

MBOで自社株を買う経営陣の資金の多くは、実は自社の資産を担保にした「借金」です。
MBO(Management Buyout=マネジメント・バイアウト)とは、企業の経営陣が自ら資金を出し、自社の株式を買い取ることで経営権を取得するM&Aの手法です。「経営陣による買収」とも呼ばれます。
一般的なM&Aでは、外部の第三者が買い手となります。それに対してMBOは、すでに会社の内側にいる経営陣自身が買い手になる点が最大の特徴です。つまり、「自分の会社を自分で買う」という、一見不思議に見える取引なのです。
では、なぜ経営陣はわざわざ自社を買う必要があるのでしょうか。上場企業の場合、株式を多数の株主が保有しているため、経営陣は常に株主の意向を気にしながら経営を行わなければなりません。短期的な利益を求める株主の声が大きくなると、中長期的な成長戦略が後回しになりがちです。そこでMBOを通じて株式を非公開化(上場廃止)し、株主の干渉なしに自由な経営を実現しようとするわけです。
MBOの基本的なスキームはどうなっているのでしょうか?
通常、MBOは以下のような流れで進みます。
ここで注目すべき点があります。経営陣が「自分のお金だけ」でMBOを実施するケースは、実際にはほとんどありません。多くの場合、自社の資産やキャッシュフローを担保にした借入金(LBOローン)が活用されます。これをLBO(Leveraged Buyout=レバレッジド・バイアウト)と呼び、MBOの多くはLBOの性質を兼ね備えています。つまり、MBOの資金は「会社自身が背負う借金」という側面があるのです。
また、MBOと混同されやすいEBO(Employee Buyout)という手法も存在します。EBOは経営陣ではなく従業員が株式を買い取るものです。MBOは「経営陣」、EBOは「従業員」が主体という点で異なります。
MBOの対象は上場企業に限りません。非上場企業でも実施可能で、中小企業の事業承継においても活用されるケースが増えています。結論はシンプルです。MBOとは「経営陣が経営の主導権を取り戻すための手段」と覚えておけばOKです。
参考:MBOの仕組みと最新動向(三菱UFJ銀行)
https://www.bk.mufg.jp/soudan/shisan/lp/column/41.html
2025年、上場企業によるMBOは前年比7割増となる30件に達し、過去最多を記録しました。さらに、MBOを含む上場廃止を前提としたTOBは合計112社にのぼることも明らかになっています(東京商工リサーチ、2026年1月調査)。なぜここまでMBOが急増しているのでしょうか?
背景には、大きく4つの構造的要因があります。
① 東証の上場維持基準の厳格化
2022年4月の市場区分再編(プライム・スタンダード・グロース)により、上場基準が従来よりも厳しくなりました。たとえばプライム市場では流通株式時価総額100億円以上、流通株式比率35%以上などが求められます。これまで経過措置で猶予されていた企業も、2025年3月以降は本来の基準が適用されることになり、基準未達の企業は対応を迫られました。
② 東証による「資本コスト・株価を意識した経営」への要請
2023年に東証が全上場企業に対し、ROE(自己資本利益率)やPBR(株価純資産倍率)を意識した経営改善の開示を要請しました。プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割がROE8%未満・PBR1倍割れという状況の中、株価を上げられない企業にとっては経営改革か上場廃止かの二択を迫られた格好です。
③ アクティビストへの対応
「物言う株主」と呼ばれるアクティビスト投資家の活動が活発化したことも要因のひとつです。株価の低い企業はアクティビストによる買収・資産売却要求・増配圧力にさらされやすく、上場を維持し続けることがリスクになるケースも出てきました。
④ 上場維持コストの増大
上場を維持するだけで、監査法人費用・IR費用・証券代行費用などで年間数千万円から数億円のコストが発生します。企業の規模や恩恵に対してコストが割に合わないと判断する経営陣が増えているのです。コスト負担は重いですね。
実際に2025年に公表されたMBO案件を見ると、パラマウントベッドホールディングス(約1,630億円)、太平洋工業(約1,614億円)、日新(ベインキャピタル参画、約1,183億円)など、大型案件も目立ちます。これは使えそうです。
さらに東証は「安過ぎMBO」問題を受け、2025年以降はMBO実施企業に対してより厳格な情報開示を義務付ける方針を示しています。MBOを巡る環境は、投資家保護の観点から急速に変化しているのです。
参考:MBOが増加する背景の詳細分析
https://frontier-eyes.online/mbo_executive/
MBOが発表されると、株価は一般的に大きく上昇します。これは経営陣が既存株主に対し、現在の株価より高い価格(プレミアム付き)での買い取りを提示するためです。プルータス・コンサルティングの調査によると、2025年のMBOにおける買収プレミアムの中央値は約47%でした。たとえば株価が1,000円の銘柄なら、TOB価格は1,470円前後に設定されるイメージです。
これは株主にとってメリットに見えます。ただし、注意が必要な点があります。
MBOの構造的な「利益相反」問題
MBOでは、買い手(経営陣)と売り手(株主)の利益が根本的に対立します。経営陣はできるだけ安く買いたい、株主はできるだけ高く売りたい——この相反する立場に立つのが、MBOの本質的な問題です。
さらに問題なのは、MBOを発表する前の段階で、一部の経営陣が意図的に株価を低く抑えるような行動(ネガティブなIR情報の発信、業績見通しの保守的な提示など)を取る可能性が学術研究でも指摘されています。「公表前に株価が低いほど、より安くTOBを仕掛けられる」という構造があるためです。
スクイーズアウトによる強制買取
TOBに応募しなかった少数株主は、その後「スクイーズアウト」(少数株主の強制排除)という手続きによって、強制的に株式を売却させられます。スクイーズアウトが発動されるのは、通常TOBで3分の2以上の株式を取得した後です。
スクイーズアウトの場合でも、交付される対価はTOBと同一価格が基本です。しかし、そもそものTOB価格が不当に低く設定されていた場合、株主は本来より低い価格での売却を余儀なくされることになります。これは痛いですね。
こうした状況を受け、東証は2025年から「MBO・支配株主による完全子会社化に関する企業行動規範の見直し」を進め、特別委員会の設置や独立した第三者評価の取得など、少数株主保護の手続きをより厳格に求めています。保有株がMBOの対象になったら、TOBへの応募可否を慎重に検討することが基本です。
参考:スクイーズアウトの仕組みと少数株主の権利
https://masouken.com/%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88%E3%81%A8%E3%81%AF
MBOは、関わるステークホルダーによってメリットとデメリットが全く異なります。それぞれの立場から整理してみましょう。
🏢 経営陣から見たMBOのメリット
📉 経営陣から見たMBOのデメリット
👥 従業員から見たMBOのメリット
外部の第三者にM&Aされる場合と異なり、現行の経営陣が引き続き指揮を執るため、雇用・処遇・社風が維持されやすいというメリットがあります。突然の経営方針の大転換や人員削減のリスクが相対的に低い点は、従業員にとって安心材料です。
💰 既存株主から見たMBOのメリット・デメリット
| 立場 | メリット | デメリット |
|------|--------|---------|
| 既存株主 | TOBプレミアム(平均約47%)で株式を売却できる | MBO後の株価上昇の恩恵を享受できない |
| 少数株主 | TOB価格での売却機会が得られる | スクイーズアウトで強制売却させられる可能性 |
| 機関投資家(アクティビスト) | 高プレミアムで保有株を売却できる | 割安なTOBには反発・対抗TOBを仕掛けることも |
つまりMBOは経営陣にとっての条件が多いですが、既存株主にとってもTOB価格でまとまった利益を得るチャンスとなり得ます。ただし、TOB後に保有し続けることは原則としてできなくなる点を忘れてはいけません。
MBOという言葉を聞いたとき、株を保有している投資家として「今すぐ売るべきか、TOBに応募すべきか、待つべきか」を素早く判断するためにも、この仕組みを理解しておくことが重要です。
MBOには「経営陣が主導する」というイメージがありますが、実際の大型案件では経営陣よりもPEファンド(プライベートエクイティファンド)が主役になるケースが少なくありません。これは意外です。
📌 すかいらーく(2006年)——「MBO」の名のもとに実態はLBO
ファミリーレストランチェーンのすかいらーくは2006年、野村ホールディングス系のファンドを通じてMBO・上場廃止を実施しました。しかし実態は経営陣主導ではなく、創業者一族の経営者がすぐに解任され、PEファンドが経営の実権を握ったとされています。MBOと呼ばれましたが、経営陣の意思よりもファンドの論理が優先された事例です。
その後、リストラとコスト削減が徹底的に行われ、2014年に再上場。MBOからわずか8年で再び市場に戻ってきました。これはPEファンドがイグジット(投資回収)を目的としていた典型例です。
📌 CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ、2011年)——創業者主導の典型
TSUTAYAを運営するCCCは2011年、増田宗昭社長がMBOを実施し上場廃止となりました。「株主と加盟企業の間での葛藤」を理由に掲げ、長期的な視点での事業運営を優先するための決断でした。こちらは経営者の意思が強く反映された事例です。
📌 大正製薬(2023年)——「安過ぎるMBO」として話題に
2023年、大正製薬ホールディングスがMBOを発表しました。TOB価格に約50%のプレミアムが付いていたにもかかわらず、PBR(株価純資産倍率)は0.85倍という水準で、「もともとの株価が著しく低かった」として批判を受けました。結果として少数株主には市場価値より高い価格が提示されましたが、本来の企業価値からは大きく割り引かれているとの指摘も出ました。
📌 ソフト99コーポレーション(2022〜2025年)——株主の反発で2度のTOB
ソフト99コーポレーションでは、創業家によるMBO目的のTOBに対し、機関投資家エフィッシモが「価格が安すぎる」として対抗TOBを実施しました。最終的には2025年に創業家による2度目のTOBが成立しましたが、少数株主の権利を守るために機関投資家が行動した事例として注目されました。
こうした事例からわかるのは、MBOは「経営陣が自社を守るための手段」として美しく描かれることが多い一方、株主にとっては必ずしも公平な取引が保証されているわけではないという現実です。MBO発表時は「プレミアムの水準」「独立した第三者評価の有無」「特別委員会の実効性」の3点を必ず確認することが条件です。
参考:MBOの実施状況と背景(日経財務記事)