」の取り扱いがあります。多くの人が「PEP規制は外国の話」だと思いがちですが、実は日本の国会議員や中央銀行役員なども対象になりつつあります。意外ですね。
従来の犯収法では、「外国PEPs」のみが厳格な取引時確認の義務対象でした。しかし、FATFの国際基準(勧告12)では、外国PEPだけでなく「国内PEP」および「国際機関PEP」についてもリスクに応じた対応が求められています。
FATFが2021年に実施した日本の第4次相互審査では、国内PEPに対する対応が不十分として「一部履行(PC)」と評価されました。これを受けて日本は規制の整備を進め、2024年10月の第3回フォローアップレポートにおいて「概ね履行(LC)」へと評価が引き上げられています。
現在の対応状況はどうなっているのでしょう?
金融庁のガイドライン改訂(2024年4月)により、金融機関は国内PEPs(日本の国会議員、日本銀行役員、裁判官など)についても、他の顧客と同様に顧客リスク評価を行い、高リスクと判断した場合は外国PEPsと同等の厳格な確認を実施することが求められるようになりました。
つまり以下のような人物も、今後は金融機関による厳格な管理対象になり得ます。
2028年8月に予定されているFATF第5次対日相互審査では、法令整備の有無だけでなく「有効性(Effectiveness)」が重点評価されます。つまり、「ルールを作っているか」ではなく「実際に機能しているか」を見られるわけで、金融機関は形式的な対応では乗り越えられないと言われています。これは知っておくべきポイントです。
投資家の観点からは、日本国内の政治家や公人と何らかの関係がある場合でも、今後は金融機関から追加の確認を求められる機会が増える可能性があります。突然、証券会社から書類の提出や面談を求められた際に備えて、自分がPEPの範囲に入るかどうかを事前に確認しておくことが賢明です。
金融庁|マネロン・テロ資金供与対策ガイドラインFAQ(2024年4月改訂版):国内PEPの対応方針に関する最新の見解が確認できます
PEP規制への対応として金融機関が実施する手続きは、通常の本人確認(KYC)とは別次元のものです。この仕組みを理解しておくと、将来的に自分や家族がPEPに関わる状況になったときに適切に対処できます。これは使えそうです。
通常の本人確認(KYC:Know Your Customer)は、顧客の氏名・住所・生年月日・職業を確認するもので、免許証やマイナンバーカードなどの提示を求めるプロセスです。PEPに対してはこれに加え、EDD(Enhanced Due Diligence:拡張された顧客デューデリジェンス)が実施されます。
EDDで行われる主な確認事項は次のとおりです。
ここで知っておくと得するポイントがあります。PEPスクリーニングに使われるデータベースは自動更新されており、名前が登録されたまま退職後も長期間残るケースがあります。「もう退職したから関係ない」と思っていた元公務員が、数年後も金融機関のスクリーニングに引っかかるという現象が起きています。
PEPに該当すると判断された場合、金融機関側では以下のような実務的対応が取られます。
| 対応段階 | 内容 |
|---|---|
| 🟡 スクリーニング | PEPデータベース・制裁リストとの照合を自動で実施 |
| 🟠 EDD実施 | 資金の出所・使途・取引目的の詳細確認 |
| 🔴 承認プロセス | シニアマネジメントによる取引開始の可否判断 |
| 🔵 継続モニタリング | 取引履歴・口座動向の定期的な監視と記録 |
| 📝 疑わしい取引の届出 | 異常な取引が発覚した場合は当局(JAFIC)へ届出義務 |
金融機関は、こうした手続きのための記録を7年間保存する義務を負っています。つまり、一度PEPと認定された記録は、かなり長い期間、金融機関のシステムに残り続けるということです。記録が残ることは覚えておきましょう。
もし自分や家族がPEPに該当するかもしれないと感じた場合は、証券口座・銀行口座の開設や取引前に、担当の金融機関に事前確認を取るのが最もトラブルを避ける方法です。また、金融庁が公開しているガイドラインのFAQには、具体的な確認手順が記載されているため、参考にするとよいでしょう。